#3437/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/17 20:41 (170)
ファースト・ステップ 11 名古山珠代
★内容
例えば、宝石に端を発する物語。
−−ある日、主人公の小学生の少女は、きれいな石を道で拾った。光にかざ
すと、角度で幾通りもの輝きを放つ、不思議な石。宝石かもしれなかったが、
本で調べてみても、何という石なのか分からない。
でも、石の名前なんて、少女には別にどうでもいい。彼女は、石の美しさに
引かれたのだから。その日から、石は少女のお守りとなった。
石をお守りとして、肌身放さず持ち歩くようになってから、ちょうど七週間
目。テスト勉強を満足にできなかった少女は、学校の教室まで来て、ふと念じ
る。先生が休みになればいいのに……。
すると、しばらくしてから連絡が入った。少女のクラスの先生は、田舎のお
母さんが急病になったため、故郷に向かった。とりあえず、一時間目のテスト
は中止になる、と。
少女は、助かったと思う一方、変な偶然もあるわと、ポケットの中の石を握
りしめた。
それからしばらくしたある日、少女は、複数の中学生が仔猫をいじめている
ところに出くわす。小石を投げつけられながらも、どうにかかわしている猫の
足取りは、徐々にふらふらになっていき、もはや倒れてしまいそう。でも少女
には、どうすることもできない。知らず、彼女は目を閉じ、石を握りしめなが
ら、あの猫を助けてと願っていた。
その直後、それまで騒がしかった空気が、急に静かになった。目を開けた少
女は、そこに見た。どこかで跳ねたのであろう小石を目に受け、うずくまって
いる中学生達の姿を。仔猫はもう逃げて、いなかった。
少女は想像する。この石には願いをかなえてくれる力があるのかもしれない。
確かめてみると、常に願いが通じる訳ではないらしい。一度願いをかなえても
らうと、次の機会まで七日から八日ほど置かねばならないと推測された。
「願いがかなう石を手に入れた少女が、何を一番に望むか」
大まかな設定を話した優美は、パートナーに尋ねた。
「小学生だろう? やっぱり、きれいな服とかおもちゃとか、要するに、欲し
い物じゃないか」
津村が答える。
「それにしても、これじゃ、まるっきり少女漫画になっちまうんじゃないか?
俺、そういう絵は描けないぞ」
「だめかな」
「だめかどうかは、分からない。俺にとっては、未知の物語なのは間違いない
し。でも、俺が描けるのは、せいぜいがアニメっぽい絵まで。その辺りを考え
てくれないと」
「そっか。じゃあ」
と、アイディアを書き付けたリストを見る優美。
改めて小説を書こうと思い立ち、アイディアを蓄積していったはいいものの、
あまりに多すぎた。それも、未発酵の物がほとんど。手元にある全てをいちい
ち具体的に小説にしていては、いくら時間があっても足りない。そこでアイデ
ィアだけを津村に聞いてもらい、アイディアの取捨選択、あるいは未発酵のア
イディアをよりよくするための検討を二人でやろうと話がまとまった。
「次期部長が、そういう態度じゃ困るんだけど」
邪魔が入った。
声がしたのは図書室の入り口から。見れば、桃代が開いたままの扉を、軽く
ノックしていた。
「美術部員なんだから、ちゃんと部活しようね!」
ずかずかと近寄ってきた桃代は、津村に対して言い放つ。
「あ、悪い」
「自覚あるの?」
「そんなに責めないで、モモ。私が無理を言って、頼んだんだから」
優美は、自分が原因でよその部にもめ事が起きては困ると思い、取りなす。
「優美は関係ないよ。引き受けたのは、津村クンだからね。両方をやり遂げる
責任は、全面的にこいつにあり」
桃代は雄弁に、いつぞやの園田みたいな理屈を述べる。
「分かったよ」
文房具を鞄に仕舞う津村。立ち上がりながら、桃代に問う。
「どうなってる、そっちは?」
「今日はもう、終わったわよ」
「何だ……」
「いいかしら? 次回からはきちんと出席して、取り仕切ってよ」
「はいはい。努力するよ」
再び腰を下ろし、肩をすくめる津村。
「努力だけじゃなく、実際にちゃんとするようにっ」
桃代は不機嫌そうにまくし立てると、最後に、優美の方を向いてきた。
「優美の邪魔をするつもりはないんだよ。それは分かってね」
「もちろん。私も、悪いなあって。ごめんね」
「それなら、よろしい」
桃代が図書室を出て行くのを見送ってから、優美は津村と二人、共同作業を
再開した。
休みの朝、カレンダーを眺めていて、優美はその事実に思い当たった。
−−いつの間にか、期末試験が近付いてる。
新たな作品に取りかかるための準備を色々としている内に、あっという間に
時間が経ってしまった。そんな気がする。
楽しいことをしている間は、時間の流れを早く感じると言うけれど……。
そこまで考えて、不意に津村の姿が頭に浮かぶ。途端に、自分が赤面するの
を感じる。
「津村君と一緒にいること自体、楽しいってことかしら?」
頭に浮かんだ推測を言葉に出してみて、気を紛らわすつもりだったが、実際
は逆であった。ますます顔が熱くなる。
本当に、好きになったのかしら……。夢とか目標を持っているから、素敵だ
なって思ってただけなのかもしれない。それだけではないのかもしれない。よ
く分からない。
そもそも、津村君はどうなんだろう−−優美は考えてみた。
津村君は、どうして私に小説を書くように勧めたんだっけ。そう、読んだ本
がよく重なっていたからだ。貸し出しカードがもたらした一つの偶然、出会い。
津村君に、恋人っているんだろうか。そんな大げさなもんじゃなくても、親
しい女子の友達がいるの? 文化祭の間、たいてい一緒にいたけれど、そうい
う人は見なかったような気がする。
私が知らないところ、例えば美術部の部員で、好きな子とかいるのかな?
