#3812/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/ 3/30 9:57 (184)
お題>猫の首から鈴を外せ(下) 青木無常
★内容
「だがすでに一度、きみはわたしの依頼をこなした」
「それもちがう」
と、かわらぬ口調でガレーヌはいった。
アッダウラが、かすかにくちびるのはしを笑いのかたちにゆがませる。
「どういうことだ」
ターヒルはかたい表情になった。
ガレーヌはこたえる。
「わたしがいまここにいるのは、あんたの依頼をうけたからではない」
つう、とターヒルは目をほそめた。
「つまり……きみのやとい主は実はわたしではない、と?」
「いい読みですね、シフ・ターヒル」
と、茶化すようにアッダウラがいった。
「それもすこしちがう」とアッダウラにいったのはガレーヌだった。「わたしは賞
金かせぎだ。やとい主は存在しない。存在するのは、賞金をかけるものと、そして
賞金首だけだ」
「その首が」と無表情にターヒルはいった。「わたし、というわけかね、シファ・
ガレーヌ」
執務机の裏側でその手は、非常呼び出しボタンをおしていた。間をおかず、ガレ
ーヌとアッダウラが背にした扉がいきおいよくひらいて、黒い戦闘服に身をかため
た五人の護衛たちが室内になだれこんできた。手にした銃を、アッダウラと、そし
てガレーヌにむけている。
「無謀な策を労したものだな、ヘルハウンド・ガレーヌ。残念だ。きみはわたしが
おもっていたほど腕ききではなかったらしい。まして、暗黒街でささやかれる伝説
などには、足もとにもおよばない」
「めずらしいですな、シフ・ターヒル」と、からかうような口調でアッダウラがい
った。「あなたの、ひとを見る目が狂う、というのは」
おもしろくもなさそうに、ターヒルはアッダウラにむけてうなずきかえす。
「残念だよ。かいかぶりというのは、失望も大きい」
対してアッダウラは――揶揄の口調できりかえした。
「おっと失礼。シフ・ターヒル、訂正させてもらいますよ。かいかぶりではありま
せん。この場合は、あきらかに過小評価です」
じろりと、ターヒルはアッダウラをにらみつけた。眉間にひとすじのたてじわが、
深くきざみこまれている。
「武器をもたない賞金かせぎが、武装した五人の兵士に銃をつきつけられた状態で
いったいなにをできるというつもりだ」
ふきげんな口調で問いかける。
アッダウラは、余裕しゃくしゃくでほほえんでみせた。
「それもまちがっています、シフ・ターヒル。そもそも、彼女がなぜヘルハウンド
・ガレーヌと呼ばれるか、あなたはごぞんじですか?」
ターヒルは眉根を疑問のかたちによせた。
アッダウラはつづける。
「ま、この点はあなたにかぎらず、世のほとんどの連中が誤解しているようですが
ね。つまり、賞金あさりの猟犬、という程度の意味での“ヘルハウンド”の通り名
だと、ね。まあ多少はあたっていないとはいえないのかもしれません。が、おおか
たはまちがってます。彼女には非常にたよりになる相棒がいるんですよ」
ターヒルはますます混迷の度合いを深めて、アッダウラをにらみつけた。
ほほえみながらアッダウラは、芝居がかったしぐさで両手をひろげてみせる。
「カイム、という名をきいたことがありますか?」
ターヒルはさらに疑問をその表情にきざみこみ――
護衛たちのひとりが苦鳴をあげてくずれおちるのを見て、目をむいた。
アッダウラはおろか、ガレーヌでさえ指一本うごかしたようすはない。遠まきに
ふたりをとりかこむ護衛たちに手をだせる要素は、かけらもないはずだった。
が――びくびくと全身をけいれんさせて床上に伏した護衛のひとりは、なにか目
にみえない刃で顔面をそぎ落とされでもしたかのように大量の血をどくどくとフロ
アにまきちらしているのだった。
のこった四人の兵士たちが敵をもとめて銃口を右往左往させ――
悲鳴をあげる間すらあたえられぬまま、さらにふたりの護衛がたおれ伏した。
ひとりはギロチンにかけられたように首をとばされ、もうひとりは爆弾でも炸裂
したかのように、背中を血まみれに破裂させていた。
くそ、と、のこった二名のうちのひとりが、手にした銃をやみくもに乱射させた。
