#3709/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:14 (177)
コード館の殺人 22 永山
★内容
「……念のために、伺っておきましょうか。死の直前、実道が口にしていた物
は酒の他に、何かあったんですか?」
「いや、ストレートのウィスキーのみだ」
「酒やグラスを用意したのは?」
「酒は実道自らが持ち込んだ物で、グラスは確か、メイドが運ぶのを刑事の一
人が取り上げ、洗浄をさせたあと、直接、実道の部屋まで出向いて、手渡した
と聞いている」
「ふむ。グラスに、氷は入ってなかった?」
「入ってなかった」
「グラスを運んだその刑事は、途中、誰にもグラスを触らせなかったんでしょ
うね?」
「いや、実は一人、触った者がいる。しかも、今、ここにいる四人の中にな」
私と法川は、「え?」と戸井刑事を見返す。この場にいるのは、私と法川と
戸井刑事、それに風見ひそかだけだ。私は当然、違うし、法川も違うだろう。
「まさか、戸井さん自身が」
「冗談じゃないぞ。そんなつまらんこと、私は言わん」
「そうなると……」
法川は少女へと視線を向けた。風見はこんな状況下にも関わらず、机に向か
って宿題をやっている。大した集中力である。
「ひそかですか?」
「その刑事は、そう言っとるよ。無論、名前は把握してなかったが、少女が近
寄ってきて、グラスを見せてと言うので、まあいいだろうと渡したとな」
「ひそかが……」
「気にすることない。あの子が犯人であるはずないからな」
刑事に言われなくても、それぐらいは分かる。何よりもまず、動機がないで
はないか。私がこのことを口に出すと、刑事も「その通りですな」と、愉快そ
うに頬を緩めた。
「そうなると、結局、誰も触っていないのと一緒だから、グラスに毒を入れる
方法は消去されますね」
「そうだ。だがね、酒瓶の方だって、こっそりと毒を落とすのは無理なんだな。
実道の奴が、肌身離さず持っていたそうだから」
「じゃあ、ふりだしに戻る、ですよ。神代仁美以外に、犯人は考えられない」
「名探偵の結論も、そこへ行き着きましたな。よし、これで安心して、追及で
きるってもんだ」
刑事は、その言葉を待っていたんだと言いたげに、大きく伸びをした。
「私の用は、これで終わりだ。話も全てした。何かご質問はありますかな?」
「いえ、別に」
「僕も」
私達が答えると、刑事は腰を浮かした。
「では、ここらで失礼をば。終わった事件とは言え、捜査の内情を漏らすのは、
あまりいい顔をされんですからな。早く帰らんと、うるさく言われかねん」
戸井刑事は、どこかこそこそとした態度で帰って行った。彼の後ろ姿を見送
ってから、法川が言った。
「とりあえず、事件は解決したんだ。めでたいと喜ぶべきだね」
「賛成だ。久しぶりに、愉快な夕食を取りたいもんだよ」
「いいね。いつものように君がおごってくれるのなら、僕はレストランに宅配
を頼む労を厭わないが、どうだろう」
「もちろん、いいとも。今度の事件をヒントにして、作品をものにできるかも
しれないからね」
「素晴らしい。じゃあ、希望のメニューを言ってくれ。おおい、ひそかもだよ」
法川は私や少女の注文を聞くと、足早に部屋を出ていった。電話はこの部屋
にはないのだ。
風見は宿題をしているし、話し相手のいなくなった私は、例の遊びを最後ま
でやってしまおうと考えた。今度の事件が、七則、十戒、二十則といった推理
小説のルールをどれだけ満たしていたかのチェックだ。
残っている項目で、最初に考えねばならいのは、犯人に関する条件であろう。
十戒の7や二十則の4にある「探偵が犯人であってはならない」、これは満た
している。
二十則の10「犯人は重要な役割を演じた人物でなければならない」。犯人
であると分かった時点で、その人物は重要な役割を演じたと言えるはずだが、
それを別にしても、実道や神代は、充分に重要登場人物だろう。同じく二十則
の11「犯人は脇役であってはならない」、これもいいはずだ。メイドやコッ
クが犯人なら、脇役と言えるかもしれないが……。
七則の7「犯人は意外な人物であること」、これは読者の判断に委ねるしか
ない。ただ、私にとっては充分意外であった。特に神代が鈴木を毒殺したなん
て、思いも寄らなかった。
読者に委ねると言えば、二十則の20もそうなるだろう。長くなるので省略
するが、二十則の20では、「陳腐な手は使うな、独創的であれ」との意味を
言っている。実道が幸道氏を殺害した際のロープトリックは陳腐だと思うが、
その他の点はクリアしているのではないだろうか。それが私の所見である。
二十則の19「動機は個人的な物であること」、これは説明不用だろう。
二十則の15に、「謎の真相は終始一貫して明白であること」という文言が
ある。神代が実道を殺害したか否かについては、完全に明白になったとは言え
ないかもしれないが、大勢は決してる。オーケーとしようではないか。
同じ二十則の16「長たらしい説明や文学的饒舌等は不用」、これもいいだ
ろう。必要最低限の説明をして、余計なことは書いていないはずだ。
さて。問題の二つが残った。どちらも二十則にあるもので、2「記述者は読
者を詐術にかけてはいけない」という意味のことと、12「単独犯であること」
となっている。
2が何故問題になるのかって? 読者諸氏よ、お気づきだろうか。私は一つ
だけ、あなた方に詐術をかけた。ある事実を知っていながら、故意にそのこと
