AWC 「雪舞い」(17)        悠歩


        
#3629/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0:15  (179)
「雪舞い」(17)        悠歩
★内容

『だめよ、直樹』
 せめて気持ちを強く持ってくれなければ、どんなにお医者さんたちががんばって
くれても、手術は成功しない。
 でも、どうすれば直樹を力づけられるのだろう。
 なにかしなければ、なにか言わなくては。
 焦れば焦るほど、なにをしてやればいいのか、どんな言葉をかけてやればいいの
か、分からなくなる。
「急いで」
 そう、お医者さんが看護婦さんたちに言ったとき。
 
 光。
 強い光が、病室の窓から射し込んできた。
「な、なんだ?」
 強いけれど、どこか優しい光が病室を、紗紀たちを包み込む。
 病室の窓が開いて、無数の雪のかけらが入ってきた。
「馬鹿な、病人がいるのに」
 お医者さんは、慌てて吹き込んでくる無数の雪を、手で払いのけた。
「え?」
 雪を払いのける、お医者さんの手が止まった。
 驚いたのはお医者さんだけではない。
 紗紀も。
 そしてたぶん、ここにいるみんなも。
 窓から吹き込み、病室を舞う雪のかけら。
 しかし、それは冷たくなかった。
 紗紀は掌でそっと、雪を受けとめる。
 掌の雪は、紗紀の温もりで瞬く間に溶けて行った。
 水滴も残さず。
 作りものではない。
 綿毛のような雪。
「メリークリスマス」
 緊迫した病室には、あまりにも似合わない陽気な声。
 雪に遅れて、窓から入ってきた不思議な人物。
「さっきの………サンタクロース」
 努の声がした。
 サンタクロース。
 赤いコートに赤い帽子。白くて長いひげ。白くて大きな袋。
 それはたしかにサンタクロースの恰好をしていた。
 けれど。
 赤い顔に長く大きな鼻。
 それは天狗の顔を持った、サンタクロースだった。
「お取り込み中じゃったかな?」
 サンタクロースは、紗紀たち一同の顔を見回しながら言った。
「まあ、さほど手間は取らせんから、少しだけこの年寄りにつき合っておくれ」
 そう言って、怪しげなサンタクロースは、直樹のほうへと歩きだした。
「直樹!」
 この怪しげなサンタクロースを直樹に近づけて、いいのだろうか?
 止めるべきではないのか?
 しかし紗紀の視線はサンタクロースの動きを追いながらも、身体を動かすことは
なかった。
 金縛りになっているわけではない。
 首や手足は自由に動く。
 しかし、サンタクロースを止めようとする動きはできないのだ。
 不安を覚えながらも、同時にそれを止めてはいけないのだと、心のどこかで感じ
ている。
 きっと、みんな同じなのだろう。
 その目はサンタクロースに釘付けになったまま、誰も動こうとはしない。
『あれ?』
 そのとき紗紀は、なにか香りを漂っていることに気がついた。
 香水や芳香剤のような、強い香りでなく、人それぞれが持つ香り。
 それはあまりにも慎ましく、この騒ぎの中でいままで気がつかなかった。
 あまりにもよく知った香りのため、気がつかなかった。
 しかし、いまこの場にいる誰の香りでもない。
 それは、窓の外から雪たちが運んでいた。


「ほんとうの、サンタさん?」
 直樹の言葉に、誰もが驚いた。
 数秒前まで、苦しそうに、切れ切れの言葉を発するのがやっとだった直樹が、しっ
かりとした言葉でそう言ったのだ。
「そうだよ、わしは、本物のサンタクロースじゃ」
「絵本のサンタさんと、ちっと違うね」
「ほっほ、その絵を描いた者は、わしを見たことがなかったんじゃうろ」
 サンタクロースは持っていた袋に手を入れて、小さな包みを取り出した。
「ほれ、このぷれぜんとが、わしが本物である証じゃ」
「わあ、ありがとう」
 嬉しそうに伸ばした直樹の手に、赤いリボンの包みが手渡された。
 その直樹の姿は、生死の淵にある病人には、とても見えない。
「なにが入ってるのかな」
「開けてごらん。いま、おまえさんに必要なものが、入っておる」
 リボンを解くのさえ、もどかしそうに、直樹は包みを開けた。


