AWC そばにいるだけで 11−6   寺嶋公香


        
#3972/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/24  20:17  (200)
そばにいるだけで 11−6   寺嶋公香
★内容
 行こうとする相羽を呼び止めた。外では空が、ごろごろと鳴っている。あた
かも、次の雷をいつ発してやろうか、タイミングを計っているかのよう。
「その、そばにいて。一人でいるより、誰かいてくれた方が安心する……。だ
っ、誰でもいいのよ」
「いいよ。分かってる」
 鼻で軽く息をつくと、相羽は腰を落とし、ドライヤーのソケットを壁のコン
セントに入れた。
「乾くまで、待ってて」
「う、うん」
 純子もその近くに、足を折り畳んで座る。
 ドライヤーの音が始まると、曲の方は聞こえにくくなった。
 でも、雷の音は、さして変わりがないように思える。それだけ純子が敏感に
なっているのかもしれない。
 また光った。そして、今度は音が違う。どこかに落ちた様子だ。
(−−恐いっ)
 純子は無意識の内に、相羽の左半身にしがみついていた。指に力がこもる。
「……痛いんだけど……少し」
 面食らった表情の相羽は、両手を頭の上に掲げたまま、まじまじと見返す。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、いいけど」
 抜けたような笑みを漏らすと、ドライヤーのスイッチを切った相羽。そして、
機械を置く。
「話そう。その方が、気が紛れるよね」
「で、でも、髪」
「それよりも、手、離してほしいな」
 まだしがみついたままである。
(だって……恐いんだもん)
 言い出せずに、それでもそろそろと手を離そうとした純子だが、タイミング
悪く、四つ目の大きな雷鳴が。
 全身をぴくりとさせ、先ほど以上に手に力がこもる。
「部屋の中にいるんだから、安全だって」
「音が恐いのよ、音」
 喋っている途中で、相羽の手が、純子の二の腕辺りを包んだ。肌の触れ合う
感覚に、瞬間、身体がぴくっと震えたが、次の一瞬後には、それに身を委ねて
もいいと思う。
(あ。あったかい、な)
「……涼原さん。やっぱり、シャワー浴びた方がいいよ」
「え」
「冷え切ってる。濡れた服を着たままだからだ、きっと」
「そ、そうかな。だ、だけど、もうすぐ帰るし」
「雷の中?」
 目線を窓へ向ける相羽。
 遠くで稲光が走るのが見える。雨も激しさを増したようだ。
「帰れないでしょ」
「……着替えがないから、意味ないわよ。シャワー浴びてまた濡れた服着てた
ら、おんなじことじゃない」
 ようやく落ち着いてきて、ゆっくりと顔を起こした純子。冗談を言う元気も
わき起こる。
「まさか、アイロンかけてくれるわけじゃないんでしょう?」
「そうか……。あっ、いい物がある! ちょっとだけ待ってて」
 相羽は立ち上がると、駆け足で部屋の外へ出、瞬く間に戻って来た。その手
には、白地に赤く小さな星のマークがいくつも入った紙袋があった。
「母さんからのプレゼント」
「……誰に」
「君への。またモデル引き受けてくれたお礼だってさ。もちろん、服」
「そんな、いいのに。ちゃんとバイト料、もらってるんだから」
「今はそれよりも、こうして着替えがあるんだから」
「だけど……」
「風呂場なら、外の音は聞こえないよ」
 その言葉で決めた。それだけ雷が苦手な純子。
「貸してっ」

