AWC ファースト・ステップ 8   名古山珠代


        
#3434/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:35  (200)
ファースト・ステップ 8   名古山珠代
★内容

 日当たりのよい席に陣取る三人。
「さあ、説明してよね」
 勢い込んでいる桃代。
「何人がアンケートに答えたかを数えていたのは、間違いないんだ」
「でも、それだけじゃあ」
 口を挟んだ優美を、視線を向けて制する津村。
「あの時点で回答してたのは、十四人」
「ええ? 偶数じゃないの」
 桃代は口に運んでいた箸を止め、また声を高くする。
 優美も続いた。
「あのとき数えたけど、確かに十五枚だった。一枚、少ないわ」
「ふふん。本当は片山さんが奇数と言ってくれるのを期待してたんだけど、そ
ううまくは行かなかった。で、仕方がないから、俺が書いた一枚を付け足した
のでした。アンケートは無記名だし、ちょっと筆跡を変えれば、ばれっこない」
「な、何よ、それ」
 優美と桃代は呆気に取られ、顔を見合わせる。横で、いたずらっぽく笑う津
村。
「いつ? −−あ、津村君が、アンケートの箱を取りに行ったときね」
 自分の疑問に、すぐに自分で答を見つけた優美。
「正解だよ」
「そうかぁ。身体で死角になってたから、素早く入れたら分からないって訳ね」
 桃代は相当、悔しそうである。
「どう? 見事、引っかかっただろ」
 言ってしまった安堵感という奴か、開き直ったように津村は胸を張った。
「……参ったわ。ほーんと、手癖の悪いあんたらしい、見事ないんちきよね」
「手癖が悪いだの、いんちきだの、言ってくれるよなあ。明敏な頭脳により生
み出された、素晴らしいトリックと言ってほしい」
「冗談なら、受け付けないよ」
「冷たいやつ。正直に話して、こうしておごったんだから、もう許してくれよ」
 少し頭を下げてから、上目遣いをする津村。
「どうしようかしら、優美?」
「え、何で私に話を振るのよ」
「だって、津村クンは、優美目当てでこんなことしたんじゃないの?」
「ば、馬鹿言うなよ」
 顔を上げた津村。焦りの色に、彼の表情は変わっていた。
「そうなの、津村君?」
 今朝のいきさつもあったので、もう、優美の方は慣れたものだ。少なくとも
表面上は平気な態度で、会話を続けられる。
「……早く、行こう。食べ終わったんなら、早く出ないとな。他の連中が座れ
るように」
 いそいそと立ち上がる津村だった。


