AWC 黒い森を抜けて(3/3)      叙 朱


        
#4030/5495 長編
★タイトル (PRN     )  97/ 8/ 3  10: 7  ( 92)
黒い森を抜けて(3/3)      叙 朱
★内容

  黒い森を抜けて       叙 朱  

    9 

「うわっ、いかん。CTで見ると血種が大きくなってきているな。しかも前葉体
にかかっている。開頭手術の準備をしてくれ」
「はい、スタンバイします」
「瞳孔は?」
「左4ミリ、右3ミリ、不安定です」
「うーん、いかんいかん。これが遅発性出血かもしれないな。急いでくれ。体温
は?」
「33.5度で変化はありません。冷却装置、モニター異常なし」
「よし。ストレッチャーを入れてくれ。頭を開けよう」

    10

 落ちながらも、不思議とジチに恐怖心はなかった。だんだん近づいてくる黒い
森を見つめながら、くるり、くるり、ぶるぶるぶるぶる、と落ちていく。と、急
に背中がかゆくなり、ぱきぱきっという変な音とともに、背中あたりから尻尾が
折れて外れてしまった。ジチはあわててヒゲをこすり合わせる。もうどのくらい
落ちてきたのか分からない。とにかく、ごしごしごりごり。すると、急に体がふ
わっと軽くなった。
 ジチの体は気がつくと宙に止まっていた。ヒゲをこすり合わせると、ぶんぶん
と飛べるのだ。ごしごしごりごり、ぶんぶんぶんぶん。

「ジチーっ」リナの声だ。
 見ると相変わらず体をきらきら輝かせながら、やはり尻尾のないリナがすぐ下
を飛んでいた。
「あれを見て、ジチ」
 すいっとひとまわりしたリナの指す方には、さっき折れて外れたジチの尻尾が
崖の岩の上に転がっていた。いや、ジチの尻尾だけではない。あたり一面の岩に
は、似たような折れた尻尾がたくさん落ちていたのだ。そうか、そういうことか。
 ジチは折れた尻尾を確認するかのように、ついっと岩の方へ行きかけ、そして
思いとどまってリナを見上げた。
「うん分かった、これが第二変態なんだな」
 ジチはすいすいと飛んでいるリナにやっと追いつくと、今度はふたり並んでさ
らに大きな輪をかいて飛んだ。たぶん、丘の上のオキナたちにも見えたはずだ。
ふたりは、しばらくそうして飛んでいたが、やがて、黒々とした森を目指して急
降下を始めた。

    11 

「ねえ、お父さんはどうしたの。長野に連れていってくれるって行ってたじゃな
い。どうしてあんなところに寝ているの? 私が起こしてこようか。いつもお父
さんはお寝坊さんだから、今朝も起きれないんだね。でも、今日は長野へ車で行
くんだよ。そうだよね。でも、おっかしいなあ。車もないね。どこかに置いて来
ちゃったのかな。ちゃんとガソリンは入れといてね。高速道路で行くんでしょう。
途中の休憩所で食べるおにぎりが美味しいんだよなあ。それから、長野のペンシ
ョンに着いたらね、虫取りするんだ。去年はトンボくらいしか捕まえられなかっ
たけど、でもね、カブトやクワガタもいるんだって、ペンションのおじさんが言
ってたよ。ああ、楽しみだなあ。早く行こうよ。私がお父さんを起こしてくるか
ら。ね、ね。あれえ、どうしてみんな恐い顔をしているの? ね、お母さん、ど
うして泣いてるの? 誰かに泣かされたの。誰? 私がやっつけてやるから、そ
んなやつ。ああ、あの白い服を着た人にいじめられたのか。さっき話してたもん
ね。分かった、私があの白い服の人をやっつけてくるから、ここで待ってて。え、
違うの? そうじゃないの? コウツウジコ? 何それ」

    12

 黒い森は遠かった。ジチとリナは飛びつづけた。しかし、飛んでも飛んでも、
黒い森ははるか下だった。ジチは飛びながら、また胸の中がもやもやしてくるの
を感じた。それは、確かにここに来たことがあるという奇妙な既知感だった。な
ぜだろう。一体自分はどこから来て、どこに向かっているんだろう。確かに強い
衝動がジチを駆り立てていた。黒い森へ行くのだ、黒い森へ行く、そして・・・。
 すぐ隣りでリナは、にこにこ笑いながら飛んでいる。
「また難しいことを考えているのね」リナは図星を突いてきた。「どうして、ジ
チはそうやっていちいち考えないと動けないのかしらね。アタシみたいに、やり
たいからやる、じゃあ駄目なの?」
「たぶん、ぼくはどこからか来て、どこかへ行くんだと思う。それがどこだか分
からないけれど、でも、知りたいんだ。それはとても大切なような気がするんだ」
 ジチはもどかしかった。何かが見えているようで、実は何も分からない。それ
はまるで、黒い森のようだった。その黒さは遠目にもそう見える。でも、本当に
そうなのか。「黒い」森と言われたから、黒いだけなのではないか。現にこんな
にものすごいスピードで飛んでいるのに、ちっとも近づかないではないか。
 その時、ふと、ジチの頭をある考えが通り過ぎた。それは、すぐに振り払いた
い嫌な考えだった。でも、それがジチの考えつく一番分かりやすい答えだった。
 このまま、黒い森へ向けて飛びつづける。黒い森へは決して到着しない。でも、
ひたすら飛びつづけるのだ。ひたすら、ひたすら・・・。

    13

 竹中章一は陽の光を感じた。のどが渇いていた。焦点は定まらない。誰かが声
をかけていた。ゆっくりと首を動かす。陽の光と思ったのは部屋の照明のようだ
った。ぼんやりと並んだ人達の顔が目にはいる。黒い頭がいくつも揺れている。
「黒い森に着いたかな」
 それが竹中が7日ぶりに意識を取り戻して、初めて口にした言葉だった。

  (了)

あとがき: 参考文献:柳田邦男「脳治療革命」(文芸春秋連載)            
                            




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