AWC 「雪舞い」(10)        悠歩


        
#3622/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0:12  (194)
「雪舞い」(10)        悠歩
★内容
「おーい、もうそのくらいにしておいてやれよ。それより、さっさとサッカーの続
きをやろうぜ」
 声と同時に、サッカーボールが校庭に投げ入れられた。
 いつの間にか、一人の男の子が金網を越えて、外にボールを取りに行っていたの
だ。
「ああ、そうだな」
 舞雪を突き飛ばした男の子も、グラウンドの方に戻ろうと背中を向けた。
「おまえだって、わたしのこと『おまえ』って言った」
 後ろから、舞雪はその男の子に飛び掛かった。
 両手で男の子の足を、抱え込む。柔道の技の、双手刈りを後ろからするような形
になった。
「うわっ」
 力に圧倒的な差があったが、後ろから不意をつかれた男の子は簡単に、しかも派
手に転んだ。
「ちくしょう、このちび」
 男の子は、すぐに立ち上がろうとする。しかし、立ち上がることは出来名かった。
 男の子の足を抱えたまま、舞雪も一緒に倒れ込んだのだ。
「はなせ、こいつ」
 舞雪を振り解こうとして、男の子が身体をひねる。必死でしがみついたままの舞
雪だったが、体重が軽すぎる。ひねる男の子の身体にあわせ、舞雪の身体もごろん
と転がってしまった。舞雪は、男の子の身体の下敷きになった。
 男の子の体重が全身にかかり、背中にじゃりじゃりとした小石が食い込んで行く。
 それでも舞雪は、手をはなそうとはしなかった。
「いいかげんに、しろよな、このキチガイ」
 男の子は強引に、手を引きはがして舞雪に馬乗りになった。そして、こぶしを振
り上げながら言った。
「謝れ。謝れば、特別に今度だけは許してやる」
「………」
「謝らないなら、本当に殴るぞ」
 舞雪は謝らなかった。
 自分が悪いことは、始めから分かっていた。
 けれど謝らない、謝りたくない。
「よし、ほんとうに殴ってやる」
 男の子の拳が振り下ろされる。
 恐い。
 痛いのはいやだ。
 目をつむりたいのを、奥歯を噛みしめて堪える。
 最後まで、男の子の顔を睨み続けるつもりだった。
 それに、なんの意味もありはしないのに。
 風が顔に触れ、視界が暗くなる。
 拳が当たる前触れ。舞雪はそう思った。
 しかし拳は当たらなかった。
 振り下ろされかけた男の子の腕に、なにかしがみついている。
 女の子。
 なにが起きたのか分からなかったが、男の子の注意はしがみついた女の子に向け
られ、舞雪にかかっていた体重が軽くなった。
 するっと、男の子の下から抜け出して、立ち上がる。
「ちっ」
「きゃっ」
 男の子も立ち上がって、軽く腕を横に振った。するとしがみついていた女の子は、
いとも簡単に振り解かれ、尻餅をついた。
「なに、この子」
 舞雪は思った。
 自分以上に力のない女の子だと。
 どこかで見た顔だった。たしか、おなじクラスの子。
 名前は思い出せなかった。
「ごめんなさい」
 女の子は、かばうように舞雪の前に立って、震えるような声で男の子に謝った。
「おまえ、こいつの仲間か」
「お、おなじクラスなんです」
『この子、なにをしてるんだろう?』
 女の子の背中を見つめながら、舞雪は思った。
 どうしてこの子は、自分をかばっているのだろう。
 わたしはこの子の、名前も思い出せないのに。
 舞雪の前にある女の子の身体は、生まれたばかりの仔犬のように、ぶるぶると震
えている。
 そんなに恐いのに、どうして?
「おい、なにしてる」
 また新しい声がした。
 その声に、舞雪は聞き覚えがあった。
 同じ幼稚園で、何度も聞いた声。田崎努の声だった。
「なんだあ、また一年坊が増えやがった」
 うんざりしたように、五年生の男の子。
「おい、あいつやばいぞ。まだ一年だけど、空手とかやってて、喧嘩もつよいらし
い」
 男の子の仲間の耳打ちが聞こえた。
「けっ、でも一年坊だろ。たかが知れてる」
 その時、チャイムが校庭になり響いた。
「ふん、昼休みが終わっちまった。今日はこれで勘弁してやるけど………この次は、
本当に殴るからな」
 そう言い残し、五年生たちは立ち去った。
「舞雪、それにあれ、紗紀ちゃん。なんかあったの」
 ようやくその場に着いた、事情を知らない努は、陽気な声で言った。
「なんでもないよ」
 露骨に不機嫌な声をだし、舞雪は教室に駆け戻った。


「あ、あの、ごめんなさい」
 五時間目が終わり、帰り支度をしていた舞雪の前にあの女の子が立っていた。
 おどおどとした目で舞雪を見ると、何度も頭を下げる。
「えっと………木崎さん」
 昼休みに努が紗紀と呼んでいたのを聞いて、女の子の名前を思いだした。木崎紗
紀、いつも教室の隅のほうにいる、大人しい女の子だ。
 同じクラスの子なのに、声を聞いたのはさっきの昼休みが初めてだったような気
がする。
「どうして、謝るのよ」
「え、あの、わたし、余計なことしたんじゃないか、って思って………ごめんなさ
い」
 また頭を下げる。
「べつに、謝ることなんてないけど。それより、さっき木崎さんはどうして、わた
しを助けようとしたの」
「ど、どうして………」
 紗紀は紅い顔をして、俯いてしまった。
 舞雪はそんな紗紀の姿が、おかしいと思った。
 可愛らしい子だと思った。
 周りの人の全てが、自分に敵意を持っているように感じていた舞雪だったが、こ
の子だけは違う。そう思えた。
「ご、ごめんなさい」
 また謝る。
「わ、わからないんです」
 いちいち、どもるのは舞雪を恐がっているのだろうか。
「わからないって、どうして?」
 出来るだけ優しく言ってみた。
「あ、あの…教室の窓から、外を見ていたら、は、春野さんが上級生の男の子とも
めているのが、見えて……気がついたら、わたし、走り出してて……外に出たら、
春野のさんがぶたれそうになってて………あの、そのあとはもう夢中で。わたし、
自分がなにをしたか、よく分からないんです。
 本当におかしな子だと思った。
 そしてこの子と話していると、気持ちが楽になる自分に気づいた。
「あのさ」
「は、はい。なんですか」
「敬語つかうの、やめようよ。同級生なんだし」
「はい。あ、うん」
 初めて女の子が微笑んだ。
 とても可愛い笑顔だった。
 この子と、友だちになりたい。舞雪は思った。
「木崎…紗紀ちゃんだったよね、名前? 紗紀ちゃんって呼んでいい?」
「え、ええ」
「じゃあ、わたしのことは舞雪って呼んでね」
「ま、舞雪ちゃん」
 少し躊躇いがちに、紗紀が舞雪の名を呼ぶ。
「紗紀ちゃん」
 今度は舞雪が紗紀の名を呼ぶ。
 二人は顔を見合わせ、互いに微笑んだ。
「あの、あのさ、紗紀ちゃん。今日、紗紀ちゃんちに行ってもいいかな」
 もっと紗紀と話しをしていたい。
 そう思って舞雪は尋ねた。
「ごめんなさい、わたしの家は………」
 紗紀が悲しそうな顔をした。
 理由は分からないが、なにか悪いことを言ってしまったらしいと舞雪は思った。
 この子にもなにか、事情があるのだと舞雪は感じた。
 それがなんであるかは、分からなかったが、今までひねくれていた自分が恥ずか
しく思えた。
「じゃあ………わたしんちに遊びに来ない?」
「え、いいの」
「もちろんよ、ね、おいでよ。ううん、来て欲しいの」

 その日、舞雪のお母さんは泣いていた。
 二人のために、おやつを用意してくれているお母さんは、台所で何度も目を擦っ
て泣いていた。
 舞雪が友だちを連れて来た事が嬉しかったからと、後になって訊いた。
 その時は、なぜ泣いているのか分からなかったが、悲しそうな涙でないことは分
かった。
 お母さんの顔は笑っていたから。
 嬉しそうに泣いていたから。
 嬉しくて泣いてしまうなんて、不思議と思った。
 その日は紗紀が帰ってからも、自然にお母さんと話しが出来た。
 仕事から帰ってきたお父さんにせがんで、一緒にお風呂に入った。
 それから舞雪が寝るまで、お父さんはずっとにこにこしていた。
 その日、お父さんとお母さんは遅くまで一緒にお酒を呑んでらしい。
 何も話さず、お互いにお酌をしながら呑んでいたらしい。
 布団に入った舞雪は、時折聞こえる徳利の触れあう、ちん、という音を子守唄代
わりに眠った。


「わたしが幸せだったのは、紗紀ちゃんのおかげなんだよ」
 他にだれもいない部屋の中で、舞雪は呟いた。
「もし紗紀ちゃんがいなかったら………わたしはひねくれたままだったかも知れな
い。お父さんやお母さん、お友だちたちの暖かさを知らないままだったかも知れな
い。このお布団だって、暖かいって思えなかったかも知れない」
 見つめていた天井が、ゆらゆらと揺れ始める。
 目が熱い。
 やがてその熱さは、目に留まりきれなくなり、目尻から耳元へ移動し、ぽつと音
を立てて布団へ落ちる。
「でも、紗紀ちゃんは………わたしは紗紀ちゃんから、大事な物をもらったのに。
わたしは何もしてない。紗紀ちゃんと出逢って、わたしは幸せになったけど、わた
しと出逢って、紗紀ちゃんは幸せになった? ううん、わたしばかり………わたし
ばかりがいい想いをしてる」
 ある記憶が蘇る。
 想えば、あの時気持ちが荒れていたのは、お父さんやお母さんのことばかりが原
因ではなかったのかも知れない。
 舞雪の心の奥から、時折しみ出すように蘇る記憶にも原因があったのかも知れな
い。
 紗紀と出逢った事で、忘れかけていた記憶がまた蘇る。
 舞雪自らが、その記憶を呼んでいた。
「わたしに出来ること………こんなことで、紗紀ちゃんにお礼出来るか、分からな
いけど」
 しかしやらなければ後悔する。舞雪は思った。
「ほんとはね、このままで、ずっといられると良かったのに」
 別れなければならない。
 記憶を呼び起こし、それに従うことは、多くの人たちとの別れを意味していた。
 出来ればその方法は選びたくなかった。
「でも、ほかに思いつかないもん」
 舞雪は布団を頭まで被り、声を殺して泣いた。




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