五.かくしごと

 昼の十二時半ちょうど、美術部の展示室に到着。
「お疲れ。時間だから、もういいよ」
 さっきまでとは打って変わって、副部長然(?)とした態度で、津村は一年
生部員二人に言った。
「あーあ、これから一時間、苦行か」
 楽しそうに出て行く後輩達を見送るように手を振りながら、津村はつぶやく。
「あたしと一緒にいるのが、そんなにつらいのかなぁ?」
 早速とばかり、桃代は揚げ足取りに出る。
 津村が楽しそうに反論。
「そういう意味じゃなくて、一時間、動けないことがさ。そうだ、もう一度、
賭けないか?」
「ご冗談を。また、ご自慢のトリックでやられちゃかなわない。優美だって、
どっちを応援していいか、困るでしょうに」
「そんなこと……」
 言い淀んでいると、すぐに桃代の言葉が飛んでくる。
「じゃ、何の悩みもなく、津村を応援するの? ひどいっ。あたしを一人にし
て、二人で楽しく、また出て行く気なのね」
 もちろん、冗談。桃代の顔には、笑みが絶えない。
「モモちゃん……。あのね、しばらく私が大人しくしてたからって、調子に乗
ってるでしょ。その内、しっぺ返しがあるかもよ」
「だあ、くわばらくわばら。人の何とかを邪魔すると、馬に蹴られかねないか
ら気を付けなくちゃ」
 客足もないため、勝手に騒いでいるところへ、交替してから第一号のお客が
あった。
「あ、どうぞ……」
 すっかり美術部員になってしまった優美が、愛想よく言った。が、その言葉
は途切れた。
「悦子おねえちゃん!」
「当たったみたいだね。やっぱ、こっちだったのか」
 驚く優美にさほどかまわず、入り口で張り紙を確かめる様なのは、井藤悦子。
「来るんだったら来るって、言ってくれればいいのに」
「あのねえ、昨日の晩、言おうとしたのに、あんたがちゃっちゃと帰っちゃっ
たんじゃないの」
「あれ、そうだっけ……?」
「そうだよ。さあ、とにもかくにも、紹介してもらいましょうか」
 悦子に言われ、自分の他にも津村らがいたんだと思い出した優美。
「どなた?」
 年上の女性の登場に、津村は戸惑ったような色をなしている。
 それは桃代も同じで、さすがにいつものように、簡単には輪に入って来れな
いようだ。
「えっと、私の幼なじみ……じゃなかった。私が小さい頃から一緒に遊んでく
れてた、言うなれば、お姉ちゃん代わり。井藤悦子おねえちゃん」
「井藤です、よろしく」
 井藤が言ったのに対して、津村ら二人は、まだ戸惑ったように挨拶を返した。
「は、はい。津村です」
「片山桃代です」
「桃代は私の友達で、今度、美術部の展示に私が関わるきっかけを作った張本
人。津村君は、その美術部の副部長」
 場の雰囲気を和ませるため、優美は面白おかしい口調を、ことさらに作った。
「ああ、あなたが津村君か。よく聞いているのよ、優美から」
「はあ、どうも」
「小説、書いてくれって頼んだんだって?」
「そうです……。−−ああっ、井藤悦子って、小説家の?」
 津村は、悦子の方を指さしてしまっている。思わず出た行動だろう。
「お、感激だな。君みたいな男子高校生が知ってくれてるなんて」
「やだ、悦子おねえちゃん。当たり前だったら。私が言ったんだもの」
 優美は笑いながら、横合いから言った。
「そっか、えーと、一年前ぐらいだっけ? 会うとかどうとか言って、結局、
会えなかったんだ。えー、その節は、どうもご迷惑を」
 本気とも冗談ともつかず、頭をかきながら謝る悦子。
「いえ、そんな。井藤さんのデビューが決まって、こうなった訳だから、いい
ことですよ。あ、おめでとうございます」
「どもども。でも、次がなかなか出ないんだよねえ。長編を一本、書かせても
らったけど、あとはほとんど跳ねられてばっか。このままじゃ、親に呼び戻す
口実を与えちゃうわ」
 悦子は肩をすくめた。
「−−と、これは関係なかったか。それよりさ、優美、聞いちゃったよ、私」
「な、何が?」
 悦子に肩を叩かれたが、優美には何の話だか分からない。
 悦子の方は、にやにやしながら、続けた。
「どうして黙っていたかなあ。−−『夢幻物語』、藤井恵津子」
「−−っ。ど、どうして」
 一気に、優美の顔が赤くなった。慌ててしまって、うまく舌が回らない。汗
も出てきた。
 津村や桃代は、事態が飲み込めず、怪訝な表情を見せるばかり。
 ただ一人、悦子だけが楽しそうにしている。
「あの、どういう……」
 桃代が言うと、ようやく悦子が説明を始めた。
「この子ったらね、本当はもう、小説、書いてたのよ。第二回のF&M大賞だ
ったよね。藤井恵津子というペンネームで、作品の題名は『夢幻物語』」
 ああ、さっきの。そんな具合に、津村と桃代はうなずく。
「やめて、悦子おねえちゃん……」
 蚊が鳴いているような声を出す優美。その手は、悦子の服の袖を引っ張って
いる。
「何でよ?」
「……は、恥ずかしい……。だいたい、どうして知っているの? 私が応募し
たこと……」
「少し前に、出版社の人と話してたときに、『藤井恵津子』ってペンネームで
投稿してきた子がいるって聞かされてさ。私が井藤悦子でしょ。そのペンネー
ム、井藤をひっくり返して『藤井』、悦子を別の漢字にして『恵津子』にした
んじゃないですか、きっとファンですよ、てなこと言われて、興味を持ったの。
さすがに、本名を聞くのはできなかったから、住所を聞いてみたら、私の住ん
でるすぐ近く。はっきり言えば、優美、あんたの住所だったんだよね」
「……」
「ど、どうしたのよ? 最終選考まで残って、惜しくも落ちちゃったけれどさ。
初投稿で、ううん、初めて書いた作品でこれだけ行けば、凄いよ」
 悦子の言葉に反応したのは、優美ではなく、桃代に津村。
「え? 最終選考まで?」
「まじで凄いじゃん。言ってくれたらいいのに……」
 優美自身にとっても、急だった。不意に、たくさんの涙が溢れてきたのだ。
「優美?」
「−−馬鹿っ!」
 顔を覗き込もうとした悦子に、優美は怒鳴りつけた。
「どうしてっ。急に言うの? 知ったからって、いきなり、みんなの前で! 
やっと、書こうと決心したのに。素直に、やっと……。滅茶苦茶よ、もうっ!」
 優美の変化に、三人とも、呆然としてしまっていた。
 その間に、優美は部屋を飛び出した。
 扉は開いていたし、まだ昼食の時間帯にかかっていたので、廊下の人通りは
少ない。呆然としていた三人に、優美を止められるはずもなかった。
「ゆ、優美!」
 いち早く叫んだのは、桃代だった。廊下に顔を出し、もう一度、名前を呼ぶ。
 だが、優美の耳には届いていなかったし、聞こえたとしても、戻るつもりは
彼女にはなかった。

