AWC 【OBORO】 =第2幕・会者定離=(5)  悠歩


        
#3916/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 6/13  23:14  (193)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(5)  悠歩
★内容



「君も、ヒロインじゃなかったみたいだねぇ」
 力無くベッドに横たわる少女に向け、嘲るように田邊は言った。
 少女は何も答えない。答えることが出来ない。
 田邊によって躰の自由を奪われ、涙を流す以外、指一本動かせずにいた。
「本当のヒロインなら、こうしてぼくに純潔を奪われる前に、ヒーローが助けに
来るものねぇ」
 田邊の手が、少女の股間に宛われる。つう、と指が秘部をなぞる。
 田邊の指に、己の放出した白濁の液と少女の血がマーブル模様を描き、絡み付
く。
「こんなふうに、さ」
 厭らしく笑いながら、田邊はそれを動きのとれぬ少女の頬に擦り付けた。
「つまらん」
 ふと田邊の顔から笑みが消える。どん、と脚を振り、少女をベッドの下へ蹴り
落とした。
 床に落ちた少女は、小さな呻きを一つだけ発し、他の少女たちに混じる。
「ぼくはさあ、昔からアニメのヒーローより、悪役に憧れていたんだよ。言って
おくけど、途中で寝返ったり、変に葛藤する半端な悪役じゃないよ。徹底した悪
役だからね。
 いいよぉ、悪役は。立て前だけの人類愛とか、正義感とか、きれい事は言わな
いからねぇ。自分の欲望のためだけに動く。実に人間らしいじゃないか。
 ところが馬鹿なアニメの制作者は、必ずヒーローを勝たしてしまう。つまらな
い、本当につまらないよ。だからね、ぼくはね、現実の中でヒーローをやっつけ
てやりたいんだよ。悪役のぼくの手で。
 でも考えてごらんよ。悪役ってなんだろう? 視点を変えれば、悪役こそが正
しい存在で、ヒーローってヤツは正義の名を借りて敵を殺しまくる偽善者、殺戮
者だよねぇ。そう思わないかい」
 誰も答えない。答えられる筈がない。誰あろう、田邊自身が少女たちの自由を
奪ったのだから。
「ちっ、誰も答えないのかい。殺しちゃうよ、さっきの空手使いみたいに、さ」
 やはり誰も答えない。だが、自由を奪われ動けなくなった少女たちの目に、一
様に恐怖の色が浮かぶ。
 全ての自由を奪われ、傀儡と化し、陵辱され続ける日々を送るよりさらに恐ろ
しい物が、田邊の言葉には込められていたのだ。田邊の言う死は、決して普通の
死ではない。
「まあ、いいか。それより、手紙が来てたっけ」
 帰宅した際、玄関ホールの郵便受けに封筒の入っていた事を思い出した。マン
ションに来た当初は、郵便受けが一階にある事を面倒に感じたが、今となっては
好都合だった。僅かばかりの他の住人たちは、本人の知らないうちに田邊の支配
下に落ち、この部屋で起きたことは見ても訊いても、気がつかないようにしてあ
る。だが、外から入ってくる人間についてはチェックしきれない。郵便配達員が、
部屋まで来るのは面倒だ。
 田邊は裸のまま、ダイニングに向かう。
 テーブルの上に、宛名のない少し大きめの封筒が有った。その横には、レンズ
にうっすらと埃の積もった眼鏡。力を得てからの田邊は、視力もよくなり使う必
要が無いのだ。
 封筒を手にすると、またベッドへ戻る。その時、二人ばかり横たわる少女を踏
みつけたが、全く気にも掛けない。
 ベッドの上であぐらをかいて、封を切る。
 宛名の無い封筒は、大抵が宅配ビデオのチラシか、つまらない勧誘の類と相場
が決まっている。だが、この封筒の中身は違っていた。
 出てきた物は四枚の写真と一枚の手紙。
 写真はどれも隠し撮りされたものらしく、それぞれ別の女性、少女が写ってい
た。
「ふうん、いいねぇ、どの子も。ヒロインぽくて、さ。ん?」
 写真をめくる田邊の手が止まった。見覚えのある女性が写っていたのだ。
「あの女か?」
 酷い目にも遭ったが、いまの力を得るきっかけを作った女。確か麗菜と名乗っ
ていた。師岡麗菜と。
「いや、似ているけど………少し雰囲気が違うな」
 写真を裏にすると、何かボールペンで走り書きしてあった。写真の女性の名前
らしい。「朧月麗花、ふーんこの朧月ってのが名字なのかな。珍しいねぇ………
21歳、歳上かあ。それにしても、よく似てるなあ。名字が違うけど、名前まで
さあ」
 それから四枚の写真を全部裏返してみると、どれにも名前と年齢が書き込まれ
ていた。
「なんだ、全員同じ名字か。みんな姉妹ってわけだな」
 次ぎに手紙らしい紙を広げてみた。これはワープロで打たれたもので、姉妹の
住所らしきものが記されていた。そして短いメッセージが添えられている。
「なるほど、朧月………朧の力を持つ者ねぇ、これはいい」
 誰の仕業かは知らないが、田邊にとって極上の獲物の所在を教えてくれている
らしい。仮にこの手紙が罠だとしても、考える必要はない。如何なる者が現れた
としても、自分を止められはしない。田邊には絶対的な自信があった。
 改めて四枚の写真を表にして並べ、それぞれを見比べた。
「さて、どの子がいいかなあ。迷うところだけれど………うん、まずはこの子に
しよう」
 一枚の写真を指さし、田邊は満足そうに微笑んだ。



