#3973/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/24 20:19 (200)
そばにいるだけで 11−7 寺嶋公香
★内容
アルバムを持ち上げ、目を近づける。いくら目を凝らしても、これが合成写
真だなんて信じられなかった。相羽は違和感なく、収まっている。
「ふーん。凄い、全然分かんない」
感心しながらクラス写真を眺める内に、ふとよぎる思い。
(相羽君が好きな子、ひょっとしたらこの中にいるのかもしれない)
バレンタインで本命からもらえなかった風な口振りだったから、いるとした
ら前の小学校のクラスメートの女子である可能性が高いように、純子は前々か
ら考えていた。
しばし迷う。好奇心を大っぴらにするのも、何だか恥ずかしい。
(郁江達のために聞いてあげよう、うん)
決めるや、相羽の肩を指でつつく。
「ね、ね。この中に、相羽君が好きな子って、いる?」
「え−−」
虚を突かれたらしい相羽は、口に持って行こうとしたカップを、中途半端に
宙で止めた。
「バレンタインのとき、言ってたわよね。本命からもらえないと嬉しくないっ
て。それって、前の学校にいるんじゃなあい?」
にこにこと満面に笑みを浮かべながら尋ねる純子。気さくな感じを出すには、
笑顔で聞くのが一番と判断。
「よかったら、教えて。気にしてる女子、多いんだから」
「……やめとく」
「どうして?」
前の学校の子なら言ってもいいじゃないと思った純子は、追及してみた。
「恥ずかしいから」
相羽は短い返事を重ね、その間、やけに音を立てて紅茶をすする。
「誰にも言わないから。ねえ、いいでしょ」
「……涼原さんの好きな相手、教えてくれたら、答えてもいいよ」
「私の? −−あ」
クッキーのかけらが、絨毯の上に落ちた。つまみ上げて、お盆の内に置く。
「教えてあげたくても、いないから。あははは」
「本当に?」
「あなたに嘘ついても仕方ないでしょ。私のことよりも、教えてよ。隠さない
でいいじゃない」
「……」
相羽はさらに考える仕種を見せ、やがて切り出した。
「……涼原さんは、どの女子と思う?」
「ええ? それって、クイズの出題でもしてるつもり?」
「そういうわけじゃないけど」
「変なの。うーん、そうねえ」
何だかんだ言いながら、改めてクラス写真に目を凝らす純子。
「あっ、この子、かわいらしい! 女の私から見ても、文句なし」
真ん中辺りの、水色がかったベストを着た子を指差した。小学生にしては目
鼻立ちのはっきりした、整った顔立ちと言えよう。前髪はおでこを隠す程度に
揃えられ、後ろに長い。写真からでは判断しにくいが、胸も大きい感じだ。
「その子はよく委員長やってたな」
「じゃ、きっと、頭もいいんだ?」
無邪気に尋ねると、相羽は黙ったままうなずいた。
「どう? 当たったんじゃなあい?」
「残念。人気あったけど、僕のタイプは、その子じゃないよ」
「そうなの? だったら……この子かしら」
今度は、いくらか背の高い子を選んだ。少しやせがちかと思えるが、笑顔が
とってもいい。つり込まれて、こちらまで笑みをこぼしてしまうぐらい。
が、相羽は首を横方向に振った。
「外れ。その子は、スポーツ万能って言っていいかな。バスケットボールの腕
前は、男子でも勝てないぐらいだっけ」
「ふうん……じゃなくて、この子でもないなら、誰?」
「二回間違えたから、チャンスはあと一回だよ」
「七並べのパスじゃあるまいし……」
ばかばかしく感じつつも、捜し続ける純子。
三度目は、大人しそうな子を選んでみた。
「本が好きそうな、この子じゃない? 眼鏡かけてて、かわいらしい」
「違います。三回外れたので、これで終わりっと」
