#3644/5495 長編
★タイトル (FJM ) 96/12/28 13:19 (189)
ヴェーゼ 第5章 侵攻前夜 2 リーベルG
★内容
2
ホルツハウゼンは頭を抱えた。
「一体、どうなっておるんだ。うちのシステムは」
「ゲストは、その後、例のユーザの過去120時間の記録を抹消。マスターとバッ
クアップ、それにキャッシュ内のデータまで消しています。膨大なキャッシュ内の
ログについては、どうやって例のユーザの部分だけを抜き出したのか、正直いって
謎です。そのためのコンテンツはないし、クラスモジュールにはアクセスの形跡が
ありません」
「私はエンジニアじゃないんだぞ。頼むから人間の言葉で説明してくれんか」
「失礼。要するに言いたいのは、この侵入者は、その場で臨時に特定のユーザの検
索/抹消コンテンツを作り上げ、速やかに目的を果たした後、GAに異常を検知さ
せることなく出ていったということです。こんなことができる人間、もしくはMI
は非常に限定されてきますよ」
「というと?」
「高度な訓練を積んだMIエンジニア」ケラーマンは低い声で告げた。「しかも、
必要なリソース----機密指定付きを含めてね----を自由に操作できる腕を持った者
です」
「うちの防壁システムは、BSS製の最新型だぞ。先月バージョンアップしたばか
りだ」
「確かにバークレイ・セキュリティ・システムズの防壁を突破することは、ほとん
ど不可能と言われています。ですが、ただ一つ、ありとあらゆる防壁を自由に通過
できる者がいますよ」
「誰だ?」
「統合政府です」
「何だと?」
「全てのセキュリティシステムには、統合政府の特別指令を認証したときのみ、全
ての防壁を透過的にするよう義務づけられています。BSSも例外ではありません」
「それは知っている。司法当局の監査のためだな」ホツルハウゼンはつぶやくよう
に答えた。「だが、政府が特別指令を発行するには、統合議会の審問を経なければ
ならんはずだ。いくらなんでも昨日の今日で審議を通過するものか」
「それはそうですが……」
「とにかく調査を続けろ。私のIDはそのまま使って構わない。何かあったらいつ
でもいいぞ」
「わかりました」ケラーマンはそばに浮かんでいたGAを向いた。「外部インター
フェイス落とせ。フルークマークMIと直接対話したい。手続きを頼む」
「かしこまりました。IDをどうぞ」
「これだ」ケラーマンはホルツハウゼンのIDを渡した。
「お待ち下さい……インターフェイスの種類は?音声のみ、画像プラス音声、疑似
イメージ……」
「疑似イメージだ」
「お待たせしました。どうぞ」
GAが退き、入れ替わりにビジネススーツを着た20代の女性の姿が出現した。
何もない空中に足を組んで座っている。
「やあ、フレン」
「グーテンモルゲン、ヘル・ホルツハウゼン」
「社長のIDを使ってはいるが、ぼくはケラーマンだよ。こっちにエイリアス張っ
ておいてくれ。しばらくの間ね」
「グーテンモルゲン、ケラーマン」フルークマークMI、通称フレンは魅力的な笑
みを返した。「お久しぶりね。最近、私の中に潜ってくれないじゃないの」
「君のメンテナンスは、月に一度やってるよ。全てのロジックは完全に作動してい
る。社の魔法使いの連中も保証してたよ。その素敵な脚線美を見ればわかるさ」
「そう、嬉しいわ。ところで、今朝はまた何のご用?」
「ナンバー6610−M−2285の会員が死んだことは、もう知ってるね?」
「ええ」フレンは目を伏せた。「悲しいことね。サービス中に亡くなるなんて」
「君もモニタしていたんだろ?」
「そのことは話せないのよ」フレンはうつむいたまま答えた。「ごめんなさい」
「なぜだ?」
「その理由も話せないわ」
「CEOのIDだぞ。セキュリティによる制限は適用されないはずだ」
「ナンバー6610−M−2285の会員に関する情報については、緊急指令によ
ってアクセス権が変更になったの。フルークマークのユーザは、全員アクセス権を
もっていないわ。CEOでもね」
「何だと?つまり社外のユーザか?」
「あなたに話すことは許可されていないわ。悪いけど」
ケラーマンはフレンの脚を見つめた。男が望む限り最高の脚線美が、薄いストッ
キングに包まれて挑発的な輝きを放っている。
「たのむよ、フレン。何としてでも知る必要があるんだ。でないと、ぼくは失業す
るかもしれない。それどころか、フルークマークそのものが存在しなくなってしま
うかもしれないんだ」
「それはまずいわね」フレンは可愛らしい動作で首を傾けた。「でも、私からは話
せないのよ。わかるでしょ?私がしたいかどうかの問題じゃないの。可能か不可能
かの問題なの」
「アザレル・ブロックか!」ケラーマンは驚愕した。「まさか。こんな短時間で、
そこまでやるなんて」
アザレル・ブロックは、MIの特定のリソースに対するセキュリティの一種であ
る。通常のロックと異なるのは、認証された者以外が強引にブロックを外そうと試
みると、そのリソースどころか、MIそのものをずたずたに引き裂いてしまう。ブ
ロックをかける者の腕がよければ、攻撃者に対して反撃することもできる。
フレンは肯定しなかった。肯定すること自体が、アザレル・ブロック崩壊作用の
引き金になりかねないからだということは、ケラーマンにも理解できた。
「わかった。そのことは忘れよう」そう言いながら、ケラーマンは必死でアプロー
チの方法を考えていた。「君のリソースは、シティ・クシロでバックアップを頼ん
であるはずだな?」
「ええ。オミナエ・データウェアセンター。でも、リアルタイムではないわ。損害
保険の条項で、400キロ以上離れた場所に、バックアップを置かなければならな
いから、そうしてるだけ」
「最新はいつだ?」
「12日前。15日ごとに転送してるから」
「そっちに君のコピーを立ち上げることは可能か?」
「向こうがシグスペースを貸してくれればね。高いわよ。ミリセコンドあたり……」
フレンのイメージが一瞬静止した。
「フレン?」
「ごめんなさい、ケラーマン」フレンの疑似イメージが、不快そうに顔をしかめて
いた。「シティ・クシロとの連絡ができないわ。プライスリストをオミナエのサー
バから取ってこようと思ったんだけど」
「バックアップ回線を使えよ」
「試したわ。今も試してるけど。つながらないのよ」
「くそ。こんなときに回線ダウンか?」
「違うわ」フレンの顔にパニックが広がりつつあった。「回線は生きてるのに、接
続が拒否されるのよ……だめだわ。4万回もリトライしたのに」
「どういうことなんだ?」ケラーマンにはまだ理解できていなかった。「直通がだ
めなら、他のシティから回っていけばどうだ」
「とっくに試したわ。わからないの、ケラーマン?」フレンはじっとケラーマンを
見つめた。「シティ・ドレスデン自体が、外部から遮断されてしまったのよ。外部
インターフェイスを試してみて。シティの外とのシグ・コネクトが成立しないわ」
「後でまた来る」
ケラーマンは慌ててフレンに別れを告げると、GAに命じて外部インターフェイ
スを用意させた。まず、シティ・クシロのポリスステーションに接続してみる。そ
れはすげなく拒絶された。
「くそ」
別のシティを試した。ブルゴーニュ、ヤクーツク、モザンビーグ、リヤド、セル
ビア、カラカス、コルドバ、ネオトキオ、ウエリントン……。思いつく限りのシテ
ィにつないだが、空しい拒否が返ってきただけだった。
万策尽きたケラーマンは、シティ・ポリスにアクセスした。原因を訊いてみよう
と思ったのだ。だが、ポリスステーションの窓口は、順番待ちのシークNOを渡し
てきただけだった。どうやら、シティの誰もが、同様の疑問を抱いて殺到している
らしい。
「どうなっているんだ、一体」
ケラーマンはつぶやいた。
同時刻、同じ問いはシティ・ドレスデンの至る所で口にされていた。
他のシティと接続していたビジネスマンたちは、何の前触れもなくコネクトを断
ち切られた。怒り狂った彼らは、シティオフィスやポリスステーションに問い合わ
せたが、明確な答えは返ってこなかった。
このニュースを聞きつけたニュースメディアは、早速独自の調査を開始し、同時