放射されたビームの光条がそのとき、ある一点でみえない壁にはばまれるように
八方にむけてスパークした。
同時に、なにかおぼろな影のようなものが腕をふるう光景が、まぼろしのように
銃撃手の眼前で展開した。
身体の前面を血色にはじけさせながらその男もまたくずれ落ちる。
そのとき、最後のひとりは賢明にも、まぼろしのようにとらえどころのない影で
はなく、ガレーヌにむけて銃口をポイントしていた。
が――残念ながら、影のほうがはやかった。
特大のハンマーに脳天から打ちつぶされるようにして最後のひとりもまた血まみ
れの肉塊と化した。
ターヒルは中腰のまま信じられぬ殺戮の光景に目をみはる。
「どうなっている……?」
ぼうぜんとつぶやいた。
「“カイム”ですよ、シフ・ターヒル」すずしげな口調で、アッダウラが口をはさ
んだ。「名前は、アルフェラータ、だったかな、シファ・ガレーヌ?」
ガレーヌはこたえず、かわりに彼女のかたわらの空間で、波紋のように宙がふる
えた。
すぐにそれは、獣のかたちをとりはじめた。
巨大な四足獣のかたちだった。うずくまった姿勢でひとの背丈ほどの大きさだ。
全身が真紅の剛毛におおわれ、おおきな頭部の両側面にこれも巨大な耳がぴん、と
はりつめている。そして、真円に近い両の目の、賢者のごとくなにもかもを見すか
してでもいるかのような、黒い宝玉の瞳。
カイム、とそれは呼ばれている。種族名にあたるが、正式な名称ではない。そも
そも学術的に存在が確認されてさえいるわけではない、なかば伝説的な生物なのだ。
あるいはいにしえの銀河全域に存在したといわれる先史文明の、一角を構成する知
的種族の一員であるともまことしやにささやかれるが、むろんこれもまた伝説の域
をでない。
そんな、正式に確認されてさえいない生物だが、人口には膾炙している。かつて
人類より以前に銀河系を闊歩していた、まぼろしの種族ではないかというロマンチ
ックな伝説をぬきにしても。
ぬう、とそのカイム――“アルフェラータ”が、ターヒルにむけてその巨体をゆ
っくりと前進させた。
膨大な質量が移動するとともに、異様な圧迫感が暗黒街の支配者のもとへとふき
つける。そのくせ、巨獣は音ひとつたてていない。
目をむき、浮足だちながらもターヒルは、すばやくひきだしのなかから銃をとり
だし、眼前に肉薄しつつある怪物にむけて発砲した。
エネルギー束が巨獣の顔面にむけて直線をむすび――
みえない壁にぶちあたったかのようにして、花火のごとくはじけとぶ。
「そんな……ばかな!」
「ところが、そんなばかなことが実際にありうるんですよ、シフ・ターヒル」と、
アッダウラは感慨深げに口にした。「カイムという種族は、ある種のエネルギー中
和フィールドを発生する器官をその頭蓋内にそなえているというのです。それによ
って、たとえば熱線などの攻撃をある程度無効にすることもできるらしいし、通信
などを傍受する能力をもってさえいる、という意見もきいたことがあります」
「だが、どうやってここに侵入できたというのだ? 軍事基地なみの警戒網をそな
えたこの要塞に、どうやって!」
冷静さの仮面をかなぐりすててわめきちらすターヒルを、アッダウラは興味深げ
にながめやりながら口にした。
「それもカイムというのが超生物たるゆえんですよ。あなたはごぞんじなかったよ
うだが、かれらはどうやらスペクトルを自在に調整できるらしいんです。それによ
って自分を光学的に不可視化する。原理的にはファンタム型ステルス機能とおなじ
ものとかんがえられているようですね。まったく、おどろくべき能力ですなあ」
だがとくとくと説明するアッダウラの言葉を、もはやターヒルはきいてはいなか
った。
ゆっくりと、しなやかな動きで接近するカイムのアルフェラータにむけてヒステ
リックに銃撃をくりかえす。
その銃撃にうんざりしたように、巨大な獣はかすかにのどをふるわせて異音を発
し――おどろくほど優雅な動作で宙をとんだ。
ひととびでターヒルの頭上をとびこえてその背後に音もなく着地し、巨大な真紅
の前脚をふりあげた。
血色の体毛からのぞく鋭利な鉤爪が、一瞬でターヒルの頭蓋を粉砕する。はじけ
