AWC ファースト・ステップ 7   名古山珠代


        
#3433/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:33  (200)
ファースト・ステップ 7   名古山珠代
★内容
 文化祭二日目−−と言っても、二日しかない文化祭だから、これが最終日。
 朝、優美は下駄箱のところで、いきなり津村と顔を合わせた。いつもと比べ、
津村の表情は暗い。
「謝っておこうと思って」
 いきなり切り出した津村。どうやら、優美を待っていたらしい。
「何の話?」
「昨日、無理強いしすぎたかなって。小説、書いてみないかって、しつこかっ
ただろ、俺?」
「そんな」
 靴を履き替え、廊下を歩き出す優美。すぐに追い付く津村。
「じゃ、怒ってない?」
「……そ、そりゃあ、少しは嫌だったけどさ」
「そうか」
 隣で、津村がしゅんとするのが分かった。慌てて、優美はフォローする。
「す、少しだけだったら。津村君に期待されるのは、嬉しいの」
「本当か?」
 前を遮るように、津村は優美の方を向いて立ち止まった。
「う、うん」
 鞄を胸の高さに抱きしめ、こくんとうなずく。実際、それは優美の偽りない
気持ち。実力が伴っているかどうか、それだけの問題……。
「あー、よかった」
 胸をなで下ろすようにして、ほっと息を吐く津村。次の瞬間、表情が明るく
なった。
「これで眠れる!」
「は?」
「いや、その。実は、昨日、家に帰ってからもずっと気になっててさ。自分勝
手すぎたなあと、自己嫌悪に陥った訳」
「はあ……」
「寝る直前になっても頭から離れないんだ、これが。考えれば考えるだけ、目
が冴えちゃって、もうどうしようもない。おかげで、すっかり寝不足。ほら」
 目の下を指で広げてみせる津村。
「ほんと、凄く充血してる……」
 言ってから、くすっと笑えた。優美は口を押さえ、声を立てずに笑った。
「な、何かおかしい?」
 津村は戸惑いの表情。
 優美は、笑いをこらえながら、小さな声で返事する。
「だ、だって、そんなことで眠れなくなるようには見えないんだもの。津村君
って、もっと神経が太いのかと思ってたから……あははっ!」
 こらえきれなくなり、とうとう声に出して笑ってしまう。
「ひどいなあ。これでも、神経は繊細な方だぜ……多分」
 自分で言って、津村も笑顔を作った。そして続ける。
「ああ、これですっきりした。−−もう無理強いはしない。もしも、万が一、
気が向いたときでいいから」
 津村は、くどいほど仮定の語句を連ねた。
「小説を書いてくれたら、嬉しい。それが俺……僕の気持ちってことだけ、知
っておいてもらえればいいや」
「うん、分かった」
 気持ちはまだ揺れていたけれど、優美はそう答えておく。
「それからさ……」
 まだ立ち止まったまま、津村が言った。
「何? 早く行かないと、そろそろ……」
 優美の言葉が聞こえているのかどうか、津村は鞄を開けて、何やら探してい
る。やがて、彼は一枚の紙を取り出した。
「かなり赤面ものなんだけど、これ」
「……わ」
 勝手に声が出た。何故なら、紙には女の子が描かれていたのだから。それも、
明らかに優美がモデルと分かる、それでいて異国風の少女の絵だった。背後に
は、青々と生い茂る森や、どこか生き生きとした城が描かれている。
「こ、これ……」
 周りにいる他の生徒に見られやしないかと、気にする優美。その身体で、絵
を隠そうとする。
「勝手にモデルにしたけど……怒ってない?」
「そ、それはいいけど」
 どんどん、顔が火照っていく。
「どうして……?」
「昨日、速攻で描いたんだ。僕がイメージする物語世界。縁川さんがこれを見
て、何か感じてくれたら……そう思って。−−ああ、やっぱ、自分勝手かな」
「す、凄い。素敵、だと思う。昨日、ポスターに使ったのも、いいなって感じ
たけど……これは、もっと」
 うつむいていた顔を起こし、津村を見つめる優美。
「ひょっとしたら……ひょっとしたらだけど、何か、書けるかも。書けそうな
気がしてきたわ」
 優美の言葉に、津村は瞬間、驚いた風だった。しかし、それのすぐあとに、
いかにも嬉しそうな笑みが、すっと広がっていった。
 そう、ちょうど、思いもかけないプレゼントをもらった子供みたいに。

