#3762/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 2/28 18:35 (196)
長編作品UP作法 1 永山
★内容
リダイヤルを何回か重ねてから、つながった。いつもと比べれば、割と早く
アクセスできた方と言えるだろう。
「よーし、来た来た」
手の平をこすり合わせながら、釘竹は独り、つぶやいた。
画面は、自動接続の手順を映し出している。
(やっとUPできるな)
煙草をくわえ、火を着ける。一口吸ったところで、片手に持ち、もう片方の
手で、目当てのコーナーに行くためのコマンドを入力、実行した。
「ふっふっふっ」
多くの人がそうであるように、彼が薄ら笑いを漏らすのにも、理由がある。
(俺の超大作、読んで腰を抜かすなよ)
断っておくと、彼、釘竹はプロの作家ではない。
(ちょうど百メッセージに渡る、大長編千五百枚! これなら絶対、ほりぃさ
んも参るはず)
自信あるのが、長さなのか内容なのか、本人も曖昧になっているのかもしれ
ない。もっとも、長ければよいという考えは、明らかに間違っている。
通信の反応速度は、なかなか良好であった。
釘竹は創作小説のコーナーに来ると、まずは各ボードに未読メッセージある
かどうか、見て回った。自分にはあまり関係のない話や極短い書き込みばかり
だったせいもあり、オンラインのまま読み飛ばす。
創作用のボードは、長編、短編、連載と三つに区分されている。こちらの方
は、どんなに短くてもオンラインでは読まず、ダウンロードして、あとでじっ
くり読ませてもらうことに決めている。
連載、短編の順に覗いたが、新しい作品はUPされていなかった。
最後に残った長編用のボードの番号を選択しながら、釘竹の意識は、早くも
自作のUPへと飛びつつあった。
(長編は滅多に作品がUPされない。どうせ、今回もないだろう。未読ゼロを
確認したら、すぐにUPだ)
そんなことを無意識の内に計算しながら、さらに番号を入力。
「お?」
当然、「新しいメッセージは、ありません」と表示されるものと信じ込んで
いた釘竹は、焦りの声を上げた。
新しい作品がUPされていたのだ。
2154 **/ 2/28 五連続殺人事件 1 岸平しずお
画面には、タイトルが一行だけ表示されている。
「……岸平氏か。へえ」
忘れていた煙草の灰を、灰皿に落とした。
(滅多に長編を書かない人なのにな。ここんとこ、推理物の掌編ばかりだった。
記憶では、岸平氏の長編は……『台形館の殺人』が一番新しいよな。確か、二
年前。久しぶりだな)
釘竹の顔から、苦笑がこぼれる。
(きっと、岸平氏も満を持してのUPに違いない。あんたの気持ち、よく分か
るぞー!)
勝手な思い込みを心の中で叫んでから、また考える。
(1ということは、まだ一メッセージしか送信していないんだな。うむ、ここ
で俺までUPを始めると、二つの作品がごちゃごちゃになる。まずいな)
ぎりぎりまで吸った煙草を灰皿でもみ消し、釘竹は腕組みをした。が、次の
瞬間にはほどく。
(しょうがない。岸平氏が先だったんだから、邪魔をするわけにいかない。全
部UPするまでの時間潰しに、ちょっくら、よそのコーナーを回るか)
「俺って大人」
自分の独り言に低く笑いながら、釘竹は他のコーナーへ移動するため、新た
なコマンドを打ち込んだ。
十分ほど経過していた。
創作小説のコーナーに戻った釘竹は、早速、長編ボードに入り、タイトル一
覧を提示させた。
2154 **/ 2/28 五連続殺人事件 1 岸平しずお
2155 **/ 2/28 五連続殺人事件 2 岸平しずお
2156 **/ 2/28 五連続殺人事件 3 岸平しずお
2157 **/ 2/28 五連続殺人事件 4 岸平しずお
「よし、入ってるな」
つぶやいてから、少し迷う。
