#3659/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 96/12/30 12:43 (180)
無情の仮面(上) 赤木 錠
★内容
【まえがき】えーと、見なれないハンドルで「すわ、新人か」と色めきたったおか
たもおありでしょうが、残念ながら私は青木無常です(^-^;)。通信のハンドルネー
ムとしては従来どおり「青木無常」でいきますが、今後はこの「赤木 錠」が投稿
用のペンネームとなりますので、よろしければご記憶ください。
由来をもうしますと、まあ通信で知りあったかたにはなじみのない名前でしょう
けれど、私のもともとのペンネームがこれでありました。で、この「赤木 錠」を
うらがえしにして通信用のハンドルネームとさだめたのが「青木無常」。まあそう
いうわけで、当初は通信のみで青木無常を名乗り、投稿には従来どおり赤木錠でい
くつもりでいたのですが、“無常”のひびきに次第に愛着をおぼえるようになった
ころあいに投稿に力をいれはじめたためもあって、しばらくは投稿用のペンネーム
としても青木無常がまかりとおっていた次第であります。
まあ、雰囲気というか名前のかもしだす個性を考えると「青木無常」のほうがお
ぼえやすく意味ありげでよいのかもしれません。が、いかんせん、この名では私の
書きたい作品の内容とはかけはなれたイメージを惹起されるようで、この夏の富士
見ファンタジア大賞からもとの名前にもどしたという、まあ、そういうわけです。
で、この小品のタイトルに「無情の仮面」とあるのは、ほうむり去られた「青木無
常」の自己主張がにじみでてきてしまっているのかもしれませんね(^-^;)。
それはそれとして、この作品は「ザ・スニーカー」という雑誌の巻末ページで募
集されている二十五枚以下の小品を対象とした、小説コンテストの第18回分に応募
したものです。以前、みのうらさんも紹介なさっておられたようですが、基本的に
は入賞しても図書券、テレフォンカード程度の賞品がもらえるほどの、まあ読者の
ページに毛がはえたもののような賞ですね(連続して掲載されれば、また話がちが
ってくるようですけどね)。
でも佳作も含めて二十数編が毎回、最低でもペンネームと作品タイトルが誌上に
掲載されているわけですが、今回私が応募した分には(いつものことだが)やはり
この「赤木 錠」の名も『無情の仮面』のタイトルもかけらすら見あたらず。正直
いって、多少とも脱力してしまっている状態ではありますねえ。
まあそういうわけで、これ以上くだらないことをぐだぐだいっててもはじまらん
ので以下本文。
無情の仮面
赤木 錠
血と絶叫のこびりついた地下蔵に待機していた拷問者は、男の姿をひとめ見ただ
けで、獲物を与えられたよろこびを表するかわりに背筋をふるわせていた。恐怖に
である。
その感情をうかばせたものの正体はさだかではない。
男が異様な風体をしていることはまちがいなかった。実際、祭りの熱狂の頂点に
達しようとしている港街から、たった今つれだされてここに運びこまれたとはとて
も思えぬようなたたずまいである。
沈鬱な色彩のマントにつつまれた長身。うがたれた底なしの穴のようにひっそり
とした様相。そして――闇色のマントの背中からのぞく、ながい柄の棒状のもの。
武器として使用することができるようにも見えない、ものほし竿のような漆黒の棒
だ。どこをどうひっくりかえしても、刃のかけらさえ付属してはいないのだが、な
にか不気味な障気のようなものをその棒状の物体は放っているのだ。
そしてさらに、なによりも男の姿に奇怪な印象をあたえていたのは――仮面であ
った。
狂的なくまどりのぬりたくられた、憤怒とも狂笑とも、また号泣ともとれる異様
な表情の、極彩色の仮面。
その奇怪な仮面には――その裏に静謐とも虚無ともつかぬ静かで、底知れぬなに
かが秘められているように思えてならなかったのであった。
たかまる熱狂もいよいよ頂点に達しようという、三日にわたる祭りの最終日の夕
暮れ時である。ひとびとの面貌はきまりごとにしたがって仮面の下に隠されていた。
その基準からすれば、それほど男のその仮面も異様、というわけでもなかったかも
