#3438/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/17 20:43 (200)
ファースト・ステップ 12 名古山珠代
★内容
「は、はい。そうです」
またうつむいてしまう桃代。こんな話をしていること自体が、気恥ずかしい
のかもしれない。
「君と津村君、よく喋っていたもんなあ。いいコンビって感じで」
「そんな」
「自分では彼を、どうしようもないい加減な奴とでも思っていた。だから、う
ちの−−うちのってのは変か。縁川さんが津村君のことが気になるとかどうと
か言っても、何とも思わなかったばかりか、不思議なぐらいだった。そんなと
ころでしょ?」
「……」
「続けるよ。きつい言い方になったら、悪い。−−ところが、津村君と話す機
会が少なくなって、何だかおかしい。調子が悪い。彼が側にいないと、何とな
く寂しい。でも、親友に対して今さら、『返してっ』なんて言えない」
「もう、いいです」
桃代が遮ってきた。
園田はほっとした。これで、根拠のない想像を続けなくてすむ。
「こういう問題について相談する相手なら、僕なんかよりずっと適任者が、他
にいる気がするけど」
「で、でも。美術部のみんなにはできない。後輩はもちろん、先輩だろうと、
同じ学年だろうと、誰にも知られたくない。友達はみんなお喋りだし、親とか
兄貴にできる話でもないし。お姉さんがいたら別ですけど……。
それで、園田先輩の『身の上相談』の噂を思い出して。優美とも津村ともそ
れなりに親しいし、あたしのことも知ってくれてる……。ご迷惑でしょうか?」
園田に対して、言い訳するように、桃代は早い口調だ。
「なるほど。で、僕は何をすればいいのだろう?」
「……最初、あたし、ひどいこと考えていました」
「ひどい?」
意外な言葉と、桃代の思い詰めたような表情とに、園田は面食らいながらも
先を促す。
「先輩に、津村君から優美を遠ざけてくれるようにって、お願いするつもりだ
ったんです」
「ははあ……。確かに、男には考えつかない発想かもな」
「だけど、やめました。それだけ先輩が、あたしの気持ちを見抜いていらした
んでしたら、格好悪くてできないし。初めっから気乗りしなかったのが、踏ん
切りつきました」
いくらか、吹っ切れたような色になる桃代。
「それなら、すでに僕は用なしだ。あとは、君達でやってくれ」
「どうしたらいいのか……分からないんです。優美に黙って、津村君に気持ち
を打ち明けるのも嫌だし、優美に正直に話すのは、もっと嫌。みんなが嫌な気
分になるに決まってる」
どうして、こうも面倒な精神構造なんだ。いい加減、突き放したくなるな。
受験勉強やってるんだぜ、こっちは。−−園田はそれでも、いい解決策を探し
てみる。根が面倒見のいい方だからこそ相談を持ち込まれるのだが、本人には
さほど自覚がない。
「……自然な形で、二人の仲に、割って入れたらいい訳?」
「割って入るというか……。二人にそれと知られない内に、津村君に気持ちを
伝える機会ができれば」
「名案かどうか分からないが……片山さん、君も書けばいい」
「かくって」
「絵じゃない。物語を。津村君の知らない物語、聞かせてやればいい」
園田は、反応を見るため、桃代の目を見つめた。
「−−む、無理ですっ。あたし、作文って凄く苦手で」
「作文とはつまり、感想文だろ? 感想文、特に先生に喜ばれる感想文と小説
は、かなり違うと思うよ。少なくとも僕は、そう思っている。
感想文なんて、作者が言いたいんだろうなって点を読み取って、それを書け
ば、そこそこ読める物になってしまう。本当の感想なんて、ほとんどない。
だけど、小説を書くっていうのは、全然違う。自分自身の感性が重要じゃな
いかな。取り繕うことなく、自分の言いたいこと伝えたいことを文字にすれば
いいんじゃないかな。そんな風に思う」
「そ、そんなもんですか? そりゃあ、先輩は、小さい頃から小説、書いてこ
られたんだから、もう慣れちゃって」
「小さい頃なんて、とんでもない。僕が初めて書いたのは、高校に入る直前だ」
「ええ?」
「疑っているね。本当だよ。んー、こんな話までするつもりはなかったが」
迷う園田。しかし、さっき、桃代の心理を勝手に推測して喋ったのだ。お詫
びに少しぐらい話しても、いいかもしれない。
「書き始めたきっかけは、失恋なんだ」
「え? 信じられない……です。園田先輩って、何だか」
「女に興味がないみたい、か?」
「い、いえ、別にそこまでは」
園田が自分から言ったので、戸惑っている様子の桃代。
「気にしなくていい。よく言われてきた。−−失恋と言っても、それまで付き
合っていた相手に振られたんじゃなくて、告白したら断られたっていう、あれ
だけど。中学卒業を機に、思い切ったつもりだった」
「ははあ」
「その頃から僕は本が好きで、嫌な経験を忘れるのには、本の世界に入るよう
にしている。で、断られたショックを紛らわすために、そのときも本を読んだ。
ところがねえ、手にした本が悪かった。高校と中学の違いはあるけれど、男子
生徒が振られる話。それで、ますます気が滅入って……。もっと面白い、はっ
きり言ってしまえば、男が振られない話を書いてやろうと、突如、思い立った
訳。勢いだけだった」
「何か……凄い理由で書いてみる気になられたんですね……」
「そうでもないよ。今の君に、適切な例かどうか分からないが、縁川さんは津
村君のために書いてみようと思ったんじゃなかったかな」
「……」
唇を噛みしめる仕種の桃代。
それをちらっと横目気味に見て、園田は続けた。
「『失恋を経験すると、物語作りがうまくなる』なんて逸話をよく見聞きした
ものだけど、僕の場合、いきなり失恋を経験してから創作に取りかかった。そ
れがいいのか悪いのか分からないけど、そのときは、まま、自分でも及第点を
やれる作品ができた、と思う。
で、小説を書くことそのものが面白くなってきた。書き方なんてほとんど何
も知らない自分がここまでできたんだから、ちゃんとやれば、もっとよくなる
んじゃないかとかね。今、考えると、完全に自己満足してただけなんだけど。
話が、変な方向に行ってたな。要は、小説を書けるかどうかは、書いてみな
ければ分からない。そういうこと。片山さんの気持ちがうまく伝わるかどうか
とか、あるいは小説を書くのが面白くなるかどうかは、また別の問題」
自分の昔話をぺらぺらと喋るのが、さすがに、恥ずかしくなってきた。園田
は、やや強引に、話を結論づけた。そして、聞き手の反応を窺う。
「さて、参考になったかどうか……自信はないが」
「いえ、とても……面白かったです、というか……」
言い淀む桃代。そして、完全に吹っ切れたような表情で、さらりと言った。
「あたし、やってみようかな」
「ご自由に。よかったら、図書部の部誌に掲載許可を」
最後に園田はわずかばかり、洒落っ気を出してみた。
エピローグ.挑戦者たち
二つの原作を前に、腕組みをしてうなる津村光彦。
「どちらかを選ぶのは、無理だよ」
同学年の女子二人に対し、津村は疲れたように答えた。
「じゃあ、どうするのよ」
不平そうに、唇を尖らせるのは、片山桃代。
「順番に、描いていくとか……」
はらはらしながら、優美は妥協案を提示した。
実際、桃代が、自分も原作を考えてみると言い出したときは、驚いた。
どういう心境の変化があったのか知らないけれど、美術部の部活もそこそこ
に、図書室に通うようになっていった。あれだけ副部長を批判していた頃とは、
大変な方向転換。
しかし、桃代が書くとなると、優美にもなかなかに譲れない意地がある。少
なくとも現時点において、小説を書くことで桃代に負ける訳にはいかない。
だから、冬休み残り三日の今日、二人揃って津村に原作(原案)を手渡して
