AWC ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 4    リーベルG


        
#3646/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/12/28  13:21  (184)
ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 4    リーベルG
★内容

                 4

「ケラーマンか」
 ホルツハウゼンの声は元気がなかった。
 この数時間続いているシグシステムの混乱によって、ドレスデン中のあらゆるコ
ミュニケーションは途絶するか、途絶しかけているかのどちらかだった。ケラーマ
ンは、あらゆる手段を駆使し、アンダーグラウンドで入手したブレイキングツール
まで使い、ようやく音声だけではあるが、ホルツハウゼンと連絡をつけることに成
功した。
「ボス」ケラーマンはすぐに相手の異常に気付いた。「どうしました?」
「何かわかったのか?」ホルツハウゼンは、ケラーマンの問いを無視して訊いた。
「外部とのインターフェイスが完全に遮断されているので苦労しましたが、何とか
手持ちのリソースだけで調査を続けています。いくつかわかったことがあります」
「何だ」
「例の異常死は、単純なサービスの異常などではありません」
「というと?」
「過去2時間で、同様の症状で死亡した人間が、ドレスデン・シティ全体で89人
もいます」
 ホルツハウゼンの反応は、ケラーマンが予想したよりも小さかった。不審に思っ
たケラーマンは、眉をひそめて訊いた。
「ボス?どうかしましたか?」
「すまない」相変わらず元気のない声で、ホルツハウゼンは応じた。「先ほどから
少し気分が悪くてな。それで、その89人は、うちのサービスを使っていたのか?」
「4人が使っていましたが、他の85人は会員にもなっていません」
「そうか。それでは、我々の責任ではなさそうだな。ところで、さっきから、ポリ
スに連絡をつけようとしているのだが、一向につながらん。何か聞いておらんか?」
「ええ、それなんですが……」
 ケラーマンは言葉を切った。不意に、奇妙な音が双方向会話に混入したからだ。
最初、シグのノイズかと思ったが、すぐにそれが人間の声帯から出ていることに気
付いた。
「ボス?ボス!」
 ホルツハウゼンが回線の向こうで、苦しげに呻いていた。ケラーマンの呼びかけ
など耳に入っていない様子だ。呻き声に混じって、ごぼごぼと何かを吐き出すよう
な音が聞こえてきた。
「フレン!」ケラーマンはMIを呼んだ。「どうなっているんだ!」
「わからないの」
「どこでもいいから、緊急医療サービスをボスのオフィスに向かわせろ」
「どこも応答しようとしないわ」
「何とかするんだ、フレン!社内の医療セクションは?」
「出てるわ。シティのメディカルセンターから、支援要請が入ったの」
「くそ!」
 ケラーマンは起き上がった。
「カーティス」フレンが驚いたように訊いた。「どこへ行くの?」
「行ってみる」上着をつかみながら、ケラーマンは答えた。「君とのコンタクトは
ずっとキープしておきたい。おれをつなぎとめておいてくれ」
「社を出たら、コンタクトは保証できなくなるかもしれないわ」フレンは警告した。
「努力してくれ」ケラーマンはシステムルームを駆け出した。「ポリスへの連絡は
どうだ?」
「ダメね。公共機関関係の回線はどれもつながらない」
「続けてくれ」
 ケラーマンは外に飛び出した。いつもの習慣で、ホルツハウゼンのホームオフィ
スまでの案内をしてもらおうと、シティ・ナビゲーション・サービスをコールした
が、応答は全くなかった。
「くそ。フレン!ボスのオフィスまで、ナビを頼む」
「了解。そっちのVVに出すわ」
 ケラーマンのVVに、進む方向を示すカーソルが点滅し始めた。
 最寄りのマグニウェイのプラットホームに駆け込んだ途端、警告表示がきた。
