AWC 幸せに至る病 VER.2 16   永山智也


        
#3374/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 8/16   0:58  (192)
幸せに至る病 VER.2 16   永山智也
★内容

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病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至
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至る病幸せに                         る病幸せ
に至る病幸せ 五月に入ってすぐ、一枚の葉書が届いた。     至る病幸
せに至る病幸 差出人の名は、綾辻織栄。住所は記されていない。 に至る病
幸せに至る病 内容は一言。「ごめんなさい」とだけあった。   せに至る
病幸せに至る                         幸せに至
る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに
至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せ
に至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸
せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病幸せに至る病

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 梅雨の明けきらない、鬱陶しい七月の頭だった。
 すれ違う人混みの中に、忘れられない顔を見た。
 脳の奥が刺激され、瞬間的に振り返る。
 腰までありそうな長い髪を持つ人。
 記憶にあるのと髪の長さは違うが、見間違えるはずがない。僕は確信を持っ
て声をかけた。
「綾辻さん!」
 街の往来だったが、他人の目なんか気にならない。声が届くかどうか、そち
らが心配だ。
 声は届いていた。彼女だけが振り返る。
 目が合った。
 逃げられる、と直感した。
 僕は彼女を追いかけ、走り出した。
 綾辻さんは二、三歩後退したが、じきに観念したかのようにその場に立ち尽
くした。
 僕は彼女の手を取る。
「十年ぶりだ」
 彼女は一度目を閉じ、また開いて言った。
「ううん。九年よ」