から、どちらがより面白いと言ってくれるかの判定が出るまで、優美は緊張の
し通しだった。鼓動が外に漏れ出てしまうのじゃないかと思うほど、どきどき
し続けていたのだ。
「時間があるかな……。三学期は中間がないのは、幸いだけど」
中間試験がないと、時間的余裕は確かにできる。
「いざとなったら、あたし、アシスタントをやっていいよ」
桃代が、自らを指さしながら名乗り出た。
「え? でも、桃代、美術ならともかく、漫画の絵なんか描けるの?」
「大丈夫。あたしがキャラクターを描く訳じゃないからね。べた塗りとか背景
とかなら何となるわ、多分」
「こりゃ、頼もしいな。いっそ、自分で漫画を描いてみれば?」
にこにこしながら、津村が言った。
すると、桃代はすぐさま、
「それじゃあ、意味がないのっ」
と、怒ったように真顔で反応する。
「……どういう意味?」
津村は気になったのか、問い返した。
「どういうって……」
答えにくそうな桃代。だが、やがて口を開いた。
「つまり、津村君が漫画でやりたいことを思う存分させてあげようってのが、
あたしの狙いなんだから。一応の区切りをつけたら、美術部の仕事、ちゃんと
こなしてもらうから」
「なるほど。手厳しいね」
苦笑した津村は、二つの原作を見比べるようにする。
「今回は分量が短かったけれど、次は、また長編に挑戦したい」
優美は、思ったことを口にした。
「長いのを書かれても、こっちが持たないぜ。当てもなく大河漫画を描く気は
ないから」
「あ、そうか。当然、津村君も投稿する気でいるんだ。えっと、漫画の新人賞
って、ページ数は……」
「原則として十六ページってのが、一般的みたいだ。長くても、面白けりゃい
いみたいなところはあるけど、結局、十六枚にまとめる技量が問われる」
「そんなに短いんじゃ、満足に書けないかも……。私、この頃、小説を書くこ
と自体、楽しくてしょうがないって感じなの」
優美の言葉に、津村は残念そうに、それでも笑いながら応じる。
「……漫画の原作ばかり、書いてもらう訳にもいかない状況かな、やっぱり。
何しろ、初めての小説で、いきなり最終選考まで残るぐらいだから」
「それよりも、本当に楽しいのよ」
「あれから何か、井藤さんに教えてもらったの?」
興味深そうに、桃代が聞いてきた。
「あ、ううん、まだ何も。今度のは、物語の概略としてのアイディアを示せば
いい原作だったから、アドバイスなしでいけると思って」
「長編にチャレンジするときは、色々と聞いてみる?」
「そのつもり」
優美は、大きくうなずいてみせた。
「あ、著作権とか何とかがあるけど」
思い付いたように、津村が言った。
「その関係で、描いた漫画、投稿する際は、とびらに原作者の名前を入れとく
べきなんだろうな」
「そうだろうね」
「本名のまま、入れていいかい?」
「私はもう、『藤井恵津子』で行くと決めてるから、これでお願い」
紙にペンネームを記し、津村に手渡す優美。
「片山さんは?」
「考えもしなかったわ。名前なんて、どうでもいいんだけど、折角だから……」
しばし、考え込む様子の桃代。ノートの端に、何やら書き付け始めた。
「覗いたら嫌だよ」
「はいはい」
そうして桃代が決めたペンネームは。
「これにしよっ。『六都木咲良』」
桃代から津村に渡された紙には、漢字と読み方−−むつぎさくら−−が記さ
れていた。
「何か意味があるの?」
優美が聞いても、桃代ははぐらかすように、
「べっつにぃー。きれいなイメージ、あるでしょ」
と言っただけ。
実のところ、桃代はペンネームにある気持ちを込めていた。
123456789101112 341211125871096
MUTUGISAKURA → TUMURAGASUKI
この意味を知ったら優美はどう思うか、津村がどう反応するか−−それは、
分からない。
急いで答を求める必要もないだろう。今、三人の挑戦は、やっと第一段階に
達したところなのだから。
−−終わり