AWC そばにいるだけで 9−7   寺嶋公香


        
#3883/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/24  11:12  (200)
そばにいるだけで 9−7   寺嶋公香
★内容
 目を合わせたくないのか、しきりに頭を動かしながら、相羽が言った。
「ああ、それ? 相羽君が気にしなくていい。私が自分で決めたの」
「−−本当に?」
 相羽の視線が一点に静止する。その様がおかしくて、純子はくすっと笑えた。
「本当よ。もちろん、不安もあるけれど、もう少しやってみたいなって思えた
から。おばさんも喜んでたから、いいじゃない」
「そ、そりゃそうだけど、涼原さん、無理してないか? もし無理してるんだ
ったら、僕は……嫌だ」
「あはっ、大丈夫だってば」
 相羽の心配ぶりが意外と真剣なのを見て、純子は笑顔を作った。
「恥ずかしくても、やってみたくなるのよ。これって、あの推理劇に出たせい
かもしれないわよ。見られる快感、なんてね」
「名前は……」
「え? あ、名前ね。前と同じで、出さないようにしてくれるって」
 対して、相羽は口では何も反応せず、ただ深く息をついた。
「沖縄も、楽しみ! そう言えば、変ね。相羽君も来るって聞いたのに」
「何? 知らないよ、そんな話」
 瞬きが激しくなる相羽。本当に知らなかったらしい。
「え、だって、知らない人ばかりだとつまらないだろうからって、おばさんが
……。『うちの信一でよかったら』って」
 純子自身は、水着に躊躇したものの、「相羽君が来るなら、元気づけられる」
と思って、引き受ける決心を着けたのだ。
「母さん、いつの間に……」
 途方に暮れたように、廊下の壁に身体を預ける相羽。そのまま、ずるずると
腰を落としてしまった。
 そんな相羽を、見下ろす格好で純子が言う。
「できれば、郁江達と行きたいところだけで、それは無理だもんね。相羽君で
我慢してあげる」
「……」
「まさか、行かないの? そんなの嫌よ。知ってる子がいないと、面白くない」
「……分かりました」
 相羽はまたため息をつくと、疲れたような笑顔で見上げてきた。

