AWC ヴォールの紅玉(11)       青木無常


        
#3467/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  17:15  (200)
ヴォールの紅玉(11)       青木無常
★内容
び、歩き出そうとした。
「待ちなさい!」
 歯切れのいい命令が、その足をとどめさせた。
 眉宇にしわをよせながら、ダルガはふりかえる。
 迎えうつ瞳に宿る炎は、まちがなく憎悪の色をしていた。
「父様を、殺させはしない」
 ダルガをにらみつけたまま、エレアは決然といい放った。
「あれを討ち滅ぼすのが、依頼の内容だ」
 無表情のまま、ダルガはいった。
「それはおじいさまの意向よ。わたくしはちがう」
「背中に気をつけろ、と……そういう意味か?」
 炎の憎悪が宿った凝視を真正面から受けとめて、ダルガは淡々と口にする。
 シェラは話に入りこむタイミングを完全に失して、組んだ手をもみしぼりながらお
ろおろと見守るだけだった。
 二人はそのまま数瞬、にらみあっていた。
 視線を外したのは、ダルガが先だった。
 ――こめた圧力を、一層きわだたせて。
 エレアと、そしてシェラの背後に、その視線は向けられていた。
 対手の奇妙な態度に不審をおぼえ、エレアはダルガの視線を追った。
 シェラもふりかえる。
 町へとつづく下り丘陵の小道のむこうに、人影を見つけた。
 ふたつ。
 巨大な質感を内包したほうの人影は、その巨躯にもかかわらずどこか打ち沈んでし
ぼんだような印象があった。
 その前方を、ふみしめるような足どりで進む長身の影。
「あのかたたちは――」
 シェラが、ちいさく悲鳴をあげていった。
「意趣返しか」
 つぶやき、ふりかえるエレアの視線にうかんだ疑問には答えず、ダルガはシェラの
わきをぬけて再度、門の外へと歩をふみだした。
 小道の中途で、十数歩ほどの距離をおいて両者は立ちどまった。
 静かに、にらみあう。
「存分に剣をふるえる場所で打ち合おうと、あの場ではひきさがったのがまずかった」
 口もとにかすかに笑みをたたえながらイーレンがいった。
「まさか町の有力者のもとに逃げこむなどとは、考えてもいなかったからな。さがす
のに手間をかけさせられたよ」
 嘲るようにいって、ダルガの顔色をうかがう。
 変化はない、と見て眉根をよせた。
「嘲弄されて、怒らないのかい?」
「事実ではないからな」
 淡々とダルガはいった。
「それに、弱者に何をいわれようと腹を立てるいわれはない」
 無表情のまま、さらりといってのけた。
 優男の面貌に険がうかんだ。
 憎々しげに、歪めてみせる。
「そうか。きみは大人物なんだな。そこへいくとこのぼくは人間ができていない」
 ふ、と鼻をならす。
「恨みを忘れることができないんだ」
 両の脚をひらき、半身をダルガにむけた。
 剣の柄に手をかける。
「ラガスをしこむのに、どれだけの歳月がかかったと思う?」
 表情ひとつかえず、ダルガはこたえた。
「ずいぶんかかっただろうな。ものおぼえが悪そうだ」
 イーレンの背後で巨漢が、くやしげに顔を歪めた。
 だが、闘志はまったくぬけ落ちたままだった。
 ダルガにはかなわない、と完全におびえきっているのである。
 おどおどとした表情で、助けを求めるようにしてイーレンの顔にちらり、ちらりと
視線をおくる。
 そんなラガスの様子を横目にして、イーレンはこれ見よがしにおおげさなため息を
ついた。
「見てのとおり」
 忌々しげにイーレンは唾を吐き、いった。
「いまでは、ただのでくのぼうだ」
「だから?」
 傲然と問うダルガに、イーレンは、
「気を晴らさせてもらう」
 短くいうや――
 長身を利して、一気にダルガの眼前へと白刃を突き入れた。
 深く身を沈めてかわしつつ、ダルガは後退する。
「どうした!」
 イーレンが叫んだ。一変して声を荒げていた。
「剣をぬけ!」
 対してダルガはさらに二、三歩をあとずさる。
「おれの剣技はどの程度のものかと、疑問を持ちはじめたところなんだ」
 淡々とした口調でそういった。
 意味がのみこめず目をむくイーレンに――ダルガはぎろりと剣呑な凝視をくれた。
「いまぬけば、手加減する気にはなれそうもない。退け」
 いった。
 イーレンは呆然と両の目を見ひらき――つぎの瞬間には、抑えきれぬ怒りに歯をか
みしめた。
「ぬかせ!」
 わめきざま突っこんだ。
 つづけざまに突きがダルガの喉もとをねらう。
 手練の突きであった。
 使っている剣は細身の軽いもので、斬撃にこそ向かないしろものだが、そのぶん動
きはすばやく、するどくなる。
 さばききれなくなったか、ダルガが剣をぬいて対手の剣先をはらった。
 つ、と後退し、イーレンは口もとを笑みの形に歪ませた。
「ようやく、おのれの愚かさに気づいたか」
 答えてダルガは、こういった。
「愚かなのはおまえだ」
「なに!」
「なまはんかに腕があるばかりに、軽くあしらうわけにはいかなくなった」
 抜き身を両手に、腰を落とした。
「退く気はないんだな?」
 感情のこもらぬ口調できいた。
「たわごとを!」
 叫びざま、イーレンは突き入れた。
 針のように尖った剣先が、ダルガの喉をつらぬいた。
 残像を。
 歓喜が驚愕にかわった。
 同時に、衝撃をうけていた。
 重い鉄の固まりが、その重さといきおいとを借りて肉を裂く衝撃だった。
 がひゃ、と、ぶざまで意味のない声が自分の喉からはしり出るのを耳にした。
 血色に染まった声だった。
 胸がふるえ、血塊がせりあがった。
 びしゃ、と吐いていた。
 目をむき、イーレンは何が起こったのかを確認しようとした。
 刺すようなダルガの視線が、眼前にあった。
 氷のようだった。
「腕試しにもならない」
 氷結した視線が、そういった。
「あ……」
 と、声に出した。
 声とともにふたたび、血塊がごぼ、と喉をならした。
 血を吐きながら、地面が眼前にせりあがってくるのを呆然と凝視した。
 たおれているのだった。
 どさり、と地に伏した長身は、胸から腹にかけて切り裂かれていた。
「イーレン……!」
 恐怖の叫びをあげて、巨漢ラガスがたたらをふんだ。
 イーレンを助けおこしにいこうとして、圧力を冷気のように発散するダルガにおそ
れをなしたのであった。
 ち、とダルガは舌をならして剣を鞘におさめた。
 ため息をつきつつ、背を向けた。
 注意力が散漫になっていた。
 気持ちが疲れていたのだろう。
「う……うわあああっ!」
 野太いぶんだけみっともなさの際だつ悲鳴にうんざりして少年はふりかえりかけた。
 殺気を感じなかったために、反応が遅れた。
 巨漢の残った片腕がやみくもにふりおろした細剣の切っ先が、ダルガの背中を切り
裂いた。
 深くはない。皮一枚ほどだった。
 だが、油断にはちがいなかった。
 とっさに地面に身を投げだしざま剣をぬき、二転して身がまえた。
 ひい、とぶざまに喉をならしてラガスは恐怖の目をむき、及び腰でたおれ伏すイー
レンに近づき、ぐったりした長身を背に負った。
 恐怖に見ひらいた目をダルガにすえたまま、がくがくと膝を笑わせながら後退した。
 一度は身がまえたものの、あまりのぶざまさに対応する気をなくして憮然とした表
情でダルガはそれを見送った。
「油断した」
 吐き捨てるようにひとりごち、剣を鞘におさめて館に向かった。
「ダルガ!」
 叫びながらシェラが近づき、腕と背に手を当てた。
「血が出てるわ、ダルガ! 手当をしなくては!」
「たいした傷じゃない」
 不機嫌そうにいい捨ててすたすたと進む少年にまとわりつくようにしながらシェラ
は懸命にいいつのる。
「だめよ。化膿したら死んでしまうことだってあるのよ。はやく館に入って手当を」
「ほうっとくつもりはない」
 いってダルガは立ちどまり、じろりとシェラを一瞥してから――がば、と上衣をぬ
ぎ放った。
 きゃ、とちいさく悲鳴をあげるシェラに乱暴な動作で背中を見せる。
 うっすらと血の筋が一直線にはしりぬけている。
 言葉どおり、たいした傷ではなさそうだった。
 なによりその背中には、それよりもさらにひどかったであろう無惨な傷跡が、無数
にはしりぬけていたのである。
 シェラは息をのんで、意外に肉厚なダルガの背中に見入った。
「納得したか? たいした傷じゃない」
 背中ごしにいって、ダルガは荒々しい動作でふたたび歩きはじめた。
 あわててシェラもあとを追う。
 傷口に手当をするまで、離れないつもりだった。
「蛮人」
 すれちがいざま、エレアが憎々しげに口にした言葉は聞き流した。
 弁護するほどダルガのことをわかってはいないことに、もどかしさを感じていた。

