#3970/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/24 20:14 (200)
そばにいるだけで 11−4 寺嶋公香
★内容
「そんなにひどいのか」
心配げな響きたっぷりに、唐沢が言った。
「違うよ。僕のことが心配だから家で待ってる、だってさ。大げさなんだ」
「心配に決まってるわ。昨日みたいに子供がまた危ない目に遭うかもしれない
って思うと、仕事も手に着かなくなるものよ」
「僕だって、同じだよ」
きっぱりと、相羽。
「母さんに何かあったらと思うと、学校、よほど休もうかと……。昨日は偶然、
居合わせたからよかったようなもんだけどさ。不幸中の幸い」
「相羽君……」
何故かしら、ぐっと来て、代わりに足が止まった純子。
「ん? あの、涼原さん、ドアのところで立ち止まられると、困るんですけど」
後ろに続いていた唐沢が、困惑したように笑っていた。
「あ、ごめんね」
純子が謝っている間に、相羽は自分の席へさっさと行ってしまった。
正確に言うと約束の時刻の九分三十秒前に、純子はビルの入り口に到着した。
(早すぎることないと思うのに、みんな、来てないや)
真向かいの建物の三階の高さ辺りにかかる時計が、時刻を教えてくれる。
(何がいいんだろ。ほんと、毎年、お母さんよりお父さんの方が悩まされるの
よね。カーネーションみたいな決まった花も、父の日にはないし。……煙草を
やめさせる商品って、ないのかしら)
「涼原ーっ!」
あれこれ考えている純子の耳に、名を呼ぶ大声が届いた。
(? この声は、もしかして)
嫌な予感を抱きつつ、声のした方を向くと。
「な、何で、あんた達がいるのよ!」
遠くから走ってくるのは、相羽と勝馬。それに清水、大谷の四人。先ほど、
大声を出していたのは、やはり清水だった。
「いちゃ悪いかよ」
多少息を切らし気味に、清水が言った。身一つで、あとはTシャツにジーパ
ンという出で立ち。大谷も似たような物。
「聞いてなかったわ」
純子は相羽へと、そのきつい視線を向けた。
「ごめん。一応、立島にも話してみたんだけど、そのとき、こいつらに聞かれ
て、代わりに行ってやるって言い出したんだ。男二人ってのもみっともないか
なと思って……いいだろ?」
「あんまりよくない」
「何だと、このー。中学なってから、冷てえぞ、涼原」
清水は相も変わらず、荒っぽい口ぶり。その一方で、クラスが別になった大
谷は、どことなく大人しくなったような。まあ、本当のところは分からないが。
「変な言い方しないでよ。小学校のときだって、何かあったわけじゃないもん
ねえ」
「毎日、俺達のこと、追いかけ回したじゃねえか」
「ばか、低学年のときの話でしょ、それは。だいたい、そっちがちょっかい掛
けてきてたんじゃないの。髪の毛引っ張ったり、スカートめくったり」
その頃のことを知らない相羽が、急に口を開く。
「清水、おまえ、毎日スカートめくりしてたのか」
「だ、誰がっ、そんなにめくるかよ!」
焦ったのは清水だけじゃなく、純子も。
(やだ、もう。往来で、『スカートめくり』の連呼なんて)
「話、聞いてろよ。他にもちょっかい出してたって、本人が言っただろ」
大谷が反論するが、果たしてフォローになっているのかどうか。
「じゃあ……三日に一度ぐらいはしてた計算になるな」
「おまえなあ……。はっはーん。そんなにこだわるところを見ると、相羽、う
らやましいんだな?」
反撃の糸口を見つけた嬉しさからか、清水は歯を覗かせ、きししと笑った。
「そんなことないよ」
「嘘つけ。涼原のパンツ、見たかったろ? 教えてやる。あの頃、こいつが履
いてた柄は」
「やめてよ!」
耳打ちの格好をした清水を、純子は怒鳴りつけた。
「言ったら、ただじゃおかないからっ」
「おお、こわ」
相羽の後ろに隠れる清水と大谷。
「おまえら、恥ずかしくないのかよお。−−お? 来た来た」
