AWC コード館の殺人 2    永山


        
#3689/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:19  (200)
コード館の殺人 2    永山
★内容
「初めての方は、どなたとどなたでしたっけ?」
 玄関へ向かう道すがら、実道が確認をしてくる。
「来たことある方が少ないんじゃないか。自分は初めてだが」
 鈴木が言って、私を含めた他の者を見渡す。
「私はもう、数え切れないぐらい、寄せてもらっている」
 錦野が答える。屋敷の建築に関わっていたとしたら、それも当然だろう。
「私は三度か四度、お招きに預かったことがありますが」
 静かに言ったのは板倉。彼女に続く発言者はなかった。
「では、お二人だけでしたか。これは失礼を」
 実道は早くも額に汗しながら、玄関のドアのノブに手をかける。これも威厳
を感じさせる、彫り込みのあるドアが押し開けられた。
 扉の向こうには、吹き抜けの空間が大きく深く広がっていた。奥には色鮮や
かなステンドグラスが列をなしている。一階の玄関ホールのすぐ右横は広間に
なっており、こちらの奥の壁には木製らしき階段が沿うように設けてあった。
階段は横から見れば台形で、左右にステップを山の裾野のごとく広げている。
わざわざ二つの階段が設けてある訳だ。玄関ホールには他に何もなく、だだっ
広い。がらんとした印象だ。無駄だなあと思うのは、貧乏人根性か。
「遅れて申し訳ありません」
 階段の影から、西洋風のメイドの格好をした人が現れた。化粧気に乏しい割
には、年齢のよく分からない外見をしている。よくぞ化けたなという感じを抱
いた。
「そう恐縮する必要はない、富子さん。食材を持って来たから、運んでおいて
くれ」
「分かりました」
「それから、部屋割りの紙はできているかな」
「はい、こちらに」
 言って、何やらメモらしき紙片を実道に渡したメイド。休む間もなく動き回
り、預かっておく荷物はないかと皆に尋ねている。私も法川も、特にないと答
えておいた。
「部屋割りを言いますから、聞いてください。荷物を運ぶのは、セルフサービ
スでお願いしますよ」
 実道が声を張り上げた。全員、彼の方を向き、静かになる。
「分かりよいように、各部屋のドアに、番号を記したプレートが張ってありま
す。その番号で言いますから」
 と言って、実道はいくぶん早口で読み上げ始めた。私にとっては驚いたこと
に、一人一人に個室が与えられるようだ。
 一号室には実道本人が入り、二号室は先に来ていた貴島完一という人物に割
り当てられているらしい。三号室は戸井豊、以下、四号室が神代仁美、五号室
が私こと永峰竜馬、六号室が鈴木健吾、七号室が法川統、八号室が板倉亮子、
九号室が風見ひそか−−法川が連れてきた少女−−、最後の十号室に錦野好明
とされた。自分の名前が呼ばれたときに鍵を受け取ったのだが、随分古めかし
い、無骨な造りだと思った。
「左側の階段を使ってもらいましょう。その方が玄関から近いし、便利だから。
そのつもりで聞いてください。番号が奇数の部屋は左階段を上がって、廊下の
右手、偶数は左手になります。手前から右は一、三、五、七、九号室、左は二、
四、六、八、十となっている訳ですよ」
 くどい説明だと思った。このぐらい、行けば分かることだ。
 ……という私の考えは、二分と経たない内に甘かったと思い知らされる。
 各部屋は番号の若い順に二組ずつ、真正面に向き合うようになっているもの
と想像していたが、そうではなく、位置が一部屋分ずれており、ドアは互い違
いに並ぶ格好だ。
 それ以上に面食らったのが、各部屋のドアに張ってあるプレートである。
「何語ですか、これ?」
 プレートに書かれている文字が、どこの国の言葉なのか分からない。そもそ
も、これが文字と言えるのかどうかさえ怪しく思えてしまう。右に左にぐるぐ
る回る渦巻き、一部がへこんだ四角形−−欠けた三角形と表現した方がよいか
−−や震えたような星形等がある。
「創作文字ですよ」
 実道は腹の底から笑っている。人を引っかけて楽しむ性格だ。
「あなたが作ったんですか?」
 法川もまた、愉快そうにしている。実道がうなずくと、法川は自信に満ちた
