AWC お題>「生きる」(1)        りょう


        
#3986/5495 長編
★タイトル (HMM     )  97/ 7/ 3  21:57  (193)
お題>「生きる」(1)        りょう
★内容
 俺達の小隊は完全に包囲されたようだ。逃げ場はどこにもない。本部との無
線も通じない。敵軍の足音は徐々に徐々に近付いてきている。俺は小さな、た
こつぼの中で息を殺していた。茂みをかきわける足音が徐々に徐々に近付いて
くる。徐々に徐々に。
 「とつげきー」
 しびれを切らしたように、隣のたこつぼに入っていた小隊長が大声で号令を
くだした。
それを合図に隊員たちは続々とたこつぼの中から躍り出て走りだした。
 その時、俺は死ぬのが恐くて出られなかった。足が動かなかった。
 たこつぼの中で激しく続く銃声を聞いていた。今、外で戦っている戦友達の
顔が次々と脳裏に浮かぶ。笑ってる奴、話かけてくる奴、夢を語る奴。あいつ
らはみんな死ぬんだろう。あいつも死ぬのか、こいつも死ぬのか。だったら俺
も、もしかしたらもう死んでもいいんではないだろうか。こんな空腹や疲労や
絶望から解放されてもいいんではないだろうか。そしたらきっと楽になれるん
ではないだろうか。たこつぼの中で足を震わせながらそこまで考えて俺は決心
した。よし、死のう。
 俺はたこつぼの中から這い出した。前方を見ると味方の幾人かが、包囲網を
突破していて、それを追うために敵軍は俺に背中を見せている。
 とっさに俺は味方とは反対の方向に走りだした。生きるんだ!
 銃声が背後に聞こえた。俺に気付いた敵兵の何人かが後を追ってきたよう
だ。俺は死にものぐるいで走った。軍刀を捨てた。銃も捨てた。背中の荷物も
捨てた。背後の銃声はまだ俺を追いかけてくる。森の中は走りづらい。何度も
何度も転び、そのたびに体には、泥や、草の汁や、ぼろぼろの落葉などがへば
りついてきたがそんなものにはかまっていられなかった。起き上がり起き上が
り走り続けた。疲労や、足に絡み付く蔦や草のおかげで走る速度は次第に遅く
なる。息も苦しくなってくる。生きるために走り続けた。
 前方に明るい日差しが、木々の間から見えだしてきた。もうすぐ森の出口
だ。追っ手は少し遠ざかったようだ。それでも息も絶え絶えに、まだ走り続け
る。
 そしてついに森を抜けたと思ったらそこは崖であった。踏むべき土地のない
場所に勢い良く飛び出した俺の体は、重力にしたがい真下の海へと引き寄せら
れていった。
 気が付くと白い砂浜に打ち上げられていた。


 男が乗艦している戦艦は、次々と飛来してくる敵の戦闘機に対して、もう反
撃する力も残っていなかった。その船体のあちこちから黒煙を吐き続けなが
ら、最後の力を振り絞って北へと向かっていた。
 しかしながら船内のあちこちに海水が入りこんできており、沈没はもう時間
の問題であった。
 「こうなれば、この船と運命をともにしよう」
 それが、ほとんどの兵士たちの共通した思念であった。
 だが、男は違った。まだ生きたい、生き抜いて国に戻れたら、いっぱい勉強
していっぱい本を読むんだ、と強く強く思っていた。男は船に体をくくりつけ
あう戦友たちを尻目に甲板へと出ていった。
 穴だらけの甲板の上には幾人かの兵士がいる。彼らは近付いてくる敵機めが
けて、各々の武器を投げつけていた。弾の尽きた銃や飯盒やスパナたちは目標
には遠く届かずに、空しく海へと落ちていった。それを嘲(あざ)笑うかのよ
うに敵機は無力な兵士に機銃掃射をくわえてきた。甲板の上の兵士たちは逃げ
ない。逆に敵機に向かってその体を走らしている者もいる。多くの兵士が倒
れ、倒れなかった兵士は再び武器を探し始めた。
 男には死に急ぐ兵士達の行動を止めることはできなかった。兵士達がとらえ
られている死の衝動。それは誰にも止めることはできない。男にもそんな衝動
は確かにあるはずなのだが、生き続けようとする信念がそれを打消していた。
 そんな中、男は生き残れる手段を考えた続けたが、良い方法は浮かばなかっ
た。だが絶対生き残ってやる、と繰り返し繰り返し胸の中で叫んでいた。
 やがて船はゆっくりとかたむきだした。海面が次第に近付いてくる。男にと
ってこれがチャンスなのかピンチなのか判断がつかなかったが、えーい、まま
よ! 男は海に飛び込んだ。そして戦艦の進行方向とは逆に南へ向かって泳ぎ
だした。敵機に発見されて狙い撃ちされる危険が多分にあったが、戦艦の攻撃
に集中しているのか、一機も男を発見できなかったようである。空の上から、
きらきら光る海の上に漂う、小さな目標物を捉えることは困難なことかもしれ
ない。
 しばらくして後を振り返ると完全に横倒しになった戦艦が、ぶくぶくと泡を
吹きながら沈んでいくところだった。敵機はもう西の空へと引き上げていた。
 男はじっとその沈む様を眺め続けた。
 
 仰向けに寝転がった姿勢で海を漂い続けて一昼夜が過ぎた。男の体力も限界
に近付きつつあった。とりわけ喉の渇きがきつくなってきた。かんかんと照り
つける真夏の太陽と、間近で匂う海水の匂いが、こらえようのない喉の渇きを
増幅させる。
 しかし、そんな状況下でも男はかすれた声で、生きてやるぞ、生きてやる
ぞ、とつぶやき続けていた。それは男にとって、念仏に等しいつぶやきであっ
た。
 それからどれ程の時間がながれたであろうか。その念仏の向こう側に聞こえ
た声があった。男が辺りを見回すと、はるか彼方にカモメの姿が見えた。その
向こうに陸地がある。男は疲れも忘れて、その陸地を目指して泳ぎ出した。
 やがて白い砂浜が見えてきた。


 彼は空の上にいた。目の前ではすでに、敵味方入り乱れての空中戦が行なわ
れていた。敵の戦闘機は速くて頑丈だった。味方の戦闘機は遅くてもろかっ
た。とても勝負にはならなかった。彼も敵の速くて頑丈な戦闘機に後ろから、
追われていた。
 彼はずっと女の事を考えていた。うつろな瞳。しっとりと濡れた唇。そこか
ら漏れる甘い吐息。
 「あーやりてぇなぁー」おもわず大声で叫ぶ。
 くるくる回ったり、宙返りしたり。彼の遅くてもろい戦闘機は忙しく動いて
いるが、なかなか後ろの敵を引き剥がせない。一緒に出撃した仲間は次々と空
から海へ落ちていく。彼も何発か被弾しているがまだ致命傷ではない。
 彼は妄想の中でもう女を裸にしていた。唇と唇を重ねる。女の口の中に舌を
挿入する。抵抗する女の舌を強く押しつける。くぐもった声が聞こえてくる。
 「やりてぇー。いや、やるぞー。こんなとこで死んでたまるかー」
 味方の劣勢とその想像力のおかげで、彼は戦意喪失し、機をひるがえして戦
線離脱した。故郷の国を目指して逃げ出した。ずっと後ろに張り付いていた敵
機がしつこく追ってきた。
 「こらー、しつこいぞー。帰らせろー。俺はやりに行くんだー。まだ死にた
くないんだー」ありったけの声で叫ぶが、残念ながらその声は敵には聞こえな
い。速くて頑丈でしつこい敵は、遅くてもろくてやる気満々の彼に容赦なく弾
丸を浴びせる。
 急に彼の戦闘機のスピードが落ちた。彼が後ろを振り返ると機体から煙が出
ている。機の高度が次第に下がっていく。その加速度が増していく。もう飛ん
でいるというより、落ちてるという感じになってきた。
「くそー、死んでたまるかー。やるぞー。やるぞー。やってやるぞー」
 彼は大声を出しながら操縦棹を引いて機をたてなおそうとした。海面はもう
目の前だ。「どぉりゃあーーー」彼が絶叫したその瞬間、機は一瞬たてなおっ
た。が、しかし落ちる勢いには逆らいきれずに海面へ激突した。機体は二つに
折れ、彼の乗っている前方の部分は激しくバウンドして海面をすべり続けた。
そして白い砂浜に乗り上げて止まった。
 彼の陰茎はいきり立ったままだった。


 俺と男はずーんと鈍い音を聞いて、砂浜に向かって走った。彼は半分だけの
機体の外に倒れていた。機が止まった直後に自力でコックピットから抜け出し
たらしい。何度揺り動かしても起きる気配はなかった。
「お前が倒れていた時も、こんな感じだったな」男は俺に言った。
 俺がこの島に打ち上げられた時、俺はどおいうわけか瞬間的に意識を回復し
た。そして砂浜を島の内部へ這っている途中で、再び意識が遠退いた。もしこ
の時意識がないままで、潮が満ちてきたらまた沖の方へ流されていったのであ
ろう。不思議なことである。
 二度目に意識が回復した時、俺は男に介抱されていた。
 その後元気を取り戻した俺と男は、この陸地が周囲四キロ程の島であるこ
と、人の住んでいる痕跡などがないこと、食物と水もどうにかなりそうなこと
を確認し、どうにかして国に帰る手段を考え続けていた。男の方は特に国に帰
る意志を強く持ち続けていたようであったが、俺はとりあえず生きてさえいれ
ればそれでいいぐらいの気持ちであった。
 意識の回復しない彼の体を丹念に調べてみたが、目に見える範囲では命にか
かわるような大きな怪我は発見されなかったが、巨大に勃起した男根を発見し
た。
「おい、でかいな」俺はおもわずうなった。
「ああ、だがこのぐらい元気がいいということは、体の方は心配するほどでも
ないな」男が言うように、隆々とそびえ立つ彼の男根には、力強い生命感が満
ちあふれている。まるで生きる意志がそこに宿っているかのようであった。
 彼を砂浜の奥の松林に運びこむと男は「あの戦闘機を見てくる。何か使える
かもしれん」とまた砂浜へ取って返した。俺は彼のシャツを近くの小川で濡ら
してきて彼の額に乗せてやった。そして俺も戦闘機を見に砂浜に走った。
「どうだ?」駆け寄りながら俺は男に聞いた。
「なんとか使えるかもしれん」男はあきらかにうれしそうだった。
「翼が片方折れてるだろう。こいつはたぶん水に浮くと思う。だからこいつに
つかまって、国を目指すんだ」
「どのくらいかかるんだ?」
「わからん。ただこのまま北へ進んでいくと海流にぶつかると思う。だからそ
いつにのっかってしまえば、意外と早く着けるかもしれん」 
 男の言ってることもわからんではないが、それはあまりにも危険すぎると思
えた。
「なあ、そんなに急がなくっていいんじゃないか。ここにいれば水も食料もあ
るし、雨風だってなんとかしのげる。そのうち誰かが発見してくれるかもしれ
ないじゃないか」
「いや、俺にとってはこんな無人島での生活なんて耐えられないんだ。俺はも
っと本を読んでいろんなことを知りたいんだ。勉強したいんだ。国に帰りさえ
すればそれができる。時間が惜しいんだ。一刻も早く国に帰りたいんだ。この
気持ちは、君にはわからんだろうがな」
 男の言うとおり、俺にはまったく理解できない感情であった。そもそも何故
この男はこんなにも学問にこだわるのか。それが命よりも大切なのであろう
か。何にしてもこの男は学問に対して特別な思い入れがあるようだ。
 男にどんな事情があるかは知らないが、俺は男と共に島を離れる気はしなか
った。また、男を止めることもできなかった。男には誰にも変えられない強烈
な意志があった。そのすさまじいばかりの向学心は、もう狂気と言っても過言
ではないと思えた。そこまでのめり込められるのは若さなのだろうか性格なの
だろうか。
 俺と男は手分けして木の実や魚やきのこ等の食料と水を用意した。食物は衣
類に包み、水は戦闘機にのっかっていた工具箱や軍靴の中に入れるだけ入れ
た。それでも三日ぐらいしかもたないように思われた。
 男の出発の準備をしている最中に、何度か眠っている彼の様子を見にいった
が起きる気配はなかった。
 全ての準備が整って、潮が次第に満ち始めてきた。後、三十分もすれば折れ
た翼は海水に浸るだろう。
「おい、必ずたどり着けよ。お前ならできる」すでに翼につながれている男に
話かけた。
「ああ、できるさ。いや、やってやるんだ。・・・・・死んでいった大勢の戦
友達のためにも」男は少し間を置いて、ことばを継いだ。
「俺の乗っていた戦艦が沈められそうになった時、俺だけ逃げてしまったん
だ。海に逃げた俺は沈む戦艦と仲間達を見ながら思ったんだ。空しいなと。な
んで誰も逃げないんだと。それから俺は簡単に死んでいった奴らのためにも生
きてやろう、生きるってことはこんなことだと教えてやるためにも生きてやろ
う、そう思っている。確かに俺は、結果的に大勢の仲間を見殺しにした男なん
だ。それは仲間と一緒に死ぬのが恐かったからではない。ただ、生きたかった
んだ。それだけだ。そのことには後悔していない。俺は間違ってない、と信じ
られる」男は強く言い切った。
「俺も似たような体験をしている。おそらく、他の仲間はもうみんな死んでい
るだろう。俺はその仲間を囮にして生き残ったようなもんだ。だが、お前の生
きようとする執念にはかなわんだろうな」
「俺は君とは違う。君はただ死にたくないだけだ。俺には生きるべき目的があ
る。その目的のために生きてるんだ、この生命をかけてるんだ」
 男はそこでことばを切って俺の眼を、じっとみつめた。その力強い瞳にみつ
められた俺は、返すべきことばを見つけられなかった。
 男は言った。
 「君は死を恐れてるんだ」男はまだ俺の眼を見ている。そして言う「だがそ
れは悪いことではない。当たり前のことなんだ」
 たまらなくなった俺は男から視線を外した。その視線の先にこちらに向かっ
て走ってくる彼の姿があった。

                              つづく




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