 閉会式の場に、優美の姿はなかった。
 クラス担任には、「縁川さん、急に気分が悪くなったらしくて、たまたま来
ていた知り合いの人と一緒に、帰った」と、桃代が言い繕っておいた。全面的
にこの嘘を鵜呑みにされると困るのだが、仕方がない。
 図書部の方には、津村から、大雑把にではあるが、本当のところを話してお
いた。新倉百合香は心配でたまらないらしく、すぐにでも家に行きたがってい
たが、部長の園田が制した。
(さすがに、分かっているんだな)
 津村は感心した。最低限、今日一日は、そっとしておくべきだろうと、改め
て思った。
「大丈夫かな」
 美術部部室で打ち上げをやっている最中、桃代が津村に囁いた。あまり乗り
切れない様子で、好きな菓子類にもほとんど手が伸びていない。
「あのあと、井藤さんがああ言ったんだから、任せるしかないだろ」
 昼間のやり取りを思い出し、天井を見る津村。
 −−優美が展示の部屋を飛び出していったあと、どうしたらいいのか分から
ないでいる津村らに、悦子は「私の責任のようだから、私に任せて」と言った。
「でも……」
「いいから。それより、文化祭の邪魔する形になっちゃって、悪かったなあ。
許してね」
 そう言い置いて、新人作家は慌ただしく出て行った−−。
「何か、よく分からないな」
 桃代が、未使用の紙コップを、指先でくるくる回しながら言った。
「どうして優美、あんなに怒ったんだろ? そもそも、小説を書いて投稿して
いたことを隠していたのも、訳分からないし」
「俺に分かるかよ」
 机の縁を、右手の人差し指で叩く津村。いらいらを押さえ切れない。苛立ち
と言うよりも、もどかしさとすべきなのかもしれない。
「何、その冷たい言い方。きっと、あんたに関係しているわよ」
「な、何でだよ」
「勘よ。だけど、想像できなくないでしょうが。優美に小説を書くよう持ちか
けたの、自分だってこと、お忘れなく」
「……うん」
 自分でも知らず、こくりとうなずく津村。
「実は、俺も、嫌な予感がしてるんだよなあ。俺が縁川さんに小説を書くのを
勧めたせいで、ああなったんじゃないかって。直接じゃなくたって……」
 優美の気持ちを、すぐにでも聞きたかった。しかし、やはり、冷却期間を置
くべきだと、改めて津村は思い、頭を振った。

−−続く




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