#3708/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:11 (199)
コード館の殺人 21 永山
★内容
「教えてくれないか。名探偵を最後まで悩ませた毒殺手段について」
「名探偵の看板は、降ろしたいぐらいだ。僕が無知だった。ビリヤードのトリ
ックショットの何たるかを知っていれば、すぐにも解決していたのにね」
「トリックショット……じゃ、じゃあ、鈴木さんを毒殺したのは神代か」
「もちろんだ。彼女は、僕らや鈴木さんとは別の、隣の台でプレーしてた。お
かしな点に気づかなかっただろうか?」
「おかしな点? そう言われてもな」
額に手を当て、考えてみる。
「うまかったとしか言いようがないよ。まあ、最初に上手だと聞いた割には、
何度かミスをしてくれて、僕や板倉さんはほっとしてたよ。ゲームを面白くす
るために、わざと失敗してくれたのかもしれないが」
「それだよ。わざと失敗していたに違いないんだ。ただ、それはゲームを面白
くするためなんかじゃない。毒を入れるためさ」
「馬鹿な。ビリヤードでわざと失敗して、どうやって毒を入れる? そもそも、
台は別々なんだ。無理だよ」
「僕はビデオで見たんだ」
いきなり、関係なさそうな単語が飛び出したので、私は目を剥いた。
「ビデオって?」
「トリックショットの演技を収めたビデオだよ。アーティスティックビリヤー
ドって言うらしい。女性を台に横たわらせ、その額に乗せた球に手球を命中さ
せたり、重ねたカップ五つをだるま落としの要領で、一つずつ崩していったり、
見事な技だったよ。その中に、手球を飛ばし、隣の台にある的球に当ててポケ
ットさせる技があってね。これのヴァリエーションとして、台のレール−−縁
に置いたコインに球を当て、隣の台の縁にあるグラスの中に入れるという技を
見たとき、これだと思った。コインは低く緩い弧を描き、グラスにぽしゃん」
片手の指先で、コインの動きを示す法川。
「恐らく神代はね、コインの代わりに毒を飛ばしたんだ。ターゲットは、隣の
台に置かれた鈴木さんのグラス。ビリヤードのショットを何度か失敗したよう
に見えたのは、毒を入れるのに適切な配置を作るためだったんじゃないか」
「コイン大の毒薬を放り込まれたら、気づくもんじゃないか?」
「青酸系の毒だよ。そんなに大きな物である必要はない。小さな粒でいい。た
だ、グラスに入るなり、なるべく散り散りになるのが望ましいけど。まあ、遊
興室のライトは、決して明るいものじゃないから、気づかれる可能性はかなり
低い」
ああっ、あの薄暗い室内も計算に入れていたのか。犯罪に感心するのはどう
かと自分でも思うのだが、やはり感心してしまう。
「幸道さんを殺したのも、実道か神代なんだね? どちらが殺したんだ? 戸
井刑事の目をかすめて一階に行った方法は、やっぱりロープを使ったものだっ
たのかい?」
「まず間違いなく、実道だね。神代にロープの登り降りはできそうにない、彼
女の経歴を見る限り」
断定的な言い方に、私は反発を覚えた。
「待ってくれ。僕は実道の経歴をそれなりに知っているが、彼にだって登山の
趣味はない。どうして実道だと決めつける?」
「林冠だよ」
意味不明の単語に、再度、戸惑いを覚える。
「君が言ったんだぜ。林の冠で林冠だって」
「ああ、その林冠か。実道が研究していた……」
「どんな研究をするのかまでは、聞いていないんだね?」
「うん? そうだなあ、林というか森になるか。広大な森の上部には特殊な生
態系が形成され、だっけ? 地上とは違う現象が観察されるとか何とか……だ
めだな、記憶がおぼろげだよ」
「大まかには合っている、としておこう。問題は、木々の上の方を観察するに
はどんな方法を取るかってことさ。木登りじゃ、とても追いつけないほどの高
木が調査対象らしいからね」
「ひょっとして、ロープを使って木に登るのか」
「正解。林冠を研究する者全員が全員ということはないようだけど、ロープ登
りに長けた人が多いそうだ」
「そうだったのか」
実道から話だけ聞いて、深く知ろうとしなかった自分を恥ずかしく思った。
「手がかりは、全て提示されていたんだよ。それなのに、三人も犠牲者を出し
てしまった」
悔やむ法川の言葉を聞いた私は、ぼんやりと思った。全ての手がかりの提示
を謳った、十戒の8や二十則の1を満たしている訳だ。