「ず、ずるーい。本当はさっきの三人の中にいたけれど、正直に言わなかった
んじゃないの?」
うまく逃げられてしまいそうな雰囲気を感じ取り、文句を言った。
「正直に言ったよ。嘘つく理由、ないだろ」
「そりゃそうでしょうけど……。あ、まさか、この中にはいないんじゃあ?」
クラス写真の表面に、指でぐるりと弧を描く。
「同じ学年で、クラスは別ってこともあるわね」
「さあ、どうでしょう?」
とぼけた感じで肩を揺する相羽。
「だいたい、僕は言った覚えがないんだけどなあ」
「何を?」
「前の学校に、そういう子がいるなんて」
「……」
純子は一瞬、きょとんとし、冷静に振り返ってみて、相羽の言葉に間違いが
ないのを認識した。
「二月のバレンタイン……本命からもらえなかったって……そう言ってただけ
だったものね」
「どうぞ、自由に解釈して」
相羽は、肩を今度はすくめると、何故かため息をついた。
その直後、玄関のドアの開く音が。
「ただいま。お客さんなの?」
相羽の母の声。
純子は緊張感を一気に高め、立ち上がった。相羽も同様にする。
部屋を出ると、ちょうどご対面の形になった。
「お帰りなさい。涼原さんが来てるんだ」
「こんにちは。お邪魔しています」
前で両手を揃え、深々とお辞儀する純子。着ている服が初めての物のせいか、
背中が突っ張る感じがあった。
「あら、こんにちは、純子ちゃん。来てくれたのね、ありがと」
おばさんは純子の服を見て、さらに続ける。
「それ、似合ってるわ。気に入ってもらえたかしら?」
「はい。あの、本当にありがとうございます」
「お礼なんていいのよ。それよりも、どうして今その服を着ているかの方が、
気になるわね」
おばさんは白い歯をかすかに覗かせ、純子と相羽を交互に見やった。
この状態にすっかり慣れてしまっていた二人は、思い出すと同時に慌てて説
明を始める。雨で制服が濡れたため、シャワーを借り、代わりにこの服を着さ
せてもらった、と。
「あ、あの、何から何まで、お世話になってますっ」
再度、頭を下げた純子。お辞儀している間に、落ち着こうと努力する。
「ううん、いいのよ。この間来てくれたときは、あんなことになってしまって。
恐い目に巻き込んで、ごめんなさいね」
「いいえっ。あの、あの、おばさんの方こそ、ご無事でした?」
ショックを受けた様子だと聞いていたから、気にかかる。知らない内に、必
死の表情になっていた。
「ふふ、何ともないわ。でも、本当にはらはらさせてくれるんだから、寿命が
縮まる思いよ。それも、信一だけじゃなく、純子ちゃんまで」
「え? 私、何かしました?」
自分で自分を指差す純子。正直言って、一週間前のあのときのことは、ほと
んど覚えていない。最初と終わりだけが、やたらと強く印象に残っている。
やれやれ、自覚がないんだからとでも言いたげに息をついたおばさん。
「しましたじゃないわよ。暴漢のナイフ、蹴飛ばしたでしょう」
「あ。そうでした」
「二人とも、心配かけないで。純子ちゃんだって、あのあと、お母さんに怒ら
れたんじゃなぁい?」
「いいえ。実は、そういった話は全然してなくて……両親には、相羽君の家の
前で事件が起きたとだけ……」
えへへという風に、笑ってごまかす。
「そうだったの。仕方ないわねえ」
「もういいじゃない、母さん。早く着替えたら?」
相羽が焦れったさそうに言った。
「分かりました。−−そうだわ。制服の方、まだ濡れてるんじゃないの? 乾
かしてあげましょうか」
「い、いいです、いいです。これ以上、迷惑かけられません」
「迷惑だなんて、こちらの方こそ謝らなくちゃいけないぐらい、純子ちゃんに
迷惑かけているわ。そのせめてものお返し。アイロンかけるだけ、ね?」
「でも……」
恐縮から、もじもじする純子へ、おばさんはさらに一言付け加えた。
