AWC 「雪舞い」(16)        悠歩


        
#3628/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0:15  (197)
「雪舞い」(16)        悠歩
★内容


 舞雪は踊った。
 幼稚園で習ったお遊戯と、学校で習ったフォークダンスしか知らない舞雪が。
 空を飛んでいる牛車の上という、安定の悪い足場にもかかわらず。
 揺れは気にならなかった。
 強くあたる風に、バランスを崩すこともなかった。
 着物の袖が優雅に弧を描く。
 細い手足が鮮やかに舞う。
 華奢な身体がしなを作る。
 時には激しく、時には静かに。
「紗紀ちゃん、直樹くん、お父さん、お母さん、田崎くん、仁史くん、トラックの
お兄さん………」
 自分に関わった人々の事を想って舞う。
 舞雪の舞いに合わせ、雪も舞う。
 激しく舞えば、吹雪のように雪も渦巻く。
 静かに舞えば、しんしんと雪は降る。
 舞雪の舞いは、雪を呼んでいた。
 毎期の舞いが、雪を操っていた。
 舞うことが、いまの舞雪のすべてだった。
 舞うことで、別れを告げることの出来なかった人たちに、想いを届けようとして
いた。

「それ、病院とやらが見えてきた」
 サンタクロースの声に、舞雪は舞いを止めた。
 途端に全身が、気怠さに包まれる。
 思考の混乱。
『病院?』
 あれ、病院ってなんだろう。
 わたしは、いまなにをしてるんだろう。
 この人はだれ? サンタクロース?
 ああ、そっうだっけ。
 天狗のサンタクロースさん………
 直樹くんのために、お願いしたんだ。
 それでわたしも、雪を降らせるために、踊っていたんだっけ。
 
 病院は、舞雪たちの真下にあった。
 ソリはいま、その上をゆっくりと旋回していた。
「あ、いけない。わたし、隠れなくちゃ!」
 舞雪は屋根から飛び降り、ソリの中へ入ろうとした。が………
「いかん」
 強い口調で、サンタクロースがそれを制した。
「でも」
「戻るんじゃ。そして、踊りを続けなさい。ほれ、雪がやんでしまった」
 サンタクロースの言うように、舞雪が舞いを止めたことで、雪もやんでいた。
「いいか、わしがこのようなことをしておるのも、おまえさんが新たな雪神となる
ことが条件なのじゃ。まだ、おまえさんの力、充分には見せてもらっておらん」
「でも、このまま踊っていたら、直樹くんたちにも、見られちゃうよ」
 そんなことになってしまったら………
 舞雪が人でないことが、みんなに知れてしまう。
 みんなとの別れを決意した舞雪だったが、それだけは避けたかった。
 せめて、みんなの心の中では、普通の女の子として残っていたい。
「かまわん、踊りなさい。おまえさんは雪神なのだ。人としての存在は不要。その
姿、見られるのなら、それでもよい。それが人との決別になるのじゃ」
 舞雪は躊躇する。
 いや、わたしは舞雪よ。
 お父さんとお母さんの舞雪でいたい。
 紗紀ちゃんと仲良しの舞雪よ。
 田崎くんとドッヂボールしたり、結城くんと喧嘩した舞雪なのよ。
「決心して来たのでは、なかったのかね? おまえさんが、踊れないと言うのなら、
わしも約束を果たすことは出来んぞ。このまま寺に帰るかね?」
 サンタクロースは手綱を強くひいた。
 ぶるるるっと鳴き、トナカイたちはいま来た方向に向きなおり、飛び始める。
「待って!」
 舞雪が叫ぶと、サンタクロースはまた手綱を操り、ソリを旋回させた。
「わたし、踊る」
 再び屋根に飛び乗ると、舞雪は踊り始めた。
 それは静かな舞いだった。
 人としての存在を一切許されない舞雪の、人としての最期の想いを乗せた舞いだっ
た。

