#3704/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17: 0 (191)
コード館の殺人 17 永山
★内容
「そんな考え、爪の先ほども持っていませんよ」
「そうですよ」
声をそろえて否定するコックとメイド。雇われる側の立場が弱いのは、どこ
も同じようだ。
「言い訳はいらん。何度も言わせるな、質問されて、わしは可能性を述べてお
るだけだ。さて、次は貴島。わしが先に死んだら、嬉しいかな?」
「まあな。おまえより長く生きるのが、わしの一つの目標みたいなもんだ。だ
が、殺してまでとは思っておらん」
何物も包み隠すことなしに、貴島は答えた。この辺りのやり取りは、恐らく、
いつものことなのだろう。
「わしが先に死んだら、腹をかっさばいて、検死してやるとも言っておった」
「それは願いじゃないさ。友人への無料サービスだ、ははははっ!」
「死んでからサービスされても、わしの得にはならんわい」
「その辺にしてもらえますか」
刑事が呆れつつ、ストップをかける。実際、このまま二人に話をさせていて
は、一向に進展しそうにない。
「貴島さんに動機があるとは思えませんね。他の方はどうです?」
「神代さんとは会ったばかりだから、どうこうっていうものはないのう。板倉
さんにはよくしてもらっておる。それに、こう言っては何だが、板倉さんがわ
しを殺したいのであれば、ちょっとずつ、砒素でも飲ませるのが一番だろう。
いきなり青酸でやろうなんて、馬鹿な手段を取るはずがない」
まさに言いたい放題である。板倉の様子を、ちらと窺ってみたが、複雑な表
情をしていた。この放言により、新たに動機を生んでしまいそうだ。
「刑事さんや作家先生、探偵クンに恨まれる覚えはないし、孫のような女の子
となるとなおさらだ。こんなところになるが、いかがかな」
鼻息も荒く、幸道は話し終えた。戸井刑事は目をしょぼつかせ、疲れた声で
「どうも」と返すのが精一杯の模様。
「これまでの事件から、犯人像を推察したい」
気を取り直したように、戸井刑事は始めた。
「まず、一連の事件は一人の人物、あるいは一つの意思によって起きているこ
とを前提として……。幸道さんの薬に毒を仕込めたのは、実道さん、貴島さん、
江梨さん、板倉さんの四人。永峰さんの証言から、彼を襲った犯人は男性らし
いから、江梨さんと板倉さんは除ける」
「ちょっと待った。待ったですよ、刑事さん」
実道が遮ってきた。
「遺憾ながら、永峰の証言が真実かどうか、確定していない。彼に共犯がいれ
ば、毒を仕込むのも可能かもしれない。すまんな、永峰」
謝ってもらったが、私の気分はよくない。当然だ。
「そりゃ道理ですな。じゃあ、客観性を持たせるために、永峰さんの証言は考
慮しないとしますか。ですがね、実道さん。そうなると、あなたのお父さんの
薬についても、同様に考えたい。幸道さん自身の狂言かもしれない」
「それでは……」
幸道氏を気にする様子の実道。やがて、思い切ったように言った。
「しょうがありませんねえ。薬に毒を仕込み得たのは、僕を含めた四人にプラ
スして、父自身も入れるしかないでしょう。それが論理的というものです。だ
から、永峰の証言に関しても、犯人は男であるという見方に加え、永峰自身が
嘘を言っている場合も考える。これで手を打ちます」
「なるほど、さすが学者さんですな。最初からやり直しだ。毒入りカプセルか
ら推測できるのは、幸道さん、実道さん、貴島さん、江梨さん、板倉さんが犯
人であるかもしれないということ。これでいいですな」
名前の挙がった五人は、不承不承といった具合に、おのおのうなずいた。
「永峰さん襲撃事件から推測できるのは、犯人が男であるという可能性が強い
こと。あるいは、当の永峰さんが犯人である可能性だ。鈴木さん並びに錦野さ
ん殺害の件からは、犯人を特定できる要素はない。逆に、不可解な謎として、
その毒殺方法ないしは遺体の出現方法が問題だ。それに、怪人物の衣装が、永
峰さんの部屋の真上辺りで見つかったこともある」
「永峰が犯人である場合、遺体の出現や衣装の発見位置は謎でも何でもない」
法川が付け足した。私にとって余計な一言ではあるが、致し方ない。
「そう、その通りだ。それから……実道さんの船に細工できたのは、ええっと」
手帳を取り出し、メモを見る戸井刑事。
「うむ、森田さん、実道さん、錦野さん、板倉さんの四人。殺された錦野さん
は、除外してもいいだろう。最前に言った毒カプセルの条件と重なっているの
は、実道さんと板倉さんですな。お二人のどちらかが犯人となれば、私も楽な
んですが、共犯者の存在を考え始めると、そうも行かない」
結論の定まらない推理に、最後まで名前の残った二人は、胸をなで下ろすよ
うな仕種を見せた。
「なあ、戸井さん。あんた、犯人の目星は付いておるのか」
貴島は椅子の背もたれから身体を離し、しびれを切らしたように尋ねた。
「目星は付けてなくもないんだが、どうにも決め手がなくて……。ただし!
