#3880/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/24 11: 8 (200)
そばにいるだけで 9−4 寺嶋公香
★内容
「そんなことないってば。私はみんなの気持ちを、はっきり口に出してあげた
だけですよーだ」
表現に差こそあれ、相羽のことをいいと思っている三人だ。さすがにしばし
沈黙する。
純子は調子に乗って、続けた。
「そうねえ。いきなり相羽君一人だけ呼ぶのはおかしいから、他の男子も誘っ
たら。立島君とか勝馬君、唐沢君。あ、立島君を誘うと、前田さんから恨まれ
ちゃうね」
「……それを言い出したら、唐沢君だって、相当の人気よ」
町田がこめかみを揉みながら、口を開いた。
「私は、ああいう軽そうなのは遠ざけたいんだけど、何故かもててるよね」
「顔がいいからね。お喋りも面白いし」
富井が断定的に言った。何となくそれで納得できそうだから、また不思議。
「ゴールデンウィークに映画観に行ったじゃない? あのときも唐沢君、集団
デートしてたもんね」
「あ、私、四月の終わり頃にも、違う子達とどこかに出かけるの、何度も見か
けたわ」
町田の証言にあきれた純子だが、笑ってる内に、別の点が気にかかった。
「ねえ、芙美。いくら情報集めのうまい芙美でも、そんなに見かけるもの?」
「そりゃそうよ。だって、唐沢君の家、すぐ近くだもの」
「ええ?」
こともなげな町田の答に、驚きの声を上げたのは純子だけでなかった。
「すぐ近くって……」
「道を挟んで三軒ほど隣だったかな? いや、私も全然知らなかったんだけど、
えらく何度も顔を合わせるなと思って、直接聞いてみたわけよ」
「小学校、違うのに……」
「ああ、すぐそこの道路がちょうど学区の境目で」
「へえー!」
三人で、声を揃えて感心する。
「ひょっとして、小さい頃、顔合わせてたりして?」
富井が言うのへ、町田は真面目くさった顔をする。
「うーん、言われてみれば、小さいくせして、やたらと女子を引き連れていた
男がいたよーな記憶が」
「ふ、芙美……それって」
「冗談よ」
あっさり、前言を翻した。
空気が、脱力感に満ちたものに変わる。
「もう、びっくりするじゃないのっ。唐沢君が小さい頃から、ああいう感じだ
ったのかって、信じそうになったわ」
「そんなわけ、ないでしょうが」
しれっとして答えると、町田は逆に話を振ってきた。
「純が小さい頃会った男の子だって、見違えるようになってるかもね」
「誰のことよ」
不審に感じて、聞き返す。
「ほら。化石の展示会か何かで、知り合ったっていう……」
「ああ、あの子」
「もしかしたら、物凄く格好よくなってたりして」
富井がきゃっきゃとはしゃぎながら、茶化す。井口が続いた。
「会いたいと思う? 王子様と」
「何が王子様よ。ほんとに、もう……」
握り拳を作った両手をわななかせる純子に、町田が最後の一撃。
「格好よくなってたらともかく、その逆だったら、会わない方がいいよねえ。
思い出は美しく」
「−−こら!」
怒鳴った効果は全くなく、町田達は、わぁわぁ囃した挙げ句、
「さあ、勉強しよっと」
と、教科書に向かってしまった。
(このぉ、みんなして……。ふん、あんまりしつこかったら、相羽君、取っち
ゃうぞ)
純子は内心、冗談混じりにそう考えることで、熱くなった頭に風を送り、ど
うにか気持ちを落ち着かせた。
−−きーんこーん、かーんこーん……。
終了を告げるチャイムは、天使の声か、有罪宣告か。
中学最初の定期試験、その最後の科目である数学Aが終わった。
「やっと終わったね」
鞄に筆記用具を仕舞い込んでいると、町田が声をかけてきた。弾んだ調子に
感じられるのは、引け目だろうか。
「できたの? 随分、楽しそうだけど」
「まっさかあ! 終わってほっとしてるから、明るいのよ」
「ねえ、問十の二つ目−−」
「知らん知らん。解答欄は埋めたかもしれないけど、もう忘れたのだ。嫌なこ
とを忘れる能力は抜群だから、私」
「……いばって言うこと? 全く」
息を大きくついた。
「答合わせしたいんなら、前田さんか白沼さんに聞きなさいよ。女子で数学ば
っちりとなると、他に思い浮かばない」
「もういいわ。郁江や久仁香のところに行かないと」
「クラス、別々じゃない」
「うん。だから、調理実習室に集まるのよ。今日の昼から調理部、部活あるん
でしょ。私は図書委員会があるし、お昼を実習室で食べようって」
「なるほどね。私も行こうかな」
「そうしよ」
連れだって、向かい側の棟の二階にある調理実習室を目指す。この部屋や図
書室、音楽室といった特別教室は通常教室とは異なる別棟にまとめられており、
それぞれの棟は二階のフロアー中程を通路で結ばれている。俯瞰すれば、アル
ファベットのH字に見えるだろう。もちろん、一階にも渡り廊下はあるが、三
階に教室のある純子達一年生にとっては、二階まで降りて空中通路を渡るのが
最短距離。
「郁江、早い」
富井はすでに来ていた。机の端っこにぽつんといて、お弁当の包みを前に退
屈そうにしている。まだ、彼女一人らしい。
「終わったら、速攻で飛んで来たの」
「久仁香は?」
「もうすぐ来るんじゃない? 五組の佐治(さじ)先生、きっちりしてるから、
時間を取ってるのかも」
「あの先生、時間に正確だし、挨拶や礼儀にもうるさいもんね」
納得しながら、適当な席を見つけると腰を下ろし、お弁当箱を取り出す。試
