AWC 白マムシ団 2   永山


        
#3863/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/20   0:20  (200)
白マムシ団 2   永山
★内容
「そうか。うん、面白い発見だ。要するに、次の事件が起きるとしたらそれは
八番目なのだから、この南東一帯は除外してよい。少なくとも、その確率が高
い、とこうなる訳だね?」
「はい。これが逆なら、絞り込みがたやすかったですが、そこまで甘くはない
みたいです」
 そう語る江守君の態度は、しかし、自信たっぷりであった。
 僕はゴーサインを出そうと決めた。
「よし。本格的に捜査に乗り出すとしよう」
 途端に歓声が起こる。待ちに待っていた、そんな様子だ。
「当面の目標は、次の犯行を防ぐことに尽きる。そのためには、パトロール班
と調査班の二手に分かれるのが最も有効だろう。異存ないね?」
 全員がうなずくのを確認してから、僕は班の編成を告げた。

 鴻上厚仁は、充分味わった煙草を指で弾いた。
 弧を描いて地面に落ちた吸い殻は、風に吹かれ、ころころと遠ざかっていっ
た。外灯の乏しい夜道に、赤い点がしばらく存在を主張していた。
「はぁ……」
 訳もなく、ため息が出た。
 いや、訳がなくはない。
 鴻上は、ドラマのない人生を送ってきた。何をもってドラマと呼ぶかはとも
かく、少なくとも当人はドラマチックでない人生を送った感じている。さらに、
それが大いに不満でもある。
 ため息の理由はそればかりではない。
 決まりきった毎日の生活に、飽きていたのだ。中の上程度の企業のサラリー
マンとなって、十一年目。同じ時刻、同じ交通機関を乗り継いで出社。事故で
列車が遅れでもすれば、嬉しくなる。退社の方は二パターンある−−残業があ
るかないか−−ので、いくらかましではあるが、所詮は同じことの繰り返しだ。
 結婚でもしていれば、飽きが来るのも、もう少し先延ばしできていたかもし
れない。が、あいにくと鴻上は異性に縁がある方ではなかった。
 鴻上の性格から言って、彼がたとえ特撮物のヒーローのように、怪獣や怪人
を倒す役目を負っていたとしても、それが毎回毎回続けば、いかにドラマチッ
クであっても我慢できなくなるに違いない。
 刺激を! ……それが彼のささやかな願いである。
 そして今まさにこの瞬間、鴻上の希望は叶えられた。
「ぐっ」
 刺激と言うよりも、衝撃とした方が適切か。
 後頭部に電気が走るような衝撃を受け、鴻上は片膝を折った。鈍痛が遅れて
襲ってくる。
 急なことに声も出ず、後頭部近辺を両手でかばいながら、振り返った。
 が、襲撃者の姿は確認できず。夜空をそのまま見上げてしまっていた。
「何だ?」
 焦りから、さすがに声が出る。
 その後、鴻上は短い時間、声を上げ続けることになる。
 悲鳴という声を。

