AWC 幸せに至る病 VER.2 12   永山智也


        
#3370/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 8/16   0:48  (200)
幸せに至る病 VER.2 12   永山智也
★内容
 気が付くと、綾辻さんの心配そうな顔が上にあった。
 背中が冷たく、痛い。どうやらそのまま、仰向けで寝かされていたらしい。
左の肩口が、少しずきずきする。それと後頭部。
「いてて」
 手をやり、さすってみると、たんこぶが確認できた。その手を目の前に持っ
て行く。血は出ていない。
「う、動いちゃだめ」
 綾辻さんの声は、泣き出す寸前のように聞こえた。
「あいつらは……?」
「係の人が来てくれて、収まったわ。そんなことより、ちゃんと見えてる?」
「あ。ああ。見える。頭、ちょっと痛いけど」
 余裕ができ、彼女以外の周囲にも目が行く。ここの職員らしき二人がいた。
「え? がんがんするほど?」
「違うよ、たんこぶ。ただのたんこぶ」
 僕は頭を横に向け、こぶが見えるようにした。
「君、本当に大丈夫か?」
 係の男の人が、腰を屈めて聞いてきた。
「気を失っていたから、よっぽど医者を呼ぼうかと思ったんだが。一分ほどで
気が付いたから、様子を見て」
 どうやら、あいつら三人の内の一人に、僕は肩口を殴られ、その拍子に転倒
して、頭を打ったらしい。
「平気です。この通り」
 上半身を起こし、腕を振ってみせる。本当に何ともない。意識を失っていた
こと自体、自分でも信じられないぐらいだ。
「ゆっくり立ってみて」
 女性の職員が言った。
 簡単に立てた。別にふらつかないし、足腰に痛みはない。
 ここで初めて、周りのみんなに安堵の色が広がった。
「じゃ、少し待ってくれるかな。一応、報告書の形を整えないといけないんで」
 職員が小走りに去っていく。
 綾辻さんは再び僕を座らせ、肩に手を添えてきた。
「槙君……心配した」
「へへ。だめだなあ。全然、役に立たないでやんの、僕」
「ううん」
 綾辻さんは目を閉じ、強く首を振った。
「そんなことない。絶対、そんなことない。私のために……ごめんね、ごめん
ね……。役に立たないなんてこと、絶対にないからっ」
 彼女は僕に抱きついてくると、声を上げて泣き出してしまった。
「お、おい。綾辻さん……」
「ごめんなさい、ごめんなさい−−」
 参ったな。大げさだよ。君のあの言葉を聞いたからこんな無茶ができたんだ
って説明したかったけれど、それも恥ずかしかった。
 泣き声がやっと収まり、綾辻さんは顔を上げた。そしてかすれ声で言った。
「初めてのデート、壊れちゃったね……。改めて、ね。いいでしょう?」
 まだ泣き顔だった。
 それも、僕の返事によって、何とか明るい表情を取り戻した。
「もちろん。楽しみにしてる」