に何とか他のシティとの連絡を取ろうと試みた。しかし、彼らが保有している回線
は公私ともに使用不可になっていた。
シグエンジニアたちもパニックに陥った。彼らの仕事は、シグの接続が確保され
ていてこそ成り立つのだから。エンジニアたちは、持てる知識と技術を総動員して
コネクトを確保しようと努力を続けた。だが、最高のエンジニアでさえ、抜け道を
見つけだすことはできなかった。
シティ内にいた何人かの魔法使いや、魔学を学ぶ学生たちは、テクノロジーに依
らずして、他のシティの同業者とコンタクトを試みた。しかし、他の方法と同様、
魔法による連絡も失敗に終わった。
「だめだ。呪文がはねかえされる」
公認一級魔法使いオットー・クラウセンは、ドレスデン総合大学のグラウンドの
上に座り込んだ。額には汗がにじんでいる。周囲の学生たちは、不安そうな顔で囁
きかわしていた。
助手に任命された4人の学生たちは、未熟な魔法の力を使い果たして、とっくに
ぶっ倒れていた。オットー自身も限界だったが、現在ドレスデンにいる魔法使いの
中では、彼が最高の力を持っている。簡単にあきらめるわけにはいかなかった。
「もう一度やってみよう」
オットーは、グラウンドに描いた急造の魔法陣を見回した。正確さには欠けるが
急場にしてはよく描けている。立ち上がると、一部を手直ししながら、周囲の学生
の一人を指さした。
「おい、君」
「は、はい。あたしですか?」声をかけられた女子学生は、びっくりしながら進み
出た。「何ですか?」
「ああ、線を踏むな。学内MIは動いているな?」
「ええ」
「私の言うことを伝えてくれ」
大抵の力のある魔法使いがそうであるように、オットーもシグに接続することを
好ましく思っていなかった。体内のナノマシンも、以前に除去してしまっている。
「ライブラリーから、クラス・ゼルエルとクラス・マリシテンB2を私にインポー
ト。多重継承は使わずインターフェイスとして、サーキュレット・サンプル74を
セットする。低級精霊呼び出しの第三プロセスを、初期化メソッドとしてオーバー
ライド。伝えたか?」
「はい」聴覚データをそのままMIに転送した女子学生は頷いた。「準備できたそ
うです」
「よろしい。合図したら、外部コネクトを立ち上げろ。接続先は……そうだな、シ
ティ・ネオトキオ魔学専門学校の第17ラボのMIだ。クラスのコントロールは、
私の方でやる。君は処女か?」
「はあ?」
「君は処女かと訊いているのだ」オットーは真面目な顔で女子学生を見た。女子学
生は顔を赤らめた。
「は、あの……いえ、違いますが……14才のときに……」
「そんなことはどうでもよろしい。では、ヴァージニティが健在だったときのこと
を思い浮かべたまえ。血をいただくぞ」
オットーは儀式用の短剣を抜くと、女子学生に抗議する時間を与えず、その親指
を浅く切り裂いた。女子学生はあっと叫んで手を引こうとしたが、オットーはしっ
かりと手首をつかみ、滴り落ちる血を魔法陣の上に垂らした。
「傷は深くないから心配するな。では、始めるぞ」
オットーは女子学生の手首を掴んだまま、複雑な呪文を唱え始めた。呆然とした
女子学生に聞き取れたのは、最初の数語でしかない。
「gehen!」
突然オットーが叫んだ。同時に、強烈な魔法の波紋がオットーを中心に広がった。
素人同然の女子学生や、周囲のギャラリーが頭をどやしつけられたようなショック
を受け、何人かが悲鳴をあげた。
オットーが放った力は、学内MIが立ち上げた外部コネクトオブジェクトと融合
し、千分の一ミリセコンド単位でコントロールされた呪文の断片が、シティ・ドレ
スデンのシグ空間を荒々しく、だが正確に計算された勢いで食い荒らした。その目
的は、ドレスデンを覆う電子的・魔法的封鎖に一時的な負荷を強いることにある。
千分の一秒。オットーが得た時間は、それだけだった。ほとんど計測誤差の範囲
である。だが、一級魔法使いにとっては、それで充分だった。
猛烈な電子的・魔法的擾乱が、か細いが激しい糸となって、ドレスデンから飛び
出した。