 一日目、生徒は体育館に集められ、挨拶やら何やらで、朝の九時から一時間
弱、拘束される。
 しかし、二日目は違う。朝から自由に文化祭に打ち込める。代わりに閉会式
があるのだが。
「今日は受け付けは?」
 優美が津村に聞いた。優美自身は、美術室で桃代と待ち合わせている。
「昼、十二時半から。相方は昨日と一緒。今日は一時間だからましなものの」
「ふうん。それでも、今から美術室に?」
「一応、顔を見せとかないと、うるさいから」
 誰がとは、口に出さない津村。でも、きっと桃代を指すのだろうなと、優美
には察しが付いた。
 美術室に入ると、ほとんどの部員がすでに到着していた。
「遅いぞ。おー、朝から−−」
「そんなんじゃねえ!」
 桃代の茶化しを、皆まで言わせない津村。
「……何か、気合いが入ってるわね、副部長サン」
「悪いか。じゃ、始める。昨日の展示で何か不便な点とか問題、あったかな?」
 優美は一応、部外者だから、遠慮して隅に寄っている。そんな彼女は、仕切
っている津村を見て、
(何だ、仕方なしに顔を見せたんじゃないのか)
 と思った。ほんの一瞬だけ、自分のために来てくれるのかなと思ったのだが
……それはちょっとうぬぼれが過ぎたらしい。
 やがて、朝の打ち合せが終わる。
「さあて。図書部に行ってくるか」
 いそいそと津村。
「昨日も行ったのに?」
「もう一回ぐらい、顔を見せようかと思って。部誌の感想とかも言いたいし…
…そうだな、もう一人の部員にも会ってみたいじゃないの。一年女子に」
「年下好みなのか」
 優美の背後から、桃代が、ぼそっと言った。
 ちゃんと聞こえたらしく、津村は桃代の方を振り返った。
「誰がだ! そうじゃなくてだな、『君がいない間、僕がポスターを作ったん
だよ。感謝してよね』と言いに行こうと思っただけさ」
「……あんまり変わらんな」
 桃代がつぶやく横で、優美はおかしくてたまらなくなってしまった。
「待って。そういうことなら、私も行くから」
「おーい、あたしの立場は?」
 と、優美の袖を引っ張る桃代。優美は今日も、桃代と一緒に、各部屋を回る
約束をしているのだ。
「ごめーん。でも、ちょっとだけだから。あ、何だったら、一緒に来ない?」
「津村がいるんだよねえ……」
「何だよ、それ。いちゃ悪い?」
 津村は若干、いらいらしている様子。そんな津村をはぐらかすかのように、
桃代はあっさりと答えた。
「一人でいても暇だし、行くわ」
 今日の図書室は、すでにぼちぼちと客の姿があった。
「おお、これはこれは」
 部長の園田は、大きく手を広げている。外見はいつもと変わらぬものの、珍
しく、テンションが高いようだ。
「昨日に続いて二度目のお越し。歓迎しまっせ」
「何で、関西弁になるんですか?」
 と、突っ込む津村も、何故か関西弁調。
「深い意味はない。と、新しい人がいると思ったら、いつか美術室で見かけた」
 桃代へと顔を向ける園田。さすがに、彼女の名前までは知らなかったらしい。
「片山です」
 桃代の方は、初対面のイメージからか、少し引き気味。
「意外と朝から、お客、来てるんですね。びっくりしました」
「きついね、縁川さんも」
 悲しそうな表情をする園田。
「ところで、今日は、感想を聞いてもらおうと思って」
 改まった口調になる津村。
「あ、いいね。待って、もう一人の部員、呼ぶから。おーい!」
 いつもなら大声を出せない図書室だが、今日ばかりは違う。園田も大げさな
身振りをまじえ、唯一の部員とやらを手招きする。
 離れたところで反応を見せたのは、色白で小柄な女生徒。お下げを揺らして、
駆け足で近寄ってきた。駆け足と言っても、歩く速度とほとんど変わらないよ
うだが。
「えー、彼女は、一年の新倉百合香さん。新倉さん、こちらは美術部の、えっ
と、津村光彦君と片山さん。津村君には昨日、ポスター作りをしてもらった」
「あ」
 短く声を上げ、口に片手を当てる一年生。恐縮したようにその全身が固くな
るのが、傍目からでも見て取れた。
「……すみません。あの、私のせいで、ご迷惑をおかけして」
 しばらくして、ようやく、新倉百合香は口を開いた。小さな声だ。
「何を気にしてんの」
 おかしそうに言葉を返したのは、津村。
「身体、弱いって聞いたけど? あまり無理しなくていいって」
「あ、ありがとうございます」
 深々と頭を下げる百合香。その様子に、
「ま、過ぎたことはどうでもいいや。それより、感想、遠慮なく言わせてもら
おうかな」
 津村が言った。
「私も」
 図書部部員として、優美も笑顔を差し向けた。

 昼前、美術部の展示に戻る途中で、津村が言い出した。
「あー、そうだったそうだった」
 何やら、芝居めいている。
「どうかしたの?」
 と、隣の彼を見上げる優美。
「ちょっとね」
 言いにくそうにしている津村。その目は、桃代へ向けられている。
「な、何よ。人の顔、そんなに見て」
「話す前に、約束してくれないかな。怒らないで聞いてほしいんだけどな」
「そんな約束、できません。気になるじゃない。早く言いなさいよ」
 津村の申し出を簡単にはねつけ、先を促す桃代。
「やばいかなあ……。昼飯、おごる」
「何のこっちゃ? そう言えば昨日、お弁当は持ってこなくていいって、言っ
たらしいわね。優美から聞いたけど」
「持って来ちゃってる?」
「持って来てないわよ。−−もしかして……昨日の勝負が関係しているとか?」
 昨日の津村との賭けを思い起こしたらしい桃代。
「ん、まあ、そうなんだけど」
「何か変ね。白状しろ」
 そのやり取りに、最初はただただ見守っていた優美も、くすくす笑い出した。
「何があるのか知らないけれど、津村君、もう言わなきゃ。でないと、いつま
で経っても、ここを動けなくなるから」
「そうそう」
 桃代も同調。
 口を閉ざしていた津村だが、直に喋り始めた。口調は不承々々であったが。
「参ったな。実は、昨日の賭け、種があったんだよな。こっちが絶対に勝つ」
「−−何ですってぇ?」
 桃代の声が大きくなる。その表情は、怒っているよりも、むしろ、驚いてい
るようだ。
「どうやったの? 例えアンケート用紙を数えていたとしたって、桃代に先に
答えさせたんだから、確率は二分の一よ」
「そこが違うんだな。どうあがいても、俺の勝ちは動かなかった」
「あがく?」
「いや、それは言葉のあやで……。どうやったかは、食堂で説明するよ」
 津村は、まるで逃げ出すように、歩を進め始めた。
「あ、待ってよ」
「早くしなって。すぐに満席になっちまうぞ!」

−−続く




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