た果実のように鮮血をふきださせて、暗黒街の独裁者もまた床上の肉塊と化した。
やれやれ、と軽い口調でアッダウラはガレーヌをふりかえり――硬直した。
ポイントされた鈍色の銃口が、つめたいかがやきを放っていた。
実体弾を発射するタイプの、旧式だが圧倒的な威力をほこる銃だった。
「おどろいたな」両手をふたたび頭上にあげながら、アッダウラはいった。「実際、
ここの厳重な警戒をくぐって無断で武器をもちこめる人間がいるなんて、いまのい
ままで想像することもできなかったよ。きみはもしかして、カイムの協力なんてな
くてもターヒルを殺すことくらい造作もなかったんじゃないのかい?」
無駄口にはつきあわず、ガレーヌは氷のような口調で問うた。
「おまえはアルフェラータの名前まで知っていた。カイムのことなら、伝説できき
かじっていたかもしれない。だが、わたしのかたわらにいるアルフェラータのこと
まで知っている人間は、この銀河系に数えるほどしか存在しない。それをおまえは
かぎつけた。危険な存在だな、アッダウラ、おまえは。ある意味では、ラジム・シ
ャーやターヒルなどより、よほど危険な存在だ」
「光栄だよ、シファ・ガレーヌ」観念したのか、ふたたび軽い口調をとりもどして
アッダウラはいった。「美人にほめられるのは、わるい気分じゃない。たとえ銃を
つきつけられていてもね。そうかんがえれば、これもわるくない死にかたかもしれ
ないな」
ほほえみながら二、三歩あとずさり、あげていた両手をおろして胸上で組み、う
しろの壁に背をあずけた。
どうぞ、とでもいいたげに両腕をひろげてみせる。むろん、ほほえんだままだ。
そのまま数秒、氷結したような時をふたりは対峙してすごし――
やがてガレーヌは、そっけない動作で銃を、そのゆたかな胸の奥へとしまいこん
だ。
瞬時、アッダウラはぼうぜんと目をむいた。
ガレーヌのその行為よりは――ほんの一瞬、傷跡のきざまれたその美貌にかすか
な笑みがうかんだような気がしたことこそが、意外だったからだ。
だがすぐにアッダウラは肩をすくめてみせ、
「どういう心境の変化だい?」
もとの、余裕しゃくしゃくの態度をとりもどして問いかけた。
「べつに」と、こちらももとの無表情のままガレーヌはいった。「わたしはバウン
ティ・ハンターだ。賞金のかかっていない首はハンティングしない。それだけだ」
「残念だね。もっとロマンスの香りあふれる理由を期待していたのに」アッダウラ
は軽口をたたく。「でも、やっぱり恩には着ておくよ。美女に恩返しする機会を待
つのもわるくはない。たしかきみには、かたきとねらっている人物がいたはずだね」
真意をはかりかねるような目つきで、ガレーヌはしばらくのあいだアッダウラを
見つめかえした。
が、ほほえみの仮面の底をさぐるのはあきらめたように、やがてしずかにこたえ
る。
「シャフルードだ」
と。
「盗賊シャフルードが、わたしの生涯の仇敵だ。この男だけは、賞金首だからねら
っているわけじゃない」
「へえ。じゃ、なぜだい?」
さらにしばらくの沈黙を間において、ガレーヌはいった。
「弟のかたきさ」
とだけこたえた。
OK、とアッダウラはこたえる。
「なにか役にたてる情報でも入手したときには、まっさきにきみに知らせるよ。連
絡をつけるには、どうすればいい?」
「さがすんだな」にべもない口調でガレーヌはいった。その底に、苦笑がにじんで
いるような気が、アッダウラにはしたのだった。「勝手にあんたが着た恩だ。賞金
の窓口でもあちこちあたれば、そのうちいきつくだろう」
くるりと背をむけ、アルフェラータの巨体にふわりと手をかけ、歩きだした。
その背中にアッダウラはさらに言葉をつづける。
「その盗賊がうらやましいよ。愛と憎悪は表裏一体だ。おれも、夢にまで想われた
いもんだな、きみに。もちろん、できれば愛のほうでね」
きいているのかいないのか、ガレーヌは一度もふりかえることなく歩き去った。
カイムのアルフェラータだけがその巨大な頭部をちらりとふりむけて、アッダウラ
に一瞬の一瞥をくれた。
その、巨獣の一瞥に憐憫と同情をみたような気がしてアッダウラは肩をすくめ、
ため息とともに苦笑をおしだしたのだった。
――了