AWC コード館の殺人 1    永山


        
#3688/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:16  (194)
コード館の殺人 1    永山
★内容
「これをどうぞ」
 私は相手に一枚の用紙を手渡した。縦横に何本かの線が黒く印刷された、白
地の紙だ。
「何ですかな、これは」
 相手は怪訝な視線を、無遠慮に投げかけてきた。
「『登場人物表』を作るために、必要なのですよ」
 私は低姿勢に努める。
「全員にご記入願っています。決して、怪しげなセールスに流用したり、宗教
に勧誘したりするものではございませんから、安心してください。そもそも、
住所をお書きいただく必要はありませんがね」
「ふむ……よかろう」
 私の手から万年筆を力強く取ると、相手は用紙に書き込み始めた。現れる文
字を見ると、筆圧の方も強そうだ。
「お名前には振り仮名、年齢は満年齢でお願いします。あと、瓜二つのご兄弟
姉妹その他の人物がいれば、早めに申告してください」
「−−これでいいかね?」
「真実を書いているのであれば、かまいません。それが『本格推理』のルール
というものですから」
「なるほどな。まあ、しっかりやってくれ」
 その人物は、さっさと歩み去りかけたが、不意に立ち止まった。
「なあ、君」
「何でしょうか?」
「犯人役の者は、どう書くのだね? 職業の欄に犯人と書かなければいけない
のかい?」
 相手の表情は、明らかに笑っている。どうやら冗談で言っているようだ。
 私は口元に笑みを浮かべた。
「書かなくても結構ですよ。職業は、『主な職』を書いてもらえればよろしい
んです。最初から書いていいのは、探偵役の者が自分自身の職業の欄に『名探
偵』と記入することぐらいでしょう。それぐらいは許されます」
「なるほどね。それにつけても、探偵役は得だな。年齢を書き込まなくてよい
のか」
「年齢不詳の方がよいでしょう。名探偵にはいつまでも若々しくあってもらい
たい。読者はそう願うものです」
「やれやれ」
 私と相手の人は、にんまりと笑った。

           *           *

/登場人物一覧(この中に、今度の物語での殺人犯人がいることを保証します)
館幸道(たちゆきみち 65) コード館の主。大地主
館実道(たちさねみち 37) 幸道の息子。生物学の講師。船舶免許を有す
森田裕治郎(もりたゆうじろう 50) コード館使用人。コック
江梨冨子(えなしとみこ 31) コード館使用人。メイド
錦野好明(にしきのよしあき 42) 幸道の知り合い。建築士
板倉亮子(いたくらりょうこ 28) 幸道の知り合い。薬剤師
貴島完一(きじまかんいち 63) 幸道の知り合い。法医学者
神代仁美(かみしろひとみ 26) 実道の知り合い。ディーラー
鈴木健吾(すずきけんご 37) 実道の旧友。メッキ工場工員
永峰竜馬(ながみねりょうま 29) 実道の知り合い。作家・記述者
法川統(のりかわおさむ ?) 永峰の知り合い。芸能プロデューサー・名探偵
風見ひそか(かざみ 11) 法川の知り合い。小学生・薄幸の美少女(自称)
戸井豊(といゆたか 44) 永峰、法川と知り合い。刑事

※国籍は全員が日本であり、民族的にも極めて純度の高い日本人である。
 何故、このような断りを入れるのか? それは、本格物のお約束としてノッ
クスという人物が変なことを言っているからだ。ノックスの十戒(以下十戒と
略す)その5に曰く、「中国人を登場させてはならない」。中華人民共和国の
方々には大変申し訳なく思うが、本作は本格物としてのコードをきっちり守っ
て書くつもりである。ご了承いただきたい。
 また、このような登場人物表を掲げることは、島田荘司の新本格の七則(以
下七則と略す)の3にある「冒頭で人物紹介がなされる」を一挙に満たすと同
時に、十戒の1「犯人は物語の最初の方から登場すること」を保証するもので
もある。
 さらに人物表を見れば分かる通り、七則の5「必ず探偵が登場する」やヴァ
ンダインの推理小説二十則(以下二十則と略す)の6「探偵が登場すること」、
同じく9「探偵は一人に限る」を満足させているのは明かであろう。ただし、
補佐役として刑事その他が登場するのはお許し願いたい。
 最後になったが、十戒の2「超自然的な魔力を導入すべきでない」、同じく
10「瓜二つの人物をむやみに登場させない」、二十則の13「秘密結社の類
は出さない」、同じく17「プロの犯罪者が犯人であってはならない」といっ
た点をも守っていると、ここで明言しておきたい。