(どうすっかな。先にダウンロードしておくか。百個もこれからUPしてたら、
忘れちまいかねないもんな)
他メンバーのどんな作品でも、なるべく早く読みたい釘竹であった。
彼は、2154〜2157の四メッセージを立て続けに表示させるコマンドを入力し、
ダウンロードの手続きをしてから、実行した。
「うん、快調快調」
速度は相変わらず、速い。順調にダウンロードしていく。が。
2154、2155、2156と来て、四つ目の2157の読み込みを開始する段になって、
釘丈は変化に気付いた。
「にゃんだとお?」
各メッセージの最初には、メッセージ数を示すラインがある。2154/2157 と
いう、表示中のメッセージの番号と、総メッセージ数を表すものだ。
この表示の分母は、先ほどまで2157であったのに、今、2158に変わった。
(……てことは、俺がダウンロード中に、誰かが新しい作品をUPしやがった
んだな)
がっくりと、力の抜ける釘竹。
そうする間にも、2157の全文の表示が終わった。
「あれ? 何だ、終わってないじゃないか」
釘竹の一言は、メッセージの最後の行を見てのことだ。「つづく」とある。
「なんだ、岸平氏の作品、四つだけじゃなかったのかぁ」
再び脱力感に襲われる釘竹だったが、すぐさま気を取り直した。
(考えようによっては、助かったんだ。これがもし、別の人が長編のUPを始
めたんだったら、つなぎっ放しのまま、また時間を潰さなきゃならなかったと
ころだぜ。回線手放す訳にいかないもんな。ま、岸平氏なら、あと一つか二つ
で終わりだろう)
そう思いつつ、未読のタイトル一覧を示させた。
2158 **/ 2/28 五連続殺人事件 5 岸平しずお
「そうか、分かった」
少し大きな声になっている釘竹。続きは頭の中で。
(うむ、題名が『五連続殺人事件』なら、多分、一メッセージにつき、一人が
死ぬんだな。そうに違いない。だから、メッセージは五つで終わり……いや、
事件の謎を解かなくてはいけないな。つまり、六つで終わりだろう)
彼は思い付きを確かめるべく、2158のダウンロードを行った。
(ほーら、やっぱりだ)
そのメッセージの最後にも、「つづく」と記されていた。
釘竹は二本目の煙草に火を着け、煙を思い切り吸い込むと、派手に吐き出す。
吸い終わる頃には、『五連続殺人事件』の6のUPも終わるだろう。そんな心
算である。
しばらくして、待ちきれなくなった彼は、煙草を途中で灰皿に押し付け、未
読メッセージのタイトルを表示させた。
2159 **/ 2/28 五連続殺人事件 6 岸平しずお
「よっしゃ。終わりだな」
さっさとこれをダウンロードして、自作をUPしよう−−。はやる気持ちを
抑えつつ、キーボードを叩く。
依然として通信の実速度は良好で、画面の下方に文字が現れては、さらさら
と水が壁を伝うように、上へと消えていく。
釘竹の心地よさは、しかし、最後の行を見て途絶えた。
「にゃにぃ!」
またもや、「つづく」とある。
「おいおい、岸平さん。いい加減、勘弁してくれよ」
急に「さん」付けになった。
「参ったなあ。時間がもったいないぜ」
左手の人差し指で、机をこつこつと忙しなく叩く釘竹。
(岸平さんの最長作品は、ええっと、『ジンバブエ蝙蝠の悲劇』だったっけ。
あれは、十二メッセージあった。まさか、この『五連続殺人事件』も、そんぐ
らいあるのか? 冗談じゃねーよ、まだ半分ですよ、このっ)
胸の内でひとしきり悪態をついてから、ふう、と息を吐く。
「いや、俺は大人だ」
己に言い聞かせるように、声に出した釘竹。
(今まで我慢しておいて、ここに来て乱入UPを始めたら、それこそ時間の無
駄だぞ。……仕方がない。涙を飲んで、一旦、切ろう)
本当に泣いているかのように鼻を一度鳴らした釘竹は、ログアウトするコマ
ンドを入力した。その手には、名残惜しさがこもっていた。
次に接続に成功したのは、リダイヤルし続けて一時間と十分が経っていた。
「げ、まだ終わってないぞ!」
パソコンの前で叫ぶ釘竹。
未読タイトルの一覧表示をし、その最後までダウンロードしたのだ。それな
のに、締め括りは「つづく」……。
「おーい、岸平さんよー」
意味なく、名前を呼んだ。
(十五メッセージと言えば、岸平さんの新記録だ。それでもまだ終わらないの
か。こりゃあ、何メッセージで終わるだろうなんていう安易な推測はやめた方
が、あとでがっかりしなくて済みそうだな)
心に誓った釘本は、はたと、妙なことに気付いた。
「一時間以上かけて、十五? おかしいぞ」
早速、只今の通信の反応速度を確かめる。先ほどつないだときと、ほとんど
変わっていないようだ。
(さっき、6までUPされてたんだから、この七十分間にUPしたのは九メッ
セージ。どれも長さは上限いっぱいだから、容量の差は大してないはずだよな。
さっきは、一メッセージにつき三分か四分ほどでUPできてたのに、この九メ
ッセージに七〇分てことは……一つに八分近くかけてる? 遅い。遅すぎるぜ。
俺がログアウトしてから、急に混雑したのか? それで文字化けが起こって、
UPをやり直していたら、こんぐらいかかるかも……)
そう考えながら、未読タイトルの表示を行う。
が、『五連続殺人事件』の16は、まだUPされていないらしく、「新しい
メッセージは、ありません」という文字が並ぶのみである。
「変だな。この通信状態なら、もうUPされてもいい頃だ」
一覧表示のコマンドを再度、入力してみたが、やはり、「新しいメッセージ
は、ありません」と表示されただけ。
次第に荒っぽい手つきになりながら、釘竹は同じことをさらに三度、行った。
だが、結果も同じ、「新しいメッセージは、ありません」。
「何だよ、このっ!」
思わず力が入り、キーボードに両手を叩き付けてしまった。痛みはほとんど
感じなかったが、むかむかが去らない。
「もう八分、過ぎてるんだぞ!」
わめきながら、釘竹は『五連続殺人事件』の15が、いつUPされたのかを
調べるため、ダウンロードしたばかりのファイルを読み込んだ。
「えーっと、なになに……」
読む途中で、目が点になった釘竹。
「何じゃあ? 四十分以上も前にUPしてるじゃねえか」
見間違いかと考え、一度目をこすり、じっと画面をにらむ。しかし、タイム
スタンプの数字は変わりはしなかった。
「いい加減にしろよ、岸平っ!」
とうとう、呼び捨て。
「まさか、UPのやり直しに四十分もかかってんじゃねえよな。16までUP
しといて、放ったらかしか? 人の迷惑、考えろよな、おっさん」
岸平はオフラインミーティングに一度も顔を出したことがないそうで、無論、
釘竹も岸平と実際に会ったことはない。が、ハンドルネームや文章から受ける
印象で、中年男性だと判断しているのだ。
「くっそー。ひょっとして、未完なのか? だったら、長編じゃなくて、連載
のボードにUPしろよ、馬鹿野郎。新入りじゃあるまいし、こんな初歩的な間
違いを……。我慢できん、俺のをUPするぞ、ったく、もう」
そこまでぶつぶつ言ってから、急に思い直す。
(待てよ。あの岸平氏が、こんな凡ミスを犯すだろうか。通信始めて、俺はま
だまだキャリア浅いけど、岸平氏は結構、ベテランだと聞いたぞ。どこか変だ。
他に理由があるんじゃないのか。たとえば……回線が切れてしまった、とか。
何らかの原因で、そのつもりはないのに回線が切れてしまい、再びつなごうと
してもつながらない状態にある。うむ。これなら納得できるし、許せるぞ)
うなずく釘竹。
「俺は大人だからな。まだ学生だけど、そこらの連中と違って、人間できてる
つもりだぜ。ようし、待ってやろうじゃないか」
半ばやけになった上での独り言とともに、釘竹は回線を切断した。
−−続く