 年明け。お正月に、やたらと親からせっつかれた。あの子は来ないのか、来
たらお年玉渡すのにって。もちろん、綾辻さんのことを言ってるんだ。息子に
女の友達ができたのが、そんなに珍しいのか。
 そういう仲じゃないと抗弁すると、だったら翔一があの子の家に行けば、な
んて言われる始末。
「そもそもなあ、あの子とデートしたんじゃないのか」
 お父さんは酔っていた。
「あの子っていう言い方、やめてくれよ。綾辻さんだ」
「その綾辻さんとデートしたんだろう?」
「したけど……あれは中途半端で終わったから」
 聖誕祭の日、最初、親には友達と遊んでくるとしか告げていなかった。それ
が、三人組のあいつらと喧嘩になったせいで途中で取りやめになり、綾辻さん
に付き添ってもらって帰宅したから、ばれてしまった。
「びっくりしたぞ。翔一も身体張って、女の子を守る歳になったんだなあと」
 喧嘩したことを、お父さんは怒らなかった。
 お母さんも心配するだけだった。けれど、最近になって、お父さんが喧嘩礼
賛みたいな主張を繰り返すものだから、嫌な顔するようになってきてる。
「またその話を……。いい加減にしてくださいよ」
「軟弱な男が増えてる時世に、頼もしいと言ってるだけだ」
「そういうのが、男女差別につながるんです」
 また始まった。僕はこたつを離れた。
 これから何をしようと考える。結構、暇だ−−宿題はともかくとして、とい
う注意書きが必要になるが。
 たいていの友達は田舎に帰ってるから、遊ぶ相手もいない。
 結論はしかし、外出する、に落ち着いた。折角、懐が暖かいのに、貯め込ん
だままじゃ無意味。この頃はどんなお店でも二日には開けるから、見て回るだ
けでも面白いだろう。そう考え、僕は出かけた。
 上っ張りを風になびかせ、自転車で坂を下っていると、偶然。
「綾辻さん!」
 叫んでから、彼女のすぐ横まで追いつき、止まる。
「明けましておめでとう、槙君」
 きちんと挨拶してきた。僕は急いで自転車を降り、頭を下げる。
「こちらこそ。明けましておめでとう。あ、年賀状もありがとう」
「槙君のも着いてた。かわいいイラストがあったから、驚いちゃったわ。てっ
きり、女子からだと思ったら槙君からで」
「猫とペンギンの絵は、得意なんだ」
 いばってもしょうがないが、自信はある。干支とは全く無関係なのが惜しい。
「そうだわ。怪我の具合は……?」
「とっくに治ったよ」
 本当は、左肩にまだ薄く痣が残っていたけれど、言うほどのこともあるまい。
 僕は、改めて彼女の格好を見た。
「お正月らしくない服だ」
 それが率直な感想だった。何故なら、綾辻さんは黒で統一した衣装を身にま
とっていたのだから。
「セーターもスカートもタイツも黒なんて……見違えたよ」
「これから行くところがあるの」
「初詣?」
 横に首を振る綾辻さん。伏し目がちで、身体にも力が入っていない様子。ど
こか気が重そうに見えた。
「お墓参りよ。変かな。この時期じゃないと、出向けそうにないから」
「お墓参り? 誰の? まさか金魚じゃないよね」
「おじいさん」
 端的に答える綾辻さん。
「君一人で?」
「え、ええ。両親は二人とも、忙しいって」
「……一緒に行っていいか?」
 何の気なしに、思い付いた。とにかく、綾辻さんの役に立ちたい。その気持
ちが強く起こっている。
「うれしいけど、自転車はどうするの? 駅から電車よ。買い物もするつもり」
「駅の自転車置場に入れるよ。買い物はどこで?」
「ろうそくとライターだけ持って来たの。あと、お花とお供え、線香を買うつ
もりだから、着いたところで買ってもいいし」
「じゃ、そういうことにしよう。後ろ、乗りなよ」
 僕の誘いを、綾辻さんはやんわりと断ってきた。
「二人乗り、危ないわ。気持ちはうれしいけれど、安全にね」
「ちぇ。分かったよ」
 舌打ちして、自転車を押し始める。
「そうだ。綾辻さんが自転車、乗りなよ。僕は歩く」
「そういう気分じゃないから」
 よく分からない答だ。お墓参りするから、神妙になっているのだろうか。
 僕らは歩いた。僕は自転車を押して。綾辻さんはいつになくしずしずと。
 十分ほど歩いて、駅に着く。自転車を置いてから、待合室に入った。
 正月だからか、もしくは暇な時間帯なのか、利用者は少ない。物凄い厚着を
した、だるまのようなおばさん一人と、髪を茶色に染めた、年齢のよく分から
ない男女一組がいるだけ。
 券売機の前に立ち、横の綾辻さんに行き先を尋ねる。「いずぬま」という答
に、路線図を見上げた。四駅先、二百七十円だ。往復で五百四十円。五百円を
超えると、こういった運賃も高く感じる。
 陸橋を渡って向こう側の歩廊に降り立つと、うまい具合に列車が来た。
 中はすいている。と言うよりも、僕らが乗った車両は、乗客が一人もいなか
った。落ち着かないので、端っこの四人掛けの席に、向かい合って収まった。
 空気の圧力音と共に扉が閉まり、車両がごとんと揺れた。
「どのくらいかかるんだろ、時間」
「駅までは十五分ちょっと。駅からまた歩かないといけない」
 僕らは二人とも、車窓の外を眺めていた。並行して走る道路にも、車の数は
少ない。どこも寝正月らしい。
「お年玉、いくらぐらいになった?」
 僕は前を向いて、聞いた。
「だめ、秘密」
 かすかに笑みを見せて答える綾辻さん。視線は外を向いたまま。
「相当もらったな?」
「さあ?」
 やっとこっちを向いてくれた。表情も完全な笑顔になっている。
「槙君は独楽を回したり、凧を揚げたり、できる?」
「えっと……そういうのはちょっと。テレビゲームの方が面白いから」
「独楽回しや凧揚げ、したことあるの?」
「い、いや。ない」
「じゃ、比べられないよね」
 言われてみればその通り。小学校に上がるか上がらないかの頃、他の子がや
るのを見て、興味がわいたっけ。何度やってもうまく行かず、投げ出したんだ。
「そう言う綾辻さんは、どうなのさ」
「え? 独楽回しとか凧揚げは無理よ」
「そりゃそうかもしれないけど、羽子つきは?」
「できるわよ。やったことある。でも、羽子つきってあまり面白くないのよ。
これは本当。ルールがはっきりしないんだもの。勝つためには思い切り強く、
相手に拾えないように打ち返せばおしまい」
「へえ、そうなんだ? テニスコートみたいな枠がないから」
「そう。本来、着物−−和服を着てするものだから、強く打つなんてできない
はずだった。だから問題なかったんでしょうけど、今は違うってことかな」
「……振り袖、持っているの?」
「持っているけど、それが?」
「いや、別に……」
 実は、彼女の振り袖姿を見てみたいと思ったけど、口には出さなかった。
 いずぬま駅にもうすぐ着くと告げる放送があった。

 季節外れのためか割高の花と、おはぎ二個、それから線香を一箱、駅近くの
商店街で買って、墓地に向かう。僕は行き先を知らないので、綾辻さん任せだ。
 初めて行く道は、しかし一度は目にしたような風景に包まれていた。高い建
物はほとんどなく、木々が多く植えてある。夏には緑で一杯だろう。居並ぶ個
人店はどこも閉じられているが、普段のにぎやかさは容易に想像できた。
 距離は大したことなくても、上り坂が続き、墓地までは二十分近くかかった。
「あそこよ」
 墓石の群の中、綾辻さんは目的の場所をすぐに見つけ出した。
 砂利を踏みしめ、白い息を吐きながら、墓の前にたどり着く。
「−−あれ? これは……」
 僕は目を疑った。
 真新しい墓石に刻まれた戒名は、綾辻姓じゃなかった。保坂、とある。
「ああ」
 色々と準備をしている綾辻さんの側で、僕は一人、納得の声を上げた。
「お母さんの方のおじいさんなんだ。だから、姓が違う」
「……そうじゃないわ」
 古びた花やその他諸々の屑を集め、袋にまとめる。
「じゃあ、いったい」
「遠い親戚」
「ふうん。正月早々、わざわざお参りするぐらい大事な人だったんだね」
「そう。その通りよ」
 言い切ると、彼女は線香を手渡してきた。二本のろうそくに火が灯っていた。
「槙君もお祈りしてくれる?」
「もちろんだよ。何のために来たのか、分からない」
 受け取った線香の束をろうそくの火に近づけた。数秒後、煙が立ち上った。
 手で扇いで線香の炎を消し、ことさら丁寧に供える。
 綾辻さんも同様のことをし終わったところで、僕らは手を合わせた。
 ごみを持って、僕らは来た坂を下り始めた。
「付き合ってくれてありがとう。お礼に何か……。初詣は済ませた?」
「まだだよ。行かないかもな。お正月に行くと人が多くて疲れる」
「いいじゃない。人がいないよりいる方が、ずっといい」
「そうかもしれないけど、混雑するんだろ? 前の町より、こっちが都会だ」
「無理矢理、大きな神社に詣でることないわ。小さいところならいいでしょ」
 あまり気は進まない。だが、綾辻さんの熱心な誘いに押し切られてしまった。
「明日、午後二時。駅前ね」

−−未了




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