「パランを頼みます」
 旅装をととのえて山稜にたたずみながら、見送りにきたソルヴェニウスと護衛にア
リユスは告げた。
 執事は無表情にうなずいてみせ、エレアに視線を向ける。
 少女は切なげな視線を青年にかえした。
 こたえるでもなく見つめかえしていたが、やがてソルヴェニウスはソムラ――エレ
アの護衛役としてえらばれた巨漢の剣士に向けて「エレアさまを頼む」と短く告げた。
 毛深い背中に荷物を満載した山牛と呼ばれる獣が三匹、出発の時を従順に待ってい
た。
「それでは、いきましょう」
 シェラが一行に宣言し、五人は山牛をつれて歩き出した。
「あんたの占いよりひとり多いんじゃないか?」
 歩きながらきくダルガにアリユスは微笑んでみせた。
 そして、いった。
「わたしの占いだけなら、はずれたといっていいかもしれないけれど」
 じっとダルガの目の奥底を見透すようにして見つめた。
「占爺パランも、同じ結果を出したのよ。山へいくのは四人。魔道士とその見習い、
剣士、そして……」
 ちらりと先をいくエレアの背中を見やり、言葉をのみこんだ。
 暗い目をしていた。

  第2部 ユスフェラの妖魔

    10 復讐鬼

 山間の町にしてはにぎやかだ、とデュバルは思った。
 半歳近くを旅の途上に暮らし、故郷の街バスラスの光景も記憶にうすくなった。
 ただひとつの例外――闘技場のすり鉢の底に血まみれで伏し、ぬけるような青空と
地をゆるがす歓声をあげて拳をふりあげる無数の観客、そして――冷徹な、氷のよう
な目で倒れ伏す自分の姿を無表情に見おろす、十四になったばかりの黒髪の剣士の姿
だけは、いまだに鮮明に脳裏に焼きついて離れない。
 首をゆっくりと左右にふって記憶を消し飛ばし、手綱をにぎりしめていた拳から力
をぬく。
 ひづめの音がゆったりとした速度でリズミカルに、高らかにツビシの町にひびきわ
たる。




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