を読者の前から隠しておいたのだ。その事実とは……。
「だめだ。電話が通じない」
法川が戻って来た。その童顔を見ると、随分と苛立っているのが分かる。
「約束したからには、注文しないと僕の気が済まない。これから自転車で行っ
て来る」
「ああ、分かった。暗いから、気を付けてな」
「心配するな。ひそか、もう少し待ってて」
「うん! 待ってる。安全運転だよ!」
法川の優しい声に、風見は振り返り、満面の笑みで答える。法川の顔からも
苛立ちが消え、口笛が飛び出す始末である。
私が廊下から覗いていると、少年がちょうど、玄関のドアを押し開け、出て
行く姿が見えた。
さあ、話を戻そう。たった今、私は「少年」と記述した。お分かりいただけ
たであろうか。そう、法川統は実は、少年なのである。風見ひそかと同じ十一
歳。いや、誕生日をこの間迎えたはずなので、十二歳か。二人は親も認める仲
のカップルだ。
法川が音楽関係のプロデュースをやっているのも、事実である。彼の父親の
仕事が芸能音楽の方面に及んでおり、法川統はそのスタッフでもあるのだ。実
際にプランを提出し、何度も採用され、なかなかの割合で成功している。
私のこの詐術が、二十則の2に抵触するだろうか。事件とは全くの無関係で
ある。ここは一つ、お見逃しいただきたい。シリーズ物の第一作だからこそ仕
掛けられる叙述トリックなのだ。これぐらいのお遊び、いいよね。
残るは二十則の12。これは手強い。事件の真相は、実道と神代の共犯だっ
たのだ。どう転んでも単独犯にはならない。救いは、この項目の注釈として、
「もちろん、犯人は端役の協力者または共犯者を持ってもよい」とある点だ。
犯罪が実道を主体として行われ、神代が無理矢理共犯にさせられたことを考え
れば、今度の事件の共犯は、許容範囲に入ると信じたい。
あ、でも、神代が主犯格の実道を殺したみたいだしな。まずいな。折角、あ
と一つまで迫ったのに。
「うるさいよ、永峰のおじさん」
風見に注意されてしまった。自分でも気づかぬ内に、声に出して喋っていた
らしい。
「ごめんな。勉強の邪魔かい?」
「ううん、別にいいけど。……ねえ、永峰さん」
少女の声の調子が変わった。何と言えばいいのか、妙に色っぽい。
「な、何だい?」
「犯人が一人じゃなかったら、そんなに大変なことなの?」
「聞いていたんだ、やっぱり。い、いやあ、別にいいんだけどね。僕みたいな
推理小説を書く人間は、実際の事件でお約束が守られているかどうか、たまに
期待してしまうものらしくてさ。ははは」
気恥ずかしくて、笑ってごまかそうとした。
「じゃあ、今度の事件みたいに、共犯の一人が、最後でもう片方を殺しちゃっ
た場合、どう考えるの? 単独犯にはならないの?」
「うーん、難しいな」
変な質問だなと感じつつ、私は答えた。
「厳密な意味での単独犯には、やはりならないだろうね」
「そっか……」
何故かしょんぼりする少女。
「ん? ひそかちゃん、どうしたんだ?」
「え? ううん、何でもない。残念だったね、永峰のおじさん」
風見歯、いつもの声音に戻って、そう言った。
「あ、ああ。残念だな、ちょっぴり」
そう答えたところへ、外から自転車のブレーキ音が聞こえた。それから間も
なく、玄関が騒がしくなり、法川が顔を見せる。
「早いな」
「いや、注文はまだなんだ。そこで戸井刑事と会ってね。刑事も間が抜けてい
るよ、聞き忘れたことがあったんだってさ」
「聞き忘れ? そそっかしいな、戸井さんも。で、何を聞き忘れたって?」
「幸道さん、袋いっぱいの薬を持っていただろ。彼が亡くなったあと、薬は放
置されたままのはずなのに、見当たらないらしい。どこにあるか、知らないか
だってさ。永峰、知ってるか?」
「いや、僕も見かけていないよ。ひそかちゃん、君はどう?」
「知らない」
早口で答える少女。
「ひそかちゃんも知らないと言ってる」
「そうか。まあ、仕方がない。戸井刑事に伝えておくよ」
「さほど重大な問題でもないんだろ」
「多分ね」
法川は再び外に出、自転車で出発した。
私は部屋の中へと向き直り、ぼーっとしていた。
椅子に腰掛け、勉強を続ける風見ひそかの姿を見ている内に、はっと思い付
いた。どうして思い付いたのか、自分でも不思議だ。
消えた薬の中には、まだ他にも毒の仕込まれた物があったのではないか。そ
の可能性にかけ、何者かが薬を袋ごと盗んだ。そしてその人物はカプセルを調
べ、毒を発見する。
何に使ったか? 実道殺害に使ったのではないだろうか。そして、毒をグラ
スに塗る機会のあった人物は……。
私は目を見開き、風見を見つめた。
馬鹿な。機会はあっても、動機がない。こんな空想、無意味だ。
そう考え、強く頭を振ったのと同時に、少女が私の方を振り返った。じっと
見つめてくる。
「何だい?」
「あのね、永峰のおじさん」
彼女はにっこりと笑った。見慣れた、愛らしい笑顔。
「統がいなかったら、私、永峰さんが一番好きよ」
「……へえ。そりゃ嬉しいね」
私は愛想笑いを返した。
対して、少女は一層、笑みを深めて、こう言った。
「だからね、永峰さんが嬉しくなること、してあげたいと思ってるの。この間、
やってみたんだけど、どうやらミスっちゃったみたい。悲しいな」
もう一人の犯人は、意外な犯人と言える存在かもしれない。
だが、私は臆病者である。その人物が犯人であるかどうか、確かめる勇気は
持ち合わせていない。
−−終わり