AWC 虚美ぞ教えし  9   永山智也


        
#3512/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/10/20  21: 3  (184)
虚美ぞ教えし  9   永山智也
★内容
「どうかしたんですか?」
 菊池の心の動きを知るはずもない田原が、驚いたような目を向けてきた。
「いや……喫茶店はやめといた方がいいかと思って。下手に車を止めたら、見
つけられて、また面倒になる可能性があるからね」
「戻りたい」
 後部座席の小畑が小さな声で、だが、しっかりと言った。
「そうよね。話、落ち着いて聞ける状況じゃなくなった」
 竹森も同調する。
「田原さん、肝心の君は?」
「あ、私は……ペンションに戻ったら、話はできないでしょう?」
「そのつもりだ。だから……雰囲気はそぐわないが、このまま話そうかと思う」
 すると、竹森が文句を言ってきた。
「どうして? 落ち着かないじゃない」
「早めに話しておくべきだと考えた。遅らせるのは、マイナスにはなっても、
決してプラスにならない。ついでに言えば、僕は今夜、ホテルを追い出される
かもしれないしね」
「ええ? 何で?」
「これから話すことに関係しているんだ、多分」
 菊池は初めての道を行きながら、安定した運転を保っていた。
「言い方が、直接的になるかもしれない。それは……許してほしい」
「……どういう意味ですか」
 声に暗さが差した田原。
「水城君について調べてみた。もう結果は出ているんだ」
「はっやーい」
 竹森が、無理をしたように明るい声を張り上げた。場の空気が落ち込んでい
ると察したためかもしれない。
「昼に頼んで、もう分かったんですか?」
「まあね……悪い直感が当たって」
「悪い直感?」
 暗い声のまま、おうむ返しす田原。
「田原さん」
 菊池は若干、速度を落とした。闇に紛れて後ろに流れる風景が、少しゆっく
りになった。
「心を落ち着けて、なるべく冷静に受け止めてほしい」
「……はい」
 田原の返事には、まだ戸惑いが残るようだ。
 しかし、菊池は。
「水城拓弥は亡くなっている。表面上は、自殺−−」

 九時を目前にして、ホテルに戻ると、追い返されることもなく、部屋の鍵を
フロントで受け取れた。二〇三室の前まで来て、鍵を使ってみたら、ちゃんと
解錠できた時点で、菊池はほっとした。
 だが、完全に安心した訳ではない。部屋に入るとすぐに施錠し直し、彼は室
内を隅々まで見て回った。
 最後に浴室を覗いて、そこに何もないと確かめて、ようやく真に安心できた。
(荒らされた様子はなし。盗まれた物もないみたいだ。誰かが侵入したかどう
かまでは、さすがに判断できないけど……とりあえず、死体のような物騒な物
が放り込まれていなくて、助かった。日本は、治安はまだまだましらしい)
 心の中で軽口を飛ばす。それから風呂に湯を張ることにして、待つ間、再び
考え始めた。
(さっきの連中、大宮とは無関係と見るべきか……。待てよ、僕に悟られない
よう、わざと無関係を装っているパターンがある。それどころか、僕をホテル
に泊めておけば、いつでも手の内で監視できるメリットがある。一概に結論づ
けられないな、これは)
 無駄な思考はこの際、さっさと切り上げ、次に移る。脳裏に浮かんだのは、
田原のことだ。
(所詮、僕の力もこの程度。真実を告げるだけで、あとはどうすることもでき
ない。まあ、他の二人が支えてやってくれるとは思うんだけどな……)
 菊池は彼女達に、大宮家の意志が介在しているかもしれないとは、一言も知
らせていない。菊池の考えが間違っていたら教えても無意味だし、正しかった
としたら今度は田原達にまで危険が及ぶかもしれない。
(水城君の死は、有山さんの死に対して責任を感じたための自殺とされている
が、それには疑問が多いという話だけで、今は充分だろう。まさか、明日帰る
あの子が、一人で真相を探ろうとするはずもない。そうするとしても、ここを
離れて、立ち直ってからのはず)
 菊池は待ち切れず、バスタブを覗きに戻った。もう少し、時間を要しそうだ
ったが、気にせずに入ることにした。
(早く休みたい)
 身体を洗っている内に、お湯も適度な水位まで溜まった。
 精神的な疲れを取りたくて、じっくりと浸かる。
(車の傷、すまないことしたなあ。が、大したことなくてよかった。今度の報
酬で補えるだろう)
 中村の気持ちを推し量りながら、彼に詫びる。
(そうだ。もう一つ、仕事が増えたんだっけ)
 ペンションまで無事、送り届け、車を降りる際に田原が言った『依頼』が、
耳に残っている。
(『水城さんのお墓、見つけて』か−−。なるほどね)
 菊池は両手で湯をすくうと、自らの顔に勢いよく叩きつけた。