また、二十則の18「殺人として扱った事件が自殺や事故死であってはなら
ない」も満たしたようだ。二十則の5「解決は論理的に」なされたし、同じく
8「解決は自然に」なされている。十戒の6「偶然や根拠のない直感が当たっ
てはならない」にも抵触していないと言えよう。
「動機は何なんだ。実道が幸道さんを殺したのは、財産狙いだとしても」
「そればかりは、自白に持って行かないとね、分からないよ」
「どうせ、ギャンブル関連に違いないさ」
刑事が吐き捨てた。
「錦野さんが殺されたのだけは、ギャンブル絡みとも思えんのだが」
「動機はいいでしょう。犯人を捕まえるために、島に戻って来たんだから」
法川が言うのへ、私は尋ねる。
「そう言えば……どうして島に? それだけ分かっていたんなら、わざわざこ
こに来なくたって、犯人逮捕は可能だったんじゃないのか」
「第一に、二人を逃がさないようにするため。島からの逃亡は、絶対にできな
いだろう。第二に、確認を要する作業があったから、その実証のため。放火の
方法等のね。第三に」
法川は言葉を切って、風見の方を見やった。少女がにこりと笑うと、法川も
微笑む。
「ひそかが来たがっていたからね」
私は心の中で、ため息をついた。
その後、捜査に当たる刑事達と合流して、我々がまず、実道の部屋に向かっ
ていたときだった。
突然、一号室の戸が開いたかと思うと、中から飛び出した者があった。足早
に立ち去ろうとしたその人影は、我々に気づくと、呆然と立ち尽くし、声もな
かった。
「−−神代さん」
吊り上がった眉、血走った目、ひきつった頬の筋肉、そして血の気の引いた
肌……彼女の鬼気迫る表情に、私は思わず声をかけていた。
「私が殺したんじゃないわよ」
このディーラーは、普段の自信に満ちた態度を瞬時に取り戻すと、冷静な声
で明言した。
実道は、一号室内の床に仰向けに倒れ、絶命していた。鈴木殺害や幸道氏毒
殺未遂に用いられたのと同じ、青酸系毒物によるものであった。
彼が使っていたワープロがあり、そのプリンターからは、紙が掃き出されて
いた。内容は、警察の科学捜査力を目の当たりにし、とても逃げ切れるもので
ないと観念した彼が罪を認めた遺書の体裁を取っていた。が、この文章をワー
プロで入力、プリントアウトしたのは神代だと、彼女自身がすぐに認めた。さ
らに三件の殺人についても、彼女と実道の共同犯行だと、大筋で認めている。
「無理矢理、共犯にさせられたと言ってるんですね?」
島から戻り、報告に来た戸井刑事に、法川が尋ねる。
「よく分からんのだが、そういうことになりますな。具体的に言えば、最初の
鈴木殺し、あれはいたずらのはずだったと言っている」
「いたずら?」
その言葉を聞いた私は、全く別の毒殺トリックを思い出していた。そのトリ
ックについてここに書くと、迷惑を被る作品も多々あるだろう。推理作家も因
果な商売である。
「どんないたずらのつもりだと、彼女は言ってるんですか」
「トリックショットでグラスに入れるのは毒ではなく、下剤だったと」
「下剤って、腹下しの薬のことですよね?」
場違いな薬の登場に、吹き出しそうになる。
「そうですよ、永峰さん。他に『げざい』という薬があったら、教えてほしい
もんだ。で……つまり、鈴木が腹をこわすのを面白がろうと、実道から持ちか
けられた。神代はこう言っている。どうやら、かつて神代は、鈴木から同種の
いたずらを持ちかけられたようですな。塩の塊を実道のグラスに放り込むとい
うものです。これの仕返しということだから、神代も引き受けた。ところが、
実際は下剤ではなく、毒薬だった。コインほど大きな物でなく、粒状の毒を的
球の頂に置いて、飛ばしたようです。
実道が鈴木を殺した動機は、ギャンブルでいかさまをやったのを見破られ、
弱い立場に追い込まれていたからだと。もっとも、この点は実道が死んだ今、
確かめようがないが」
「動機はともかく、毒殺に至る状況が事実なら、無理矢理共犯にされたという
話も、うなずけなくはない」
法川は、ほんの少し、同情するように瞼を閉じた。
「でも、その時点で自分のやったことを皆に知らせ、実道が毒を用意したのだ
と言ってもよかったんじゃないかな。ずるずると犯行を続ける神経は、理解で
きない」
「信じてもらえないと思ったようですねえ。馬鹿な話だ。その上、神代自身も
すでに、あるトラブルに巻き込まれていた」