 紗紀は、また降り始めた雪に顔を上げた。
 どこまでも続く、高い空の上より舞い降りる、無数の白く小さなかけら。
 冷たいかけらが、紗紀の顔へ降りかかる。
 くちに、頬に。そして目に。
 目に雪が入り、思わず瞼を閉じる。
 目の中で雪は涙に混じって溶け、涙はその量を増やす。
 目に留まりきれなくなった涙は、ぼろぼろと溢れ出す。
 紗紀は袖で、涙を拭った。
 今日一日で、何度こうして涙を拭ったのだろう。袖口は、ぐしょぐしょに汚れて
いた。
 イヴの夜に降る雪。
 それをロマンチックに感じることは、いまの紗紀には出来ない。
 紗紀には、その雪が空の、舞雪の涙のように思えた。
 悲しくて寂しくて、辛くて寒くて、凍り付いた涙が雪になる。
 雨より悲しい涙が、雪になる。
 紗紀にはそう思える。
 雨が降ってくれたほうが、どれほどよかっただろう。
 雨に打ちつけられて、びしょ濡れになったほうがどれほど楽だったろう。
 結局、家でじっと待っていることは出来なかった。
 思いつく限りの場所を、舞雪を探してまわった。
 学校帰りに、寄り道した公園。
 一緒に行った、市営プール。
 ノートを買いに行った、文房具屋さん。
 漫画の立ち読みをした、本屋さん。
 そのどこにも、舞雪の影はなかった。
 いつしか紗紀の足は、病院へと向いていた。
 直樹のことも心配だった。それに………
 舞雪が現れそうな気がした。
 実の姉である紗紀以上に、舞雪は直樹のことを気にかけてくれていた。可愛がっ
てくれた。
 直樹の状態が悪いことは、舞雪も知っている。気にしてくれている。
 だからもし、舞雪が無事で動けるなら、直樹のところに来てくれそうな気がして
いた。
 けれど病院へ向かう紗紀の足どりは、重かった。
 もし病院でも、舞雪の姿をみつけることが出来なかったら………
 最後の望みも、そこで尽きてしまうように思えた。
「あっ」
 考えごとをしながら歩いていたので、足下への注意がおろそかだったのだろう。
 うっすらと、つもり始めた雪に足をとられ、転んでしまった。
 ゆっくりと起きあがり、身体についた泥と雪を払う。
 足が痛い。膝に血が滲んでいる。
 涙が出る。
 痛いからではない。
 自分の無力さが悔しかった。
「舞雪ちゃん、直樹………わたしって、誰の力にもなれないね」
 ふと、病院の方を見た。
「あれは………?」
 うす暗闇の中に佇む病院。
 その病院の上、暗い空。
 そこに、なにかが光って見えた。
 星?
 いや、違う。動いている。
 飛行機?
 いや、違う。それは病院の上を、ぐるぐるとまわっている。
 いつしか、紗紀は走っていた。
 ずきずきと足が痛んだが、それでも走った。
 急がなければ………
 なぜかは、分からない。
 けれど、急がなければいけない。
 そんな気がした。
 走りながら、紗紀は視界の隅に、奇妙なものを見たような気がした。
 羽の生えた、人のようなもの………
 走ることを止めず、ちらりとその方向を見てみたが、なにも見あたらない。
「天使?」
 まさか、と紗紀は思った。
 とにかくいまは、病院に急がなくては。


 病院に着いた紗紀は、もう一度空を見上げる。
 しかし、先程の光るものは見つからなかった。
「気のせい、だったのかしら?」
 天使のことといい、やはり自分はどうかしているのだろうか。
 面会時間は終わっていたが、緊急患者用に玄関は開いていた。
 いつものように、そこをくぐり中へ入る。
 病棟西の階段を上り、三階に有る直樹の病室を目指す。エレベーターが一階に停
まっていたが、健康な紗紀が使うことには抵抗があった。
 階段から廊下に出たとき、紗紀は異様な雰囲気を感じた。
 直樹のいる病室のほうが、騒がしい。
「あ、紗紀! なにしてたんだ、いままで!」
 病室から顔を出した努が、紗紀の姿を見るなり駆け寄って来た。そして紗紀の腕
を取り、病室へと引っ張って行った。
「ばかやろう、何度も電話したんだぞ」
「どうして田崎くんが?」
 なぜ努がこんな時間に、ここに居るのだろう。
 見慣れない、赤いコートを着た努を見ながら、不思議に思った。
 努に引かれ、病室に入った紗紀は息を飲んだ。
「紗紀………」
 青ざめたお母さんが、紗紀を振り返った。
 仁史もいた。
 そしてお医者さんが、なにやら険しい顔で直樹を診ている。
 苦しそうな直樹を。
「さっきまで………ついさっきまで、静かに寝ていたのよ」
 お母さんの声が震えている。
 それは、いま直樹が酷く悪い状態であるとこを紗紀に感じさせた。
「ストレッチャーの用意を。緊急オペを行う」
 お医者さんが指示を出すと、それに看護婦さんが短く答え、病室を出ていった。
「や……だ、ぼく………手術、やだ。死……んじゃうもん」
 切れ切れに直樹が言った。
 意識はあるようだ。
「直樹……」
 そう言うだけが、精一杯だった。
 それ以上の言葉は出てこない。
 なにを言ってやればいいのか、紗紀には分からない。
 直樹の手術は、体力が万全でも成功率は五分五分だと聞いている。いまの状態で
はとても………。
 足ががくがくと震えだし、紗紀は立っていられなくなった。
「危ない」
 倒れ込む紗紀を、努と仁史が同時に支えた。
「ばか、おまえがしっかりしないで、どうするんだ」
「ゆう…きくん」
 紗紀を激しく叱りつけたのは、仁史だった。
『そうよ、いまからわたしが恐がっていとどうするの。だいじょうぶ、直樹は元気
になる』
「ごめんなさい、もう、だいじょうぶ」
 紗紀は二人の手を離れ、立ち上がる。
「しかりして、直樹。だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
 震えを堪え、直樹を励ます。
 紗紀とお母さんで、直樹の手を握りしめる。
 苦しそうに息をしながら、直樹は紗紀とお母さんを見つめた。
 慌ただしい足音とともに、看護婦さんたちが病人を運ぶためのストレッチャーを
持ってきた。
 直樹の身体が、ストレッチャーに移される。
 右手にはなにかの注射が打たれ、左手には点滴の針が刺される。
「だめ………まだ、サンタさんが………舞雪……お姉ちゃんも………きて…ない」
 弱々しい、直樹の抵抗。
 紗紀は強く、唇を噛みしめた。




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