しれない。
だが拷問者には、その下にはなにか底知れぬ異様な、得体の知れぬものが秘めら
れているような気がしてならなかったのである。
すなわち――糸すじのように仮面にきざまれた穴からのぞく、夜のように深くつ
めたい静かな両の眼。
抵抗する獲物から徐々に力をうばいとり、足をもがれた虫のように生命力をうし
なっていくさまを、なによりも生きがいにしている狂人一歩てまえの拷問者の、心
裏の奥深くに隠されていたはずの恐怖を刺激したのは、おそらくは異様な寂寥を深
々とのぞかせたその双の眼であったのだろう。
いずれにせよ、みずからの怯懦を恥じるがごとく拷問者は歯をきしらせながら異
様な男の前に立ち、ことさらに威嚇的な態度でもってふたりの獄吏にひざまずかさ
れたその姿を見おろしたのであった。
「その仮面はなんだ?」
不自然なまでに尊大で威嚇的なその問いかけに、静かな声音がこたえる。
「これは情念を抑制する仮面だ」
と。
淡々とした口調の――それでいて、まるで地獄の底からひびきあがる呪詛のよう
な声音であった。
拷問者は顔色をかえる。今度は、浮かんだ恐怖の色を隠そうとさえしなかった。
「その仮面をとれ」
ごくりとのどをならして唾液をのみこんでから、拷問者はことさらにおさえた口
調でそういった。
「できぬ」あいもかわらぬしずかな、淡々とした口調で、男は血色の空気をふるわ
せた。「おまえに見せる顔は、この仮面の下には存在しない。そのことを神に感謝
するがいい」
「神だと?」拷問者は目を見ひらいて問いかける。「なんという名の神に?」
「情の女神、ウル・シャフラに」
拷問者の手にする、無数の罪人の血を吸いつづけてきた鞭がぶるぶるとふるえた。
「では、おまえの名は?」
極彩色の狂的な仮面の下から、底知れぬ闇色の瞳が静かに、だがはっきりと答え
を返す。
「おれの名はフォージュ。女神の猟犬だ」
「拷問の必要はない」拷問者は、二人の獄吏に宣言した。「この男こそまさに、わ
れわれのさがしていた男だ。即刻、処刑しろ」
緊張したおももちで二人の獄吏は男を立たせ、処刑室へと追いたてはじめる。
その背へ、拷問者は「待て」と声をかけた。
衝動的に口をついてでた、制止だった。
ふりかえる二人の獄吏とは視線をあわせようとせず、拷問者はしばらくのあいだ
気弱げに、どすぐろく変色した陰鬱な床をながめおろしていただけだった。
この残虐な男が、ついぞ見せたことのないようなたたずまいだった。
が、なにか得体の知れぬものの影をでもふりきるかのようにして、拷問者はかた
く目を閉じ、首を左右にふりながらいった。
「いや、いい」そして、顔を見あわせる獄吏たちにむけ、いらだったように言葉を
重ねる。「はやくつれていけ」
遠ざかる跫音をききながら、拷問者はふかいため息をつく。
――その仮面の下には何があるのだ?
口にできなかった問いかけの言葉が、拷問者の胸の奥底でまだ荒れ狂っていた。
「閣下。処刑が終了したそうです」
小姓の報告に、街を見おろす小高い丘の上に建てられた豪奢な宮殿の奥の間で帝
王は、憂鬱そうにうなずいただけだった。
帝王、といっても文字どおりの意味ではない。表だっては王家どころかそのとり
まきとさえ関係があるとも思われぬ、地方の港湾都市の引退貿易商にしか過ぎなか
った。
だがその実態は、何代かつづいてその実権掌握力をすっかり疲弊させた帝国の支
配者はもちろん、権謀術数のかぎりをつくして事実上の最高権力者の地位を獲得し
た現宰相にさえあご先で命令を下すことのできる、いわば“裏界の帝王”とでも呼
ぶべき存在であった。
一礼して小姓が立ち去る気配にもふりかえろうとさえしないまま、裏界の支配者
は弾力のきいたひじかけ椅子にふかぶかと背をあずけながら、ふりそそぐたそがれ
の粒子へと憂鬱な視線をさまよわせる。
朗報に歓喜の念がうかばないのは、おのれが老いたためだけではないことを痛い
ほど自覚していた。
この三日間、ずっと生ける屍のごとく、裏界の権力者はうつろだった。
燃える炎のごとく侵略し、魔物のように狡猾に立ちまわり、そして腹の底から吠
えるように哄笑したかつての姿を知っている部下たちは、別人を見るような目でい
まの権力者の姿を呆然とながめやる。