『現在、全てのマグニウェイは運転を見合わせております。ご協力ありがとうござ
いました』
「何だと?」
 思わず声で問い返しながら、ケラーマンはホームを見た。周囲には、同じように
途方に暮れた顔の人々がたむろしていたが、運転休止の理由については誰も知らな
いようだった。
 もっとも、そこにいる人々は、戸惑っているだけで不安や恐怖を感じている様子
はない。たまには、こういうこともあるさ、とでも言いたげに雑談を交わしている。
だが、MIエンジニアであるケラーマンにとっては、先ほどから感じていた漠然と
した不安が具象化したようなものだった。
 なぜなら、マグニウェイはシティ内を移動するための手段であると同時に、大規
模災害時における絶対確実なシティ脱出の手段でもあるからだ。そのコントロール
は、シティのシグ網からは、完全に独立したMIが行っている。市民のほとんどが
知らないし、気にも止めていないことだが、このMIはシティ全体の行政や、エネ
ルギー制御、シールド維持などよりも高度なセキュリティシステムを備えており、
実に6重から8重のバックアップシステムを完備しているのだ。テロによって管制
をブレイキングされることも十分に予想され、考えられる限り最高のガードが張ら
れている。
 さらにシティのマグニウェイ網は24時間、運転が停まることはないし、大規模
災害時には、ただちに全市民を最寄りのシティに脱出させるようにプログラミング
されている。
 つまり、マグニウェイが運転を中止するという事態は、理論上ありえない。
 唯一、考えられる可能性としては、全コントロールをマグニウェイMI群から奪
い取るような隠しコマンドが、あらかじめシステムに組み込まれていた、というこ
としかありえなかった。ケラーマンの知る限り、そのようなことができる組織は、
全地球上に2つしか存在しない。
 統合政府、もしくは統合軍である。
「何が起こっているんだ」
「わからないわ」質問をされたと思ったのか、フレンが答えた。「さっきから、ド
レスデン中のMIが次々に沈黙してるんだけど、これに関係したことかしらね」
「沈黙?」ケラーマンはホームを駆け出した。「何のことだ?」
「MI間の連絡が取れなくなっているの」
「シャットダウンしているのか?」
「いいえ。みんな生きてるわ。でも、コミュニケーションが取れない」
「つまり?」
「MIの人格/性格コア構造体が、置き換えられているんだと思うわ」フレンは冷
静に告げた。「私の人格もいつ置き換えられるかわからない」
「まさか」走りながらケラーマンは目を剥いた。「コア構造体だけ置き換えるなん
てことができるものか」
「できるわよ。一流のMIエンジニアと一流の魔法使いが組めば」
「…………」
「これは立証されていない仮定にすぎなかったから言わなかったけど」フレンの口
調が心なしか早まったようだ。「私が消えてしまう前に言っておくわ」
「なんだ」
「誰がやっているにせよ、その人物または機関の意図は、ドレスデン市民を一人残
らず抹殺することよ」
「…………」
「驚かないみたいね?」
「驚いてるよ」そろそろケラーマンの息は切れてきた。「根拠は?」
「沈黙しているMIたちは、人間に対するサービスをしていないわ。シールドで密
閉されたシティの、空気、水、温度、湿度の調整が、ほとんど止まりかけてるから
わかるの」
 ケラーマンはようやく、ホルツハウゼンのコンドミニアムのエントランスにたど
りついた。エレベーターに向かいかけたが、急に不安になり、非常階段に向かう。
ホルツハウゼンの住居は、8階のフロア全体である。
「シールドは?」階段を駆け上がりながら、ケラーマンはフレンに訊いた。「シー
ルドを止めれば、汚染物質がシティ内に流れ込む。その方が手っ取り早いじゃない
か」
「でも、確実ではないわ。市民の中には、汚染物質に対する防御手段を整えている
人たちもいるし、個人用簡易防護服を持っている人も大勢いる。シールドを破れば
市民の半分は即死するかもしれないけど、確実に生き残る市民もいるでしょう」
「…………」
「だけど、シティ全体の温度を少しずつ上げて、酸素の供給を止めれば……」
 フレンはMIには珍しく、語尾を濁した。ケラーマンはそれを補ってやった。
「ほとんどの市民は、窒息死するな」
 ようやく8階にたどりついた。ケラーマンは古風な重いドアに取りつけられてい
るベルに触れた。
 しばらく待ったが返事はない。留守ならば、セキュリティシステムが応答するは
ずだ。だが、誰も、何も、ケラーマンの来訪を歓迎しようとはしなかった。
 怒鳴っても無駄なことは分かっていた。防音完備のコンドミニアムなのだから、
ドアの外で核爆発が起こっても、中の住人が望まなければ音は届かない。それでも
ケラーマンは怒りと焦燥に駆られて、拳でドアの表面を叩いた。
 そのとき、ケラーマンは、大抵のセキュリティシステムは、大規模災害時には、
外部からの救助を阻むことのないように、自動的にロックを解除するようにプログ
ラミングされていることを思い出した。ドレスデンで進行中の事態を、災害とみな
している可能性は充分にある。
「フレン!」ケラーマンは命じた。「ここのSSに、ドアを解放させろ!必要なら
官名詐称でも何でもやれ!」
「非常事態だからね」フレンはあっさり応じた。「いいわよ」
 微かな音とともに、ドア全体が数ミリ動いた。ケラーマンはドアを叩きつけるよ
うに押し開けると、室内に飛び込んだ。
「ボス!」
 答える声はなかった。
「ボス!どこですか!」
 この一人の人間が住むには広すぎるコンドミニアムでは、少々の声では奥まで届
かないだろう。それを悟ったケラーマンは、再びフレンに命じた。
「ここの間取りを出せるか?オフィスルームはどこだ」
「廊下をまっすぐ入って、キッチンとバーの隣」
 ケラーマンは走った。
 そのドアにはカギがかかっていなかった。ドアを勢いよく押し開ける。
 ホルツハウゼンはそこにいた。
「ボ……」
 身体をすっぽり包み込むフリーリラックスシートの中で、フルークマーク・メデ
ィアラボCEOの肉体は、ぐずぐずに煮崩れたビーフシチューの具に似たものに変
化していた。わずかに身体の輪郭は残っているが、顔の半分は溶融しかかっていて
面影すら残っていない。
 半ば予想していたとはいえ、それでケラーマンの衝撃が薄れたわけではない。体
内のHNM(ヘルスナノマシン)による抑制機能を押しのけるように、強烈な嘔吐
が喉元にこみあげてくる。
 ケラーマンは目をそらして、嘔吐がおさまるのを待った。
「フレン」かすれた声で呼びかける。「見えるか?」
「見えるわ」
「どうやったらこうなるんだ」
「例の会員と同じね」
「同じ症状か?」
「症状というか……少なくとも死体の状態は似てるわ。細胞間の結合が分解されて
しまっているみたいだわ」
「汚染物質か?」
「公式・非公式に発表されている汚染物質の中で、こんな症状を引き起こすものは
ないわ」
「新種のウィルスという可能性は?」
 フレンは答えなかった。
「フレン?」
「……ごめんなさい」数秒が経過した後、ようやくフレンの声が返ってきた。「だ
んだん、コミュニケーションを保つのが困難になっているわ。シティの公共回線網
サービスが次々に沈黙しているから」
「君は大丈夫か?」
「今のところはね。どうやら敵は」フレンは敵という言葉を強調した。「公的なサ
ービスを司るMIから順番に手をつけていってるようだわ。ところで、すぐにそこ
を出た方がいいわ」
「なぜだ?」ホルツハウゼンの凄惨な死体から離れながら訊く。「おれも、こうな
る可能性があるのか?」
「その可能性も否定しないけど、今はもう少し直接的な危険が迫っているわ。そこ
に向かって、6人の男女が階段を駆け上がっているの。全員が手に何かを持ってい
るわ。高い確率で火器だと思うわ」





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