「トラブル? 殺人につながるようなトラブルですか」
「ある意味では、そうかもしれないが、難しいところだ。船に細工ができるか
どうかについて、全員のアリバイを検討したでしょう?」
私と法川は、黙ってうなずいた。
「そのとき、神代は散歩に出ていたが証人はいないと言った。ところが、錦野
が、その様子を見ていたと証言したことで、神代にはアリバイが成立した。覚
えてますかな?」
「覚えていますよ。それがトラブルと、どう関係が」
「神代の話を信じれば、錦野は嘘を言ったようです。本当は全くの逆、彼は神
代が船着き場の方へ向かって歩いて行くのを見かけたにも関わらず、敢えて助
ける証言をした。何故かと不思議でしょう。理由は簡単で、神代の弱みを握っ
た彼は、彼女を脅迫したんですなあ。女好きの風評に、偽りはなかった。彼は
金ではなく、身体を要求したようです」
首を振る刑事。釣りのことで意気が合っていた相手だけに、落ち込んでいる
のだろう。それとも、自分の人を見る目のなさを悔いているのか。
「船着き場に向かうところを目撃された上に、毒殺に手を貸したなんて言って
も、それは通らないでしょうね、残念だが。やむを得ず、犯行を続けたのも、
少し理解できましたよ」
法川もまた首を振り、それから続けて聞いた。
「ところで、神代は何のために船着き場へ向かったのです?」
「これも、実道に呼び出されたと言ってる。いたずらの段取りを決めるため、
二人だけで話がしたいとね。実道の腹づもりでは、自分以外にも船着き場に近
づける人間がいた状況を確保しておこうと、呼び出したものらしいが」
「なるほど、抜け目がない。それで? 神代は共犯を続ける代わりに、実道に
条件を出したのかな。錦野をどうにかしてくれと」
「当たりだ。だが、計画になかった殺人だから、実道も慌てて、懸命に考えた
んでしょうな。鈴木の部屋の電話に、永峰さんの指紋が残ることを失念してい
た点を除けば、よく考えついたもんだとは思うが、所詮、悪事は露見するもん
だということだ」
「あの、私を犯人に仕立てようとした点については、何か言ってましたか?」
気になっていたのだ。聞かねばなるまい。
「ええと、そうですな。鈴木の部屋と対照の位置にある部屋をあてがわれたの
が、不幸だったと申しておきますよ」
「あ、それだけなんですか」
「そう。別に恨みがあったんのではないと、彼女は言っています」
私は拍子抜けする思いだった。でも、恨まれていたのでないと分かり、安心
もできた。これで熟睡できる。
「そうそう、酒をたっぷり飲ませた上に、睡眠薬を盛ったことを詫びていまし
たな。永峰さんには気の毒なことをしてしまった、と」
「……ああ、眠り薬まで飲まされていたのか。道理で、眠かったはずだ」
「それから、怪人物の衣装は、屋敷内にあった物をかき集めたのだとも言って
いた。ご苦労なこった」
馬鹿にしたように鼻で笑う刑事。そうでもしないと、彼の気も収まるまい。
「実道の父親殺しの動機は、何でした?」
間を見計らったように、法川が口を開いた。
「財産が早くほしかったようですな。島にいる間は殺人計画に追われてギャン
ブルを控えていたようだが、根は好きな奴だったらしくて、方々に借金を作っ
てましたよ。それに、共犯に引きずり込んだ神代への謝礼も必要な訳だから」
「あわよくばカプセル薬に仕込んだ毒で殺そうと狙っていたようだし、親子の
つながりなんて、脆いもんだね。怖くなるよ。それでは、神代はどうして、金
をくれるはずの実道を殺したんでしょうね?」
「おっと、名探偵。実道殺害については、神代は否認してる」
「ですが、状況はどう見ても、実道一人に罪を被せ、自殺に見せかけて殺した
と思えますね」
「私もそう思う。しかし、認めようとせん。彼女が言うには、実道の部屋を訪
れたのは、犯行がうまく行ったかどうかチェックするためだったとか。その話
の最中に、酒を飲んでいた実道が突然、苦しみ始め、倒れた。手に負いかねて
いる内に、絶命してしまったとね、言っておりますがね。どうも、信じがたい
ことは確かです。が、その一方で、三件、いや正確には二件の殺人への関与を
認めながら、実道殺しに限って強く否認するのは、不自然であるな」
「実道を殺したのは、別人だとでも?」
法川の目が光ったように見えた。
「私には分からん。そういうのは、名探偵の得意分野でしょうが。最後のどん
でん返しって奴だ」
−−続く