 翌朝、菊池は寝不足に陥っていた。充分な睡眠を信条とする彼には、一晩中、
緊張しているのは辛かった。
(杞憂に終わったか……)
 寝ぼけ眼のまま起きだし、洗面台の前に立つと、ぼそぼそと歯を磨き始める。
眠い目に冷たい水をかける勇気は、まだ出ない。
(ひょっとしたら、真夜中に何者かが侵入してきて、僕を自殺に見せかけて殺
すかもと思っていたんだが……やはり、一昨日、睦吉が『事故死』したばかり
とあって、遠慮したかな)
 そう考える一方で、まだ信じられない気持ちも、多少は残っていた。
(妄想のような気もするんだよな。大宮家が得体の知れない悪事をなしている
可能性はあるけれども、馬鹿馬鹿しくもある。大宮家に睦吉を殺したり、ある
いは一年前の有山さんの死を水城君のせいにしたりする動機が、さっぱり見え
てこないせいだよ、これ。観光地のイメージを守るためだけじゃあ、動機とし
て弱すぎる。いや、動機にさえならない。ここのところを埋める何かが見つか
れば、決心も着くんだがな)
 電話のベルが鳴った。ここのシステムは、直接外からかかってくる場合と、
フロントからの連絡の場合がある。
 たった今まで脳裏を占めていた考えから、いくらか緊張して送受器を持ち上
げると、女性の優しげな声が飛び込んできた。ホテルのフロントの方だった。
名前を確認され、用件を告げられる。
「小出様がお訪ねになられています」
「こいで? 誰だろう?」
「さようですか。お取り次ぎしないで−−」
「いや、会います。相手の方に、僕の部屋番号はまだ伝えていませんね?」
「はい」
「じゃ、降りて行きますから、待ってもらうように言ってください」
 やり取りが終わると、急いで着替えにかかる。
(こいで、こいで……誰だか分からないけど、聞き覚えあるな。一度は記憶し
ていたのが、必要ないと思って忘却してしまったらしいや)
 そんなことを考えながら、着替えも済み、一階に出向くと、菊池と同年齢程
度の男が近寄ってきた。
「ああ、あなたでしたか」
 顔を見て、ようやく思い出した。菊池に話を聞いた刑事二人の内、若い方が
小出という名前だった。
「あなたでしたかって……お忘れですか」
 呆れた顔をする小出。
「今、思い出しました」
「あなた、探偵なんでしょう? 警部からそう聞きましたけど、とても信じら
れない」
「探偵は素人同然です。それよりも、どういったご用ですか。眠いんですが」
「朝飯、まだですね?」
「そうですが」
「それじゃあ、食べながらがいいでしょう。ホテルのレストランは避けたんで
すがね」
「……分かりました」
 何やら進展があったらしいと察した菊池は、声を落としてうなずいた。
 刑事に促され、外に停めてあった警察の車−−もちろんパトカーではない−
−に乗り込む菊池。小出は安全運転でスタートさせると、早速始めた。
「大宮家の威光というか圧力のおかげで、動いているのが自分を含めて四人ほ
どなんです。だから、手間取っていますけどね」
「睦吉氏が何者なのか、分かったんですか?」
 睦吉が大宮家の何かを探ろうとしたために殺されたとしたら、彼の正体をき
ちんとさせておくべきだと、年輩の刑事−−名前は忘れた−−に進言したのだ。
 大宮家からの圧力がなかったら、当然、警察も調べていたであろう。
「まあ、おおよそは掴めたと言いましょうか。睦吉の自宅は東京でしてね、幸
い、自分と警部は向こうに知り合いが多いので、照会は比較的スムーズに進ん
だようでしたね」
 小出の話す口調は、確かに地元出身者ではなさそうだ。
「職業は、個人輸入の代理店めいたことをやってた。が、それはどうでもよく
て、問題は睦吉の女。これが大当たり。瀬戸口和奈、大宮開発の元社員でした」
「元と言いますと」
「解雇されたんです。昨年の四月。解雇理由を大宮の方に問い合わせたんです
が、膨大な数の社員が出たり入ったりしているから、即答できないと。事実上
のシャットアウトですよ。現時点ではここまで」
「−−ああ、なるほど」
「なるほど、とは?」
 一瞬だけ、刑事は視線をよこしてきた。
 菊池は、昨夜、車で外出した際に襲われたいきさつをかい摘んで話した。
「そんなことがあったんですか」
 驚きを無理に閉じ込めたような、刑事の反応。
「無論、大宮家が関係しているのかどうか不明ですが、関係あるのなら、警察
から大宮に何らかの接触があったんだなと思っていましたよ」
「申し訳ない。重要証人になる菊池さんを、危険にさらしてしまったかもしれ
ないなんて。しかし、お言葉ですがね、すぐに連絡してくれればよかったんじ
ゃないですか? 一気に解決したかもしれない」
「無理だったでしょう。大宮が差し向けた連中だったとしても、口を割るとは
思えない。割ったところで、大宮家が否定すれば、この辺りの彼らの力は絶大
のようだから、そのまま収まるんじゃないですか?」
「それはそうだな……。あーあ、だから、こんなに苦労しなきゃいけなんです
よ、全く」
 刑事がぼやいたところで、大衆食堂の前に到着した。
 店内に入る前に、囁くように刑事が言う。
「ここなら、息がかかってない。安心して話せます」
「結構ですね」
 店は、小分けにされたおかずを各自が持って行くシステムになっていた。ま
だ朝早いためか、メニューは限られている。
「睦吉氏関連は、終わったようですが」
 焼き魚の首元辺りを箸で裂きながら、菊池は切り出した。
「他に何か、分かったんでしょうか」
「そうでなけりゃ、食堂に来やしません」
 刑事の方はすでに朝食を終えていたのか、ご飯と味噌汁と漬け物を取っただ
けだ。パン食派なのかもしれないが。
「まず、女子高生が焼身自殺した事件。実は、自分がこの地に赴任したのは、
今年の春からで、それまでの事件については詳しくなかったんです。警部がい
きなり調べろって言い出すから、何事かと思いましたけど、菊池さんが関与し
ていたんですか」
「聞き入れてもらって、僕自身、びっくりしていますよ」
「こっちが驚いたのは、調べてみてからでした。おっしゃる通り、不審な点が
残っているのに、捜査が打ち切られている」
「村社会的な閉鎖性を、ここは今でも有しているんですよ。大企業様々」
「その大企業が、やりたい放題に振る舞っている……可能性が強いと、今は言
っておきましょう」
 言葉を選ぶ刑事に慎重さが窺われる。表情は忌々しげだ。

−−続く




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