#4039/5495 長編
★タイトル (BYB ) 97/ 8/ 4 17:41 (181)
キャプテン・ドラゴン@
★内容
キャプテンドラゴン
眼下には、目眩を起こしそうなほど、蒼い天空が広がっている。惑星ネメシス
の空であった。その思わず哀しさがこみ上げてきそうな蒼い輝きの中に、湖へ投
げ入れられた黒曜石のごとき黒い染みを、彼は認める。
「こんな時間に、入港は聞いてないぞ」
当直の宇宙港オペレータは、そのセンタースクリーン上に浮かんだ、黒い染み
を未申請の宇宙船と認識した。手元のキーボードを操作し、目の前のディスプレ
イに宇宙船の画像を拡大してみる。それと同時に、センタースクリーン上にウィ
ンドウが現れ、宇宙船の姿を拡大した。
「これは…」
オペレータの目にはそれは酷く禍々しい、凶兆を知らせる黒い虫に見えた。い
かなる光も反射しない、レーダの電磁波にも反応しない漆黒の表面装甲を持つそ
の船は、明白に軍事用のものである。
「呼びかけて見ろ」
オペレータは、相棒に声をかける。相棒は肩を竦めた。
「やってるが、回線を開こうともしない」
「パトロールに連絡だな」
地球帝国が、全銀河を敵に回して行った戦争が終わって、もう十年たっている。
通常の惑星には宇宙軍自体が存在しない。せいぜいが、犯罪をとりしまる為のパ
トロール船が存在するのみであった。
ただ、軍用宇宙船を犯罪組織のレベルで持つのは、不可能である。当然なんら
かの国家が、介在していると考えられた。つまり、パトロールの範疇を越えてい
るということだ。
「地球人どもが、また戦争を始めやがったのか?」
「まさかな…」
今の銀河は軍事組織もほぼ解体され、平和そのものである。戦争中は学生であ
ったオペレータたちにとって、軍艦を見ること自体、産まれて始めてのことであ
った。
突然、スピーカーがノイズを発し始める。水の壁が崩れる時に発するようなノ
イズの洪水が、宇宙港のコントロールルームを満たした。
「電子兵器かよ」
「やられたな」
宇宙港は孤立した。他の衛星軌道上の施設や、地上に対しても連絡することが
できなくなっている。
漆黒の宇宙戦艦はゆっくりと、姿勢をかえつつあった。涙滴型の戦艦は、その
尖った部分を、惑星ネメシスの空へと向けてゆく。
「まさかあいつ」オペレータは、呆然として呟く。「地上へ降下するつもりか?」
「多分な」相棒が、データを検索した結果を、センタースクリーンへ表示する。
ウィンドウが開き、データが表示された。
「大気圏突入型ベヒーモスクラスの宇宙戦艦だ。地上へ降下し、戦略拠点を制圧
するための戦艦だよ。かつて地球帝国が正式採用していた」
「じゃあ、やっぱり地球帝国のやつらが」
「まさかな。どこにも地球帝国の所属を現す、不死鳥の紋章がつけられていない。
第一ああいった突入型戦艦が単独で行動するなんぞ、聞いたことがない。戦時中
は移動要塞とよばれた、やはり突入型戦艦の、ギガンティスクラスの護衛艦とし
て、使われていたらしいが」
「なんにせよ、手の打ちようがないな」
その漆黒のベヒーモスクラスは、蒼い天空に向かって打ち込まれる暗黒の剣の
ように、地上へゆっくりと降下を始めた。やがて、その表面装甲は紅く燃えあが
り、空を駆ける真紅の凶星となり、大地へ向かうこととなる。
惑星ネメシスの地上都市、エクウス。その郊外には、多目的野外スタジアムが
あった。
大空の天頂は、微かに闇に覆われつつある。その野外スタジアムの後ろでは、
沈んだ太陽が西の空を、紅く燃え上がらせていた。
黄金色の残照に輝く黄昏時の空の下で、野外スタジアムのステージに設置され
た無数のディスプレイが、蒼く光っている。スタジアムに訪れた2万の観衆は、
コンサートの開始を待っていた。
戦争が終わり、ようやく復興した銀河の星々で人々に愛されているアイドル歌
手、メイ・ローランのコンサートが、この場所で行われることとなっている。残
照が西の果てへ落ち、天空が紺碧の闇に覆われた後、コンサートが始まった。
ステージ上のディスプレイに無数の鳥たちが、湖から飛び立つ様が写し出され
る。そして巨大な街が廃虚と化して崩れ落ちていくような、壮大なフィードバッ
クノイズの轟音が響き渡った。
2万の観衆が星の瞬く空の下で、波が渡ってゆくようにどよめく。ステージの
上空にスポットライトがあたり、メイ・ローランが姿を現す。それと同時に、荒
れ狂う轟音の中に、透明な光をおもわす煌めくような音がはいり込む。
それは、無数の水晶の塔が、陽光のなかでゆっくりと崩壊していくのを、音に
したようであった。その音の洪水の中に、静かにメイ・ローランが降りてくる。
彼女は、全身にケーブルを接続し、網膜投影型のディスプレイを頭につけ、手に
は携帯型のキーボードを持っていた。
エルフのようにスリムな身体に、神秘的な美貌を持つ少女は、サイバーネット
ワークに取り込まれた機材の一ユニットのようにも見える。彼女は、渦巻く音の
洪水を創り出している装置と文字通り一体化しており、神経組織はケーブルによ
り電子装置へとつながっていた。
メイ・ローランは様々な音楽、非音楽的なサウンドをサンプリングし、一つの
音楽に合成するといった全く新しい手法を採用したミュージシャンとして知られ
ている。それは、サイバーネットワークに存在する無数のデータ群を、瞬時に解
析し結合させていく天才的な能力があって、はじめて演奏可能となる音楽であっ
た。メイ・ローランはまさに、サイバーネットワークの無限に近いデータを自在
に操る、天才的デジタルダイバーだ。
金属の獣の咆哮のようなドラムの音がリズムを刻みだし、死せる惑星に捧げら
れる挽歌を思わす荘厳なフィードバックノイズが重なっていく。
それは、古代地球の宗教音楽を思わす神秘性を持ち、最新のボディソニックダ
ンスミュージックの激しい疾走感を備えた音である。それは限りなく生の、剥き
だしの音そのものに近く、又、これ以上ないというくらいに計算され尽くした音
楽であった。
そして、メイ・ローランが歌いだす。少女の囁きのように穏やかに、大昔の地
球のシャンソン歌手のように軽やかに、原始宗教の祭司のように荘厳に。
ステージ上のスクリーンは、音とシンクロして様々な映像を映し出す。それは
幾何学的なパターンが変化していく様であったし、太古のシネマの断片であった
りした。それはメイの音楽と同様、混沌とからみあっていくようで、確かに意図
が感じられる。
これは、ある種の麻薬のトリップに似ていた。2万の観衆は皆、自分自身だけ
の意味をメイの音楽の中に、見いだしている。それは、生そのものと同じくらい
深い所での理解であった。
2万の人々は一つの生き物のように、呻き、叫んだ。音と光の渦が彼らの上を、
天使が駆けぬけるように、走り抜けてゆく。メイ・ローランは2万の人間に固別
の夢を与えつつ、波がひとつの方向へ崩れていくように、統合させていた。
空に真白く煌めく銀河の下で、妖精を思わす可憐な少女は、サイバーネットか
ら産みだしたデジタルの轟音に合わせ、やさしい愛の歌を囁くように歌う。人々
は少女と共に、無邪気な愛の夢を見た。宇宙の奈落のような、生の深淵を垣間み
ながら。
コンサートが最高の盛り上がりを見せた時、夜空にその凶星が出現した。禍神
の紅い瞳のように、暗い天空に出現した紅い星は、尾を引きながらスタジアム上
空を東へ向かい、流れてゆく。その時には、コンサートに熱中している人々は誰
も気がつかなかった。
しかし、メイは見た。頭上を走る、紅い光を。そして魔法の剣が空を断つよう
に、地上へ突き立てられた宇宙戦艦の下方ロケット噴射を。
偽りの太陽、死滅の太陽が昇ったように、東の空が明るくなり、観衆はようや
く気がついた。自分たちの後ろに、巨大な戦艦が降下しつつあるのを。
それは魔神の漆黒の剣のように、暗黒の夜空よりさらに昏く、天空に浮かび上
がった。真夜中の太陽のようなロケット噴射を輝かせ、黒い凶星はゆっくり降り
て来る。
闇色の流れるような涙滴型の船は、斥力フィールドにより空中に浮かび、アン
カーを地上へ打ち込み船体を固定した。輝く下方噴射は消え去り、その船は暗黒
の塔のごとく、夜空に聳えている。
人々に、ざわめきが走った。漆黒の船は、甲虫が羽を開くように、静かに放熱