これ以上の犠牲者は出しません、絶対に。先ほど伝えましたように、今夜は眠
らずに見張らせていただきますよ」
戸井刑事が虚勢を張っているのが、普段の彼を知る私には分かった。法川は
もちろん、下手すると風見ひそかにも分かったことだろう。
「目星とは一体、誰をですか」
「要らぬことを口走って、皆さんの間に疑心暗鬼の空気を生みたくないのでね。
それは言えませんよ」
せいぜい気取る戸井刑事だが、私はこの台詞を、以前にも聞いている。『プ
ール殺人事件』のときだ。もっとも、台詞を言ったのは刑事ではなく、法川で
ある。今の刑事は、法川の台詞を拝借した訳だ。
「大船に乗った気で、とは言えません。だが、解決までもう一息なのは間違い
ない。皆さん、よく注意して、慎重に行動してくださいよ」
最後には結局、疑心暗鬼を生むようなことを言って、刑事は締めくくった。
何ともしまりのないまま、夕食と雪崩れ込んだ。
事件のせいか、初日と比べると、かなり白けた雰囲気の中、食事は淡々と進
み、そして終わった。食べ終わった者から、てんでばらばらに自室へ帰って行
く。
「ごちそうさま!」
風見の、少女らしい無邪気な声が、人の少なくなった食堂に響いた。
重苦しい空気は、食後も漂っていた。トランプやビリヤード等をする者がい
ないのはともかく、風呂に入りたがる者も少ない。無防備なところを襲われる
かもという危惧が、皆の頭にあるのだと想像できた。
「部屋に引きこもっている間は、まあ、大丈夫だろうから、よしとしなくては」
刑事は、自らを納得させるように、さっきから同じことを繰り返し言ってい
る。今いる場所は、彼の部屋なのだから、別にいいのだが。
「戸井刑事、誰に犯人の目星を付けたんです?」
法川が聞いた。その目を見ると、意地悪く光っている。
刑事はこほんと咳をして、ベッドの上であぐらを組んだ。
「えー、そうだな。実を言うとだ」
両目は天井を向いている。懸命に答を探しているように見えるのは、私の気
のせいだろうか。
「ここだけの話だぞ」
「それでいいです。ぜひ、聞かせてください」
「……やっぱり、実道が怪しいと思っているんだ」
「え?」
思わず、私は声を上げてしまった。今は、いくらか仲がぎくしゃくしている
が、彼とは友人でいるつもりだからだ。
「理由を伺いたいですね」
促す法川。風見は、ベッドの上で退屈そうに、ごろごろ転がっている。
「共犯どうのこうのという考え方はとりあえず捨てて、犯人像を描く条件だけ
を見つめたんだよ。船に細工ができ、薬に毒を仕込めたのは、実道か板倉。永
峰さんが襲われたのは本当だと信じておりますから、犯人は男。そうなると、
実道しか残らない。利き腕の条件を加味しても、実道は当てはまる」
なかなか筋道立っていると、感心した。口から出任せではなく、実際に目星
を付けていたらしい。
「なるほどね。では、質問」
右手の人差し指をぴんと立て、法川はウィンクした。
「鈴木さんを毒殺した方法は?」
「うむ。そこが弱いんだが……昨日、言っただろう? 乾杯の際にグラスをぶ
つけ、相手のグラスに毒を放り込む。あれをやったんじゃないかと考えたんだ
がねえ。実道は酒のコップを持って、現場に入って来たんだから」
「そう言えば、その方法について、遊興室にいた人達に確認を取っていません
でしたね。否定されるのが、怖いとか?」
「……それもある」
じゃあ、他に何があるのだろう。そのようなことは聞かず、法川は次の質問
に移った。
「質問の二。永峰を襲った理由は?」
「理由? 殺そうとしたが、殺し損ねたとしか考えられん」
「そうだとしたら、ショックだな」
私は正直なところをこぼした。
「実道が私を殺そうとしたなんて、信じたくないね」