 僕は敗北感に苛まれつつ、コンクリートが剥き出しの階段を上がっていった。
 テレビで流れたニュース速報。その後のテレビや新聞の報道。
 八人目の犠牲者を、いとも簡単に許してしまった。
 完全なる敗北。
 時間がなかったとは、言い訳にならない。
「尾林さん」
 背中に声をかけられた。振り返り、視線を落とすと、江守君も階段を昇って
くるところだった。
「悔しい……よな」
「……はい」
 彼は調査班だ。だから、パトロール班の僕よりは、いくらかショックは少な
いかもしれない。だが、白マムシ団に出し抜かれたという現実を、厳しく受け
止めているのは同じらしい。うつむいた彼の表情から、充分に窺えた。
 重い足取りのまま、やっとのことで部屋−−D.K.C.名義で借りている
一室−−に着いた。
 室内に人の気配はあるが、騒がしくはない。扉を開けずとも、皆、意気消沈
しているのが分かった。
「さあ」
 年下の少年に促され、僕は扉を押した。重たかった。
 集まっていたのは、全員ではなかった。小杉君に辺見君、志村さん、弓川さ
んの四人がいない。今日は土曜だから、小杉君と志村さんは塾だ。だが、残る
二人は違う。
「二人からは、休ませてほしいと連絡がありました」
 僕の表情から察した沼木さんが、子供らしくない事務的な口調で告げてきた。
 僕は、「ああ」としか答えられない。
「落ち込んでるときじゃないよ、尾林さん」
 苅谷君が言った。元気付けようとしてくれるのはありがたいのだが、簡単に
は立ち直れそうにない。
「光井先生に相談してみたらどうですか。場所は分かってるんですよね?」
「うん。連絡は取れるよ。でも、お手を煩わせるような真似はなるべくしたく
ない……」
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないですか」
 豊田君の口調が、いくらか非難がましい。
「これ以上の殺人を食い止めなきゃ。先生だって、凶悪犯罪の一刻も早い解決
を望んでるに決まってる」
「そうだろうね……分かっているんだが……」
 弱気な言葉しか出て来ない。
 白マムシ団に完全に裏をかかれ、またも南東部の事件発生集中地域で殺人を
起こされたのだ。精神的に堪えている。
「とりあえず、電子メールを送っておくよ。すぐに返事がもらえる訳じゃない
が、定時に読んでいただけるから」
「それまでどうするの?」
 不満、そして不安から、刈谷君が訴えてくる。
 せめてここぐらい、意地を見せよう。
「できる限り、力を尽くすしかない。江守君、被害者に共通する何かが発見さ
れたかい?」
「いえ、なかなか難しいです」
 言いながら、江守君は沼木さんに手で指示を出す。沼木さんが、二枚一組の
紙を配り終わったところで、改めて江守君が口を開いた。
「被害者のリストです。新聞や週刊誌等で報道されたデータに、力沢警部が教
えてくれた情報を加えて、一覧にしてみました」
 それは次のような物だった。

 白マムシ団
 the  1st work ****/05/09 18:30 佐藤 章一  (44) 会社員  撲殺 路上  …
 the  2nd work ****/05/12 18:30 福島 俊也  (39) 歯科医師 撲殺 歩道橋 …
 the  3rd work ****/05/15 18:00 出川 春江  (42) 主婦   撲殺 路上  …
 the  4th work ****/05/18 19:00 西林 京   (65) 舞踊師匠 撲殺 駅便所 …
 the  5th work ****/05/21 18:30 村下 晋太郎 (23) 公務員  撲殺 河原  …
 the  6th work ****/05/24 20:30 山際 聖子  (20) 学生   撲殺 路上  …
 the  7th work ****/05/26 23:30 渡会 友直  (50) 会社員  撲殺 路上  …
 the  8th work ****/05/30 20:00 鴻上 厚仁  (32) 会社員  撲殺 公園  …

