#4117/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/31 13:15 (196)
そばにいるだけで 14−2 寺嶋公香
★内容
純子は思わず、笑い出しそうになったが、どうにか我慢。
口元に片手をやり、頭から水を被った相羽を指差す。
「ど、ど、どうしたの、それ?」
「……清水の奴の手、見たら分かる」
髪を一つかき上げ、ため息混じりに答えた相羽。
言われるがまま、清水の手元を見やる。
(ん? 何も持ってないけど……)
首を傾げかけた純子だが、はたと思い当たった。
「清水ーっ! あんた、まさか、水風船……」
「へへっ。その通りでして」
歯を覗かせ、頭をかきながら、ごまかしの笑みを見せる清水。
「な、何で、風船をそのまま、投げたりしたのよっ」
「そ、それはだな、おまえがあんまり無視し続けるもんだから、さっきみたい
に頭にぶつけてやろうと思って、振ったら……」
「ゴムが切れたってわけね」
言い淀む清水のあとを、町田が呆れ口調で補った。
清水がしゅんとなって、うなずく。青菜に塩状態だ。
「大丈夫? 早く拭いた方がいいわ」
相羽の周りには、遠野や国奥、富井達が手に手にハンカチを持って、集まっ
ていた。
「ありがとう。でも、これぐらいなら、放っておいても、すぐ乾くよ」
涼しい顔をして女子の輪を抜けると、相羽は清水の前に立つ。
「わざとじゃないって分かるけど、もうちょっと注意してくれよ。他にも人が
たくさんいるんだしさ」
「うぅー、本当に悪いっ」
うなだれ気味の清水の後ろから、大谷が余計な口を挟む。
「でも、何だって、止めようとしたんだ?」
「す……人に当たると思ったからだ」
一瞬、純子の顔を見た相羽は、早口でさらに続ける。
「本当は、水風船をキャッチしてやるつもりだったんだぜ。それが一番、周り
に被害が出ないからな。うまくいかなくて、割れてしまったけどさ。で、清水。
水風船を買い直すのか? だったら、付き合う」
「え? い、いいって」
呆気に取られたように眉を寄せると、清水はせわしなく両手を振った。
「別に、絶対にいるって物じゃないしな」
「そうか? なら、いいけど」
拍子抜けした風に肩をすくめた相羽は、きびすを返し、元の方向へと歩き始
める。前髪から、水滴がぽたり、一粒だけ落ちた。
「水もしたたる何とやら」
勝馬の冷やかしに、相羽は苦笑を浮かべ、
「水もしたたる濡れ鼠、だよな」
と自嘲する。
彼の斜め後ろを行っていた純子は、歩調を上げて追い付いた。
「あの、ありがとうね。助かったわ」
「いえいえ、どういたしまして。格好よく受け止められてたら、自慢できたん
だけどなあ」
やけに丁寧な物腰で始めたかと思えば、愚にも着かない冗談を口にする。
「それでも、よく身体が動いたわね。すごい反射神経」
「なぐさめるてくれて、どーも」
「そんなつもりじゃないって。−−ところでさ、昼間の話、何だったの? 清
水達に邪魔されて、聞けなかった……」
「あー、あれか」
片手で頭をかきかき。これで和服姿だったら、まるで、推理小説に出て来る
古風な名探偵のよう。
「どうでもいいや、もう」
「そういう言い方されると、気になる」
「大した話じゃないから、忘れて」
簡単にあしらわれ、不満もあったが、純子は口をつぐんだ。他に誰もいなけ
れば、もう少し食い下がるところなのだが。
そうこうする内に、お祭り会場を抜ける。
皆、それぞれの家路につくと、純子はいつかのごとく、国奥と二人きりにな
った。
「前田さんや遠野さん、全然変わってなくて、安心しちゃった」
道を行きつつ、顔をほころばす国奥。
「男子達も、変わってなかったでしょ? 最後にちょっと会っただけだけど」
「うーん、どうなのかしら。分かんないわ。まあ、半年も経ってないんだから、
変わってなくて当たり前」
「そうだよね」
「……ところでさ」
目配せをする国奥。
「また、あの話なんだけれど」
「あの話って?」
「えっと……男の子の話よ」
「またぁ?」
怒るよりも、呆れてしまった純子。
「国奥さん、性格、変わったんじゃない?」
「そうかも。周りが女子ばっかりだから」
半分冗談で言ったつもりが、あっさり肯定され、純子は力が抜けた。歩くの
さえ、疲れる。
「……誰からも、告白なんてされてませんけど」
「それはいいから……涼原さんは、誰か好きな人、いる?」
「いないよお!」
即答すると、暗がりの中、国奥が首を傾げるのが分かった。
「それはまあ、よく話をする男子もいるけれど、みんな、普通の友達って感じ」
「うーん。理想のタイプってないの? 顔がいいとか、背が高いとか」
「……」
改めて問われてみて、特に考えてない自分に気付く。と言って、慌てるでも
なし。それが当たり前だと思っている。
「好きとかどうとか、考えるのって、まだ早いよ」
「そうかなあ。中学生なんだから、ちょっとぐらい」
「じゃ、じゃあ、国奥さんの理想のタイプって、あるの?」
「あるわ。私のことを一番大切に思ってくれる人。それさえ満たしていれば、
他の、顔とか背なんかの条件は人並みだったらオッケー」
「……なるほど、納得。私もそれにしておこうかな」
かなり真面目に言ったつもりだったが、国奥はけらけら笑い始めてしまった。
挙げ句の果てに、純子の肩をぱたぱたと何度も叩く始末。
「やだ、冗談ばっかり。面白すぎるよ、それ」
「だってー」
抗弁しようとしたが、もはや何を言っても冗談にしか受け取られないと思い、
純子は口をつぐんだ。
「早くいい人、見つけてよ」
笑いすぎて涙目になった国奥に、冷やかされるように言われた。
純子は息をついて、首を捻りながら答える。
「……女子校行ってる人から言われるようじゃ、私って相当だわ」
暑い盛りに学校で、テニスをするいきさつになったのは、熱心に誘われたか
らだ。
元々、町田を通してもたらされたこの話は、四日前に遡る。
「テニス? やったことないけど。バドミントンはあるけれど」
電話口で答える純子に、町田から即座の返事。
「私だって同じよ」
「じゃ、何だって、テニスをしようと思ったわけ?」
「それが、唐沢君が言ってきた。彼、テニス部でしょ」
「変なの。部員同士でやればいいのに」
「たまには、遊びのためのテニスをやりたいんだってさ」
ため息混じりの町田の口調に、電話の向こうで肩をすくめている様が目に浮
かぶよう。
「どうしてまた、私達に話が回ってくるのよ。唐沢君だったら、他にいくらで
も、喜んで相手する子が」
「急に思い立って、相手を捕まえられないんだってさ! 近所のよしみとか何
とかで、うちにお鉢が回ってきた」
「間に合わせってわけね」
いい気はしないが、特段、腹が立つこともない。
「幸い、私らの中には、唐沢君に本気でどうこうって子がいないから、暇つぶ
しに受けてもいいと思ったんだけど。まずかった?」
「ううん、かまわないわよ。他に誰が参加するのかな?」
「私の他は、郁を確保した」
「へえ、郁江が?」
あの子が他の男子に目を向けるなんて珍しい。そう思った純子。
その気配を電話回線を通じて感じ取ったのか、町田の説明が入る。
「実はさ、男子も三人なのよ。唐沢君の他は、相羽君と勝馬君」
「ひゃあ、なるほどね」
呆れつつも、純子は納得できた−−。
というようないきさつで、中学のテニスコートに集合した六名。
純子はレモンイエローのヘアバンドをして髪をまとめてから、ウォーミング
アップを始めた。ジャージでは暑いし、夏用の体操着−−ブルマ−−は何とな
く恥ずかしいので、半袖のトレーナーに白い短パンという格好だ。更衣室が閉
まってて使えないと分かっていたので、家からこの姿でやって来た。
(白っぽい服なら、ちょっとでも暑さが減るかな)
町田も富井も、男子達も似たような出で立ち。考えることは同じらしい。
「バドミントンよりは、重たい感じ」
借り物のラケットで素振りしながら、感想がこぼれる。
「男用はもっと重たいよ」
唐沢が答える。六人の中でテニスの経験があるのは、彼だけだ。自然、コー
チのような役目を務める形となる。
「女と男で、ラケットが違うの? ふうん」
「感心してるよりも、とりあえず、ボール、打ってみて」
そんな風に、どうにか遊びでゲームができる程度になったところで、混合ダ
ブルスを行うことになった。三チームでリーグ戦だ。
「組分け、どうする?」
「じゃんけんでいいだろ」
勝馬の言に、唐沢があっさりと答える。
じゃんけんの結果、純子は唐沢と、町田は勝馬と、富井は相羽とペアを組む
と決まった。
試合の順番も決定。まず町田と富井のチームが対戦し、負けた方が続けて純
子らと。残る一試合を最後に行う。
「じゃ、かーるく、始めるかな」
第一試合、審判の唐沢が、椅子にふんぞり返りながら言った。ちなみに純子
は球拾い役。
最初のサーブは相羽。
「入ったら、お慰み、だな」
そうつぶやきながら打った球は、ビギナーズラックか才能か、鋭い軌跡を描
き、インするどころか、サービスエースを奪った。
「きゃー! やったやった。相羽君、格好いい!」
前衛の富井が、手を打って飛び跳ねている。
相手側の二人は、唖然として、立ち尽くす。
「ちょっとぉ、相羽君、ほんとにやったことないの?」
「ほんとだって。今のはまぐれだから、そんな、恐い顔しなくても」
町田の抗議に、相羽は手の平をうちわ代わりにしながら答えた。
「何でもいいから、手加減しろよ」
勝馬の言葉にうなずいてから、相羽の放った第二球は……ネット。
傍らで待機していた純子は、テレビで観たテニス中継を思い出しつつ、ボー
ルを拾って、唐沢に確認。
「これ、相羽君に渡せばいいの?」
「そうだよ。二回ミスったら、交替」
うなずいて、相羽に黄色いテニスボールを放る。
「サンキュ」
短く礼を述べてから、相羽は再びサーブの体勢へ。
と思ったら、急に、姿勢を変えた。羽子板で打つようなスタイルだ。
「ダブルフォルトは格好悪いもんな」
苦笑いする相羽の打ったボールは、ゆるい球筋で敵コート内へ。さすがにこ
れは、返球される。
富井の前に飛んで来た球は、イージーボールだったが、彼女のスイングをい
とも簡単にすり抜けた。要するに、空振りなのだが。
慌ててフォローに回った相羽も、間に合わず。
「フィフティーンオール」
笑いをこらえたような唐沢の声が、響き渡る。
「相羽君、ごめんなさぁい」
「いいっていいって、遊びなんだから。よく見て、ゆっくりしたボールでいい
から、確実に返していこうよ」
手を合わせて、泣きそうな顔をする富井を、相羽が励ます。
(郁江ったら、緊張しちゃってるんじゃないかな?)
純子はくすくす笑いそうなのを、必死に我慢していた。
(前にいても、後ろにいても、相羽君のことが気になって仕方ないって感じ)
−−つづく