一人、蚊帳の外にいた勝馬が呆れ口調で言ったとき、残りの女子三人が姿を
見せた。二時一分前といったところである。
八人が揃ってからも、騒動は続く。原因は言うまでもない。
本気で買うつもりがあるとは思えないほど、清水・大谷コンビは、冷やかし
てばかりいる。
「ちょっと、二人とも。お店の人に迷惑よ」
肩身が狭そうに町田が注意しても、一向にやめようとしない。商品をあれこ
れ手に取って、けちを付けるだけ付けると、たいていの場合はそのまま放った
らかしにして、次の場所に移動する。それを町田が追っかける格好だ。
「だから、やだったのよ、全く」
ぶつぶつ文句を言いながらも、放置された品物を戻す純子。
隣に相羽が来て、手伝ってくれる。
「あんたのせいじゃないから、いいわよ」
「涼原さんのせいでもないでしょ」
確かにその通り。厚意を素直に受け止めるとする。
「ねえ、純ちゃん。これなんか、どうかなぁ」
そんなことはおかまいなしの富井が、明るい調子で聞いてきた。手にはネク
タイピンを三つも四つも持っている。
「あのねえ、この状況で、私に選ばせる気?」
「それもそうか。じゃ、相羽君。男子の目から見て、どれがいいか、教えて」
調子がいいったらない。
相羽が戸惑っていると、井口までやってきて、同じように聞いてくる。
「あーあ、何のために来たんだか、分かんないよっ」
大げさなまでに深いため息を、純子はこれみよがしについてやった。
父の日だと言うのに、涼原家では父親が早朝から出かけてしまった。
「折角、用意したのに。忘れちゃってるのかな」
頬を膨らませる純子に、母も苦笑いを浮かべた。
「いいんじゃない? 帰って来たら、疲れてるでしょうから、肩たたきでも何
でもしてあげればいいわ」
「それはそうだけど」
プレゼントは、すぐに渡したかった。
昨日の土曜日、迷った結果、選んだのは帽子とポロシャツの合わせ技。まだ
アルバイト代を残しておいたおかげで、母にあげたベルトと比べても遜色ない
物を用意できたと言えよう。
(これ着たら、若く見えると思ったから買ったのに。今日だって、着て行って
ほしかったのに。無神経なんだから)
ぶつぶつ言ってみても始まらない。
リボンやシール等でプレゼント用にきれいに包装された袋を、父の部屋のド
アに丁寧にもたせかけると、純子は自室に戻って、自分のことに取りかかった。
いや、大したことではないのだが。
(あの手品、絶対に見破る!)
気合いも満々、純子はトランプカードを一組、取り出してきた。
帰って来てから色々あって後回しになっていたが、気になってたまらない。
沖縄で見せてもらった五つの手品。狙うは、やはり最後のやつ。
(カードを当てるのはこれまで何度も見たけれど、カードを変えちゃうのは初
めてだわ。すり替えをやった様子はなかったから……だけど、すり替えるしか
ないと思うのよね)
初物だけに、取っ掛かりが掴めない。それに今回、ヒントを全くもらってな
いので、苦しいことこの上ない状況だ。
「分かんないなあ。どんな方法があるんだろう?」
早々に行き詰まって、音を上げそうになる。
こんなことじゃだめだと頭を振って、あの手品の様子を見かけだけでも再現
してみようと思い立つ。
カードをよく切り、一枚、引く。それをお客が確かめて、一番上に戻す。そ
の上にさらにケースを置いてから、念じてほしいと頼む。
(本当に念じたのが通じるんじゃないのは当然として……。あ、よく考えたら、
元々、念じることなんて関係ないじゃない。私は間違いなくダイヤを思ってた
のに、カードの方が違ってたんだから。カード当てじゃなくて、カードすり替
えの手品なんだ、これ。選んだカードはどうして別の物になったのか)
カードの山の上に置いたケースを、掴んでは放し、掴んでは放ししながら、
脳細胞を働かせる。
何度目かに、ケースが大きく跳ねて、山が崩れた。
と、そのとき、ふとした疑問が浮かぶ。
「どうして、ケースを置いたのよ?」