 もわっとした煙。
 いや、実際にそんなものは、出なかったのかも知れない。
 煙が出たような、気がしただけなのかも知れない。
 しかも開いた包みの中は、空っぽ。
 とっさに直樹は、「浦島太郎」を思いだし、慌てて自分の顔をさわってみた。
「なんとも、なってない………ねぇ、サンタさん、これ空っぽだよ?」
 ところがそこにサンタクロースの姿はなかった。
 サンタクロースだけではない。
 そこはよく知った、病室ではなかった。
 いつの間にか、さっきまで乗せられていた乗り物の上でなく、草むらの上に座っ
ていた。
「ここは、どこなんだろう。みんなは?」
 目の前に、一本道があった。
 直樹は立ち上がって、その道を歩き出した。
 少し歩くと、先で道が二つに別れているのが見えた。そしてその真ん中に誰かが
立っている。
 女の人だ。白い着物を着ている。
「あ、舞雪お姉ちゃん」
 直樹は舞雪のもとに駆け寄った。
 舞雪は微笑んで、直樹を迎えてくれた。
「ねえ、舞雪お姉ちゃん。ここはどこ? みんなはどこにいるの?」
「直樹くん、あなたは選ばなくてはいけないの」
 微笑みが消え、悲しそうな声で舞雪が言った。
「選ぶって、なに?」
「どちらの道を行くか、直樹くんが決めるの」
「どうして? 舞雪お姉ちゃんも、いっしょに来てくれる?」
 舞雪は首を横に振った。
「ごめんね………どっちの道を選んでも、わたしは行けないの」
「じゃあ、ぼくも舞雪お姉ちゃんと、ここにいる」
「それは出来ないの。ほら」
 そう言って、舞雪は直樹の来た道を指さした。
 そこにはなにも無い。
 草むらも道も、暗い闇に飲み込まれていた。そして闇は、ゆっくりとこちらに迫っ
ている。
「時は過ぎていくから………直樹くんは進まなくていけないの」
「お姉ちゃんは、舞雪お姉ちゃんは、どうなるのさ」
 直樹は舞雪へしがみついて泣いた。舞雪がそれを優しく、引き離した。
「わたしはね、別の時間を生きるから………だいじょうぶなの。だからね、いまは
直樹くんが選ばなくちゃ」
「でも、ぼく、分かんないよ」
「分かるわ。あなたが、なにを望んでいるのか、よく考えれば」
 舞雪は、直樹を別れ道の真ん中に立たせ、後ろから両肩にそっと手をおいた。
「よく見て、よく考えて」
 強い舞雪の口調。
 直樹はそんな口調で話す舞雪を、初めてみた。
 直樹がここに留まることは、決して許されない。
 目を凝らし、両方の道を見比べる。
 片方の道の先から、甘い匂いがしてくる。
 その匂いを嗅いでいると、とても楽な気分になれる。
『こっちだ、こちに行けば幸せになれる』
 そう思った。
 この匂いの先には幸せがある。
 手術の恐怖から逃れられる。
 病気の苦しさから解放される
 そう感じた。
 向こうに、なにか見える。
 人。
 誰かが立っている。男の人。
「あ、あの人」
 見覚えのある顔。
「お父さん」
 はっきりとお父さんの顔を、覚えていた訳ではない。
 お父さんは、まだ直樹が赤ちゃんのころに死んでしまったから。
 でもあの顔は、写真で見たお父さんに間違いない。
 直樹はお父さんの方へ行こうとして、足を前に出した。
 けれどお父さんは、首を横に振っている。
「どうして? 行っちゃいけないの?」
 答えは返らない。
「でも………」
 もう片方の道を見た。
 その先は薄暗い。
 小さく赤い四角の光が見える。
 光の中に小さく文字が見える。
 その文字を直樹は読めなかったが、それが手術室の明かりであることは分かった。
「こっちに行ったら、手術されちゃうんでしょ?」
 舞雪の方を振り返った。
 けれど舞雪もまた、何も答えない。
「なら、ぼく、お父さんのところに………」
 行きたい。
 そう言いかけたとき。
 手術室の明かりのある道から、一陣の風が吹いてきた。
 風は香りを運んできた。
 病院に充満する消毒液の匂いに混じり、直樹の大好きな香りを。
「お母さんの匂いだ………紗紀お姉ちゃんの匂いもした。それに、田崎のお兄ちゃ
んと、それから………」
 直樹の知っている人たち、直樹の好きな人たちの香り。
「そっか、こちだよね。がんばって手術しないと、お母さんたちとは、会えなくなっ
ちゃうだ………そうでしょ? 舞雪お姉ちゃん」
 再び振り返ったその場所に、舞雪はいなかった。
「舞雪お姉ちゃん?」
 辺りを見回すが、舞雪を見付けることは出来なかった。
 隠れる場所もない。
 闇は目前まで迫っていた。
「こっちだよ、こっちに行くよ。手術を受けるよ。そしたら、舞雪お姉ちゃんとも、
また会えるよね。舞雪お姉ちゃんちに、遊びに行けるよね」
 直樹は、歩き始めた。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 悠歩の作品 悠歩のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE