AWC 「花火」 (2)  ルー


        
#4038/5495 長編
★タイトル (RJN     )  97/ 8/ 4  16:19  (153)
「花火」 (2)  ルー
★内容


 次の日になった。晴れて風もなく、花火をやるには絶好の日和だった。
 佐伯さんはまどかと樹を学校のプールに送りだした後、準備に追われた。まず、大
きなバケツを2つ用意した。一つは水を入れて花火を完全に消すため、もう一つは花
火の殻を入れるためだ。それと点火用のライターとロウソク。水も万一のためにポリ
タンクに入れて持っていくことにした。懐中電灯も用意した。これで花火のための準
備は万端に思えた。それから大粒の西瓜を2つ買い込み、半分に切ってラップをかけ
て冷蔵庫に入れた。子供が喜びそうなお菓子とジュースもそろえた。

 5時半頃から、子供達が佐伯さんの家に集まり始めた。
 お隣の香織ちゃんと美由紀ちゃんが最初にやってきた。香織ちゃんはまどかと同じ
1年生、お姉さんの美由紀ちゃんは3年生だった。樹と同じクラスの信也君、その友
達の潤君、4年生の誠君、妹のまだ幼稚園の望ちゃんもやってきた。佐伯さんは一人
一人に西瓜やお菓子を出してもてなした。子供達は賑やかに夏休みの話や新発売のゲ
ームの話をしながら、西瓜を食べていた。
 広紀君が、最後に一人で現れた。いつも一緒に遊んでいるわけではなかったが、子
供達は屈託なく声を掛け合って、広紀君もすぐその場になじんだようだった。

「さあさあ、そろそろ公園に行きましょう。たくさん荷物があるから、みんな手伝っ
てね。」
 佐伯さんは、9人の子供達に、花火やバケツ、ローソクなどを分けて持たせた。水
を入れたポリタンクは、自転車の荷台にくくりつけて佐伯さんが引いていった。
 若葉公園は歩いて5分ほどの所にある小さな公園で、砂場と、遊具といえば、ブラ
ンコと低い滑り台があるだけだった。ただ、パンダと虎の人形が入り口に立っている
のがユーモラスで、子供達は『パンダ公園』と呼んでいた。
 公園に着いた頃には、あたりは薄暗くなっていた。
 子供達はわーっと歓声をあげて、花火に火をつけ始めた。一斉にあちらこちらで、
黄色や緑やピンク色に明るく輝く柳花火や青く吹き出す閃光が、立ちこめる煙ととも
に闇に浮き出した。両手に花火を持っていっぺんに火をつける欲張りな子供もいた。
鮮やかな光に喜び勇んで、振り回す子供もいた。もう佐伯さんの制止は誰も聞こうと
しなかった。子供達はたちまち、火花の持つ危険な美しさに魅了されていた。
 女の子達はおとなしい線香花火に移っていたが、男の子達は強い閃光のはじける吹
き出し花火を見つけるのにやっきになっていて、スパーク砲だ、ビーム光線だとウル
トラマンもどきの遊びに夢中になっていた。
 吹き上げ花火が、勢いよく吹き出て星のきらめきのような光がまたたいては消える
様に、子供達は、
「きれいだなあ。」
と言い合った。
『シャワー・スター』、『星くらべ』、『ドラゴン・スコール』、『蝶花銀星』など
と筒に書いてある吹き上げ花火に惜しまず立て続けに火を点けていくのは、さすがに
見応えがあった。
 ロケット花火は一番盛り上がった。ヒューッという音とともに勢いよく空に上って
バンと炸裂する迫力に子供達は興奮状態になっていた。
「すごい!すごい!ほんとの花火大会みたい!」
口々に叫んでは、あたりをぐるぐる走り回っていた。

 大勢でやるので、花火はみるみる残りわずかとなった。
3年生の美由紀ちゃんが、 
「ねえ佐伯さん、変な花火があるよ。」
と言って、一本の吹き上げ花火を見せた。
 暗くてよく見えなかったが、粗末な木の台が付いていて直径は2センチほど、長さ
は15センチあまりあった。他の花火はいろいろな模様が書かれていてカラフルなの
に、その花火は茶色のボール紙がむき出しで、殴り書きしたように黒い字で『狂いね
ずみ』と書かれていた。
「気味の悪い花火ね。不良品かしら。」
佐伯さんは懐中電灯を点けてよく眺めてみた。
「でも、色が付いてないだけであとはちゃんとしてるよ。」
 美由紀ちゃんは言った。
「う〜ん、そうねえ。」
目を近づけてよく見ても、これといって欠陥品らしいところはなかった。
「あたし、火を点けてみる。しかけ花火やりま〜す!」
美由紀ちゃんは佐伯さんの手からその花火をぱっともぎ取ると、走って公園の中央に
行った。小石をどけて花火を土の上に置くと、火を点けた。
 
 灰色の煙が何度か昇った。しかし、火花はなく、花火の下の部分から黒い煙がもく
もくと吹き出してきた。煙はどす黒くて濃く、間欠泉のように、止んだかと思うと次
にはもっと大量の黒い煙がどくどくと流れた。公園の中は煙のために人影もまるで見
えなくなり、真っ暗闇になった。
 子供達は不安に駆られて、悲鳴を上げだした。
 助けようにも、誰の姿も見えなかった。
 煙の一部は一ヶ所に集まっていった。その煙はひとかたまりになって、上空に昇り
、
凶悪なものの形を成してくるように思えた。
「ねずみだ!ねずみ。ねずみがいるよ!」
 樹が煙を指さして叫んだ。  
 佐伯さんもはっとした。固まった黒い煙は、確かに一匹の大鼠に見えた。鼠は鋭い
牙をむき出しにして、子供達に無差別に襲いかかろうとしていた。
「なんだか、こわい!」
「お父さん、助けて!」
 公園は阿鼻叫喚のありさまになった。

・・・・・ アルガム、コズマ、スームリ、ゴルデス、ククジミ、ムジカリ、フーク
ークー、クーダー・・・・・

 子供達の悲鳴に混じって、落ち着いた抑え気味の男の子の声が聞こえてきた。

・・・・・ アルガム、コズマ、スームリ、ゴルデス、ククジミ、ムジカリ、フーク
ークー、クーダー・・・・・

 声は繰り返した。すると、黒い鼠がおびえるようなそぶりを示した。

・・・・・ アルガム、コズマ、スームリ、ゴルデス、ククジミ、ムジカリ、フーク
ークー、クーダー・・・・・

 大鼠の輪郭が崩れだした。佐伯さんは手提げの中にクッキーを持っていたのに気づ
いた。それはこの間台風で花火大会を延期にしたとき、まどかと樹と一緒に作ったク
ッキーだった。佐伯さんはそれを思い切り強く鼠に投げつけた。
 大鼠は、クッキーに食らいつこうとして急速に小さくなり、「キュッ!」と言った
とたん、もとの花火の筒の中に吸い込まれてしまった。
 佐伯さんは必死で花火を手に取ると、いそいでバケツの水の中につっこんだ。
 火が完全に消えるとき、小ずるい生き物が最期の命乞いするように、短く汚い音が
した。

 煙はあとかたもなく消えていた。
 公園の真ん中に、月の光に照らされて、広紀君が立っていた。


 3日ばかりたった頃、昼御飯の用意をしようと思っていた矢先に、ひょっこり広紀
君が現れた。
「ごめんなさい、佐伯さん。」
そう言って、広紀君は畳の上に五百円玉を3枚落とした。
「僕が盗んだんだ。佐伯さんの手提げから。花火大会の日に。」
佐伯さんはため息をついた。
「気がつかなかったわ。どうして、いまごろ返しに来たの。」
「僕がお墓を作っていたの、知ってるでしょ。僕はあのお墓に願い事をしてたんだ。
」
「どんなお願いなの?」
「一つは、お金持ちになれますように。もう一つは、みんなをあっと驚かす大怪獣が
出現しますように。あとひとつは・・・・弟が死んじゃえばいいって。」
「まあ、そんなこと・・・」
「でも、願いは2つはかなったんだ。僕は佐伯さんのお金を手に入れたし、花火大会
じゃ、大怪獣とはいかなくても鼠のおばけが現れたんだ。」
「だけど、3つ目の願いを思い出したとき、僕は怖くなったんだ。2つ願いがかなっ
たんだから、3つ目の願いも本当にかなうかも知れない。弟が死ぬかもしれない、そ
う思ったんだ。だから、3つ目の願いをかなえるのはやめてくださいってお祈りした
んだ。」
「あの呪文を唱えたのは、そのためだったのね。」
「うん。やっぱり弟が死ななくて、よかった。」
「とにかく、正直にお金を返しに来てくれてありがとう。それから、鼠を消してくれ
た事も。もう、そんなお願いはしないでね。」
こくんと、少年は首を傾げた。
「お菓子を持って行きなさい。ご褒美よ。」
 少年は素直に、ありがとう、と言ってお菓子の入った袋を受け取った。
 帰る時に門の前でもう一度振り返って、茶の間に居る佐伯さんに聞こえるように声
を張り上げて言った。
「ねえ、佐伯さん。あれがかっこいい大怪獣だったら、僕は願いを取り消したりなん
かしなかったよ。あれはぶくぶく肥っただけの汚いどぶ鼠だったんだ。」

 佐伯さんはひとりごちた。もし、3つ目の願いをかけたままだったら、死ぬのは弟
じゃなくて、あなたの方だったかもしれなくてよ。
 あなたの願いは、あんまり正確じゃないもの。









             ・・・・・・・・了     by ルー  rjn08600
  




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