板と兼用の装甲板を開いてゆく。それは暗黒の死の花が、黒い花びらを開く様を
思わせた。
上方の、丸い部分を支点として装甲を開いた船は、夜に咲いた鋼鉄の花のよう
である。装甲の下から、スペースキャノンが姿を現す。
ようやく機動警察の武装ヘリが、到着した。しかし、宇宙戦艦の前に、ミサイ
ルすら装備していないガンシップは、あまりに非力である。2機のヘリは船の上
空で、待機した。
戦艦の、ハッチが開く。そこから射出されたのは、やはり漆黒の装甲を持つ、
ミリタリーモジュール(陸戦用の機動兵器)であった。卵型のミリタリーモジュ
ールは尖った部分を下にしてロケット噴射を行い、空中を移動する。上部には、
50ミリ高機動速射砲を装備している。
4体のミリタリーモジュールが射出され、スタジアム上空へ来た。そこでミリ
タリーモジュール達は、折り畳まれていた4本の足をだして、ゆっくり降下する。
着陸地となった客席にいた人々が、逃げまどう。
4体のミリタリーモジュールは、ステージを囲む形で着地する。速射砲は、メ
イのほうに向けられていた。メイは無言で漆黒の戦闘機械を見つめている。メイ
は、自分のマイクがまだ生きているのを確認すると、ミリタリーモジュールに向
かって叫んだ。
「あなた達は、何者なの。どんな権利があって私のコンサートを、妨害するの」
その叫びに答えるように、戦艦のスペースキャノンが火を吹く。
光の矢がメイの頭上を飛び去る。一瞬、辺りが真昼のように明るくなり、轟音
が響き渡った。威嚇である。建物に直撃したわけではない。しかし、メイの膝が
震えた。
その直後に、ミリタリーモジュールの速射砲が旋回し、火を吹く。2機のヘリ
は炎につつまれ、落ちていった。爆発音が響く。会場から悲鳴があがる。メイは
絶叫した。
「もうやめて!」
闇色の鋼鉄の塔から、もう一体の飛行機械が射出された。それは、先に降下し
たミリタリーモジュールに比べるとひどく小さな、マシンである。
スタジアム上空に来て、その姿は明瞭になった。それは大型のエアバイクであ
る。その黒く塗装された鋼鉄の獣には、夜の闇に染められたような、漆黒の髪と
瞳を持つ少年が跨っていた。
その軍用のエアバイクは、メイに向かって降下してくる。その意図に気づいた
警備員たちが、メイをかばう形で、隊列を組む。しかし、彼らの武装はハンドガ
ン程度でしかない。しかも、そのハンドガンはソリッドブレットのタイプで、ビ
ームガンは誰も持っていなかった。ミリタリーモジュールを目の前にしては、武
器とすら呼べないような、貧弱な装備である。
エアバイクが風を起こし、ステージ上に降りた。少年は、地上に降りる。死の
大天使の羽のごとく黒い、コンバットスーツに身をつつみ、携帯型のビームガン
を腰だめにしている。
その顔は野に潜むコヨーテのように、精悍で鋭かった。その痩せた肉体は、研
ぎすまされたナイフのように、鋭利な緊張感を漂わせている。
黒い鬣のように漆黒の髪を風に靡かせ、少年は狼のように笑った。その殺戮へ
の欲望を体現するかのように、ビームガンの銃口が熱で揺らめく。
ソリッドブレットタイプのハンドガンを、抜いて構えている警備員に対して、
少年はやさしげと言ってもいい口調で、語りかける。
「あんた達の命は別に欲しくない。メイ・ローランを渡せ。しかし、邪魔をする
なら…」
「さがって下さい」
メイは少し掠れた声で、しかし、毅然として回りの警備員に対して言った。
「あなたの言うことに従うわ。だから、これ以上、人を殺さないで」
少年は獲物を前にした獣のように、歯を見せて微笑む。
警備員たちは、後ろにさがる。メイは荒野に咲く雛菊のように、ひとり少年の
前に残った。
少年は歩みでる。開いた右手でメイの腰を抱くと、軽々と肩へ担ぎ上げた。花
束を抱えるような、手軽さである。そのまま、エアバイクへ乗ろうとした。
その時、ハンドガンの銃声が響く。警備員の一人が発砲した為だ。少年は喉の
奥で笑った。まるで、飢えた獣のように。メイは、少年の肩の上で叫ぶ。
「やめて!」
少年は、無造作に暗黒の空へ向かい、ビームガンを発射した。夜の闇を貫いた