           *           *

 歓声が騒がしかった。
 何時間、揺られていただろう。
 歓声の上がった方へ足を向け、ふらつきながらも歩いていく。風に、陽気が
溢れている。南に来たのだなあという実感が湧いた。
 デッキにいたのは五人。こちらが声をかけるよりも先に、その中の一人が私
に気づいた。
「どうかしたんですか?」
 その振り返った女性に、すかさず聞いてみる。耳を隠す程度に切り揃えられ
た髪。化粧気も愛想もない。
「島が見えたんです」
「ああ……」
 彼女が視線を戻してしまったので、私は同じようにするしかない。
 頭がぼんやりとして、はっきりと距離感がつかめない。でも、島影が確認で
きたのは事実である。
「あれが『ワンラ島』ですか」
「そう」
 海を向いたまま、彼女は返事をよこす。あれこれ聞かれるのが面倒なようだ。
それなら私も、眺望を楽しもう。
 しかし、楽しみたいのは山々であるが、どうにも船酔いがきつくて、吐き気
をこらえるのに精一杯だ。
「名前負け」
 背後から声をかけられ、内心、びくっとした。けれど、気分がよくないから、
身体がついてこない。
「竜馬−−海に強そうな名前だが」
 私の背後にいるのは、船上において四人いる知り合いの一人である。
「法川。もう少し、いたわりってものが」
「僕は子守で忙しい。やっと解放されて疲れ切っている。その上、また君の相
手をするほどお人好しじゃない」
 そう言われれば、彼の連れて来た女の子の姿が見えない。どこかで休んでい
るのだろうか。
「こちらは」
 法川の美貌に引かれたか、先の女性が聞いてきた。
 私は手を振って、法川自身に相手を任せた。
「薬剤師の板倉亮子と申します。館さんとは薬を処方しただけの縁で」
「法川統、です。職業は……芸能プロデューサーとでも言えば通じますか」
「へえ? 音楽関係ですか。作詞作曲とか」
「皆さん、そう言います。が、半分だけ正解です。僕の場合、売り出し専門で
してね。作詞作曲はしません」
 法川は案外、つまらなさそうに話している。一部からムーブメント仕掛人と
称される彼は、売るためのアイディアを求め、普段からサングラスの向こうの
目を光らせている。たまに笑っても、目つきは鋭い。そんなところがある。
「久しぶりの休暇を、こうして作家先生と一緒に過ごす羽目になりましてね。
参っていますよ」
「館さんとのご関係を、お聞かせ願えます?」
「こちらの作家先生が、館氏と懇意にしているらしいですよ」
 まるで関心のない口ぶり。だが、彼があらゆることに興味を持つ性格なのは、
私がよく承知している。
「館氏と言っても、実道さんの方です。生物学講師の」
「あ、そうでしたの。生物学って、何を専攻されてるのでしょう?」
「さあ、私も詳しくは。講師の職を得る前は、何だったか、林冠とやらを研究
対象にしていたと、聞いた記憶がありますね。林の冠で、『りんかん』です」
「林の冠ですか、聞いたことない……。そう言えば、あなたのお名前も、まだ
伺ってませんでしたね」
 何がおかしいのか、くすくす笑う薬剤師。
 私は小さく息を吸い、どうにかして気分をすっきりさせようとする。
「作家の永峰竜馬と申します。偏った物ばかり書いていますから、ご存知ない
でしょうが……」
「帰ったら、ぜひ読んでみます。教えてくださいますか」
 さっきまでの無関心ぶりはどこへやら、板倉は笑いかけてくる。手帳とボー
ルペンを取り出したところを見ると、冷やかしではないらしい。
 私は代表作とされている三つを答えた。
 板倉は表情を変えずに、三作ともメモをしてくれた。きっと、読めば驚くだ
ろう。特に三冊目に挙げたやつには……。
「島に着くようです」
 法川が言った。

