AWC そばにいるだけで 12−8   寺嶋公香


        
#4010/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/28   5:54  (200)
そばにいるだけで 12−8   寺嶋公香
★内容
「そうか。このことは、お母さんもご了解しておられるんで?」
 母親への問いかけに戻る。
 純子の母は、しっかりとうなずいた。
「もちろんです。相羽さんの奥様から伺った話ですから、問題ないと思いまし
たし」
「相羽? うちのクラスの……ああ、確か、母親がその手の仕事に携わってい
ましたか」
 三者面談に備えて予習でもしたのだろうか、牟田先生はすぐに理解した。
「それなら安心ですが、引っかかるかなと思いましたのは、一応、校則で定め
られていましてね。生徒のアルバイトは原則的に禁ずる、と。−−涼原だって、
分かってるだろう?」
 また純子に。
 無論、その校則は知っていたので、黙ってうなずき返す。
 担任も顎先だけで小さくうなずき、再び純子の母親に話しかける。
「失礼ですが、ご家庭の経済状態は、特に苦しいということもないようですが」
「そのような理由で、アルバイトをさせているのではありませんから」
 実際、わずかばかり機嫌を悪くしたらしく、母の言葉は小さな棘を含んでい
たように、純子には感じられる。
 牟田先生もこのような状況は初めてなのだろう、さっきから両手の組み方を、
左右入れ替える行為を繰り返している。戸惑いを露にした態度のまま、探るよ
うな質問を重ねてきた。
「では、どのようないきさつで……」
「最初の場に、私が居合わせたわけではありませんけど、純子からは、急な代
役を頼まれ、断りきれなかったと聞いています」
「−−そうなのか?」
「はい。今年の二月の終わりぐらいに、相羽君のお母さんの仕事の関係で、モ
デルさんの撮影を見学できると聞いて」
 純子は、何度か行きつ戻りつしながら、ことの次第を説明し終えた。
「なるほど、よく分かりました……」
 先生は、生徒とその親、どちらに向けて話しかけているのか分からない返事
をよこす。
「小学生のとき、始めたんですよね……。ううん、判断しにくいな。あの、お
母さん。また立ち入ったことをお聞きしますが、いわゆるモデル料というかバ
イト代は、娘さんにそのまま入るのですか」
「いえ。私が預かっております。純子の意志で、そうしてくれと。使いたいと
きは、必要な額を聞いて、渡していますが、いけないでしょうか」
 聞いている内に、純子は感心、いや感激し始めていた。
(お母さん、案外、はっきりした言い方をしてくれるんだ)
 その一方、牟田先生はあたふたし通しの様子。
「いえいえ、いけなくはありません、当然。うん、ま、こちらの取り越し苦労
だったようで。生徒の家族同士のおつき合いの延長という見方もできるし、問
題なしということになりましょう」
 歯切れはよくなかったが、認めてくれた。
 純子は母親と、横目でウィンクし合った。
「長くなりました。以上です」
 やっと終わった。
 晴れ晴れした気持ちで立ち上がり、親子揃ってお辞儀してから、教室を出る。
「あーあ、緊張したわ」
 肩が凝ったのか、首を左右に振る母親。
「モデルの話を持ち出してこられたときは、どうなるかと思ったけれど、でも、
よかったじゃない。お墨付きがもらえて」
「う、うん。お母さん、少しの間、待っててくれる?」
 足を止めた純子に、母が振り返る。
「いいけれど、どうかしたの? 忘れ物?」
「そうじゃないけれど、ちょっと」
 きびすを返し、今来た廊下を戻る。
 ちょうど、教室を出るところだった牟田先生と、顔を合わせた。
「先生」
「おお、涼原。何だ?」
 脇に資料を抱え、教室のドアの鍵をかけるポーズのまま、止まる先生へ、競
歩のように一生懸命駆け寄った。廊下を走っては行けないことになっているか
ら。
「モデルの話ですけれど、誰から聞いた−−お聞きになったんですか」
「そのことか。滝ノ原(たきのはら)先生から聞いたんだ」
 鍵をかけ終わると、さらに詳しく話してくれた。
「滝ノ原先生は野球部の顧問をやっておられてだな、一年生の部員が話してい
るのを耳に挟んだんだそうだ。うちのクラスの生徒でな」
「え? じゃ、じゃあ、それって」
「お、勘がいいな。はっきり聞いたわけではないが、清水に間違いないんじゃ
ないか? 清水とは小学校のとき、同級だったんだろ? なら、知っていても
おかしくないよな」
 快活な笑い声を立てる先生の後ろで、純子は手をわななかせていた。
(何よ、清水の奴! 言い触らさないって約束したくせに、知られちゃってる
じゃない! お許しが出たからいいようなものの)
 今度あったら、何て言ってやろうと考える。
 と、不意に先生が話しかけてきた。
「慣れない敬語は、使っててくたびれるだろ」
「え、あ、さっきの……」
 言い間違えそうになったのを、しっかり聞かれていたんだと知って、顔が赤
くなる。
「先生だって、疲れるよ。連日、お母さんやお父さん方と会ってると、肩が凝
って仕方がない」
 空いている右手のこぶしで、左の首筋辺りを叩く先生に、くすっと笑えた。

 純子の顔を見るなり、清水と大谷は、数歩後ずさって、決まり悪そうに頭を
かいた。お揃いの格好−−野球部のユニフォーム−−をしている二人が同じよ
うな動きをすると、どこか漫才めいて見える。
「何よ、その態度は」
 口を尖らせる純子。
 特別に算段を立てて学校に来たわけじゃない。
 でも、清水と大谷をつかまえることは、意外と簡単だった。夏休みに入って
も、野球部の練習は頻繁に行われているらしい。
「女の子が会いに来てるって聞いたから、誰かと思ったら、おまえかよぉ」
 清水が、頭の後ろに手を組んで、憎まれ口を叩く。
「す、涼原さん、何の用だ?」
 どもりながら聞いてくる大谷。彼の方はフェンスにもたれかかり、いかにも
不器用に足を組んでいた。
「昨日ね、面談があったの」
 スカートのベルトライン辺りに手を当て、詰問調で始める。日陰だと言うの
に、頭がかっかしていた。
「ふうん? それがあ?」
「聞かれたのよね、モデルのこと。どうしてばれたのかしら。不思議」
 じっと見つめてやると、最初に大谷、続いて清水と、目をそらした。
 清水に至っては、空を見上げ、口笛を吹き始める始末だ。
「とぼける気? じゃあ、言っちゃう。牟田先生がおっしゃるには、この話を
滝ノ原先生から聞いたんだって。滝ノ原先生と言ったら、野球部の顧問−−」
「ああ、分かった。分かったよ!」
 腕をだらんと降ろすと、力なく首を振る清水。大谷は、フェンスに寄りかか
った姿から、ずっこけそうになる。
「確かに、聞かれちまいました。認めるよ」
「……それだけ?」
「……ごめん。悪かった」
「悪かった」
 清水がぶっきらぼうに頭を下げたのを見て、大谷もまた頭を下げる。
「でも、誤解すんなよな」
 面を上げた清水は、威勢よく言った。暑さのせいか、汗がこめかみの付近を
だらだら流れ始めている。
「言い付けたんじゃないぞ。俺と大谷がだべってたのを、運悪く、先生に聞か
れたんだ。それだけだぜ」
「そうそう、悪気はなかったんだよ。だから、勘弁してやってよ」
 大谷が低姿勢で言うのを、清水が突っ込む。
「俺一人のせいだって言うか?」
「だって、おまえが話し始めたんじゃないか」
「あ、あれは、その前に、おまえがアイドルの話を持ち出すからだろ」
 言い合いを始めた野球部員達に、腰に手を当てたままの純子は、芝居っ気も
入れてため息をついてやった。
「はいはい、分かりました。どっちが言い出したかなんて、もういい。謝って
くれたんだから、許すわよ」
「ほ、ほんとか」
 二人して、ほっとした顔つきになるのが、よく見て取れた。
「嘘じゃないってば。話はこれだけだから。じゃあ」
「−−ま、待てよ」
 話が決着して、さっさと立ち去ろうとした純子の背に、清水の声が。
「おまえ……怒られたのか」
「うん? ううん。そうでもないわよ」
「だ、だけど、バイト禁止……」
「だから、平気だったって言ってるでしょうが。最初は怪しい雲行きだったか
もしれないけれど、お母さんもいたから」
「そっ、そうか。なら、いいんだ。はははは」
 空虚な笑いをする清水。
(変なの)
 訝しさに顔をしかめながら、純子はまた歩き出した。
 運動場とそれ以外とを区別する小さな溝をまたぐとき、振り返って、さっき
から気になっていたことを忠告する。
「怒られるのを心配するのは、そっちじゃなあい? いつまでもぼさっとして
ないで、早く戻らないと−−」
 その声に、清水と大谷は顔を見合わせ、次の瞬間、
「いけね!」
 と叫んで、転がるようにグラウンドへ向かって走って行った。
 さあ、帰ろうと思って、校門の方に向かおうとした純子の視界に、見覚えの
ある女性の姿が入る。ちょうど、校舎の中に消え行くところ。
(相羽君のお母さん……そっか、今から三者面談なのね)
 はっきりとは覚えていなかったが、相羽が面談を希望していたのは、確か今
日だったように思う。
(待ってようかしら? ひょっとしたら、モデルの話が出るかもしれない。出
たんだったら、聞いてみたい)
 そうと決めたら、時間を潰すためにどうしようか、考え始める。
 図書室が開いていると、思い出した。

 二十分ほどしてから、純子は一年三組の教室を目指した。
 目指したと行っても、中に入るわけではもちろんなく、相羽親子とうまく顔
を合わせられたらいいといったもの。
「あら」
 果たして、思惑通りに行く。
「純子ちゃんじゃないの」
 相羽の母が気付いて、声をかけてきた。仕事場から抜け出してきたと思わせ
る、淡いピンクのスーツ姿が決まっている。その隣で立ち尽くす、ラフな格好
の相羽とは対照的。
「こんにちは、おばさん。相羽君も」
「偶然ね。これから面談なのかしら?」
「いいえ、今日は別の用事があって。面談は昨日でした」
「そうだったの。−−そうね、これから、時間あるかしらね、純子ちゃん?」
 手首を返して腕時計を見ると、おばさんが言ってきた。
「え? ええ、まあ、暇です」
「よかったら、喫茶店にでもと思って。保護者同伴なら、校則にも引っかから
ないでしょう、信一?」
 黙って立ち止まっていた相羽は、面倒くさそうに応じる。
「そうだけど、母さん、何の話をするつもりなのさ? 涼原さんを入れて……」
「恐い顔しなさんな。仕事の話はしないわ。さっきの面談で先生からあった話
を、してみたいだけ」
「あ、やっぱり、牟田先生からあったんですか? モデルの話……」
 こちらから言い出さない内に、知りたいことが話題に上がったので、急いで
言葉を差し挟んだ。
「その通り、よく分かったわね。ああ、そうか。昨日の面談で、純子ちゃん、
同じような話を持ち出されたんだ?」
「そうです。モデルのことが校則に引っかかるかもしれない、みたいな感じで」
「結局、問題なし、でしょう?」
「はい。あの、おばさんの方は、何て」
「……このままじゃ、喫茶店に行く必要がなくなっちゃうわ。この暑さだし、
喋り通しだったから、喉乾いてるのよ」
 片えくぼを作って笑うと、相羽の母は、先頭を切って歩き始めた。
 純子が呆気に取られていると、相羽が、「行こっ」と弾んだ口調でうながし
てくる。
 そのまま外来者用の駐車場へ向かった。相羽達が車で来ていたので、多少の
遠出も可能。
 スタート寸前、どこがいいかしらと頭を悩ませていると、後部座席、純子の
右に座る相羽が、唐突に叫んだ。教室で耳にするより、ずっと子供っぽい声で。
「レジェンドに行きたい!」

−−つづく




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