#3759/5495 長編
★タイトル (BYB ) 97/ 2/19 19:22 (183)
死霊の都10 つきかげ
★内容
私は、寝床から飛び起きる。深い喪失感は、残ったままだ。私は慌てて着物を
身に纏うと、部屋から飛び出る。
広間には、長老たちが集まっていた。長老たちは、私の蒼ざめた顔に気がつき、
頷きかける。
「あなたの兄上、ハルオ様が亡くなりました」
長老の言葉に、私はがくがくと頷く。
「やはり、感じ取られましたか」
「死ぬ前に、兄は私の所へ来ました」
長老たちは、頷く。私は奇妙に想う。長老たちは、ロンドンナイト家の当主を
失ったというのに、絶望感もなく、落ち着き払っている。私には魔道の能力は無
く、兄の後は継げない。ロンドンナイト家は途絶えるしか無いはずなのに。
「幸いにして」
長老は、禍々しい笑みを見せ、言った。
「ハルオ様の記憶は、ここに留めることができました」
長老の一人が、赤い水に満たされた水槽を掲げる。そこには、白い半球体のも
のが浮かんでいる。人の脳髄を林檎の実ほどに小さくしたもの。
私は吐き気を堪えていった。
「夢見虫ね」
長老は喜びの笑みを見せる。なんとういうことだ。兄の魂は、この醜い無様な
虫けらに囚われた。あの気高く美しい兄を、こんな形で貶めるとは!
私の声は、怒りで震えた。
「あなたがたは」
「とてつもない僥倖ですぞ。我々は当主を失った。しかし、この夢見虫をあなた
の脳に埋め込むと、ハルオ様は甦る」
「ばからしい、兄が甦るのではなく、その虫が兄の夢を見るだけです。このよう
な冒涜は」
「すばらしい事です」
長老たちは私の言葉なぞ、聞いていない。死ぬ前に兄が私の元へ来たのは、警
告だったのか。
「あなたは、意識を失い死ぬのとおなじ事になるかもしれない。しかし、あなた
の内にハルオ様が甦るのです。あなたも、この奇跡に感謝せねば」
「馬鹿な、あなたがたは、虫の僕になりさがるのか」
長老の一人が印を結び、呪文を唱える。私の視界は、きらきら煌めく光の破片
に覆われた。これは、知っている。魔道の夢だ。私には逆らうことはできない。
私は無限に広がる煌めきの中へ、墜ちていった。
私は、記憶の渦の中にいる。私はすでに、自分が何者であるかを知らない。夢
見虫は私の脳髄にその触手を絡みつかせ、私の脳へハルオ・ロンドンナイトの記
憶を植え付けた。
私は、ハルオかもしれないし、ツバキかもしれない、あるいは夢見虫の見る夢
かもしれない存在となっている。私は、ゆっくりと目覚めた。
全裸のまま、私は起きあがる。祭壇の前らしい。私は、寝かされていた寝台か
ら降りると、その部屋から出る。長老のひとりと出会った。
「ハルオ様、甦られたか」
私は、その長老の頭をつかむ。異常なパワーが私の身体に流れているのを、感
じる。意神術、その力が私の内に横溢していた。私は自分でコントロールしきれ
ぬ力を手に入れたようだ。私の脳に埋め込まれた夢見虫が、私の中に眠っていた
力を開放したらしい。
私は、恐怖に震えている長老を掴む手に、少し力を加えた。凄まじい絶叫があ
がる。私は老人の頭を、握りつぶしていた。果実を握りつぶしたように、血と脳
奬が撒き散らされる。足下にできた深紅の水たまりの中へ、私は死体を捨てた。
長老たちが集まってくる。血塗れの私を見て、長老たちは悪魔の石化の呪いを
うけたように凍りつく。私は、長老たちにいった。
「おまえたちは、私を、私の妹を、殺した。その償いをせねばならない」
長老たちは、呻くようにいった。
「ハルオ様、お気を確かに」
私は、死の颶風と化し、走り抜けた。
私はツバキの夢から開放され、目覚めた。月影の家のソファに、私はいる。耳
