#3633/5495 長編
★タイトル (RAD ) 96/12/24 0:18 (160)
「雪舞い」(21) 悠歩
★内容
「だ、だからあ………」
どうしてだろう。
どもってしまう。
たしかに努は、いい友だちだ。
しかし好きとか嫌いとか、そんな存在ではない。たぶん………
「だ、だったら、紗紀ちゃんはどうなのよ」
「え、わたし?」
「結城くんのことよ」
「結城くん?」
「結城くん、紗紀ちゃんを名前で呼ぶようになってたじゃない。いままでは『木崎』
さんだったのが、『紗紀ちゃん』になってたよ」
「え、ええっ! うそ!」
本当に驚いているようだった。
芝居の出来るような子ではない。
「紗紀ちゃんって、ほんとうに、にぶい……」
舞雪は笑いながら、言ってやる。
「昨日、結城くんとなにがあったの?」
紗紀を肘で軽くつつきながら、訊いてみた。
今度は紗紀が紅くなる番だった。
「なにも………ないわ」
「うそうそ、なーんかあったんでしょ、絶対に。でもいいのよ、友だち同士でも、
秘密の一つや二つ、あって当然だもんね」
「もう、舞雪ちゃんたら」
紗紀の言葉をそのまま返したことがおかしかったのか、それとも照れ隠しなのか。
紗紀は微笑んだ。
今日の紗紀はよく笑う、舞雪は思った。
いつも紗紀の中にあった、心配事が消えていくこともあるだろう。
それだけでなく、紗紀自身、大きく変わろうとしている。
そう感じた。
それはとてもいいことだ。
きっと、これから紗紀はみんなの前でも笑うようになるだろう。
「ね、直樹くんと会えるかな?」
「うん………どうかしら、まだ眠っているかも。麻酔をしているから」
「寝顔でもいいわ。直樹くんのところに、行ってもいい?」
「ええ、もちろん歓迎するわ」
舞雪は紗紀の手を握りしめ、駆け出した。
「ああん、なにも走らなくったって」
「だって、早く直樹くんの顔、見たいんだもん!」
商店街は、そろそろ店を開け始めていた。
気の早い人たちが、イヴに渡しそこねた家族や恋人へのプレゼントを求め、歩い
ている。
店のウインドウを飾るクリスマスのディスプレイ。
商店街の古いスピーカーから流れるクリスマス・ソング。
それももう、今日限りだ。
けれど今年のクリスマスのことは、一生忘れないだろう。
きっと、紗紀も、直樹も、努も、仁史も、お父さんも、お母さんも。
忘れない。
忘れられない。
でも舞雪は気づいていない。
心の奥の古い記憶の扉が、そっと閉じられていくことを。
どん。
「あっ」
「舞雪ちゃん」
走っていた舞雪は、前方への注意が疎かになっていたのだろう。
反対側から歩いてきた、白いコートの女の人とぶつかってしまった。
二人とも歩道に尻もちをついてしまった。
「ご、ごめんなさい。けがはないですか」
すぐさま立ち上がり、女の人へ頭を下げる。
「ええ、だいじょうぶみたいだけど………ちょっと、手を貸して頂けるかしら」
「あ、はい」
舞雪は手を差し出す。
その手を女の人がつかむ。
「あっ」
なにかが弾けるような感覚。
一瞬、身体を静電気が駆け抜けたようだった。
ぱたんという、音が聞こえたような気がした。
閉まりかけていた扉が、完全に閉じられる。
最後に一つの映像を、その隙間から垣間みせて。
「どうかしたのかしら?」
女の人の声で、我に返る。
「いえ………あの、コート汚れてません? ほんとうに、ごめんなさい」
「平気よ。それより、元気なのはいいけれど、注意はしないとね。お顔にけがでも
したら、大変よ」
女の人は、そう言って優しく微笑んだ。
「それじゃ、さようなら」
去っていく後ろ姿を、しばらくの間舞雪は見つめていた。
あの微笑み、どこかで見たことがあったような気がする。
いつのことだったろう。
思い出せない。
気のせいかも知れない。
「どこか痛いの?」
「あ、ごめん、紗紀ちゃん。なんでもないの。さ、病院へ行こう」
再び紗紀の手を握り、今度はゆっくりと歩き出した。
『さっきの女の人、どこかで会ったみたいな気がする。どこだろう………』
女の人と手が触れたときの、不思議な感覚。
一瞬見た記憶。
閉じられて行く扉。
閉じられる間際、その向こうに見えたは………
赤ちゃんを抱いて微笑む女の人。
「あっ!」
足を止めて振り返った。
しかしもう、あの女の人の姿はない。
まだ数秒しか経っていないのに。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないの」
また歩き出す。
なぜあの女の人が、赤ちゃんを抱いている姿が見えたのだろう。
考えても分からない。
「分からないものは、考えても仕方ないもんね」
「なにが?」
「なんでもなーい」
そのとき、空から白いものが、ちらちらと舞い降りてきた。
「雪だ。雪が降ってきたよ、舞雪ちゃん」
紗紀が空を見上げた。
とても嬉しそうに。
「ほんとうだ」
舞雪も見上げる。
白いかけらが、いくつも、いくつも、舞っていた。
舞雪の顔の上にも、舞い落ちる。
「うわっ、冷たい」
不思議だ、と舞雪は思う。
雪はこんなに冷たいのに、心の中がぽかぽかとしてくる。
「ね、歌おうよ! クリスマスの歌!」
「ええっ? どうしたのよ、突然。今日の舞雪ちゃん、なんかへんよ………うん、
でもいいわ。歌いましょ」
最初は戸惑っていた紗紀も、すぐに同意してくれた。
「なに歌おうか………あ、それから、雪合戦しよ! 田崎くんや結城くんも呼んで。
それに、クラスの友だちも!」
「もう、紗紀ちゃんたら」
少し困ったような顔をしてから、紗紀は笑った。
大きな声で歌いたい。
思いきり身体を動かしたい。
みんなと一緒に遊びたい。
紗紀の笑顔をみんなに見せたい。
なにかしたくてたまらない。
いまの舞雪は、じっとなんかしていられない。
『そうだ、来年の冬には直樹くんとも雪合戦出来るかな?』
病院へ向かう商店街の道を、クリスマス・ソングを歌いながら歩く二人の少女の
姿があった。
元気のいい声と、少し恥ずかしそうな声。
そろそろクリスマス・ソングに飽きはじめていた人々も、しばし足を止め、二人
の声に聞き入った。
だれが気を利かせたのだろう。
商店街のスピーカーからは、二人の歌っている歌のメロディだけが流れている。
二人の歌声に、水をささないように、いつもは音が割れる程の大音響が、実に慎
ましく。
空から降る雪も、二人の歌に合わせ、踊っているように見えた。
やがて、歌声が通り過ぎていくと、そこはいつもと変わらない日常に戻る。
足を止めていた人々は歩き始める。
スピーカーからは今日限りと、騒々しいクリスマス・ソングが流れる。
そこに、あの少女たちの歌の余韻はなかった。
あの少女たちもまた、日常に帰って行くのだろうか。
戻って行くのだろう。
でも………。
誰も気がつかないかも知れない。
けれど、なにかが変わって行くだろう。
舞雪も、紗紀も、努も、仁史も、お父さんも、お母さんも。
そして舞雪はもう二度と思い出すことのない、別の世界に生きる人たちも。
降りしきる雪が、舞雪たちの残した小さな足跡を、そっと隠して行った。
Fin
1996.12.24 You−ho