AWC 十三VS殺人鬼 4   陸野空也


        
#4022/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  17:43  (200)
十三VS殺人鬼 4   陸野空也
★内容
「確かに聴いたんですよ」
 エントランスホールで、吉河原隆介が身振り手振りを交え、熱弁を振るう。
 と言っても、内容は乏しい。ラジオで流れたニュースを、そのまま伝えてい
るだけなのだから。自然、身振りの方も意味を持たない物ばかりとなる。
「そういう報道があったとしてだ」
 長椅子に座ったままの姿勢で、越塚が口を開く。
「こっちに向かっていると決まった訳じゃあるまい?」
「ええ、それはそうですよ。どこに逃げたかなんて、言及してなかったから」
「だったら、心配したって、意味ないんじゃないか。ここを襲う可能性は、限
りなく低いと思うね」
「わしも同感だ」
 念田が、だみ声で応じた。
「逃げ場のない山のてっぺんに逃げ込んで、何の得がある? 袋の鼠だ」
「だから、俺達を人質にして」
「ばっかばかしい! そんな悪知恵の働く野郎なら、連続通り魔殺人なんて、
訳分からんこと、するはずねえだろが」
「やるとしたら、もっとスマートな殺し……ということになるでしょうね」
 ラリーも、他の二人と同意見らしい。吉河原は高い位置の肩を、見るからに
寂しげに小さくした。
「用心に越したことはない、と言っているんです」
「あのぅ、吉河原さん?」
 念田の付き添いの福原多恵が、遠慮がちに言葉を差し挟む。
「何でしょうか」
「失礼かもしれませんが、聞くところ、あなたは無差別殺人事件に巻き込まれ、
奇跡的に助かった方だとか……」
「そうですよ」
「そのため、過敏に反応なさってしまうんじゃないでしょうか。いたずらに怯
えても、意味がないと思うのです……」
「そかもしれませんが、俺は恐ろしいんです、はっきり言って」
 文字通り、きっぱりと言った吉河原。
「俺が巻き込まれた事件の犯人、ご存知ですか? あのジュウザですよ」
 ちょっとしたざわめきが起こる。ジュウザ事件に関係していると知っていた
者は、この場にはほとんどいなかったようだ。
「そのジュウザと現在、並び称されるエンプティとおぼしき人物が、ひょっと
したら、こっちに向かっているかもしれない。考えるだけで、震えが来そうだ」
「勝手に震えてりゃいいだろ」
 念田は、簡単に切って捨てる。
「わしはかまわねえ。普通通り、やろうじゃないか。万万が一、エンプティだ
かジュウザだかが来たって、全員が殺されるはず、ねえだろが。最初の一人が
やられたら、みんな気付く。そうしたら全員で犯人を見つけて、取り押さえり
ゃいいんだ。要は、最初の犠牲者にさえならなけりゃいいんだよ!」
「念田さんとは、話にならない」
 吉河原が、あきらめたように首を激しく振ったとき、寺之本の一行が現れた。
「どうされました?」
 受け付けの女性が、怪訝そうに声をかける。
「十分足らず、下ったところで、木が倒れて、道が塞がったんです」
 場がざわめいた。
「この雨の中、歩くのも無謀だと思いまして、引き返してきたのですが、しば
らく、いさせてもらえますか」
「え、ええ。所長に聞いてきますが、いいでしょう。それにしても、台風でも
ないのに、こんな急に崩れるなんて」
 ぶつくさ言いつつ、持ち場を離れる女性。割蔵へ知らせに行ったのだろう。
 寺之本ら五人は、そこいらの長椅子に分散して座った。
 彼らに気付いた看護婦が、「幸さんを呼びますか」と、動きかける。
「いえ、どうせこの天気、いくらでも時間はある。それよりも、自動販売機は
どこかにありますか。飲み物の……」
「あ、はい」
 案内に発つ看護婦に、大塩と矢口が着いていく。
「道が塞がったとは、本当ですか」
 越塚が、寺之本に尋ねた。初対面のはずだが、この絵描きは人見知りしない。
「ああ。嘘などつかん。本来、私は時間に追われていたんだ。それをやむなく
引き返してきた」
「災難でしたな。まあ、我々患者にとっちゃ、道が塞がっても、切迫した問題
にはなりませんが」
「天気予報を聴きたいんだが、ラジオかテレビを」
 患者の中では動ける方の越塚が、リモコンを取り上げ、テレビを入れた。
 ちょうど、ニュースの時間である。
 重なる具合で、受け付けの女性が、「許可が出ました」と小声で告げて、持
ち場に戻った。
 相前後して、大塩達も、カップコーヒーや紅茶やらを持って、戻って来る。
「どんな様子でしょうか……?」
「分からん。天気はまだだ」
 それでも皆、高い位置にあるテレビ画面を見上げている。小学生の愛などは、
椅子の上に立ってさえいた。
<エンプティ事件捜査本部は、参考人聴取を求めた二十五才の男性が逃走して
いる件について、男がエンプティである可能性には言及せず−−>
 そのニュースに、吉河原が何か言いかけたが、思い出した風に口をつぐんだ。
誰もが、静かに聞き入る。
<公務執行妨害と車両盗難の疑いで、氏名と写真の公開に踏み切りました>
 画面が切り替わり、日に焼けた優男の上半身が大写しになる。何の写真か分
からないが、にやけた表情だ。ウェーブのかかった長髪に、薄い眼鏡。二昔ほ
ど前のアイドルタレントといった風情があった。画面下方にテロップで、「宮
本嘉世男(25)」と出る。
<名前は、みやもとかせお。身長一七〇センチ、やせ型。職業は大学院生との
ことです。大学名は明らかにされていません。見かけた方は、警察へお知らせ
ください。−−次に>
「ほら、本当だったじゃないですか」
 ニュースが終わるや否や、吉河原が叫ぶように言った。
 鼻を鳴らして応じたのは、越塚。
「ああ、分かったよ。だが、こっちに逃げているかどうかは、分からんじゃな
いか。それに、あの宮本某がエンプティと決まった訳でもあるまい」
「そりゃそうですが」
「あ!」
 吉河原が口ごもったのと、愛が叫ぶのはほぼ同時だった。
 寺之本が愛の相手をする。
「どうしたんだ。やかましいぞ、もうすぐ天気予報が始まる」
「どっかで見たと思ったら、さっきテレビに映った人、あの人に似てる」
 子供は、隅っこの席にいる青年を指差した。
 うつ向きがちにして、タオルを頭からすっぽりと被っている彼−−瀬尾武蔵
と名乗った青年は、自分が注目されていると気付かないのか、反応を表さない。
「何を言い出すんだ、愛。全然、違うだろう。年齢が近いぐらいで」
「ううん。顔、同じだよ。皮膚の色や髪は違ってたけど、顔は絶対に同じ!」
「いい加減なことを言うな。失礼だろう」
「いや」
 不意に、矢口が発言した。立ち上がって、瀬尾のそばまで近付いている。
「会長、愛君の言ったことは、正しいかもしれません」
「何だって? おまえまで、何を馬鹿な……」
 寺之本の台詞が途切れる。
 瀬尾が顔を上げ、タオルを自ら取り去ったのだ。
「ばれてしまったのなら、仕方ありません」
 その瞬間、空気に緊張が走っただろう。
 他の誰もが何も言わないうちに、若い男はさらに続けた。
「自分は確かに、宮本嘉世男ですよ」
「−−貴様!」
 矢口はいささか芝居がかった言い方をすると、身構えた。飛びかかろうかど
うしようか、迷っているような姿勢だ。
 瀬尾−−宮本は、両手を上げて降参の格好をした。
「慌てないでください。断言しておきますが、私はエンプティではありません。
宮本であると言ったまでです。参ったな、こうも簡単に、写真が出るなんて」
「けっ、信用できるか」
 吐き捨てた念田は、車椅子の身でありながら、福原をかばうように両手を広
げている。
「おまえが殺人犯じゃないと言うんなら、何で逃げたのか、教えてもらおうじ
ゃねえか」
「その前に……皆さん、逃げたければ逃げてください。それこそ、私が潔白で
ある証明です。誰かを人質に取って抵抗しようなんて気は毛頭ありません。も
う、覚悟しました」
 挑むように、場の全員を見渡す宮本。
「どうしました? 警察に通報すればいい。私はこの通り、無抵抗ですよ」
 弾かれたように、看護婦が走り出した。割蔵所長のいる部屋を目指している。
「ま、どうせ、警察もすぐには来られないでしょうが」