験期間中は給食は出なくて、お茶が用意されるだけ。午後からも学校にいたけ
れば、お昼を我慢するか、弁当を持参するか、買い食いするかのいずれかにな
ろう。
「純は部活、まだ決めてないでしょう」
町田が話しかけてきた。
純子は結局、どこの部にも入らないままでいる。調理部に傾きかけていたが、
相羽を追っかけているように勘ぐられるのも癪で、躊躇しているのだ。
「帰宅部で通すつもり?」
「うーん、どこかに入りたい気はあるのよね」
「私としちゃあ、調理部をあきらめてくれて、ほっとしてるけど」
ご飯をぱくつきながら、富井。
そこへ井口が到着。やあやあ、遅い、などと意味に乏しい挨拶を交わして席
に収まる。
「純子の入る部? 音楽の関係じゃだめなの?」
「無理だってば。何かないかな」
「入ってた方がいいよ、絶対。今度の試験だって、先生の出題傾向、先輩から
教えてもらえたし。それが全てじゃないけれどね」
「それは分かってるんだけど」
今度の試験、純子はその手の情報を町田達から教えてもらって乗り切ったの
で、その必要性をひしひしと感じている。
「演劇部なんかいいじゃない。台詞を覚えるの、早いし」
「だめよ。六年のときのあれは、切羽詰まってたからできたの」
「相羽君のためにね」
「みんなのため!」
町田の冷やかしを、力を込めて否定する。
「それじゃあ」
と、井口が口を開き、言い終わらぬ内に、扉ががらりと引かれた。
「あ」
相羽だった。調理部なのだから、ここに足を運んで当然。今日の掃除当番だ
ったため、これまでかかったのだろう。頭だけ覗かせ、室内を見回す。
「昼、食べようと思ってたんだけど、邪魔しちゃ悪いな」
つぶやくように言い残し、行こうとする相羽。扉の隙間から窺える範囲では、
他に何人かの友達−−男子−−がいるようだ。
「入っていいのにっ」
出入口に一番近い席の町田が、肩越しに振り返りながら言った。
相羽は足を止めた。
「でも、勝馬達も一緒だから……部員じゃないし」
「そんなこと、気にしない気にしない。ほら、ここにも部外者の純ちゃんがい
るんだしぃ」
富井は、純子の方を指さしてきた。
「いや、やっぱり、音楽室にでも行くよ」
相羽の言った音楽室は、調理実習室の二つ隣。
「音楽室で食べちゃだめだよ。怒られるわよー」
井口がまともなことを言うのは、相羽を引き留めたいからかもしれない。
「汚さなければ平気だよ」
廊下で、早く行こうぜという声がすると、相羽は小走りでかけ出した。
「逃げられちゃった」
「鬱陶しがられているのかなあ」
寂しそうに眉を寄せた富井を見て、純子は少し、気の毒になる。だからフォ
ローを。
「他に男子がいるからよ、きっと。調理部での自分のことを、郁江達に喋られ
たらまずいと考えて、中に入りたがらなかったんだと思うわ」
「そんな心配しなくていいのに……。口止めされたら、ぜーったい、言い触ら
さない」
箸を持つ手を振り回し、大げさに悔しがる富井を見て、純子はため息をつく。
(フォローの必要、なかったね)
その後、調理部の二・三年生もぽつぽつと姿を見せ始めたので、少し早いが
部屋を出ようと決めた純子。きれいに空になったお弁当箱を仕舞い、挨拶する。
「そろそろ失礼します。お邪魔しました」
「あなたが涼原さんよね? 話を聞いて、入ってくれると期待してたのに」
三年の人−−南と名札にあるから、きっと部長さん−−に恨めしげに声をか
けられてしまった。純子としては、苦笑いを返すぐらいしかない。
「他になかったら、ぜひ考えて」
「はい、そうします」
返事して、調理実習をあとにする。
(図書室で時間を……。あ、そうだ)
音楽室の前に差し掛かり、相羽のことを思い出した。
(一応、もう空いたって、言っとかなくちゃ。いつまでも音楽室を占拠させと
くのも問題あり)
「あの」
扉の取手に指をかけ、横方向に引っ張る。がたがたっという雑音の直後、中
から音楽が流れてくるのに気付いた。
(もういない?)
間違えたのかと想像した純子は、扉を閉めようとした。
が、出入口から真正面に見えるピアノを取り囲んでいるのは、確かに立島や
勝馬達だ。相羽の姿は見えない。
「涼原さんか。何かあったの?」
扉の開く音に振り返った男子の内、勝馬が聞いてくる。
「い、いえ……。調理部、もうすぐ始まるみたいよって言いに来ただけ」
ピアノのメロディの中、相羽の姿を探す。曲は、少し昔のドラマのエンディ
ングテーマらしい。ややアップテンポのようだ。
「相羽君は?」
見つからないので、聞き返す。勝馬は相好を崩して、ピアノの方を指さした。
「弾いてる」
「え、嘘でしょ」
「こっち」
信じられない純子は、後ろ手で戸をゆるゆると閉めると、呼ばれるままピア
ノに近付いた。
(あ−−)
驚きで出そうになる声を、口に手をあてがって飲み込む。見開いた目で捉え
たのは、ピアノでかつての流行曲を淀みなく弾く相羽の姿だった。
(……何て楽しそう)
相羽は、少しばかりうつむき加減に手元を見やり、表情には穏やかな笑みを
常にたたえていた。テンポを計るためか、わずかに首を振っている。
曲が終わった。
「すごーい!」
思わず、拍手する純子。でも、そんなことをしたのは自分一人だったので、
慌ててやめた。みんなの視線を感じる。
「どーも、ありがとう」
吹き出しかけながら、相羽は笑った。その笑いに照れが加わる。
−−つづく