 今の時期、三年生は修学旅行の準備のため、部活動に顔を見せることは少な
い。故に、部活直前の部屋にお邪魔するのも、比較的気が楽だ。
 というわけで、純子はまた、調理実習室を訪ねていた。
「そうだったのぉ!」
 しまったという顔を作ったのは、富井だ。ちなみに相羽はまだ現れていない。
「今日が誕生日だなんて、知らなかった……不覚」
「それで白沼さんて子が、積極的にね」
 と、純子が白沼の振る舞いを説明しても、富井や井口はさほど気にならない
ようだ。目下のところ彼女達が気にしているのは、相羽にプレゼントする絶好
のチャンスをこのままではみすみす逃しかねない現状だろう。
「どうしよう、久仁ちゃん? 今から買いに行く?」
「そうね、せっかくの機会なんだから」
「大事な相談中に、失礼しますが」
 割って入ったのは町田。やけにしゃちほこばった口調だ。
「今日は何を作るんでしたっけ、お二人さん?」
「はい? 知ってるくせに。プリン」
「そう、お菓子よ。つまり、誕生日プレゼントにしてもおかしくない。飾り付
けを工夫すれば、誕生日おめでとうのメッセージだって入れられる。これよ」
 井口と富井の表情が明るくなった。
(同じように相羽君も作るんだから、よっぽど工夫しなくちゃ)
 いささか気の毒に思いながら、純子はやり取りを楽しく感じていた。
「私にもプリン、味見させてね」
 純子はそう言い置いて、図書室に向かった。
 今日は当番の日ではない。調べたいことがあるのだ。
 入ってすぐのカウンターで受け付けをする他のクラスの委員にちょこんと頭
を下げてから、本棚の谷間に潜り込む。目指すは辞書・辞典のコーナー。分厚
い百科事典を引っ張り出し、ページを繰る。
「−−あった」
 小さく叫んで、じっと見入る。
 昨日、ニュースでやっていた、F県での恐竜の化石発見の報に触発されて、
見つかったとされる肉食恐竜について知りたくなったのである。
(白亜紀中期から後期にかけてアジア大陸全般に生息した大型肉食恐竜、か。
ティラノザウルスよりは小さいけれど、メガロザウルスぐらいはあったのね)
 百科事典に載っている分だけでは、やや物足りなかった。今度は専門の分野
を当たってみようと、純子は生物や化石についての本がまとまっている場所へ
移動した。
 −−と、先客がいた。
「相羽君じゃない」
「やあ。君も」
 視線を棚から純子へと移す相羽は、分かった風な口を利いた。
「クラブがあるんじゃないの?」
「まだ少し時間ある」
 再び棚に視線を戻した相羽は、一冊の本を引き抜いた。イラストや写真がふ
んだんに盛り込まれた、古生物に関する一種の図鑑だ。
「あっ、それ、私も見たいと思ってたのに」
「やっぱり。昨日のニュースだろ。恐竜の化石」
「そうよ。……さっきの言葉、そういう意味だったのね。『君も』だなんて」
「そうそう」
 生返事をよこす相羽は、すでに本の記述に夢中になりつつあるようだ。その
右隣から手元を覗き込む純子。
「席に移ろうか」
 純子の視線が気になるのか、それとも立ったまま図鑑を支えるのが疲れるの
か、相羽はそう持ちかけてきた。同意する純子。
 閲覧席の端っこの椅子二つに並んで座り、二人で本を覗く。相羽は左手で本
の偶数ページを、純子は右手で奇数ページを押さえる形。
「めくっていい?」
「いいよ」
 そんな会話が三度繰り返され、お目当ての項目は終わった。
「もう行かなきゃ。まだ見てる?」
 席を立った相羽が見下ろしてくる。
「見ないなら、棚に返しておくけど」
「いいから、早く行きなさいよ。遅れたらみんなに迷惑でしょ」
「それじゃあ−−モデルのこと、本当にごめんな」
 小脇に鞄を抱え、相羽は足早に出て行く。
(全く、急いでるときぐらい、気を遣わなくていいのに)
 息をついてから、純子はまた本を適当に開いた。
 そのとき、夕陽が遮られ、影ができた。純子の後ろに誰かが立ったのだ。
「−−白沼さん」
 座ったまま振り返ると、白沼の色白の表情があった。色白と言っても今は逆
光の位置なので、判然としない。
「仲がよろしいこと」
 とげとげした口調でいきなり言われ、純子はしかめっ面をした。
 その間に、白沼は純子の左隣の机に手をついた。
「相羽君のことあまり知らないだなんて、よく言ってくれるわ」
「あ……さっきの、見てたの」
「並んで座って、一冊の本を覗くなんて、普通じゃないわね」
 きつい視線でにらまれて、純子は肩をすくめた。
「やだ、誤解だわ。さっきのはたまたま、私と相羽君が同じ本を見たくて、時
間がなかったから、ああしただけ」
「ふうん。そうなの」
 口ではそう言ったものの、まだ疑いの眼差しをやめない白沼。やむを得ず、
純子は説明を補った。
「前に言ったはずだけど、相羽君は化石に興味があって、私もそうなの。それ
で、昨日、ニュースであったでしょう? 化石が見つかったって」
「それを調べに来たと言うのね。趣味が一致して、うらやましいわあ」
「だからぁ……」
 ほとほと困り果てる。しばし考え、言った。
「相羽君とは友達よ、友達。気が付いたら友達になってた。それだけ」
「−−ま、いいわ」
 うなずく白沼を見て、ようやく一息つけた純子。
「それじゃあ、友達として見て、相羽君には好きな子がいるのかしら?」
「え?」
「だって、おかしいじゃない。私のプレゼント、拒むなんて。女の子から贈り
物されたら、特に嫌いじゃない限り、普通は喜んで受け取るはずよ。それなの
に、朝、あんな……」
 力説する白沼。
(やっぱり、相当プライドが傷ついてるような……。厄介な感じだわ)
 純子は相羽の方が気の毒になってきた。
「だから、相羽君に好きな子がいると考えるしか、納得できないのよ。ねえ、
そう思わない?」
「……ええっと、白沼さん」
「何よ」
「相羽君にそういう相手が仮にいるとして、それを知って、あなたはどうする
気なのか聞きたい。あきらめるの?」
「とんでもないわ」
 白沼は即座に意志表明する。
「いるんだったら、やり方を変えてみるつもりよ。それに、相手の子がどうい
うタイプなのかを知った方が、対策も立てようがあるじゃないの」
「はあ」
 やっぱり。純子は思った。
「で、どうなのよ。いるの、いないの?」
「うん……噂では、いるみたいよ」
 敢えて、「噂」ということにした。
(相羽君の口からも聞いたけれど、事実をそのまま伝える必要もないよね)
「六年のバレンタインのとき、本命からはもらえなかったって言ってたみたい」
「そうなんだ? 名前は分からないのね?」
「うん。私、思うんだけど、ひょっとしたら、前の小学校のときに、好きにな
った子かもしれないし」
「なるほどねえ。よし、ありがと。どうにか立ち直れた感じ。変な言い方して
悪かったわ。ごめんなさいね、涼原さん」
「い、いえ。別に気にしてないから」
 最初とは態度を豹変させた白沼に、純子は気味悪くなっておずおずと返事。
「他に何かない? 相羽君のこと」
「う、うーん。とりあえず、相羽君狙いの子は多いとだけしか言えない。バレ
ンタインのときも凄かった」
「そうでしょうね」
 白沼は腕組みをして、うんうんとうなずいた。私の見る目に間違いなかった
わ、とでも言いたげな身振りだ。
「涼原さん、あなた、相羽君と自然に友達になれたのって、どんなきっかけが
あったのよ? ラッキーと思うんだけど」
「あはっ、そ、そうかな。ほんと、気が付いたらなってたのよね。あははは」
 純子は苦笑いで答えるしかなかった。
(とても自然とは言えないきっかけなのに)