「それよりも刑事、仮にあなたの考えが当たっているとして、何で殺し損ねた
んです? 永峰の話を聞いた範囲では、誰も邪魔は入っていません」
「それはだな……だめだ。意見を変えるぞ。永峰さんを犯人に仕立て上げるた
め、襲ったんだ」
「ん、まあいいとしましょうか。三つ目の質問。錦野さんの遺体をどうやって、
永峰の部屋−−五号室に出現させたか」
「ベッドの下にでも遺体を隠しておいて、永峰さんを部屋から追い出したあと、
急いで引っ張りだしたってのは……だめだろうな」
「多分ね。時間的に無理です」
笑いながら断定する法川。採点する側は、受験者と比べれば圧倒的に楽だ。
「この屋敷には、実は秘密の仕掛けがいくつかあってだな。五号室には、人一
人が隠れるのにちょうどいい隠し部屋のような物があった。そのことを錦野か
ら聞いて知っていた実道は、錦野を殺し、その空間に遺体を隠した。そしてど
こかで遠隔操作をすれば、部屋に遺体が出現する……馬鹿らしい」
「面白いですよ。錦野さんは、屋敷の秘密を知るからこそ殺された訳ですね」
「おい、名探偵。からかってないで、何とかしてくれよ」
泣きつく刑事であったが、法川は、ただただ笑うばかり。
「畜生、やけくそだ。屋根に遺体を置いて、紐か何かで引っ張れば、開け放し
た窓から室内に遺体が放り込まれるってのはどうだ?」
「窓は確か、閉まっていたんじゃありませんか? 窓を閉める時間的余裕は、
犯人が誰であってもなかったはずですよ」
「そうだった……」
戸井刑事も、ついに意気消沈してしまった。がっくり肩を落とし、哀愁さえ
感じさせる、としておこう。
「なあ、名探偵の推理は? 実道犯人説は、例によって大外れかい?」
「実道さんが事件に関与している可能性は、五分五分ではないですかね」
「な、何?」
刑事も私も、驚きの声を張り上げた。すると、風見が「しーっ」と、人差し
指を唇に縦に当てた。
我々は苦笑いして顔を見合わせ、再び議論を開始する。
「五分五分とはどういう意味だ?」
「文字通り、可能性を論じているんです。はっきり聞いてやってもいいんだけ
れど、微妙でもあるし」
法川は相変わらず曖昧な表現で、煙に巻いてくれる。
「おい、はっきりしてくれ。もしもだな、実道が事件に関与していないとする
と、誰が犯人なんだ? 推理でいいから、聞かせてくれ」
「よく分からない。共犯かもしれないし、単独犯かもしれない。いずれの場合
でも、真相の露見を恐れて、どちらかがもう片方の口を封じることも、充分に
考えられるんですよね」
「だったら、なおさら教えてくれ」
食ってかかる刑事に、法川はぴしゃりと言う。
「言えません。戸井刑事は何の先入観も持たず、見張ってくれればいいんです。
見張ってさえいれば、殺人は防げるはずだから」
「本当に、そうなのか? 案外、何の見当も付かず、でたらめに喋ってるんじ
ゃないか」
刑事は悔し紛れか、法川の能力を疑い始める始末だ。
「私を踏み台にして、おまえさんが賢く見えるこの状況は、前々から許し難い
と思っておったんだ」
「そんな詰まらないことを気にするなんて、大人げないですねえ」
またもにこにこと笑う法川。天使のように無邪気でありながら、悪魔のよう
に恐ろしげな笑みだ。
「肝心なのは事件の早期解決。これですよ。誰が犯人を指摘するかなんて、二
の次。これまではたまたま、僕であったというだけです」
「……そういうものかねえ」
今一つ、納得しかねるという顔であったが、戸井刑事の憤慨はどうにか収ま
った。怒らない方が、きっと長生きできる。
昨夜と違い、我々は早々に床に就いた。もちろん、戸井刑事は自ら宣言した
ように、午後十一時頃から廊下に出て、頑張っていたようだ。
−−続く