 話をするのに適当な場所を探したが、見つからなかった。喫茶店はどこもい
っぱいで、騒がしい。公園は静かだが、あちらこちらに人がいた。
 結局、人の入りがよくなさそうな博物館に飛び込んだ。
 思っていた通り、客はほとんどおらず、中は静かだった。平日の昼だという
理由もあるのだろう。
「今、何をしてるの?」
 彼女の方から口を開いた。意外な気がする。
「大学生やってる。やっと就職が決まったところなんだ」
「どういう業種?」
「玩具メーカー。何やるかはまだ分かんないけど……。綾辻さんは?」
「私は……研究員になるのかしら」
 僕を見ていた目が、よそを向く。
「研究員? 何か凄いな。あれ? でも大学は」
「スキップしたの」
「ああ」
 納得した。
 黙っていると、また彼女から口を開く。
「……聞かないの?」
「何を」
 分からないふりをする。卑怯者の僕。
「昔のこと」
「−−話してくれるのなら」
 足を止める。
 周りに誰もいない。陳列されている石だか骨だかが、見ているかもしれない。
「話す義務が私にはある」
 綾辻さんの話し方は、初めて会った頃に戻っていた。
「そして槙君には聞く権利があるわ」
 見上げてくる綾辻さん。身長は、いつの間にか僕の方が高くなっていた。
「でも、聞くかどうか、決める権利もあなたにはある」
「聞かない方がいいこともあるって意味?」
 僕の問いかけに、静かにうなずく綾辻さん。
「……聞きたい」
 僕は決めた。
「そう」
 抜けるような息で、彼女は応じる。
 喫煙のための休憩所があったので、そこに落ち着くことにした。
「一番知りたいのは、私が急にいなくなった理由、でしょうね」
「色々あるけど……やっぱりそれだね」
「あのとき、私、妊娠したから」
 あっさりと打ち明けられた。
 衝撃はなかった。ある程度予測していたから。当時の僕には、あのとき僕ら
がやった行為から派生する物事を想像できなかったが、一年ぐらい経って、妊
娠させたという可能性に思い当たるようになった。それしか思い浮かばなかっ
た。
「悪いと思ってる。今からでも」
「ううん」
 彼女は隣で、首を横に強く振った。ずっと長くなった髪が、椅子の革とこす
れて音を立てる。
「謝るの、やめて。謝らなければいけないのは、私の方なんだから」
「何故? 君から僕を、その……誘ったからか?」
「ええ……それも関係あるかも……。私はあのとき、特別な目的があって、あ
なたに近付いたのだから」
「……特別な目的……」
 意味が分からない。首を傾げた。
「どうしても、私と槙君との間に子供が必要だった。しかも緊急に」
「子−−。待ってくれないか。じゃあ、綾辻さんは子供を作るために、僕を選
んだのか? 小学生で? 信じられないなっ。だいたい、子供が子供を生める
なんて訳が」
「怒らないでとは言えない」
 消え入りそうな声。
 僕は口をつぐんだ。
「悪いのは私の方だから。……最初に言っておくわ。生めるのよ。女は十二歳
にもなれば、機能上は充分、子供を生めるの。もちろん、月のものが始まって
いないといけないけれど」
「……じゃあ、生んだのかい?」
「ええ」
 全身がくらくらする。血の気が引いた感じだ。
「だ、誰が育てたんだ? どうやって? 今、どこに」
 知らず、彼女の肩を揺すぶっていた。
「答えて!」
 大声を出した。が、すぐに消える。
 彼女は泣いていた。声もなく、大粒の涙をあふれさせて。
「あ、綾辻」
「……ごめん……なさい」
 どうしていいのか分からない。戸惑いは頂点に達していた。
「せ、せつ、説明、して」
 つまりながら、彼女を促す。
 綾辻さんは指で涙をぬぐうと、それでもまだ、息を整えていた。
「……槙君の転校、突然決まったでしょう?」
「あ? あ、ああ。そうだったっけ」
 何のことか分からないながら、相づちを打つ。
「僕の転校と言うよりも、親の転勤が急だったんだけど。それより、どうして
君が知っているんだ、転校してくる前の事情を?」
「あなたのお父さんの転勤は、あなたを転校させるために仕組まれたの」
 質問の答になっていなかったが、その内容は僕を驚かせるのに充分。
「何を……言ってる? そんはずないよ」
「あなたを私のいる学校に来させるための筋書きがあった。あなたと私が愛し
合って生んだ子供が必要だったから」
 臆面もない台詞に、現実感が喪失されていくよう。
「さっき、槙君は、私の相手が誰でもよくて、たまたまあなたが選ばれたと解
釈してたみたいだけど、ううん、そうじゃない。私と槙君じゃなければならな
かったのよ」
「どうして」
「転校の前に、学校で健康診断があったでしょう? そのとき、血液検査もあ
ったはず」
「あった」
 記憶をたどるまでもない。僕は二度もやられたんだから、何年経とうと鮮明
に覚えている。
「公にされていなかったけど、当時の血液検査には、ある特定の遺伝子の持ち
主を捜すためのものだった」
「まさか! 何で君が知っている?」
「私の父は医師で、母は大学教授……。大げさでなく、人類の未来に関わるこ
との研究に携わっていて」
「はっ」
 信じられない。馬鹿馬鹿しくて、言葉もない。
「本当よ」
「じゃあ、聞くよ。九年前、人類にどんな危機があったと言うんだ?」
「赤ちゃんが健康に育たなくなっていたのよ。九年よりもっと前から。人口の
減少は前から報道されていたでしょう? その原因は分かっていながら、隠さ
れていたのよ。実際の減少率、凄まじかった。人間が種としての立場を保てな
くなるほど、急激な勢いでね」
「……僕はちゃんと育った。君もだ」
「健康に育つ割合が、極端に落ち込んでいた。転校してきて、変に感じなかっ
た? 人口が多い都会の小学校なのに、一クラスに二十五人しかいないなんて」
「……」
 思い出そうと努める。言われてみれば、明らかに少ない。わずかだけど、元
いた小学校の方が、まだ多かった気がする。
「仮にそうだったとして、そのことと遺伝子とは何の関係があるんだろう……」
 尋ねる前から予想は立ったが、敢えて聞いた。
「父達から聞いた話だけど……ちゃんと育たなかった乳児には、特定の遺伝子
の欠落や変異が見られた。原因が分かったのだから、解決も簡単だって、みん
な考えたのね。胎児の内に遺伝子治療を行えばいいって。それができなくても、
生まれてすぐに治療を施せば助かる。そう考えるのがセオリー。
 しかし、だめだった。理由は不明だけど、正常な遺伝子を送るだけではだめ。
 それからまた研究が重ねられて……偶然の発見が起こった。特定の遺伝子を
持つ人のある臓器からの生成物を早期に投与すれば、ほぼ確実に助かるって」
「それが僕だってのか」
「違うわ。まだ少し、前置きが必要なの。聞いて。
 特定遺伝子を持っていた人−−仮にアダムとするわね。アダムさんは交通事
故で脳死状態になった時点で、臓器を摘出されたの。それから数日後に死を迎
えた……。
 早速、特定遺伝子を持つ人を、あるいは臓器だけでもいいから人工的に作り
出せないか、研究が開始されたわ。それはでも、ことごとく失敗。
 並行して進められていたのが、特定遺伝子を持つ人を捜すこと。こちらも成
果ははかばかしくなかった。でも、やっと光明が見えたの。特定遺伝子のおよ
そ半分を持つ男性を一人、見つけ出した。八十八歳のご老人。
 それでも、研究に関わっていた人達は全員、小躍りしかねないほどに大喜び
したそうよ。だって、その男性から精子をもらってより詳しい研究をすれば、
道が開けるかもしれない」
「そんなおじいさんから、精子がもらえるのかな」
 いくらか茶化す気持ちで、僕は言った。そうでもしないと、重苦しくて耐え
られそうにない。
 しかし、綾辻さんは真剣な顔つきを崩さなかった。
「それは大丈夫だったと聞かされたわ。でもね、これでもまだ研究は完成しな
くて。残り半分の特定遺伝子を持ってる人がいなければ、どうしようもないと
分かった。真っ先に着目するのは、さっき言ったアダムさんのご両親よね。ど
ちらかが保有しているのが普通だから。でも、それは最初から断たれていたの。
ご両親も、同じ交通事故で亡くなっていたから。
 望みがないように見えたけど……まだ手がかりはあった。アダムさんのお母
さんは、人工受精で生を受けた人だと分かって……調べてみたら、予備の受精
卵が一つだけ、凍結保存されていた。研究機関の人達は、その受精卵を孵す決
意をした。生まれた子供に付けられた名前が−−『綾辻織栄』」

−−未了




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