「おい、こっちの質問に、答えやがれ」
 強気な口調の念田。
 宮本は念田と、自分の近くで飛びかかるポーズを崩していない矢口へと、視
線を交互に移した。
「精神的プレッシャーが凄いなあ。話しますよ。ちょっとね、危ないことに携
わったものだから、あのとき、警察に捕まりたくなかったんだ」
「……麻薬関係か?」
 越塚が言うと、宮本は二度ほど拍手をした。
「察しがよいようで。麻薬を隠す時間だけ、ほしかった。麻薬をどこかに隠し
おおせたら、あっさり捕まってやるつもりだったのに、刑事がどじでしてね。
いつまで経っても、捕まえられないでいる。その内、自分がエンプティ事件の
犯人だと思われていると分かった。さすがにパニックを起こしましたよ。で、
車やバイクを奪って、逃げていたら、こんな山中まで来てしまった。どうやら、
ここで悪運も尽きるらしい」
 自嘲混じりに言って、自らの髪を触る宮本。
「自分で髪まで切ったのにね。無駄骨になってしまった」
「警察に通報しました」
 凛とした声が響き渡る。割蔵が白衣のまま、姿を見せていた。
「あなたが宮本嘉世男?」
「そうですよ。ここの院長さん?」
「所長の方が適切です。私は割蔵。ここの静かな生活を守る義務があります。
早く、あなたの身柄を警察に引き渡さないといけない」
「そりゃ、ごもっとも。だが、この雨だ。それに、道は倒木で往来できなくな
っている。悪くすると今夜一晩、ご厄介になるかもしれませんよ」
 宮本の人を食った口ぶりに、割蔵もさすがにたじろぎを見せた。後方にいた
看護婦と、何やら言葉を交わす。
「全面的には信用できないな」
 突如、吉河原が大声を張り上げた。
「皆さんも、同じ気持ちでしょう? かと言って、外に放り出してどうなる問
題でもありません。そこで提案なんですが」
 吉河原が割蔵へと向き直る。
「ロープか何か、ありませんか?」
「……ああ、分かった。縛って、彼の自由を奪う訳ね」
 勘よく割蔵が答えると、吉河原は嬉しそうに首肯する。
「嫌だな。手首なんかに、傷ができる」
 一方、あくまでとぼけた口調の宮本。
 が、何人かににらみつけられ、あきらめたのだろう。
「仕方ない。大人しく、お縄を受けます。飯だけは食わしてくださいよ」
 と、両腕を揃えて前に突き出した。
 看護婦が再び慌ただしく、駆け出していった。

 牛久は宮本の存在に興味を示し、その逃亡者が結わえられた廊下の突き当た
りで、インタビューを試みていた。雨風よりも犯罪者、ということらしい。
「あの神経は、俺には分かりません」
 割蔵の部屋を訪ねた吉河原は、気分が悪いと訴えた。
 心情はよく理解できるとばかり、微笑み混じりにうなずいた割蔵。
「警察、いつ来るんですか。さっさといなくなってほしい」
「先ほど、二回目の電話をしたのだけれど、明朝以降になるという話だったわ」
「朝? じゃあ一晩、一緒ですか、あの男と。どうして、そんな遅れるんだ?」
「道がね。倒木だけじゃなく、土砂崩れも起こったらしくて。雨が弱まるのを
待って、復旧作業をしてからになるから」
「何てことだ、こんなときに!」
 片手に作った拳で、もう片方の手の平を打つ吉河原。
「興奮しないように。それよりも、安心した。前は、殺人事件に関係のある話
は、全くだめだったのに、不快な気持ちを口に出せるようになっただけでも、
大変な回復ぶりだわ」
「……そうかもしれません」
 機嫌を直したか、吉河原の表情が和らぐ。
「ところで、吉河原さん。あの宮本さんを縛った紐を置いてあった場所に、斧
があるのだけれど」
「はい。何ですか?」
 吉河原の反応に、割蔵は二度、うなずいた。
「あなたは以前、キャンプ場で薪割りをやっていたそうね。元の生活習慣に戻
るために、こちらでもやってみない?」
「あ、ああ、いい感じですね」
 斧を手に、振りかぶる手つきをする吉河原。巨漢だけに、たくましい腕と相
まって、様になっている。

−−続く




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