 発生日及びおおよその時刻、被害者の名前、年齢、職業、死因、遺体発見現
場について記されていた。
「互いのつながりは、全く見つかっていないと、警部さんも言ってました。ミ
ッシングリンクがあるのか、真に無差別殺人なのか」
 推理小説用語が飛び出した。
 推理小説の一形態に、ミッシングリンク物というのがある。一見無差別に殺
されたように思える被害者達の間に、実は関係があった……その共通項がミッ
シングリンク(失われた環)である。
 実際の事件に当てはめられるかどうかとなると、たいていの場合は根拠も何
もなく、甚だ心許ない。
「凶器も特定できないそうです……が」
 凶器はいずれの場合も現場に遺されておらず、不明とされている。
「が、とは何だい?」
「犯人が複数人いることは確実だと言っていました」
「まさしく、白マムシ『団』なんだね。根拠は?」
「遺体にあった殴打痕が、毎回異なっているらしいんです。殴る強さが強かっ
たり弱かったりで、同一人物が殴ったとは考えられない、と。加えて、一人の
被害者を複数で襲った節もあるというお話でした」
「要するに……一つの遺体にある傷跡が、それぞれ違う強さで殴られたという
鑑識結果が出ているんだ?」
「そうなんです。まるで『*****急行殺人事件』のように」
 古典的名作とされる推理小説の名を挙げた江守君。この場にいる者は全員、
その作品を読んでいるからネタばらしの心配はない。
「殴打痕から、犯人の体格や体力、性別などに言及できるはずだ。その辺り、
力沢警部は何て言ってたんだろう?」
「いえ、その点に関しては何も」
「へえ、そうなの? 部外秘なのか、本当に何も分かっていないのか」
 腕組みをして、つい、考え込んでしまった。
「案外、警察の捜査は進んでいるのかも。そうじゃないですか?」
 そう言う沼木さんの目が、輝いているように見えた。
「決定的な証拠として、情報を隠してるんですよ、きっと」
「嬉しさ半分、悔しさ半分、だ」
 腕組みをする苅谷君。大きな身体に似合わず、高い声だ。
 事件解決は嬉しいが、僕らD.K.C.が警察よりも後れを取るのは悔しい。
そんな気持ちの表れだ。光井先生に師事している僕らは、捜査能力はともかく
としても、推理能力は警察以上でありたいと常に志している。
「たとえそうだとしても、僕らはベストを尽くすまでだ。みんなには引き続き、
情報収集と分析を頼むよ。パトロール作戦は、再考の余地がありそうだから、
今のところ、全員捜査班として動いてほしい。僕はともかく、光井先生へ知ら
せるから」
 目途がどうにか立った。

「おまえがやったんだろ」
 後ろに立つ刑事の、腹の底まで響きそうな言葉に、男は頬をぷるぷると震わ
せ、首を振った。
「違います」
「じゃあ、聞こうか。何で、こんな物、買ったんだ?」
 向かい合って座るもう一人の刑事が、ビニール袋に入った何物かを机の上に
置く。年輩の彼の節くれ立った手が、机の表面を叩く。
 袋の中身は、修正用ペン。
「現場近くのどぶ川に捨てられてあったのを、臭い思いをして見つけたんだ。
あんた、これを二十三日に買ったね。仕事帰り、駅に近い文房具店で。店員が
覚えていたよ」
「……修正ペンを買ったのは、その通りです」
 男−−六田靖史は消え入りそうな口調で答えた。
「しかし、私が買った物が、これとは限らないでしょう」
「ほう。それなら、あんたの買ったペンを、見せてもらいたいもんだ。今、家
にあるんだろうねえ?」
「い、いえ。ふ、不良品だったらしく、インクが出なかったので、翌日、捨て
ました」
「おいおい、もったいないな。店に言えばいいじゃねえか。取り換えてくれる
だろうよ」
「それは……思い付きませんで」
「いい加減にしろ、こら」
 後ろに立つ刑事は血気盛んなのか、六田の背を、肘で軽く小突いた。そして
乱暴な手つきで、ビニール袋を取り上げた。
「こいつのペン先にはなあ、被害者−−渡会友直さんの着ていた服の繊維が残
ってんだよ。つまり、犯人が使った物に間違いない。さあ、ここをようく見て
みろ」
 ペンのキャップの辺りを、六田の目の前に突き付ける。
 プラスチック製のキャップには、小さな傷らしき跡がいくつかあった。
「これ、何だか分かるか?」
「さ、さあ……さっぱり」
 震え声で答える六田。
「鑑識の話では、歯形だそうだ」
 年輩の刑事が言った。
「人間の歯形。どうやら犯人は、口でキャップを取ったらしい。焦ってたのか、
間抜けなのか……。こうして歯形が残ると、立派な証拠になるのを知らなかっ
たのかねえ」
「……」
「さて、六田さん。あんたの歯形を取らせてほしいんだが、もちろん、協力し
てくれるね?」
 刑事は両肘を突くと、上半身を乗り出してきた。ぎょろりとした眼で、六田
を見据える。
 六田がうつむくと、肩に力が掛かった。見上げるまでもなく、もう一人の刑
事が手を乗せてきていた。
「容疑を晴らしたいだろ? やってないんだったら、素直に受けようよ。な?」
「……すんません」
 六田の声は、かすれていた。
「自分がやりました」

−−続く




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