その原因はだれもが知っていた。後継者を、喪失したからだ。
無から出発していまの地位をきずいた。磐石の土台をこしらえあげ、あとは歳若
い最愛の息子にそれをゆずりわたすだけだった。
そんな権力者の心を知ってか知らずか、息子は裏界で絶対権力を狡猾に駆使する
恐怖の代名詞を襲名することを嫌悪し、拒否し、逃亡した。
王はあわてなかった。息子の暴走を注意深くながめやりながら観察し、挫折した
ころあいを見て迎えをさしむけるつもりだった。
その息子も、いまはない。みずからその命を絶ったのだった。後継者の死ととも
に、帝王の心の底から灯が消えた。地位と実権だけはそのまま、いまはもう裏界の
支配者は、ただの不機嫌な屍にすぎなかった。
たそがれの微粒子がただよう外気の底から、かすかに街の喧噪がなだれこんでく
る。炎のように荒れ狂った三日の狂騒を経ての、熱狂の頂点であった。
空虚のかたまりと化した帝王には、遠い別世界のできごとのようにしか思えなか
った。
つい三日前までは、掌中にした宝石のように身近で、なまなましかった世界だ。
ふみつぶしてきた哀しみや怒りは数えきれない。無量の亡霊が王にむけ、呪詛を
投げかけていることだろう。
身に覚えなら山ほどある。“女神の猟犬”がさしむけられる理由など、どれだけ
でもあげられる。“フォージュ”の訪問をうけるのにこれほどふさわしい存在など、
自分をおいてほかにはあるまい――皮肉な思いとともに、帝王はそう考えた。
フォージュ――女神の猟犬。
ウル・シャフラは情念をつかさどる女神だ。情念はふたつの顔をもつ。愛と憎悪。
歓喜と悲哀。光と影。ともに美しく、ともに苛烈だ。フォージュは、そんな女神の
暗い面に飼われた猟犬である。駆り立てるのは、憎悪。
どこのだれが、この“フォージュ”を名乗る暗殺者をよこしたのかはわからない。
息子の死のしらせをきいてぬけがらとなった裏界の帝王にとって、暗殺者の存在
など熱狂にわきかえる祭りと同様、遠い別世界でのできごととしか認識できなかっ
た。噂をききつけて迎え討つ用意をしたのも、もっぱら側近たちであった。
今では、いかに卑小とはいえ怒りをぶつける絶好の対象の処理を他人まかせにし
てしまったことが、ひどく残念なような気もしている。
倦んだ、墓場のような荒涼の底で物憂く渦まくやり場のない怒りを、神話の登場
人物を気取る鼻もちならぬ人物にむけて思いきり吐き出してやるのもよかったかも
しれない。
あるいは――このうつろで実りのない余生を、小気味よく断ち切られるのも、ま
た。
いずれにせよ、満足の欠落した空虚な統治の日々を、もうすこしはつづけなけれ
ばならないらしい。
ため息とともに裏界の帝王は重い認識を吐き出した。
そのため息にさそわれたように――喧噪が近づいてきた。
祭りにわきかえる下界の、陽気な喧噪ではない。そこには叱責ととまどい、そし
て恐怖がひそんでいた。
制止をかけるいくつもの声は、帝王の周囲をかためる護衛たちのものであった。
悲鳴ともなげきともとれぬ、小姓たちのかんだかい声音もそれに混じっている。
侵入者か? 頬づえをつき半眼をとじた姿勢のまま、帝王は考える。
むざむざこんなにも宮殿の奥深くまで招き入れてしまった理由に思いあたらず、
疑問がにぶく心裏の奥底でうごめくのを、まるで他人事のように感じていた。
そしてつぎの瞬間、帝王は苦鳴を耳にした。護衛たちのひとりが、斬りかかると
きにあげる叫声につづいてあがった苦鳴。
ききおぼえのない声だ。どうやらようやくのことで、闖入者が排除されたらしい。
なぜもっとはやくに斬り捨てることができなかったのか、という疑問はちいさく
浮かんだが、もはやどうでもいいことだった。いずれすぐに、眉根をよせた側近ど
もがいいわけがましい口調で説明にあらわれるだろう。
帝王のその推測は、まったくまちがっていた。
ふたたび――幾人もの人間があわただしく立てる跫音が音高くひびきはじめ――
それは支配者の間へと、傍若無人になだれこんできたのであった。
わずかな好奇心が、裏界の帝王のよどんだ心の奥底に首をもたげる。自堕落な姿
勢で椅子に背をあずけたまま、ゆっくりと支配者はふりかえる。
――異様な男がそこにたたずんでいた。