AWC 代償   第二部  1    リーベルG


        
#4078/5495 長編
★タイトル (FJM     )  97/ 8/17   0: 1  ( 56)
代償   第二部  1    リーベルG
★内容

                1

 六月に入っても、平年より気温が低い日が続いていた。夏の到来はまだまだ遠
いらしい。気象庁は、数日中に梅雨前線が日本全国を覆うことを宣言しているが、
高校生たちは、そんな予言など鼻にもかけず、それぞれの楽しみや苦しみ、義務
や権利を謳歌するにに忙しかった。
 二年一組の立川めぐみは、うつむきながら星南高校の校門をくぐった。小柄で
おとなしそうな白い顔には、猛獣を恐れる小動物のような表情が浮かんでいる。
丸っこい目で、きょろきょろと周囲を警戒しているようだった。
 校舎に入り、靴箱を開いためぐみは、スリッパの上にほこりにまみれた紙くず
が、ひとかたまり置かれているのを見て、小さくため息をついた。そっと指をの
ばして、スリッパの端をつまむと、ゴミに触らないように引きずり出す。
 教室に入るとき、めぐみは口を開かなかった。すでに登校していたクラスメイ
トたちも、入ってきたのがめぐみだと知ると、わざとらしく背中を向けた。
 不意に、後ろから強く押されて、めぐみはよろめいた。
「おーす!あれ?」押した男子生徒は、近くのクラスメイトにわざとらしく訊い
た。「今、なんかぶつかったか?」
「気のせいだろ」クラスメイトはにやにやしながら応じた。
 めぐみはやはり口を開かず、抗議の視線を向けることもなく、のろのろと自分
の席に向かった。
 机の上には、カップラーメンの容器や、菓子パンやポテトチップスの空き袋、
ジュースの空き缶などが置かれていた。周囲のクラスメイトたちは、ある者はあ
からさまにニヤニヤしながら、ある者は肩越しにそっと盗み見ている。
 歯を食いしばって無表情を保ちながら、めぐみは教室の隅に置いてあるゴミ箱
を引きずってきた。カバンを横にかけると、机の上のゴミを手際よく放り込んで
いく。周囲の視線は無視している。わずかに手が震えていることだけが、外に出
ためぐみの感情の全てだった。
 ようやく机の上をきれいにして、ゴミ箱を戻しにいく。背中を向けたとたん、
背後で何かがどさりと落ちる音が聞こえたが、めぐみはわざわざ振り返ってみた
りしなかった。
 机に戻ると、カバンが床に放り出されている。めぐみは黙ってそれを拾うと、
もう一度机の横にかけた。
 椅子の上には何も置かれていなかった。安堵の表情を見せないように気を付け
ながら、めぐみはゆっくりと腰を下ろした。
 体重をかけたとたんに、椅子の足が一本外れて、床に転がった。めぐみはぐら
りとバランスを崩し、椅子から滑り落ちた。
 待ちかねたように教室中が爆笑の渦に包まれた。
 それをかき消すように、始業のチャイムが鳴る。
 めぐみは急いで外れた椅子の足を拾い上げると、椅子をひっくり返して台にね
じこんだ。何度も同じ目にあっているので、直し方はすっかりおぼえている。ク
ラスメイトたちは笑いの残った顔でそれを見ていたが、誰一人として手伝おうと
はしなかった。めぐみも最初から期待などしていなかったが。
 ぎりぎりで間に合った。めぐみが座り直したとき、担任の大江教師が入ってき
たのだ。がっしりした体格の体育教師である。大声で怒鳴りつけることを権威と
勘違いしている三十男だ。
 何事にせよ、この教師に相談することは、とっくにあきらめている。
「出席取るぞ。青山」
「はい」
 めぐみはノートの端に落書きをしながら、学校中でただひとり、親身になって
相談に乗ってくれそうな教師のことを考えていた。この何日か、その考えを頭の
中でもてあそんでいる。だが、まだ実行に移すだけの勇気を見いだすには至らな
かった。
 それに……いくら由希先生だって、信じてくれないかもしれない。星南で一番
の優等生でお嬢様が、あたしをいじめるように命令しているなんて。





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