「痛たたっ」
 身体を起こそうとした優一郎は、節々の痛みに声を上げた。
「おいおい、なんだってこんなに痛いんだ」
 なんとか身体を起こした優一郎は、昨日の事を思い出してみる。昨日は真月と
釣りに出かけたが、身体が痛くなるほどの運動をした覚えはない。
 強いて挙げるなら、何か夢の中で激しく暴れまくったような気もするが、そん
な事で痛くなる訳はない。まさか昨日の釣り程度で、痛みが出るほど自分の身体
は弱くなっていたのか。
 冗談じゃない、苦笑して考えるのを止めた。さっさと着替えてしまおう。
「あれ?」
 着替えながら、自分の足に幾つかの擦り傷らしいものを見つけた。釣りの前、
林に入った時にでも傷つけたのだろうか。昨日は全く気づかなかったが。
 それに着ていたTシャツが綺麗すぎる気もした。まるで、ついさっき着替えた
ばかりのように。一晩、汗もかかず、寝返りも打たなかったのか。
 もやもやとした物を感じながらも、答えの出ない自問は打ち切り、トイレを済
まし洗面所で顔を洗い、居間へ向かった。
「お早う、早いね、優一郎」
 食事の支度をしていたのは、美鳥だった。
「お早う、昨日だってそんなに遅くはなかったろ」
「まあ、ね。なんとなく、男の人って休みの日は、朝遅いってイメージがあるか
ら」
 そう言って、美鳥が微笑む。
「えっ?」
 何か昨日、一昨日とは雰囲気の違う美鳥に、優一郎は一瞬呆然となる。
「な、なんだよ。今朝はずいぶん雰囲気が違うじゃないか。何かあったのかよ」
「別に、何もないわよ」
 あくまでも穏やかな声で応える美鳥。やはり昨日までの、優一郎に食って掛か
る態度とは違う。
「そう言えば、他のみんなは?」
 今朝はまだ麗花たち他の姉妹の姿が見えない事が気になり、美鳥に訊いてみた。
「ん、音風は今朝も具合が悪いみたい。お姉も、ちょっと風邪をひいたみたいで、
まだ寝ているわ。真月は庭にいる」
「そう。あ、それから………」
 湿布薬が有ったらもらえないか、と言おうとした優一郎は、美鳥の首筋に貼ら
れていたものに気づいた。湿布薬だ。
「なんだよ、美鳥。筋肉痛かあ? 湿布薬なんて年寄りくさいなあ」
 しまった、と思いつつ、つい口に出てしまった。これで優一郎は美鳥の手前、
湿布薬を使うことは出来なくなった。
「な、なによ、誰のせいで………」
「ああん、なんだ、俺のせいだって言うのか?」
「………う、ううん、そうじゃないわ」
 一瞬、昨日までの調子に戻りかけた美鳥だったが、すぐに大人しくなってしまっ
た。そうなると、優一郎は酷く悪い事をしてしまったように思えてきた。
「悪い、そりゃあ誰だって、年中健康ではいられないもんな」
「うん………」
 妙な雰囲気だ。
 大人しい美鳥というのが、どうにも似合わない気がした。
 美鳥はそれ以上、何も言わず三人分の食事をテーブルに並べ始める。
 しかしこうして食事の用意をしている美鳥を改めてみると、麗花のような美人
ではないが可愛らしい少女ではないか。
「ごほん」
 そんな事を考えてしまった優一郎は、意味もなく咳払いをする。
「もう食事の用意、出来るんだろ。真月ちゃん、呼んでくるよ」
「うん、お願い」