 プリンの味見をさせてくれると約束したので、純子は頃合まで図書室で時間
を潰した。試験直後で宿題も少ないため、ほとんど本を読んで過ごしたのだが、
そのジャンルが推理小説だった。
(ややこしくて恐いだけの話かと思ってたけど、意外と面白いものなのね)
 一冊読み終わっての感想。相羽が以前借りていた小説だ。
 そして改めて純子は感心した。推理劇の筋を考えた相羽の凄さに。
 純子は別の一冊を借りる手続きを済ませて、図書室を出た。調理実習室へと、
足早に向かう。
「遅いよ!」
 顔を見せるなり、富井のきゃんきゃんした声が耳に響いた。室内を見れば、
すでに二年生の姿はなし。一年生の方も、富井と井口の他は純子と同じクラス
である二人−−町田と相羽しかいない。
「ごめんごめん。本に夢中になってて」
 笑ってごまかしながら、席に着く。右斜め前に座る相羽の前には、何で型取
りしたのかすぐには分からないほど巨大なプリンがあった。
「くっ。何よー、それ?」
 吹き出しながら尋ねる。もちろん、想像はついているのだが。
「バースデーケーキならぬ、バースデープリン。見事でしょ」
 井口が胸を張った。その横では、全部食べるのを監視するかのごとく、富井
が相羽に声援?を送っている。
「見事と言えば、確かにねえ」
 呆れながら、認める純子。
 バースデープリンなる物は、幅五センチ、高さ三センチ、長さが恐らく二十
センチほどあったであろうと推察される。相羽はその半分近くまで食べて、今
や疲れ切っている様子だ。ただのプリンならまだしも、生クリームや果物がご
てごてと飾り付けてあるため、食べきるのはなおさら難しいに違いない。
「ほらほら、頑張って食べてよ」
「もう……入らない。口の中……甘ったるい」
 演技なのか、腹を押さえ苦しそうに言う相羽。
「だめよー、最初に約束したじゃない。全部食べるって」
「こんな巨大な物ができあがるなんて……分かってたら、言わなかったぞ……」

−−つづく




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