AWC お題>猫の首から鈴を外せ(上)       青木無常


        
#3811/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  97/ 3/30   9:53  (199)
お題>猫の首から鈴を外せ(上)       青木無常
★内容
 闇の底で蒼白の光がかげろうのようにゆらめいたとき、緊張と殺気をみなぎらせ
てあふれでてきた兵士たちはまるで見当ちがいの方角に銃をむけていた。焦慮にみ
ちた標的の探索。誇張された伝説と胸がはりさけそうな待機の時間がかれらの心裏
から冷静さを徐々にはぎとっていき、ぴんとはりつめた神経はいましもぴしりと音
をたてて弾けとびそうになっていた。
 音は、その緊張の糸にふれる域下ぎりぎりの点で、つつましくなりひびいた。
 兵士たちのひとりがふりかえる。そしてまぼろしのように淡いゆらめきに気づき、
目をすがめる。
 ぎくりと硬直した。
 蛍火のように端麗なその光が、セイフティ・ロックをはずされたブラスターの銃
口からたちのぼる熱対流のゆらめきであることに気がついたからだった。
 となれば、暗視カメラがとらえた侵入者らしき映像は完全に、かれらをさそいだ
すためのわなであったことになる。
「敵――」
 襲だ、とその兵士がつづけるよりはやく、ゆらめきは凶暴な超高熱の光条となっ
てほとばしった。
 一団を形成していた兵士たちのほとんどすべてが、なにかが起こったことにすら
気づくまもなく――
 膨張した熱塊は十人近い重武装の一団を、ほぼ一瞬で蒸気と化さしめた。悪夢の
ような高熱が、兵士たちの走りでてきたエントランス前の舗道を瞬時にして軽石状
に変質させ、異様な刺激臭をともなった白煙をたちのぼらせる。
 警報が、豪奢な白亜の邸内になりひびいた。パワーライトがスポットのように侵
入者にむけられる。
 白熱の光の内部にほんの一瞬、あざやかな奇襲を成功させた侵入者の姿がうかび
あがった。
 かざした手。短く刈りこまれた亜麻色の髪。均整のとれたプロポーション。ラプ
ルズフォームの戦闘服につつまれたそのみごとな肢体は、しなやかな筋肉で鎧われ
ているはずだ。
 そしてなによりも特徴的なのは――かざした手の下の、美麗な容貌にきざまれた
無惨な傷跡。
 美の顕現たる芸術作品をただただ冒涜するだけのために、いたずらにきざまれた
かのようなその傷跡は、かたちのいい左眉の上から鼻梁をぬけて右頬にいたるまで、
ぎりぎりと痛々しくはしりぬけている。医療技術の発達状況からかんがえれば、わ
ざとのこしているとしか思えないような凄惨な迫力が、その傷跡からはたちのぼっ
ているのだった。
 キャスリーン・ナイチンゲール・ガレーヌ。それが彼女の名前だった。腕ききの
バウンティ・ハンター、賞金かせぎ。裏界ではひろく知られた名前だ。ただし、だ
れも彼女をキャスリーン、ナイチンゲールとは呼ばない。
 ヘルハウンド・ガレーヌ。賞金首たちが揶揄と恐怖をこめて口にする、それが彼
女の通り名だった。
 がらりと、邸内いたるところに設置された集音マイクのひとつが重い音を捕捉す
る。ガレーヌの手もとから、その銃口よりうっすらと煙をたちのぼらせる武器がほ
うりだされた音だった。
 銃、というよりは大砲だ。個人が携帯できるブラスターとしては、限界に近い威
力を発揮するだろう。事実、先兵たちを一瞬にして蒸発させた実績は、戦艦が装備
する大口径ブラスターのそれにさえ匹敵する。
 その代償として、連射性能はおろか、再使用さえその設計概念からは欠落してい
たはずだ。ガレーヌの足もとにころがった銃身は高熱を発してかすかにゆがんでさ
え見える。
 そして騒擾は移動する。侵入者撃退システムがきりきりと音をたててうごきだし
たときにはすでに、襲撃者は玄関ホールにおどりこんでいた。
 広大な螺旋階段を大挙しておしよせる護衛兵たち。その機先を制するように、白
熱の光球をふくれあがらせたプラズマ弾が、毛足のながいじゅうたんごと溶解した
クレーターを玄関ホールに凶猛にうがつ。
 刺激臭をはなちながら蒸発した数十段をのこして一群の兵士たちは出足をくじか
れ、襲撃者の死角にすばやく身をふせた。
 あざわらうかのように、さらに一弾がガレーヌの手にしたランチャーから放出さ
れる。轟音がホールを雷神の鉄槌のごとく一撃し、先見の明を発揮したほんの二、
三人の護衛兵たちのみが難をのがれて後退できただけだった。
 顕現した地獄をひきつれて無言のまま、ガレーヌは――ヘルハウンド・ガレーヌ
は、さらに屋敷奥深くへと進撃する。

「あとはまかせたぞ、アッダウラ」
 つつましやかなエンジン音をひびかせつつ離陸しはじめた浮遊機のリムジン・シ
ートから、ラジム・シャーは信頼にみちた視線とともに、眼下にたたずむおのが知