 館実道の船の操縦は素晴らしかったと言えよう。多少の揺れはあったものの、
あれは海のせいだ。だから、自分が酔いそうになったのは、彼の責任ではない。
 だが、今しがたできたばかりのたんこぶは、彼のせいだ。
「すみません。道が悪くてね」
 実道はそう言うが、悪路以上に彼のドライバーとしての腕に問題があるので
はないか。下手ではないが、荒っぽい。よそ様を乗せるには向いていまい。
 が、招かれる身である自分達からは、あまり声を大にして文句を言う訳にも
いくまい。実道はこの島の持ち主たる館幸道の息子なのだから。それに、他の
人達はともかく、私にとって孤島でバカンスを楽しめるなんて、滅多にない機
会だ。
 息子と書いたが、もういい歳をした大人だ。ただ、大学というある種の閉鎖
社会で講師を長くやっているせいか、いくらか子供じみた面も有している。運
転が荒っぽいのも、実は、本人が楽しんでいるのに間違いない。
 船着き場から屋敷まで大した距離がある訳ではないが、荷物が多いのと、今
言ったような悪路なので、車で運んでもらっている。身一つで歩けば、十分ほ
どで往復できるだろう。
 その屋敷が見えた。館と呼びたいところだが、それでは館氏の名字と混同し
かねないので、屋敷と呼ぼう。ただし、屋敷の正式名称はコード館となってい
る。
「何故、コード館と言うんだ?」
 そう問うたのは、鈴木健吾だった。実道とはかつて同じ学校に通った仲とか
で、交わす言葉に堅苦しさは全くない。工員と大学講師という意識も、まるで
ないように見受けられた。
「私が答えてもいいかな」
 手にした手帳から顔を上げ、低い声で言ったのは錦野好明。建築士という話
だが、もしかするとコード館の建築にも何らかの形で携わったのかもしれない。
「頼みます、錦野さん」
 実道の運転はようやく大人しくなりつつあった。屋敷周辺に来たから、道が
よいのだろう。
「実に単純で、話すのも馬鹿馬鹿しいのだが。館さんの名前が幸道で、『こう
どう』と読めるだろう。その洒落なんだよ」
「だったら、『こうどう館』でいいじゃないですか」
 笑顔で異議を唱える鈴木。面白半分に議論しているようだ。
「それはまずいな。柔道の総本山と同じ名前になってしまうよ」
「ああ! そいつはいい理由です」
 感心することしきりの鈴木の横で、女性二人−−板倉と神代仁美−−は意味
が飲み込めないという顔をしている。
 ここぞとばかり身を乗り出したのは、戸井刑事。いかつい顔をすまして始め
る様子が、気持ち悪い。
「私も詳しくはないのですが、説明しましょう。世界に広まった柔道ですが、
元を辿れば講道館という一つの流派なんです。嘉納治五郎という人物が、それ
までいくつもあった武術たる柔術を、スポーツである柔道にまとめあげたとい
うのが一般的な解釈になるでしょう」
 いつになく丁寧な口調が、私にはおかしかった。
「そうなんですか」
「知らなかった」
 と、うなずき合う板倉と神代。二人は、今日が初対面と思われるが、すでに
船上で意気投合したのだろう。
「到着ですよ。長旅、お疲れ様」
 実道の声を合図に、全員、次々と車外に出た。
 我々の目の前に、コード館は真昼の陽光を浴びて、その厳めしい全容を誇示
していた。

−−続く




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