の奥から夢見虫が抜け出していくのを感じる。月影に飲まされたスコッチに入っ
ていた眠り薬による夢を見ていたらしい。
ツバキが夢見虫を飛ばし私とおそらくジュリを同時に自らの夢へ引き込み、自
らが月影のしかけた夢から目覚めると共に、私たちも目ざめさせたようだ。その
時ツバキの意識が逆流して、彼女の記憶を一部分を共有した。夢の後半はツバキ
の経験の追体験だった。
隣の部屋へ続く扉をあける。そこにはやはり、ジュリとツバキがいた。
「あら、いい夢がみれたようね」
私の顔をみるなり、ジュリがいった。
「まだ、夢の途中だろう。おれたちはまだ、あの地下室の棺桶に寝ているわけだ
からな。月影の野郎はどこだ」
「月影ではない」
ツバキが、託宣を下すように言った。
「彼がシュラウト・ローゼンフェルトだ」
私は頷く。ツバキと記憶を共有した為、ツバキが月影の正体見抜いたのが判っ
ていた。
「やつを、引っ捕らえて王国へ戻ればいいわけだ」
「どうやって?」
ジュリの言葉に、私の目は点になる。
「帰りかたは、ツバキ、あんたが知ってるんじゃないか?」
「まさか。デルファイからの帰りかたなんて、誰も知らない。帰ってきたものは、
みんな偶然帰れただけだ」
私は、眩暈を感じた。
「よくわかったよ、今回の仕事がいきあたりばったりの計画で進められていたこ
とが」
「まぁいいじゃん。人生なんて、そんなものよ。さぁ、シュラウトに会いに行き
ましょ」
そういうと、ジュリが次の部屋へゆくドアを開ける。薄暗いその部屋は三方が
窓であり、水晶の欠片を散りばめたような、夜の街が見えた。その部屋は光の破
片の浮かぶ夜の海を進む船の、船橋を思わす。
月影、いや、シュラウトは、大きなディスプレイの前にこちらを向いて座って
いる。ディスプレイの蒼ざめた光を背にうけ逆光になっている為、表情は見えな
い。
「ようこそ、兄さん。いや、姉さんと呼ぶべきだろうかな?」
「ジュリと呼びなさい、シュラウト。何をしているか、見にきてあげたわよ」
「そいつは、どうも」
シュラウトは笑っているらしい。
「ジュリ、あなたには、眠っておいてもらおうと思っていたのに。あなたに見て
もらいたくない事を、するんでね」
「何をする気?」
「簡単なことさ。世界の破壊」
「おもしろそうね」
「いや、気に入らないって顔してるよ、ジュリ」
シュラウトは立ち上がった。
「いこうか、ジュリ。ここが、どこかを教えてあげる」
「ここがどこかって?知ってるわよ。いわれなくても」
「へえ、デルファイとは何か判っているの?」
「ええ。ここは、星船の中」
私は驚いて、ジュリを見る。
「星船ていうのは、あの神話にでてくる星船か?」
「そうよ」
神話では、邪神グーヌは金星にある次元牢から星船に乗って地球へ来た事に、
なっている。次元牢を覆う次元渦動を抜け出すのはとても困難な事であり、星船
は地球についた時には、傷つき飛ぶ力を無くしていた。
ただ、星船は神話だけでは無く、現実に存在する。神話に語られているように
邪神が地上へ降臨する為に作られたものかどうかは、判らない。むしろ、一般的
な見解としては、人類がこの惑星へ降りるのに使用されたと考えられている。
王国は、その星船を復活させる為に存在しているといってもいい。3千年前、
王国が建国される時、最初の王エリウス一世が魔族と聖なるヌース神、そして邪
神グーヌと、人類が星船を復活させるという約定を結んだと伝説では語られてい
る。
星船は王国が分裂し、混乱していた時代には、その存在を忘れ去られていた。
しかし、エリウス四世が王国を再統一した際に、星船も見いだされ、再び復旧作
業が始まったらしい。
むろん、どこまでが真実であるのか、私には知るすべもない。