 庭に出て、すぐに真月の姿を見つける事が出来た。
 池の前に浜辺などで使うような折りたたみの椅子を置き、その上にちょこんと
腰掛けている。手にはスケッチブックを持ち、一生懸命になにかを描いている。
「真月ちゃん」
 あまりにも夢中になっている様子に、一瞬躊躇いながらも優一郎は声を掛けた。
「あ、お兄ちゃん、おはよう」
 振り返って微笑む真月。本当にこの子には笑顔が良く似合う、と優一郎は思う。
「もうすぐ朝御飯だよ」
「うん、わかった」
 優一郎に応え鉛筆を置くと、真月は絵と池とを交互に見やった。池と言っても、
さして大きな物ではない。いびつなひょうたん型をしており、最大のところでも
長さ三メートル、幅は一メートルあるかどうか。金持ちと言うと、庭に大きな池
があり、色とりどりの錦鯉が泳いでいるイメージが有るのだが、この家は一匹も
飼ってはいないようだ。池も、建物から離れている。
「何を描いていたの?」
 優一郎は、真月の後ろからスケッチブックを覗き込む。
「ああん、まだできてないから、だめぇ」
 慌てて真月はスケッチブックを両手で隠してしまった。
「えーっ、いいじゃん。見たいんだよ、真月ちゃんの絵」
 そっと優一郎が、真月の手を押してみると、殆ど抵抗なくそれは退けられた。
 描かれていたのは、小さな二匹の魚。池の方を見ると、絵のモデルらしい魚が
泳いでいる。昨日優一郎が釣った紅いフナと、真月の釣ったフナだ。
 もう一度絵に目を戻す。こちらはまだ色が付けられていないので、どちらがど
のフナかは見分けがつかなかった。
「昨日のフナを描いていたんだ」
「うん、でもお魚、じっとしててくれないから、じょうずに描けなくて。わたし
も、美鳥お姉ちゃんみたいに、絵がじょうずだったらいいのに」
「上手って、美鳥の絵がかい?」
「そうだよ」
 小首を傾げた真月の大きな瞳が、優一郎を映し出す。その姿がなにか、可愛ら
しい小動物の仕草のように見えた。
「美鳥の絵って、シャツに描いてあったサイケなヤツだろ。俺にはちょっと分か
らないなあ」
「さいけって?」
「ん、ああ………とにかく、美鳥の絵は派手は派手だけど、理解出来ないって事」
 サイケデリックについて、上手く説明の出来ない優一郎は適当にごまかした。
「あのね、美鳥お姉ちゃん、まえはふつうの絵を描いてたんだよ。とってもじょ
うずで、真月、好きだったのに。いつのまにか、あんな絵しか描かなくなっちゃっ
たの」
「ふーん」
 優一郎は話を訊きながら真月の絵をじっと見ていた。
「美鳥がどんな絵を描いていたかは知らないけど、真月ちゃんだって充分上手い
と思うけどなあ」
 高校では美術を選択していた優一郎だが、特に専門知識がある訳ではない。だ
が真月の絵は、その年代の子どもとしたら充分上手い部類に入るだろうと思った。
少なくとも画面からは、描いた人間の優しさが感じられる。
「ほんと?」
「ああ、本当だよ」
「じゃあ、どっちがどっちのお魚か、わかる?」
「わ、分かるさ。もちろん」
 これは嘘だった。鉛筆だけで描かれた二匹のフナの、どちらがどちらであるか
など区別は着かない。
「じゃあ、当ててみて!」
 困った事になってしまった、と優一郎は思った。真月を喜ばせようとして嘘を
ついてしまったが、ここで間違えてしまったら、かえって傷つけてしまいかねな
い。




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