口調でさらに続けた。
「渦巻きの右巻きがプラス、左巻きがマイナス、星が一で、欠けた三角が三、
扇形が七ですね?」
「おお、素晴らしい!」
 実道は大げさに驚き、そして法川を讃えた。
「永峰から聞いていたけれど、さすが名探偵だ」
「なに、これぐらい、基本中の基本ですよ。軽いクイズのような物です」
 片目をつぶる法川。実道はばつの悪そうな顔をし、やがて気を取り直したよ
うに言った。
「どうして分かりました? 私の創作文字−−創作数字の仕組みが」
「簡単です」
 短く言うと、彼は腕を斜めにつーっと持ち上げ、九号室のプレートを指差し
た。便宜上、渦巻きの右巻きを◎、左巻きを@、星形を★、欠けた三角を▲、
扇形を▽としよう。九号室のプレートには、▲◎▽@★とある。
「★が一なのは、一号室のプレートを見れば推測できます。同様に三号室と七
号室のプレートにも、▲あるいは▽が一つあるだけですから、それぞれ三と七
ではないかと考えました。では、この九号室はどうか。三◎七@一、この表現
が九になるには……と考えて真っ先に閃くのは、三と七の和から一を引くこと
でしょう」
 ドアをこんこんと叩いた法川。
「つまり、◎がプラス、@がマイナスだと仮定できます。僕はこの仮説を検証
するため、他のプレートを見ました。二号室は▲@★で、三から一を引いて二
です。四号室は★◎▲で、一に三を足す訳ですから四。これも合っている。念
のため、全てを検討した結果、どれもこの法則に当てはまることが分かったの
で、最後に発案者のあなたにお聞きした次第ですよ」
 ほーっという感嘆の声に、場が包まれた。
「早く休みたい!」
 その雰囲気を破ったのは、少女の愛らしい叫び声だった。風見ひそかが法川
の側でぐずっている。
 実道は苦笑混じりに口を開いた。
「じゃあ、ひとまず部屋に落ち着いてもらいましょうか。食事の際にお呼びし
ますよ。それまで、ごゆっくり」

 部屋は、一人で使う分には充分な空間であった。ベッドに文机、ソファが二
つ。窓にはベランダ−−お好みでバルコニーと書いてもよい−−があって、そ
れなりの景色を望める。電話もあったが、これは館内専用らしい。この島では
携帯電話も役に立たないから、本土との連絡手段は船を頼る他にない。
 私は部屋の内と外から、錠が正常に機能するのを確かめた。内側からはつま
みを横に捻って施錠、廊下側からは渡された鍵で施錠できる。
 その際、ドアには覗き窓が設置されていることにも気づいた。ちょうど目の
高さに、直径一センチに満たないレンズがはめ込んであるのだ。外から覗いて
も室内の様子は全く分からないが、室内から覗けば部屋の正面の壁がよく見え
た。部屋が互い違いに並べてあるのは、この覗き窓のせいもあるのだろう。
 鍵のチェックを終わり、廊下にいると、七号室から法川が出て来た。忍び足
という風情がある。私は察しがついたものの、彼に声をかけた。
「どうしたんだ?」
「やあ、永峰」
 立ち止まり、振り返った法川は、決まりの悪そうな表情から、お愛想笑いに
移行する。
「屋敷の中を見ておこうと思ってね」
「相手が僕一人だけのときぐらい、格好つけなくてもいいじゃないか。誰も見
ていない。君と僕の仲だぜ」
 私はにやにやしながら、法川の顔を覗き込んだ。ついでに彼の部屋の中も覗
き見し、部屋の造りはどこも同じだということを確かめた。
「ひそかちゃんの部屋に行くんだろう?」
「……その通り」
 気取った口調の法川。あくまでもポーズを崩すつもりはないらしい。
「相手をしてやらないと、あとでうるさいからね」
「ようく知ってるよ。さあ、『子守』にいそしんできたらいい」
「言われなくても、そうするさ」
 くるりと身体の向きを換えた法川は、九号室へ急ぐ。
「ほどほどにしとけよ」
 私は彼の背中に、そんな声をかけた。二十則の3にもある。曰く、「恋愛を
描いてはならない」。
 ついでに説明しておこう。ここまで読んでこられた読者諸氏はすでにお気づ
きであろうが、孤島にあるコード館という状況は、七則の2「事件発生はプラ
イヴァシー重視型の人工構築物内、もしくはその周辺」の条件を予見するもの
である。今の段階の私はもちろん予想できるはずもなかったが、このあと、事