いたら、展示の受け付けしているとき、顔を見せて、何か会話があってもいい
はずだと思うけど。
じゃあ、津村君に彼女はいない……?
「……」
ふと、自分の思考の過程を振り返る優美。自分に都合よく、論理展開してい
ないよね、うん。
すると次には、自然と顔がにやけてしまった。
あー、何を考えてんのよ、私ったら。期末試験のことを考えていたはずが、
どうしてこうなる? もう。しばらく、小説のことはお預け! 試験、頑張ろ
うっと。
心に鉢巻きをする気で、優美は机に向かった。
園田は三年生、さすがに受験勉強で忙しい。期末試験が終わり、冬休みが始
まろうかという時期だが、受験組には、冬季補習が待ちかまえている。
図書室で、部活を兼ねて勉強をしようと、園田はいつものようにカウンター
の席に着いた。来年早々、縁川優美を部長にして、代替わりを完了するつもり
であるが、年内は部長として役割を果たそうと思っている彼である。
「さて」
何の気なしに声を出し、参考書を広げる。
が、その途端に、カウンター前に人影が。どうやら貸し出しらしいと思い、
園田は顔を上げた。
「……おや」
目の前にいたのは、片山桃代だった。
「これは珍しいな。片山さん、本を読んでみる気になったとか」
すでに顔見知りの後輩に対して、園田は気軽に声をかけた。
しかし、相手から反応は返ってこない。
「ん? 本は?」
「貸し出しじゃないんです」
桃代が口を開く。
いつもの明るさが感じられないその声を聞いて、園田は嫌な予感がした。何
か、面倒に巻き込まれそうだぞ……。
「じゃあ、何?」
「……優美、今日はいませんか」
「来ていない。試験が終わったから、例の小説というか漫画というか、とにか
く創作に力を入れるとかで、さっさと帰ってしまった」
「……うちの副部長と一緒でしたか」
「と言うと、津村君か。ああ、確かに一緒だった。図書館に行くとか言ってい
たな。資料に当たるのなら、ここでもいいのに」
言いかけているとき、園田は気が付いた。うつむく桃代の表情が、明るくな
い。園田がこれまで見ていた彼女は、いつも明るかった。怒っていても、明る
い怒り方をするはず。
それが、今の桃代の表情と来たら……。
「泣いているのか?」
「ち、違います!」
否定する桃代だが、園田の目には、どう見ても彼女が泣いているようにしか
映らない。
やっぱり、面倒に巻き込まれたみたいだな……。
内心、やれやれと億劫に感じながらも、このまま放っておくのも気が引けた。
「……新倉さん」
室内を見回し、一年生部員を呼びつける部長。
「はい、何でしょうか」
「しばらく、受け付けをやっといて。寒いから、ストーブの側にいていいから」
「分かりました」
彼女は、桃代の普通でない様子を少し気にしたようだったが、そのまま受け
付けを引き受けた。
「頼む。−−話があるなら、伺うけど」
園田は桃代へと向き直った。
「……お願いします」
それから、場所を学生食堂に移す。
「雰囲気、いいとは言い難いな」
園田は、先に中程の席に座った。天気は曇り空、窓際の席に陣取っても、陽
の光は期待できない。
「ココア、飲めば。冷めない内に」
正面に座った桃代に、そう促す園田。
「はい」
言われた通りに、口を付ける桃代。だが、それっきりで、いつまでも喋り出
しそうにない。
「話、あるんでしょう? どうして僕に、という疑問はあるが」
「……」
仕方ないな。長引かせる趣味はないし。園田は、自分から揺すぶってみるこ
とにした。
「いいかな? 彼についてだよね」
下を向いていた桃代が、はっと顔を上げた。
「か、彼って」
「まだ僕に言わせるかい? 美術部の副部長、津村君だよ」
園田は桃代の顔を覗き込むように見つめた。
−−続く