#3842/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 4/19 15:11 (181)
そばにいるだけで 6−9 寺嶋公香
★内容
人差し指を唇に当てる仕種で、察してもらおうとするが、三人が三人ともそ
んな格好をすれば、前田が気づかないはずがない。
「何か隠してるな、みんな」
心を見透かすように目を細めると、値踏みする具合に四人を見比べる前田。
「別にかまわないだろ。前田さんは、口が堅いから大丈夫だ。そうだよな?」
立島は、最初から分かって言っていたらしい。純子達の慌てぶりなど素知ら
ぬふりで、前田に聞く。
「自分で言うとおかしいけど、私は口が堅い方よ。話してみて」
真顔に戻り、前田は請け負うようにうなずいた。
その直後、立島が話を始めようとした瞬間、相羽が姿を見せた。
「相羽君、あのこと、少しぐらい、言ってもいいのかな?」
一番近い位置にいた井口が尋ねると、相羽は何の話か分からないという風に、
ぼーっと見返す。が、それも短い間のことで、やがて表情が明るくなった。
「どうせ将来、分かるんだから。大っぴらは困るけど、少しぐらいはいいよ」
それだけ言って、純子の机の横を通り、自分の席に着く。
(昨日のときから、ずっと怒ってるみたいに見える……)
純子は、相羽の素っ気なさが気になっていた。
立島は許可?も得て、気安い調子で話した。
「ふうん。よかったわね、涼原さん」
「あ、ありがと」
実感が湧かない様子の前田に、純子の方も、どう応じたらいいのか、戸惑う。
「もらったっていう服、見てみたいわ」
前田の言葉に、いつか着て来ると約束して、その話は終わった。
「ね、ね。ねえってば!」
学校が終わって、さっさと行ってしまう相羽に、純子はどうにか追い付いた。
「何?」
歩きながら、気のない受け答えをする相羽。いつもなら、ぼんやりしてはい
ても楽しげに笑顔を見せるのに、今日はそうじゃない。特に、純子とはほとん
ど言葉を交わしていないから、なおさらだ。
「話があるんだったら、早くして」
「お母さんの用事があるの? だったら……」
「……ううん、そうじゃない」
ようやく、足を止めた相羽。
純子は正面に立つと、意を決して口を開いた。
「だったら、遠慮しない。怒ってるみたいだから、気になって」
「怒ってなんかない」
「怒ってる。じゃなきゃ、不機嫌だわ。いつもの相羽君らしくない」
「……」
相羽は気まずそうに、唇を尖らせた。
「想像なんだけど……私のせい?」
「……どういう理由で、そう思ったわけ?」
「え、だって、昨日の撮影のときから、ずっといらいらしてるように見える。
特に、モデルの代役の話が出てから……」
言ってて、恥ずかしくなってきた。
(背負ってるかな……これって)
相羽はと言えば、視線を外し、ぼそぼそと答え始める。
「当たってるよ。その通り。えらい」
「な、何よ、その言い方」
「そこまで分かってたら、もっと察してくれないかなあ−−なんて」
「察するって……分からないのよ。何がいけないの? あなたが言ったように、
私、自分で決めて、モデルを引き受けたのに」
「……もう、色々、ごちゃごちゃになって、自分でも何に腹立ててんだか、分
からない」
頭を強く振る相羽。そして、吐息。
「−−何かさあ、嫌になった。また涼原さんに迷惑かけて」
「迷惑なんて、そんな……。そ、それはね、最初は突然すぎて、嫌だったけど」
「頼むとき、心の中では思ってたんだよ。断ってくれた方がいいって。それな
のに、母さんはしつこく頼むし、あのおじさんだって。それで、涼原さん、断
り切れなくなったんじゃないかって思えて……そうだとしたら、謝らないと」
「そんなこと、絶対にない!」
廊下で立ち話とは言え、内緒話なのだが、思わず、叫んでしまった純子。
視線が集まるのを感じて、急いでトーンを下げる。
「最初は気後れしてたけど、やってみたい気持ちもあったの。本当よ。ただ、
すぐに言えなかったのは、話が突然だとか、みんなが見てるとか、色々あって、
恥ずかしかった。だけど、今は、やってよかったと言える。迷惑じゃなかった」
「だったらいいか……とりあえず、母さんは安心するよ。でも、もやもやは、
まだあるんだ。言っても仕方ないと思うけど……聞いてくれる?」
純子は黙ってうなずいた。
「写真が雑誌に載るんだぜ」
「……当たり前じゃない」
理解しかねて、首を振った純子。束ねた髪が、かすかな音を立てている。
「ああ、もうっ」
相羽は焦れったさそうに唇を噛みしめてから、何やら考える素振りを見せた。
「……想像してみなよ。雑誌に載ったら、それだけ有名になる」
「まさか。ならないわよ。名前は出さないって、おばさん、言ってたじゃない」
「顔を知られるって意味っ。だから、その、涼原さんのこと、いいなって思っ
た誰かが、君のことを色々と調べたら−−気持ち悪いだろ」
「−−くっ」
相羽の質問には答えず、純子は口に手をやりながらも、吹き出した。
「何がおかしいのさ」
「だって、だって……そ、そんなこと、心配してくれてたの? おかしいっ」
「ほ、本気で言ってるんだよ」
「ん、分かる。相羽君、そういうとこ、あるもんねー。心配してくれて、あり
がとうねっ」
「本当に分かってる?」
不安そうに、眉をしかめる相羽。
「大丈夫。私なんか、誰も気にしないって。きれいな人、いっぱい載るんでし
ょ? だったら、ねえ」
明るく笑い飛ばす純子に、相羽は肩をすくめた。そして小さな声で、ぼそっ
とつぶやく。
「分かってるとは思えないな……全く」
その言葉を純子が聞き取らない内に、第三者の声がかかった。
「純ちゃーん、何してんのー? 相羽君と二人きり、怪しいぞ」
その方向を振り返ると、富井達が走ってくるのが見えた。
「ちょっとね、昨日のことで」
純子が手を振る後ろで、相羽が改めて肩を落としていた。
相羽の母の都合もあって、彼女と純子の母が会えたのは、水曜日の夕方頃だ
ったらしい。
らしいと言うのは、純子は、あとから知らされただけだから。
「印象……とても誠実な方で、しかも、働く女という感じね」
そんな感想を聞かされ、純子の顔に自然と笑みが浮かんだ。自分が抱いた印
象と重なっていたから。
「『もしも、これからも続ける気がおありでしたら、連絡をお願いします』っ
て言ってたわよー。どうするの、純子?」
面白おかしい口調で母に聞かれる。どう見ても、本気に受け取ってはいない。
当然、純子自身も本気にはしていない。
「それ、社交辞令、と言うんでしょう? 私だって、ああいう経験は一回すれ
ば充分だと思ってるし」
「……何だか、現実的ねえ」
我が娘の反応がつまらなかったらしく、呆れ口調になる母。
「いいわ。じゃあ、これ、お母さんがもらっちゃおうかしらね」
「え? 何の話?」
「相羽さんから渡されたの。お断りしたんだけれど、どうしてもと言われてね」
母の手には、水引の白い封筒があった。「御礼」と筆文字が踊っている。
「それ、ひょっとして……」
「何になるのかしら。一種のアルバイト料ね。はい、お仕事、ご苦労様」
冗談めかした話しぶりの母から、封筒を手渡された。純子は、かさかさ音を
立てて、中を覗き込む。
「え−−こんなに」
「何と言ったかしら、スポンサーの方から特別にいただいた分も入っていると
か、おっしゃってたわよ。純子ったら、よほど気に入られたのね」
「……いいのかなあ」
出て来たお札を戻し、胸に当てて、つぶやく。
「え? それは、お母さんも最初、どうかなとは思ったけれど、遠慮する必要
はないんじゃない? 子供らしく、受け取っておきなさい」
「……うん……。けど、とりあえず、預かって」
「それでいいのね?」
「うん」
何だかふわふわした気持ちのまま、純子はうなずいた。
(お金をもらおうと思ってやったんじゃないのに……)
変に引っかかりを覚え、わだかまりを抱きつつ、翌日の木曜、登校してみる
と、相羽が教室で待ちかねていた。
「はい」という声とともに手渡されたのは、白い紙に包んだ、四角く、平べ
ったい物。葉書より、一回りほど小さいサイズで、手に収まる。
「何、これ?」
「日曜日に撮った記念写真、昨日の夜、できたんだ。渡してくれってことづか
った」
相羽は、久しぶりに普段通りの彼に戻ったらしい。快活な調子で言った。
「あ、ありがとう……。ね、ね。昨日のこと、お母さんから聞いてる?」
ランドセルをそのまま机に置き、後ろを向く純子。
「ああ、聞いた。母親同士、意気投合したみたいじゃないか。面白いよな」
「そ、そうね。それで……お金……もらっちゃったんだけど」
「うん、知ってる。何か問題あった?」
「そういうつもりなくて……代わりに出してもらったっていう気持ちでいたか
ら、変な気分がするの」
「雑誌に顔が出るなんていう『危ない目』に遭わせるんだ。御礼は当然っ」
本気とも冗談ともつかない言い方で、相羽はにこにこと笑っている。
「危なくないってば。ほんと……。プロの人がもらうべきで、私はもらえない」
「いいんだって。小栗のおじさんも感謝してたんだから。あ、もうすぐしたら、
雑誌に載る分の見本も送られてくるから、お楽しみに」
「お楽しみに、ってねえ、あんた」
「おっ、久しぶりに言ってくれた」
「−−何のことよ」
「『あんた』って、今、言ったじゃないか。ここ最近、ずーっと、名前か『あ
なた』だなんて、堅苦しく呼ばれてたからさ。くすぐったかった」
そう言うからにはくすぐったさから解放されたはずなのに、相羽は、くすく
すと笑いをこらえるのに大変そう。
もはや話はうやむやになってしまい、純子は腕をわななかせながら、叫んだ。
「こらっ、相羽!」
撮影の行われた日から色々あって、一週間近く経った金曜日。夜、ちょっと
お酒が入っている父に、話が伝えられた。
(今日、言うなんて、聞いてないーっ)
夕食の食器の後片付けを手伝っていた純子は、食卓とキッチンとの間で、立
ち止まってしまった。
「凄いと思わない、あなた?」
「へえ、そりゃ凄い。我が娘を選ぶなんて、向こうも目が高いな。ははははっ」
「四月に出るんですって、その雑誌」
「ほう、そうかぁ。それは楽しみだなあ」
和やかな雰囲気を感じて、内心、胸をなで下ろす。再び、食器運びを始めた。
「純子、おまえがどんな美人に写ったか、この目でしっかり、見てやるからな」
機嫌のよさに拍車がかかった父を見て、純子は「やれやれ」とばかりに、肩
で息をついた。
何気なく、母の方を見ると、ウィンクしてきた。
(よかった)
およそ一週間ぶりに安心できた純子は、同じようにウィンクを返す。もちろ
ん、父からは見えないように。
−−『そばにいるだけで 6』おわり