件は起こったのだ。
 私は部屋に戻る折、改めてドアを見た。プレートの文字を覚えるのは面倒な
ので、階段を上がって右側の三つ目と記憶した。

 一階にある食堂で、少し遅めの昼食が始まった。
「私のような年寄りのわがままを聞いてくれて、感に堪えませんな」
 幸道氏が快活な声で言い放った。禿げかかった上に総白髪、染みの浮く皮膚、
度のきつそうな眼鏡と、外見は年齢以上に老け込んでいるが、気持ちはまだま
だ若いようだ。我々の前に姿を見せたときも、かくしゃくとしていた。
「孤独を求めて島に閉じこもったものの、齢を重ねるに連れ、人恋しさがぶり
返してくるとは、思いも寄らないんだわ」
「森田さんや富子さんがいるではありませんか」
 実道が言った。我々が今食してるのは、屋敷に住み込みのコック・森田裕次
郎の手による物。フランス風……だと思う。
「彼らは所詮、使用人だからな。ハイソなわしには合わん。多少の話し相手は
勤まっても、長続きはせん。その内、代わりの者を見つけたいと思う」
 幸道氏は笑いながら言っていた。本気なのかどうか分からない。
「ハイソってなーに?」
 風見ひそかが小声で、何故か私に聞いてきた。法川はと見れば、交わされる
会話の馬鹿馬鹿しさについていけないとばかり、黙々と料理を口に運んでいる。
「上流社会のことだよ。ハイソサエティを略して、ハイソ」
「ふうん。はい、そーですか」
 言うだけ言って、風見はにんじんのグラッセをぱくつく。
 私はどっと疲れが出て来た。この小学生はつまらない洒落を言うためだけに、
私に聞いてきたのかもしれない。そんなことまで考えた。
 食事は進み、最後にコーヒーあるいは紅茶が出された。
「皆さん、このあとの予定は、どうなっておりますかな」
 丸テーブルに着く我々を見回し、幸道氏が言った。
 真っ先に答えたのは、板倉亮子。潮でべとつきでもしたのか、船上で見たと
きと服装が違っている。
「折角、暖かい土地に来たのだから、泳がせてもらおうかと思っていますが」
「船がご入り用でしたら、遠慮せずに言ってくださいよ」
 実道がすかさず申し出た。
「燃料ならたっぷりありますから」
「私は地に足が着いている方が安心できる質ですので、浜辺で楽しませてもら
います」
 素気ない返事の板倉。代わって、錦野が口を開く。にやにや笑っている。
「男でも運んでいただけるんでしょうかね、先生?」
「それはまあ、仕方がないでしょうねえ。錦野さんは何をなさるつもりです?」
 実道も笑顔を見せて応じる。板倉にモーションをかけたのは、だめで元々の
気があったのだろう。
「天候もよいようだし、釣りをやってみようかと」
「お、いいですな」
 錦野の左隣の戸井刑事が反応した。初対面の人ばかりのせいか、普段よりも
口数の少ない彼だったが、釣りと聞いては黙っていられなくなったらしい。
「ええっと、戸井さん。あなたもやる口ですか?」
「ええ。下手の横好きですがね」
 そのまま釣り談義を始めてしまった。戸井刑事は刑事とは名乗らず、単なる
公務員としか説明していない。そのおかげもあるのかないのか、スムーズにや
り取りしているよう見受けられた。
「永峰、君は?」
「そうだな、特に決めてなかったんだが、少し身体を動かしたい。泳ぎに出よ
うと思う」
 私はそう答えてから、法川と風見の二人を見やった。
「法川、君はどうする?」
「同じでいい。ひそかが泳ぎたいと言っていたしね」
 私と法川の間で、風見はうんうんとうなずいていた。
「神代さんは、いかがです?」
 誘ってみた。初めて見たときから、目鼻立ちのくっきりとした美人だと感じ
ていた。この人の素顔を見てみたくなったのだ。
「お誘いはうれしいんですけど、先約がありますので」
「先約、ですか」
 思わず頓狂な声を上げると、幸道氏がくっくっくと含み笑いをした。
「私が予約したのだよ、永峰さん。無論、変な意味ではないですぞ」
 訳が分からず、私は彼と神代の顔を交互に見た。答えてくれたのは、神代だ
った。
「私の本業、話しましたかしら?」
「いえ。名前を伺った程度ですが……」
「ディーラーですの」

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE