#3987/5495 長編
★タイトル (HMM ) 97/ 7/ 3 22: 0 ( 59)
お題>「生きる」(2) りょう
★内容
彼は驚くほど元気だった。少し足元がおぼつかないが、ゆっくり走りながら
俺達のところまでやってきた。
俺は彼に、今俺達がおかれている状況を手短かに説明してやった。
まだ頭がクラクラすると頭を振りながら俺の話を聞いていた彼は「俺も島か
ら出る」ときっぱり言い切った。理由を聞くと「一刻も早く女を抱きたいん
だ」ということだった。俺は絶句してしまった。
「な、なんだ、その理由は。おかしいぞ」
「なんだとはなんだ。仕方ないだろう。実際そうなんだから。そのために仲間
も見捨ててきたんだ。いまさら引き返せないし、その気もない」彼も仲間を見
殺しにしたようだ。しかし、俺とはその動機が違う。
「お前等二人ともおかしいぞ。何故そんな理由で仲間を見殺しにできるんだ。
そして、何故生死をかけてまで、国に帰ろうとするんだ。全然理解ができんぞ
俺は」俺は興奮してきた。もしかしたら俺の方が異常なのかもという危惧もあ
った。
「それは自分の気持ちが大事だからだろう。仲間よりも」彼が早口で答える。
「確かに仲間も大事だが、それを最優先にすることはできない。一番大事なの
は自分だ。貴様だってそうなんだぞ。だから、まだ生きてるんだ」
俺は何も言い返せない。彼の「まだ生きてるんだ」ということばに胸が熱く
なる。彼は俺の心情の変化を読み取ったように、柔らかく切り出した。
「いいか、俺はこう思うんだ。確かに俺達の青春は戦争で目茶苦茶にされつつ
ある。やりたいこともやれんし、おまけにいつ死ぬか分からんような状態だ。
だがな、俺は俺の人生を生きるんだ。国のために死んでやろうと決めたら潔く
死んでやるし、まだやりたいことがあると思ったらしぶとく生き抜いてやる。
国は俺に死ねと言ってるのかも知れんが、まだ死んでやらん。国で女が待って
いるんでな。出征の前の日に口づけしたんだが、それ以上はしなかった。その
続きをやらなければ死んでも死にきれん。最初は死ぬ気で戦地に来たが、女の
誘惑にはどうしても勝てん。俺にはやり残したことがあるんだ」
彼の話しに男は大きく頷いた。
「女の誘惑に勝てんというのは軟弱だと思うが、俺も似たような考えだ。学生
の俺から勉強を取り上げ、銃を持たした国には心底服従せん。好きなことを禁
止させられると、どうしてもやりたくなるものだ。確かに俺は昔から学問が好
きだったが、今ほど強烈ではなかった。だが、それを奪われた今は生命を賭け
てでもやりたいと思う」
俺は二人の話しを聞いて笑い出してしまった。
そして言った。
「やっぱり、お前等の生き方は間違ってる。だが、嫌いじゃない。俺にもその
素質はありそうだしな」
二人がニヤリと笑った。俺は構わずに言った。
「よーし、俺も生命を賭けてやろうじゃないか。だが、お前等とは違う。世の
為、人の為だ」俺はオール代わりの機体から剥がした鉄板を掴むと、二人に号
令を下した。
「潮は満ちた。出発だ! 押せー」
三人に押された、折れた翼は岸を離れて、海面に浮いた。そして沖に向かう
潮流に乗ったのか、どんどんと島から離れていく。
「一体、君は何に生命を賭けるんだ」
男が聞いてきた。
「もし、無事国に帰れたら、安心しろ。思う存分勉強させてやる。俺が戦争を
終わらせてやる」
「な、何だとー。そ、そんなことできるわけないじゃないか。君の方こそ間違
ってるぞ」
「間違ってるか、間違ってないかなんて、やってみなければ分からない。俺は
生き続ける目的をそこに見付けたんだ。それにお前等より望みがでかい分、俺
の方がしぶといかも知れんぞ」
折れた翼は何処に行くとも知れない、気まぐれな海の流れに身をまかせて流
され続けた。
果てしなく。果てしなく。
<終>