「実はおばさん、制服を間近で見てみたいのよね。中学校の制服なんて、男の
子のはどれも似たような物ばかりで、つまらない」
「男に生まれて、悪かったね」
ふてくされた口調で、相羽が言った。無論、冗談であることは、その顔つき
から分かる。
「男の子は一人前になったら、頼りになるだろうから、期待してるわよ。−−
服はどこ?」
息子の相手を一通りしてから、相羽の母は改めて尋ねてきた。
「はいっ、お風呂場、じゃなくて、その隣の洗面所の方に……ハンガーを借り
て、かけさせてもらっています……」
「分かったわ」
笑顔でうなずくと、軽い足取りで脱衣所へと向かう。
「私も着替えなくちゃいけないから、少し時間かかるけど、まだ帰らないでし
ょう?」
ドアの向こうに消える間際、顔だけ覗かせ、おばさんが聞いてきた。
「は、はい」
「ゆっくりして行って」
ぱたん。ドアが閉じられた。
純子は胸に片手を当て、息を長くつく。
「ふぅ、びっくりした」
「何が?」
部屋に引き返そうとしていた相羽が、足を止める。
「何が、ですって? 相羽君のお母さんが帰って来るなんて、思ってなかった
もの。お仕事中じゃなかったの?」
「多分、この雷雨のせいで、予定が変更になったんじゃないかな。野外での撮
影への立ち会いや撮影場所の下見なんかは、天気に影響されやすいから」
言われてみれば、ありそうな話だ。
(でも、やっぱり、知られたくなかったよ。いない間に、シャワーを使わせて
もらったなんて。何だか、凄く図々しいことをやった気がする……いくら相羽
君に勧められたからと言ったって)
ちょっぴり、自己嫌悪。
「何してんのさ。部屋に戻ろう。紅茶が冷める」
「う、うん……。あ、そうだ!」
「今度は何?」
純子の大声に、相羽は自室のノブにかけた手を離した。
「相羽君、お母さんに紅茶を入れてあげよう。ねっ?」
浴室の方は防音が行き届いていると言っても、あんまり大声では聞こえてし
まうかもと思い、純子は口調を囁き声に転じた。
「……お客さんは、そんなことに気を回さなくていいのに」
「だって、雨で冷えてるかも。そういうときのあったかーい紅茶は」
「分かったよ」
純子の前を横切り、台所に立つ相羽。別の急須を食器棚から取り出した。
「僕だって、お客さんがいないときは、ちゃんとしてるんだぞ」
「言わなくたって、分かる」
相羽君がお母さん思いだってことは、よく知っている−−純子は心の中で、
つぶやいた。
「悪いんだけど、そこの戸棚の白のカップ」
「これ? 出せばいいのね」
「うん、ありがとう。服、濡らさないようにしなよ」
「あっと、そうね。気を付けなくちゃ」
紅茶の準備が整ってから、もうしばらくして、相羽の母は姿を見せた。どち
らかと言えば地味な、上下とも黒っぽい服装で。
「ほんの少し、泥が跳ねていたけれど、簡単に落ちたわ。あとは乾かすだけよ」
「すみません、ありがとうございます。あの、先に休んだ方が」
ダイニングテーブルの上に視線をやる純子。相羽が黙って、カップに紅茶を
注ぐところ。
「お言葉に甘えて」
多少芝居がかった相羽の母は、目を細めてうなずいた。
そのあと、純子達も紅茶を部屋から取ってきて、同じテーブルに着く。
「この間の沖縄は、どうだったかしら」
「楽しかったです。南十字星も見ることができましたし、こんなこと言ってい
いかどうか分かりませんけど、修学旅行みたいで」
「本当に、そうだ。撮影してる時間より、遊んでる時間の方が長かったよ」
「予備日があって、よかったというわけね」
微笑しながら立ち上がったおばさんは、一旦別の部屋に行き、写真を持って
戻って来た。
「はい。遅くなったけれど、スナップ写真の方はできあがったから、渡してお
くわ」
−−つづく