AWC 「雪舞い」(4)         悠歩


        
#3615/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0: 8  (195)
「雪舞い」(4)         悠歩
★内容



「紗紀ちゃん、まだ起きてる?」
 横で眠っている紗紀に声を掛けた。
「ん、ちょっとうとうとしかけたけど………まだ起きてるよ」
 3LDKの内の一部屋が、子ども部屋として舞雪にあてがわれていた。
 お父さんとお母さんはまだ起きているのだろうか、微かにテレビの音が聞こえる。
きっとお父さんは、晩酌をしているのだろう。お母さんはそれにつき合っているの
だろう。時折台所の方から、かちゃかちゃと食器を洗う音がする。
 台所と続く部屋が、居間として使われている。その部屋とふすま一枚隔てて、お
父さんたちの寝室。
 舞雪たちの寝ている部屋は、台所の裏にあたる。小さい声で話している分には、
たぶんお母さんたちには聞こえないだろう。
「ごめんね、起こしちゃって」
「舞雪ちゃんちに来ると、なんだか安心しちゃって………でも、平気よ。わたしも
舞雪ちゃんとお話ししたいし」
「安心?」
 紗紀の言葉を訊き返す。
 どうしてわたしの家に来ると安心するの?
 わたしは自分の家にいた方が、よそに泊まるより安心できるのに。
 舞雪はそう思った。
「わたしんちは、静かすぎるから」
 少し間が空いて、紗紀がそう言った。
「お母さんは、仕事で夜遅い事が多いし、直樹はずっと入院したままでしょ。だか
ら、誰かと一緒にお風呂に入ったり、ご飯を食べたり………自分以外に、うーんなっ
て言ったらいいかなあ。人の居る暖かさ? そんなのを感じながらお布団に入るな
んて、滅多にないから」
「ふうん」
 舞雪には紗紀の言うことが、いま一つよくは分からない。けれど、きっと自分は
幸せなんだろうと思った。
「わたしね、直樹くんのこと、考えてたの」
「直樹のこと?」
「悪いことしちゃったなあ、って」
 舞雪の頭から消えない、直樹の寂しそうな顔。
「紗紀ちゃんが泊まりに来てくれることになって、はしゃぎ過ぎちゃったから……
…」
「直樹………」
「わたしの話し、直樹くんとっても寂しい思いで聞いていたと思う。そんな事も考
えないで、わたしって………ばかだよね」
「ううん、舞雪ちゃんは悪くないわ」
 紗紀の声から、先程の嬉しそうな様子が消えた。
「舞雪ちゃんは、親切で言ってくれたんだもの。悪いとしたら………それは、わた
しだわ」
「紗紀ちゃん」
「てんじょう………」
 紗紀が天井を見つめながら呟いた。
「えっ?」
 その脈絡のない言葉に、舞雪は戸惑う。
「舞雪ちゃんちの天井ね、ちっとも恐くないの」
「恐くない………?」
 紗紀の視線を追いながら、舞雪も天井を見上げる。
 幅の広い板を張り合わせた、どこにでも有るような、ごく普通の天井。
「よくわかんないなあ、わたしには」
 言ってから舞雪は口を押さえた。つい大きな声になってしまったので、お母さん
たちに聞こえてしまったかも知れない。
 けれども、お母さんが注意に来る様子はなかった。
「自分の家で、一人で寝ているとね」
 舞雪の気遣いを察したのか、しばらく黙っていた紗紀が、また話し始めた。
「天井のしみととか、木目がね、顔に見えてくるの」
「顔に?」
「うん、人や動物やお化け。恐い顔で、わたしのことをじっと見ているの。わたし
はお布団をかぶって『恐くない、恐くない、これはわたしの気のせいなんだ』って
自分で言い聞かせるの」
 紗紀は続ける。
「『気のせい、気のせいなんだ、ここには誰もいない、わたしだけ、わたしだけし
かいないんだ』そう言っているうちにね、ああそうか、いま家にはわたし一人しか
いないんだって思うの。そしたらね、今度はすごく寂しくなって、泣きながら寝て
しまうの」
「紗紀ちゃん」
 舞雪には、紗紀の名前を呼ぶだけしか出来なかった。その後に続く言葉は見つか
らない。
「わたし、考えたの。なんで舞雪ちゃんのお部屋の天井は、恐くないのかなって。
こうやって、舞雪ちゃんが隣にいてくれることもあると思うけど………きっと、天
井の模様って、その家の空気みたいなものが染み込んで、出来るんじゃないかしら」
「くう…き?」
「そう。わたしは弱虫だから、一人でいると寂しくなるの。わたしが寝てから帰っ
てくるお母さんは、疲れているの。その寂しさや疲れが空気に溶けて、それが天井
に染み込んでいくんだわ。だから、お父さんやお母さん、そして舞雪ちゃんみたい
に、明るい人たちの住んでいる家の天井は恐くないの」
「そうかなあ」
 舞雪は少しの間、考え込んだ。
「やっぱり、二人で寝ているからじゃないかなあ。わたしが紗紀ちゃんちに泊まっ
たとき、別に天井が恐いなんて、思わなかったし。まあ、わたしが鈍感だって言う
のもあるかな?」
 舞雪は笑って見せる。
「だけど、だけどね。さっき舞雪ちゃんが、直樹の事を気にしてくれてたのを聞い
てね………わたし、嬉しかったけど、なんだか恥ずかしくなったの」
「ええっ、どうしてよ? 直樹くんの前で、無神経なことをしたわたしが恥ずかし
くなるのは、当たり前だけど」
 大きな声こそ出さなかったが、興奮した舞雪は布団を跳ねのけて身体を起こした。
そしてそれに驚いた紗紀は、びくっと身を引いた。
「あ、ごめん」
 舞雪は謝り、紗紀の方を向いたまま、身体を布団に戻した。
「ん、ちょっと驚いちゃった」
 くすっと紗紀は笑った。
「舞雪ちゃんは、いつもそうだった」
「へっ?」
 舞雪は思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「た、たしかに考えるより先に、身体が動いちゃうよ、わたしは………まあ、なん
て言うか落ち着きがないってのは、間違いないけど」
「そう言うことを言ってるんじゃないの」
 また紗紀が笑った。
 そんな紗紀の笑顔が、とても可愛いと舞雪は思う。
 舞雪と二人きりの時にしか見せない、紗紀の笑顔。
 勝手な想像だが、自分の家の中でもこんな笑顔は滅多に見せないのではないだろ
うか。きっと優しい紗紀は、お母さんや直樹の前でもよく笑うのだろう。でもそれ
は、二人を気遣っての笑顔なのではないだろうか。
 二人の子どものために、一生懸命働いているお母さんに、心配をかけないように。
 病気と闘って、いつも寂しい思いをしている弟を、元気づけるだめに。
 今日のように、学校で辛いことがあっても、笑っているのだろう。
 自分だけが紗紀の本当の笑顔を見ることが出来る。そう思うと、舞雪は嬉しくなっ
た。けれども、寂しくもなった。
 もし紗紀が、いつでもどこでも誰にでも、この笑顔を見せられるようになったら、
どんなにいいだろう。
 きっと、紗紀の周りにはたくさんの友だちが集まって来る。
 男の子も、女の子も。
 子どもも、おとなも。
 紗紀の笑顔は、みんなを嬉しくさせる。
 嬉しくなったみんなは、心からの笑顔をつくる。
 みんなの笑顔が、紗紀を嬉しくさせる。
 舞雪は、そんなことを夢見た。
「そう言うことを言ってるんじゃないの」
 紗紀が言葉を続けた。
「舞雪ちゃんは、いつでも誰かのことを気にしてくれてる。わたしね、舞雪ちゃん
がお家に呼んでくれたとき、とっても嬉しかったの。ああ、これでひとりぼっちで、
天井の模様に震えながら寝なくてもいいんだ、って」
「わ、わたしだって、わたしだって、紗紀ちゃんが来てくれて嬉しいよ」
 紗紀の顔が、悲しげに曇るを見て、舞雪は言った。
「わたし、紗紀ちゃんのこと、好きだもの。一番大事なお友だちだもの」
「ありがとう、舞雪ちゃん。でね、そのとき、わたしは直樹の事を少しも考えなかっ
た」
「それはわたしも一緒だよ。わたしだって、直樹くんの寂しそうな顔をみるまで、
気がつかなかったもの」
「ううん、違うわ」
 叫ぶように、紗紀が舞雪の言葉を否定する。
 その紗紀の強い口調は、長くつき合ってきた舞雪にも、初めて触れるものだった。
「違うわ………舞雪ちゃんはいつだってわたしや、直樹によくしてくれるじゃない。
それなのにわたしったら………自分のことばかり。直樹は、わたしの弟なのよ……
…直樹はいつだって、病室でひとりぼっちで寝ているのに………ひとりぼっちで、
病室の天井を見ながら、恐くて寂しくて………いつもひとりぼっちで。なのに、な
のにわたし」
 ぼろぼろと、ぼろぼろと、紗紀は大粒の涙をこぼす。
「やだ、紗紀ちゃん泣かないで」
 まるで自分が泣かせてしまったような気持ちになって、舞雪は狼狽えた。事実自
分が、直樹の前で無神経な事をしてしまったから、優しい紗紀にこんな事を考えさ
せてしまったのだ。
 「さ、紗紀ちゃんだって、いつもお母さんのために、お掃除やお洗濯をして、ご
飯をつくってあげてるじゃない。直樹くんのために、毎日お見舞いに行ってるじゃ
ない。たまに、たまに、自分のことで喜んだって、ちっとも悪い事じゃないよ」
「ほんとうに、舞雪ちゃんって優しい………なのにわたしは………」
 元気づけるつもりが、逆効果になってしまう。
 紗紀は泣き止むどころか、ますます涙の量を増やした。
「あなたたち、ちょっと夜更かしが過ぎるんじゃないかしら?」
 優しい声が聞こえるのと同時に、部屋のふすまがゆっくりと開く。
 舞雪たちの話し声が、隣まで聞こえたのだろう。そこには、舞雪のお母さんが立っ
ていた。
「あ、お母さん」
 舞雪は掛け布団を放り投げるようにして、身体を起こした。
 それとは対照的に、紗紀は布団を頭まで被ってしまった。
「ほら舞雪、お行儀が悪い。いちいち起きなくていいから」
「はあい」
 お母さんに注意され、舞雪は布団を元に戻して横になった。
「あら、紗紀ちゃん。どうかしたの」
「い、いえなんでも………ちょっと寒くて」
 くぐもった声で紗紀が答える。
「まあ、今夜はそんなに寒いかしら」
「あ、わたし、ちょっと風邪気味ですから………」
 泣いていた事をごまかそうとして、紗紀は懸命に言い訳をしている。
「じゃあお薬飲む? 紗紀ちゃん。暖かいココアがいいかしら………。ああ、それ
から毛布をもう一枚掛けた方がいいわね。でも風邪ならなおのこと、頭までお布団
を被るのはいけないわよ」
 そう言いながらお母さんは、紗紀の布団を直すために手を掛けた。
「まあどうしたの紗紀ちゃん、泣いていたの? まさか、舞雪」
「え、あの、わたしは………」
 お母さんに恐い目で睨まれ、舞雪は口ごもってしまった。紗紀のことを、どう説
明していいのか分からない。
「違うんです、おばさん。わたしたち、本の話しをしてて………悲しいお話しの本
なんです。そうしたらわたし、泣き虫だから…本の話しを思い出して、泣いちゃっ
たんです」
 紗紀はそう説明をして、涙を腕で拭おうとした。
「あ、ちょっと待って」
 お母さんはそう言って部屋を出て、お湯で濡らしたタオルを持って戻って来た。
 そしてそのタオルで、紗紀の涙を拭きながら言った。
「本当にそうなの? 紗紀ちゃん」
「はい」
「舞雪は?」
「そ、そうだよ」
「そう………」
 お母さんはまだ疑っているようだったが、それ以上は追求しなかった。
 紗紀の顔を綺麗に拭いて、布団を掛け直し言った。
「さあ、二人ともお喋りは終わりにして、もうお休みなさいね」
「はあい」
 答える舞雪と紗紀の声が重なった。





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