恵袋たる秘書にむけて呼びかけた。
 地方の名士として、あるいはその裏で武器供給ギルドの元締めとして、無数の部
下たちを掌握してきた信頼感あふれる表情と声音だった。
 アッダウラはその信頼が真実のものであることを確信しているのとおなじくらい
に、ラジム・シャーがすでに、アッダウラのことを害あるものとして切りすててい
ることもよく知っていた。
 迷いのない誠実さと、さらに迷いのない冷酷さ。それがラジム・シャーに現在の
地位をもたらし、また維持させているものの正体であることを、ともに死線をくぐ
りぬけてきただけにアッダウラはだれよりもよく心得ていたのだった。
「特別ボーナスを期待していますよ、シフ・ラジム」
 おだやかにほほえみながら心にもないセリフを平然と口にするアッダウラに、
「うむ、楽しみにしていてくれ」
 これも負けないくらいに誠意にみちた空手形を、ラジム・シャーは保証した。こ
れが銀河標準時で五年におよぶラジム・シャーとアッダウラとの、蜜月の終了だっ
た。
「しかたがない、か。伝説の賞金かせぎに命をねらわれている部下のとばっちりを
くいたいとは、さすがに暗黒街を掌握するラジム大人も思わないだろうしな。みじ
かいが、いい夢を見させてもらったよ。ありがとう。さようなら」
 すでに人影すら識別できなくなりながらなお遠ざかる浮遊機にむかって手をあげ
た姿勢のまま、アッダウラはしずかな口調でひとりつぶやく。
「さて。彼女の首尾のほうだが」
 手をおろし、屋上フライアポートの出入口にくるりとふりかえるタイミングをは
かってでもいたかのように――
 盛大な音響をたてて、厳重にロックされていたはずの扉が灼熱の光球とともに割
れはじける。
 もうもうとたちのぼる黒煙にむけてアッダウラは、ひゅう、と口笛を吹いてみせ
た。
「はでだねえ。うわさ以上に」
 つぶやきつつ、ふところからとりだしたハンドガンのセイフティを解除し、銃口
をぴたりと固定させる。
 数秒、その姿勢のまま待ったが、もうもうと煙をあげる扉の残骸のむこうがわか
ら、賞金かせぎの姿があらわれるようすはいっこうになかった。
「妙だな。急用でもおもいだしたのかい、シファ・ヘルハウンド・ガレーヌ」
 敬称つきの呼びかけにこたえるように――
 アッダウラの後頭部で、がきりとするどい音があがった。
 ハンマーをコックする音――実体弾を発射するタイプの、原始的だが威力は致命
的な銃が、かれのぼんのくぼにポイントされているのだった。
 瞬時、アッダウラは硬直し、ついでしずかに、ゆったりとした動作で手にした銃
を足もとにころがしてから、両手を頭上にあげて目をとじた。口もとにはうすく笑
いがきざみこまれている。
「手品師の基本、か。右手に注目をあつめたすきに、左手が仕事をする。みごとだ
よ」
「抵抗してみるか?」
 ひくくおさえられた女声が、抑揚を欠いた口調で問いかけた。
 短く笑いをもらしてアッダウラは、両手をあげたままちいさく首を左右にふって
みせる。
「まさか。むだなことはしない主義でね。さ。つぎにおれは、なにをすればいい?」
「ついてきてもらおう。ターヒルがあんたに会いたがっている」
「予想どおりだ。かれがおれのために用意してある運命に関しては、あまり想像し
たくはないな」
「よけいなおしゃべりはいい」ヘルハウンド・ガレーヌは無機質な口調でいった。
「ここまでくるだけでずいぶん苦労させられたんだ。あとはあまり、手をかけさせ
てほしくはないな」
「なあに」とアッダウラは軽い口調できりかえす。「あと一息さ」

 長年にわたってラジム・シャーとその利権をわかちあいながら、陰ではいちどな
らず暗闘をくりかえしてもきたもうひとりの大物であるターヒルは、連合政府でさ
え手をだすのをためらうような、権力と武力で堅固に武装をかためた人工惑星ター
ヒル・パレスのふところ奥深くでガレーヌと、そして彼女に連行されたアッダウラ
に謁見した。
 人工惑星にむかえ入れられた時点で、アッダウラはもちろんのことターヒルの意
をうけてかれを連行してきたガレーヌでさえもが武装解除され、内臓までスキャン
された完全な丸腰にさせられていた。ラジム・シャーとちがってターヒルは軍事力
と神秘の壁にまもられた堅牢な防壁の裏側にひそんだまま、その権力を駆使する方
法を好んでいた。ガレーヌでさえ、ターヒルと直接顔をあわせるのはこれがはじめ
てだった。
「待ちかねたぞ、アッダウラ」
 要塞惑星最奥部の執務室で、簡素だが実用的な執務机を前にした裏界のもうひと
りの支配者は、不機嫌がきざみこまれた渋面をまっすぐにアッダウラにむける。質
素な室内は実用一点ばりで、壁にも絵画一枚かざられてはいない。
「おひさしぶりです、シフ・ターヒル。あいかわらずお元気そうで、なにより」