シュラウトは、背後のキーボードを操作する。そこにテキストデータが表示さ
れた。シュラウトは皮肉な笑みを見せ、ジュリにそのデータを示す。
「じゃあ、真実もすべて知ってるんだな、ここにあるような」
ディスプレイを私たちは見る。
『最初に危機を提唱したのは、物理学者クライン・ユーベルシュタイン教授であ
った。ユーベルシュタイン教授の警告した危機は種々の実験データに裏付けされ
ていたにも関わらず、到底うけいれられる事のできないものであった。
つまり、ユーベルシュタイン教授は荒唐無稽としかいいようの無い仮説を提示
したのだ。それは、地球という惑星がウィルスに犯されているというものであっ
た。二十世紀末に突如としてある奇妙なウィルスが地球上に出現した。ただ、そ
のウィルスは厳密にはウィルスとは言い難いものであった。それは物理的な形態
としてタンパク質から構成される情報系であったものの、亜生命体と定義したと
しても、酷く奇妙な存在であった。ユーベルシュタイン教授の発見したそれは、
亜空間ウィルスと命名される。
亜空間ウィルスは生きた時空特異点と解釈せざるおえない性格のものであった。
そのウィルスの特性は以下のようなものである。
@亜空間ウィルスは動的情報系である。このウィルスに対しては情報エントロ
ピーの法則は通用しない。亜空間ウィルスは情報を生成する性質を持ってい
る。あえて解釈するのであれば、別の場所で吸収した情報を、噴出させてい
る可能性について考えることができる。単純に言えば情報系のブラックホー
ルとホワイトホールというべき性格を持っている。
A亜空間ウィルスは時空間を構成する性質を自らの意志に従って変成させる事
ができる。つまり物理的な諸性質、重力のポテンシャル、慣性のポテンシャ
ル、時間のポテンシャルを、自らの都合のいい形にかえる事ができる。結果
として亜空間ウィルスと接続している物質は、物理法則の束縛を受けない。
B亜空間ウィルスは有機体である。これは我々が観測できる部分が有機体によ
り構成されているというにすぎない。ただ、亜空間ウィルスは通常のウィル
スと同様に自己再生能力を持たない為、宿主にとりつく必要がある。
亜空間ウィルスについては、様々な説がある。例えば、異星人の侵略兵器説、
自然発生説、平行宇宙からの侵入説あるいは、神の裁き説まであった。各説どれ
が正しいか、決定は不可能である。ただ、結果として亜空間ウィルスがどのよう
に振る舞うかは、明確であった。地上のあらゆる生命体を宿主として増殖し、地
球という惑星上のあらゆる物理法則をある方向へ向かって変質させて行くという
ことだ。その結果、地球の変貌する姿は以下のように予測された。
@生命の意志と物理法則が連動するようになる。具体的には、亜空間ウィルス
に感染したすべての生命は、実験室での測定結果では、質量が増大する傾向
にある。これは、生命エネルギーが重力エネルギーに転化されるものと考え
られる。
A時間の流れる速さは、主観的なものになる。生命体は任意の時間速度を選択
可能となる。
B偶然性というもの自体が最終的には、なくなる可能性がある。亜空間ウィル
スは、地球上のすべての物質と生命を一つの情報系に結合する可能性がある
ということだ。極論すればヘーゲルの歴史哲学における絶対者が物理的に実
現されるといってもいいし、魔法的世界の発生といってもいい。つまり、ユ
ングの唱えた共通無意識や、シンクロニシティが物理的に実現されるという
ことである。
C因果律というものがあやふやになる可能性がある。亜空間ウィルスにとって
時間というものは、一方向に流れているとは考えがたい。過去というものは
確定されたものではなく、未来と同様に意志によって変更可能なものとなる。