#3513/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/10/20 21: 5 (178)
虚美ぞ教えし 10 永山智也
★内容
「菊池さんがご存知なさそうな話を抜き出すと……当時、ボート小屋の管理を
任されていた老人が、解雇されています。理由は、焼身自殺に使われた燃料の
管理に不備があったとの一点。老人の方は、管理は万全だったと主張したんで
すが、最終的に金で丸め込まれたようですね」
「水城君については、どうなっています?」
「うーん、恥をさらすことになるので……絶対、公に口外しないと約束してく
ださい。いいですね」
「分かっています。やむを得ません」
「表向きは、女子高生は自殺したとされていますが、その実、水城拓弥が殺し
たんじゃないかという線でも進められていました。もちろん、水城が死んでい
るのが見つかったあとです。遺書の内容を信じなかったのはいいんだが、より
ひどい深みにはまってしまったようです、当時の我々の仲間は」
「何てことだ……。水城君も殺されたのではないかと、ちらとでも疑ってくれ
てたら、あるいは違った方向に」
菊池はうめいて、箸を握りしめる。
「そうだ。水城君の事件に関わる毒物、何だったんですか? どの新聞を当た
っても、毒の名前までは載っていませんでしたが」
「それなら青酸ソーダです。メッキに使うやつでしてね、水城の家業が建築関
係なのはご存知でしょう。建築資材のメッキなんかをする関連会社とつながり
があるそうで、そこから持ち出したとされています。実際、青酸ソーダの缶が
一つ、工場から消えていたんですから、入手経路の点は問題にされなかった」
「毒は、手に入れられたんですか……」
不審点の一つに数えていたのだが、これでは効力を失ってしまう。
「毒について伏せられていたのは、これまた大宮絡みでして。そんなに近しく
ないとは言え、大宮開発とつながりのある会社から毒物が盗まれていたとなれ
ば、管理責任が問われる。それを隠蔽するため、干渉したようです」
「大宮家は何のために、事件の度に口出ししてくるんです? 彼らが手を下し
たかどうかは別にして、睦吉氏の場合は、彼がすでに脅迫のネタを掴んで取り
引きに入っていたのだとすれば、まあ、納得できます。が、一年前の二人の死
に口出ししてくる動機が、さっぱり見当たらない」
「そうなんですよ……」
刑事は首を捻った。それから言い足す。
「ただ、耳にした範囲では、大宮家の人達は、防犯に非常に熱心なんですよ。
防犯と言いますか、トラブルを未然に防ごうという意識が強い。こんな大きな
人造湖を抱えているのに、行方不明者が出たことは一度もないそうでしてね。
だから、たまに人の死が関わる事件が起きると、覆い隠したくなるんじゃない
かという見方が、できなくもないでしょう」
「所詮は、商売でしょう。観光地のイメージを保ちたいんです」
「自分もそう思います。だが、それだけじゃ、人を殺すまでには至らない。菊
池さんの推察が正しいとすれば、少なくとも睦吉氏と水城の二人は、大宮家の
手にかかって命を落としたとなるんですよ」
「そうです」
睦吉はその死んだ状況から、他殺だとすれば、ホテル側の人間が一枚噛んで
いるはず。例えば、空室とされた二〇二室に、殺害犯が一時的に隠れられる手
筈を整えたとか、二〇一室の上の部屋に逃げられるように縄ばしごを掛けてお
いたとか。
水城の場合は、ワープロによる遺書を筆頭に、不可解な点が多数ある。彼が
スケープゴートにされたとすれば、彼を雇っていた側の人間、つまりは大宮家
に通じる者が最も水城を操りやすいのではないか。
「より大きな何かが隠されている。こう考えていいんじゃないでしょうか。睦
吉氏が調べていた、あるいは掴んでいたのも、それだとすれば辻褄が合ってき
ます」
「……あ、その睦吉氏のことで、忘れていました。あまりにも些細なんで、伝
える意味があるかどうか、怪しいんですが」
「聞かせてください。何でも知りたい」
「いいニュースと言えないんですが、睦吉氏が何を探ろうとしていたのか、何
も出て来ないんです。東京任せにしているから、不行き届きがあったとは思い
たくない。だが、事実、彼の家からはめぼしい物は見つかっていません。唯一、
写真が何枚か、大事そうに仕舞ってあったぐらいらしい」
「何の写真か、すでに分かってるんですか?」
「はい。ファクシミリですから、白黒で分かりにくいんですがね、人物の写真
ばかりでした。主に二人の女性を別々に撮ってあって、一人は大宮真理子でし
た」
「大宮真理子ですか」
奇異に感じた菊池。
「わざわざあの人の写真を撮って、どんな意味が……。何か秘密に関わってい
そな写真でしたか?」
「いや。隠し撮りに違いないが、単なるスナップ写真程度でしたね、あれは」
「……もう一人の女性は、誰だか分かります?」
「現在、調査中です。見た目は、大宮真理子と同じ年頃の女性。大人しそうな
感じで、フレームの細い眼鏡を掛けていたな」
「やり手のビジネスウーマンのイメージ?」
「言われみれば、そうなりますか。となると、外見は違えど、内面は大宮真理
子と似て、やり手なのかもしれませんねえ、あの女性」
考え込む刑事に、菊池は手を合わせた。
「……何をしてるんです」
「食べ終わったので、ごちそうさまをしているんです。別におごってもらおう
と考えた訳じゃありません」
「とぼけた方だ」
刑事は苦笑いをして、お茶をすすった。
小出刑事に頼んで、この近辺で一番大きな寺に運んでもらった。
「何のつもりです?」
「もう一つ、依頼を抱えていましてね。依頼人の秘密は守らないといけないが、
何を探すかぐらいは、特別に。水城君のお墓を見つけてほしいと、頼まれたん
です」
「ああ」
運転席から顔を覗かせ、複雑な表情でうなずく刑事。
「真相が明らかになったら、改めてお参りさせてもらることになるでしょうね。
捜査の方は、我々に任せてください。菊池さんも、ホテルで目立つ真似はしな
い方がよろしいでしょう」
「承知していますよ。早く真相を確かめてください」
難しい顔のまま、小出刑事は去って行った。
菊池は寺の人を捜し出すと、水城家の墓がここにあるかどうかを尋ねた。
だが、返ってきた答は否、であった。
「昔はあったのですがね。水城さんご一家は、引っ越しなさった際に移されま
した。悪い記憶が、よい思い出をかき消してしまわれるとか……」
「そうでしたか」
こうなっていると、予想しないではなかった。菊池は落胆したけれども、水
城家が墓を移した寺の名を聞き出せたことで、最低限の情報を田原に間に合わ
せられるのだから、自分に納得できた。
それから彼は念のため、有山礼子の名前を出してみた。が、彼女の墓もこち
らではないという。
「その子なら、幾度か見かけましたなあ。家族での旅行がよほど退屈なのか、
よく散策をしとったようです。湖の周りを歩くのに飽きて、こちらまで足を伸
ばしたとか。それがあのような……無常なものです。ところで、あなたは何を
お調べなさっとるんですかな。よろしければ、教えていただきたいものですな」
よそ者の菊池を不審がったのか、単に興味を持ったのか、山地という年の行
ったその住職が尋ねてきた。むじょう
菊池はしばし考え、直接に返答するのは控えた。
「和尚さん、ここいらは大宮開発で持っているんでしょうね?」
「その通り。あそこのおかげで、にぎやかになりました。その代わり、陰惨と
申しましょうか、残酷な事件が増えたような気もしますなあ」
「ホテルの近くで起こる事件を、指しているんですね」
「それもありますが、昔は、言ってみれば、単純な事件ばかりだったと記憶し
ておりますな。食うに困っての泥棒や無銭飲食といった。それが、都会から人
が流れてくるようになった今では、ひき逃げ、暴行、放火……。数は多くない
のですが、以前はなかった犯罪が目に付くような気がしてならない」
「分かるような気がします。もしも大宮開発が撤退するような……そこまでは
行かなくても、観光地としてのL高原がいくらか廃れるようなことになるとす
れば、和尚さんはどう思います?」
山地は奇妙な風に、顔をしかめた。たこ入道と言っては失礼になるだろうが、
これで赤みが差せば、そのものだ。
「おかしな質問ですな。まあ、愚僧のささやかな願いとしては、少しぐらい静
かになってもらいたいものです」
「そうですか……。僕は一年前の事件の掘り返しをやっているんです。ご存知
でしょうが、この間のホテルLでの事故死との関連でね。大宮の力は大きくな
りすぎたんでしょう」
「事件に大宮の家が干渉しているのは、噂に聞いておるが……お気をつけなさ
れ、お若い人」
「菊池と言います」
続けて、僕が万一、変死を遂げたらこの寺に入れてくださいという冗談を思
い付いたが、さすがに言うのはやめておいた。自分のこととは言え、悪趣味だ。
「和尚さん、一つ、教えてほしいんですが」
この人は大宮家の色に染まっていないと判断し、菊池は改めて尋ねることと
した。
「何でしょうかな」
「お墓を移されたと言っても、水城拓弥君の葬儀は、こちらで執り行われたん
じゃないでしょうか?」
「さよう。雨の日の、寂しい、重苦しい式であった。もっとも……拓弥君は評
判のいい青年ということもなかったですからな、あのような死に様をして、当
然だと考えておる者も多かったのではないかと思う」
「評判がよくなかった? どのような意味で」
認識を改めねばならないかもしれないと、菊池は気を引き締めた。
「まあ、かわいいもんでしょうが、未成年の内から煙草を吹かしたり、賭事に
熱中したり。それに何と言っても、いわゆる女たらしという風評がありました
な。それ故、あのような自殺をしても、ほとんどの者は納得した」
「そんなに……。で、では、葬儀の関係で、水城家の人達と言葉を交わしたと
思うんですが、何か事件に関わりのありそうな話はなかったでしょうか」
「さて……難しい。何しろ一年も前の話。老いたる頭に、思い出せと鞭打って
も、何が出て来るやら」
「何でもいいんです。そう、関係なさそうな話でも結構です。葬儀の段取り以
外で、小耳に挟んだような……」
「ふむ……私に盗み聞きの趣味はないのですがな、まあ、ちらと聞こえてしま
うときもあります。親御さん達が言っておりました。『拓弥はそんなことをす
る子じゃない。それどころか、死んだ女子高生を数日前に見かけたと言って、
不思議がっていた』というような話でしたかな。もっとも、親不孝な息子は帰
省と言っても家には居着かず、ペンションの従業員寮とかに泊まり込みで働い
ていたそうですから、親子の会話が頻繁にあったかどうか、疑わしい」
「ちょ、ちょっと待ってください。えっと、その、数日前とは、有山さんが焼
け死んでからあとの日付を示すんですね?」
慌てながら、確認を取る菊池。対する和尚は、落ち着き払った態度を崩さず、
のんびりと答える。
「無論です。死んだ者が生き返ったのではないかと思えたからこそ、不思議が
るのですから。しかし……」
「何でしょう?」
菊池は、言い淀む相手に続きを求めた。
「この話は警察にも伝わったようですが、かえって拓弥君が犯人である証拠と
されてしまったらしいのですな。有山さんにすまなく思っているからこそ、そ
のような幻を見たのだろうと」
「では、その言葉を受けて、改めて有山さんの捜索を行うなんてことは、なか
った……」
「当然でしょう。死んでいるのですから。ああ、言うまでもなく、焼死体にな
って見つかるまでは、大がかりな捜索が行われる準備が進んでいたのですよ」
「ん?」
山地の言葉を聞きとがめた菊池。
−−続く