 仕度を終え、脱衣所から出た純子は、動き回る相羽の姿を視界に捉えた。キ
ッチンで何かしているところらしい。
「あ、上がった? いいタイミング」
「嘘つき」
「え、嘘って?」
 ぶすっとして言ってやると、相羽は慌て顔で振り返った。キッチンに置いた
急須の蓋に指先を当て、時計を手にしている。
「雷の音、聞こえた」
「ああ、何だ」
 安心したのか、前に向き直った相羽。
「何だじゃないわ。外の音、聞こえないって言ったくせに」
「耳を澄ましていたんじゃないの?」
「それは……シャワーを浴びてるときは、聞こえなかった。けど、止めた瞬間、
ちょっとは聞こえたの!」
「それで、恐かった?」
「……それほどでも」
「今は? 恐い?」
 尋ねられて、よく考えてみる。
(雷の音は遠くで聞こえるけど……落ち着いた感じ。シャワー浴びて、暖まっ
たおかげかしら)
「紅茶でいいよね?」
「え? 何のことよ」
「もう入れたから、ほら、これ」
 と、相羽が指差すのは急須。紅茶専用の物らしく、華奢な取っ手が着いたそ
れを持ち上げ、水平方向に回す感じで軽く振ると、今度は上下させながら、こ
ぽこぽと音を立てて注ぎ始めた。
 カップに重ねた茶こしを通って、名前の通り、まさしく紅色(くれないいろ)
の液体が、湯気をまといながら、白い器を満たしていく。
「グッド」
 小さくつぶやく相羽。
 純子は髪をゴムでまとめてから、そばに立った。
「何よ、グッドって」
「この色なら、味は保証されたって意味」
「紅茶なんて、さして変わりないでしょ?」
「じゃあ、飲んでみる? 砂糖なしで」
「……砂糖なし?」
 聞き違えたのかと思い、問い返した純子。だが、相羽は黙ってうなずくだけ。
「砂糖入れなかったら、渋いばっかりじゃないの」
「ものは試し。はい」
 スプーン一杯の紅茶を差し出された。見つめていると、口の近くまで持って
来られ、戸惑う純子。
「……」
「どうしたの?」
「口をあーんしろ、とでも言うわけ、相羽君?」
 純子は腰の左右に両手を当てた。子供扱いされたと感じたのだ。
「そうか、はははは! 失敗した。悪い」
 相羽は大笑いして、スプーンの中の液体をカップに戻す。
「カップごと渡せばよかったんだ。はは」
「そうよ。全く……」
 受け皿に載ったカップを持ち、純子はスプーンで紅茶の味見をしてみた。火
傷しないよう、ふうふうと息をかけて冷ましてから、舌先に当てる感じで流し
込む。そして舌の上で転がすように味わった。
「どう?」
 上目遣いで考えていると、相羽が聞いてきた。
「うーん……。渋いのは間違いないんだけど、我慢できる。苦さがしつこくな
い感じ。それに……甘い?」
 正直言って、よく分からない。ほのかに甘いような気がする。
「それが紅茶の味なんだって。元々、砂糖を入れなくても、おいしく飲める」
「ふうん」
 しげしげとキッチンの上を見る純子。予想していたことではあったが、ティ
ーバッグの類が見当たらない。
「葉っぱから入れたのね」
「うん。ティーバッグよりも香りがよく出て、味も色々と試せるから」
 お盆に二つのカップとティーポット、それに例のクッキーを盛った皿を載せ、
持ち上げた相羽。
「いつも、紅茶の葉を使ってるの?」
 尋ねながら、相羽の部屋のドアを開ける純子。曲は止めてあった。
「あ、ありがとう−−。いっつもってわけじゃないよ。特別……と言うか、お
客さん用」
 お盆がカーペットの上に置かれた。およそ八ヶ月前の、お見舞いのときと同
じような具合だ。違うのは、相羽がベッドではなく、最初から純子と向き合う
形で座っていること。
「私もお客さん? うふふ、うれしいな」
「当然でしょ。君が前に来たときも、母さん、二度ともこれを出したよ。さ」
「あ、いただきまぁす」
 カップの縁に口を着ける。今度は砂糖をちょっぴり入れたが、先ほど同様、
おいしい。ほっとする。
「雨、まだ降ってるな……」
 窓を振り返った相羽。
「でも、よかったね。雷は収まったみたいだ」
「ほんと。これでどうにか帰れそう」
 心と身体があたたまってきたような気がするのは、シャワーや紅茶のせいば
かりではない。多分。
「でも、まだもう少し、ね。−−そうだわっ。ちょうどいいから、アルバム、
見せてもらおうっと」
「あ……そんな約束、したんだっけ」
 片手を後頭部にやる相羽。わずかに本棚の方を見やった目には、焦りの色が
浮かんでいるような。
「約束というほどじゃないけれど……」
 純子が見守っていると、相羽は立ち上がるのが面倒だったか、膝をついたま
ま本棚へ向かい、その最下段からアルバムを抜き出して戻って来た。水色地に
金文字の入ったシンプルな表紙だ。
「はい。言っておくけど、僕が写っている分はほとんどない」
「うんうん」
 生返事をして受け取り、適当にめくる。
 ぱらぱらと見る内に、相羽らしき顔を発見。キャンプ場のような自然の中、
木と木をこすり合わせて火を起こそうとしている相羽を、男女数人が取り囲ん
でいる場面。どうやら、林間学校のときの写真らしい。
「この、うつむいてる子、相羽君でしょ?」
 指差しながら尋ねると、本人は意外そうに目を丸くした。
「当たり。よく分かるなあ、下を向いた姿なのに」
「だって、今と変わってないもの。五年生のとき?」
「そう。このあと、火がちゃんと着いたんだ。その瞬間を撮ってほしかった」
「ほんとにー? 私達も五年のとき、林間学校で火を起こすのをやってみたけ
れど、誰も成功しなかったはずよ。煙出るのが精一杯」
 信じられず、声を高くした純子。
「嘘じゃないよ。このあと、細いロープを棒に巻き付けて、左右から交互に引
っいて頑張ったら、しばらくしてうまく行ったんだ」
「ふうん」
 応じながら、ページを繰る。
 運動会の模様が飛び込んできた。
「あっ、これ。格好いいじゃない」
 徒競走で先頭を切ってゴールした相羽。間違いない。瞬間の、必死の表情が
しっかりと捉えられている。
「どーも。卒業アルバムの中じゃ、唯一自慢できるカット」
「ちょっと見ただけで、二枚も載ってるなんて、結構、目立ってたのね」
「でもないよ。あと顔が分かるのは、クラスやクラブ、委員会の集合写真に、
はめ込んでもらったやつぐらいだぜ」
「心霊写真みたいに?」
 からかい半分に、純子は笑った。ところが、相羽は得意そうに微笑み返す。
「残念でした。心霊写真じゃないさ」
「どういうこと? はめ込んだら、どうしたって……」
「見たら分かる」
 その言葉に従い、クラスの集合写真を探す。
「何組?」
「六年四組」
「四組ね」
 すぐに見つかった。
「あれ? この写真……」
 純子は居並ぶ児童の一角を示した。
「相羽君、ちゃんといるじゃない。転校前の、四月か五月に撮ったのね?」
「言ったろ。はめ込みだって」
「どう見ても、合成じゃないわよ?」
「コンピュータ処理したんだって。大きさや影なんかを微妙に調節すれば、こ
ういう風に、その場にいたように作れる」
「へえ?」

−−つづく




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