 対してアッダウラは世間話でもするような気安い口調でそう返した。
「ひさしぶり、か。まったくだな、アッダウラ」とぎすまされたナイフをおもわせ
る硬質の口調でターヒルはいう。「顔をかえ、経歴をかえ、わたしの息がかかって
いることをいっさい秘匿しておまえがラジム・シャーの配下におさまり、側近とし
てやつの知恵袋といわれるまでにかかった時間は、わたしにとっては永遠にもひと
しい苦痛にみちた待機のときだった」
「またまた、ご謙遜ですな、シフ・ターヒル。あなたは必要とあれば永遠でさえ待
つことのできるひとだ。すこしもあせらず、そう、いまのように、まったくの無表
情のままでね」
「たわごとだな」ターヒルはおもしろくもなさそうにつぶやく。「だが、ようやく
やつのふところにまでたどりついたはずのおまえが送ってよこすやつに関する情報
は、毒にも薬にもならんようなものか、あるいは故意に錯誤したとしかおもえない
誤報ばかりだった。そのあいだにラジム・シャーは、わたしの領土をいくつか、苦
もなくうばい去っていったな。それまで不可能だったそんなことがなぜ急にやつに
とって可能になったか。その理由をいまさら口にするまでもあるまい、アッダウラ。
やつはわたしよりも仕えがいのある主人だったのか?」
 アッダウラはくちびるのはしに微笑をきざみこみながら肩をすくめてみせた。
「そう。あなたとおなじくらいに、魅力あふれる人物でしたよ、かれは」
 ふん、とターヒルは鼻をならす。
「鳴らない鈴なら、猫の首にかけておいたままでもさして支障はあるまい。だが、
その鈴がねずみの隠れ場所や餌場までことこまかに猫に報告しはじめたとなると、
そのままにしておくわけにはいかなくなる。そうだろう、アッダウラ」
「おっしゃるとおりです、シフ・ターヒル。ですが、わたしの計画が上首尾にいっ
ているとすれば、もうあなたはある事故に関する報告をうけとっているはずですが
ね」
「ラジム・シャーののったフライアが爆発炎上した件のことか」
「ごぞんじで?」
 肩をすくめながらアッダウラは、屈託なくほほえんでみせた。
「おまえがここにつくかなり以前に、報告は入っている。あれはおまえのしわざ、
というわけか、アッダウラ」
 アッダウラはこたえず、鼻のあたまをかいただけだった。
「だとすれば」とターヒルはつづけた。「おまえはずいぶんおろかなまねをしたこ
とになる。わたしの糾弾をかわすためにそんなことをしたということなのか? あ
いにく、やつを殺してこいと命じたおぼえは、わたしにはない。ラジム・シャーは
たしかに、わたしにとって目ざわりな存在にはちがいない。だが、それだけではな
かったのだ。あくまでもやつには、生きていてもらわなければ不都合が多すぎるの
だからな。おかげでわたしは、ずたずたになった勢力地図を再編するためにたいへ
んな苦労をしいられることになるだろう」
「それもご謙遜ですな、シフ・ターヒル」とアッダウラはすずしげにこたえる。
「あなたはこの好機をぞんぶんに活用できるだけの能力をおもちだ。そして、積極
的にそうなさるおつもりのはずですな。ちがいますか?」
「そんなことは、おまえには関係ないよ。もう、な」
「もう、ですか」
「そう。もう、だ。おまえを生きたままここまでつれてこさせたのは、おまえが後
悔にそのすずしげな顔をゆがませるのを見たかったからだ」
「ご期待にそえなくて、もうしわけありません、シフ・ターヒル」
「なに。わたしの期待は、もうすぐ現実のものになるさ。シファ・ガレーヌ」
 と、ターヒルはふいに賞金かせぎにその猛禽のような視線を移動させた。
 無言で見かえす傷跡のきざまれた美貌をしばしターヒルは無言でながめやり、そ
していった。
「わざわざごくろうだったな、シファ・ガレーヌ。きみは伝説にたがわぬすご腕の
仕事師だった。そして伝説以上に苛烈で、うつくしい」
 真顔の賞賛に、これも表情ひとつかえぬままガレーヌはたたずんでいるばかりだ
った。
 ターヒルはつづけた。
「よければ、シファ・ガレーヌ。これからはわたしの専属の職業的暗殺者として、
はたらいてもらいたい。連合あたりが提示する合法的なハンティングの報酬あたり
では、苦労にみあうだけの実入りは期待できないはずだ。その証拠に、きみは法律
的にはまったく非合法なわたしの依頼をききいれて、こうしてこの裏切り者をわざ
わざここまでつれてきてくれた。どうだろう。この申し出はきみにとって、決して
わるい話ではないとおもうが」
「わるいが」とそのときはじめて、ヘルハウンド・ガレーヌはその口をひらいた。
「わたしはあんたの提示する仕事には興味はない」




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