口にしてみると、その疑問はますます大きくなった。
(ケースを置く必要、あったかしら? あのとき、相羽君は、絶対に見えない
ようにするためにって言ったけれど、裏向きのままカードの数字を知るなんて、
普通、できっこないのよ。なのに、ケースをわざわざ置くのって、怪しいよう
な気がするわ)
この考え方は、結構気に入った。
(あいつの影響を受けて、推理小説を読むようになったせいかも)
分からないまま、そんな風に自己分析して、思考を続ける。
(ケースを置いたからって、カードのすり替えができる? 一直線に結び付け
ようとするのはやめて……ケースを置いたら、どうなるか。ここから考えよう
っと。ええっと、ケースをカードの上に置いたら、カードが見えなくなる。当
たり前か。でも、他に何もないみたいだし……。カードを見えない状態にした
ら、何かいいこと、あるのかもしれない)
ここまで推測を重ねた時点で、邪魔が入った。
電話が鳴ってるわと思ったら、すぐに母が取り次いでくれた。部屋を飛び出
し、一階に向かう。
「誰って?」
「初めての子よ。椎名恵さん、だって」
「−−ああ」
一瞬、誰か分からなかったが、たちまちの内に思い出す。
送受器を受け取った。
「はい、代わりました。恵ちゃん?」
「せんぱーい、お久しぶりですー」
一つ年下の椎名の第一声は、甘えた響きがあった。
「先輩はやめて。前も言ったでしょ。それに、この間、会ったばかりのような
気がするんだけど」
「細かいことは言わないでください。電話をかける決心をするのに、だいぶ時
間かけたんですから、緊張しちゃって」
「あっ、電話番号、わざわざ調べたのね?」
「はい。学校にあった卒業者名簿で。でも、電話帳で調べても、多分、一つし
かないと思いますよ、『涼原』って」
言われてみれば、そんな気もする。珍しい字面の姓だから。
「何かあったの?」
「いえ、用はないんですけど、確かめたくなったんです。相羽さんに会わせて
もらえるの、いつ頃になるのかなあって」
以前と違い、随分弾んだ声をしている。
「今日でもいいんですよ、私の方は」
「今日なら私も空いてるけれど、相羽君が無理よ」
「何かあるんですか?」
「ちょっとね。父の日だから」
曖昧に答える純子。
(買い物のあと、こっそり教えてくれたもんね。お墓参りに行くんだって。ち
ょうど、おばさまの休みが父の日に重なったって)
椎名の方は、分からないなりに納得したらしい。
「それじゃ、いつぐらいになりそうですか? 私、夏休みになったら、長い間、
おじいちゃんのところに行っちゃうので、連絡しにくくなるし」
「も、もう、夏休みの話? えっと、そうね、私達の方は七月に入ったらすぐ
にテストがあるの。もう少ししたら、その試験勉強を始めなくちゃいけなくな
るから、結構、時間が取りにくくなるかも」
「そうなんですか。早く会って、お土産渡したいんですけど」
「お、お土産って?」
「修学旅行、行ったから。涼原さんの分も、ちゃんと買ってきましたっ」
嬉しそうな椎名の声。この歳で後輩からお土産をもらうなんて、滅多にでき
ない体験かもしれない。
「そんなの、よかったのに。私の方は、なーんにも上げてないよ」
「いいんです。私がしたいんだから。涼原さんは、気にしないでください」
「と、とりあえず、その話は置いて、会える日だけど。相羽君の都合も聞かな
きゃいけないから、今は決められないわ。だから、またこっちから電話する。
それでいい?」
「はい、いいです。電話番号、教えますねー」
椎名が一つずつ区切って告げる数字を書き留めると、いくらかお喋りしてか
ら、通話を終えた。
(自分もお土産、買ってくればよかった。でも、秘密にしてることだし……)
そんな風に思った。
けれど、部屋に戻ってトランプを目にした途端、意識は手品のことへ。
(ヒントなしで見破って、あいつの鼻を明かしてやりたいな。うふふ)
取らぬ何たらを弾いて、思わず、にんまりしてしまった。
−−つづく