AWC 幸せに至る病 VER.2 8   永山智也


        
#3366/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 8/16   0:39  (200)
幸せに至る病 VER.2 8   永山智也
★内容
「かまわないけど」
 分からなくならない内にと、僕はお碗をおじさんに渡した。透明の袋に移し
てもらい、それを綾辻さんが受け取った。
「元気いい!」
 事実、綾辻さんが持っている金魚は、他のみんながもらった金魚より、活発
に泳いでいるよう見受けられた。仲のいい二匹を入れた成果と言ったところだ
ろうか。
「それよか、五十匹でチョコレート五枚、頼むぞー」
 藤倉君が声援を送ってきた。

 ひゅるるるという抜けたような音と共に、細い線が闇に伸びて行く。その先
端が破裂して、光の花が夜空に咲く。紫色だ。
「さすがに、たーまやーって叫ぶ人はいないみたいだ」
 どん、という重たい音に、中村君の言葉はかき消された。
 立て続けに上がる。その度、お馴染みのかけ声はなくても、大変な混雑ぶり
だから、大きな歓声がわき起こる。
「あっ、あれ、好き」
 女の子達が口々に同じ意味のことを言った。みんな、ぱっと咲いて散るやつ
じゃなくて、しだれる方がお気に入りらしい。
「自分は、花より団子って奴だな」
 藤倉君はたい焼きを頬張っていた。それでもきちんと空を見上げているのは、
きっと、喜多嶋さんがいるからだ。
 僕自身は当然、飛島さんを目で追う。
 彼女は中村君のすぐ側にいた。ちょっと聞き取れないが、楽しげに話してる。
 声をかけようとして、思いとどまった。ひょっとすると、飛島さんが好きな
男子って、委員長なんじゃあ……。
 そう考えると、飛島さんの、中村君を見つめる目つきがそれらしく思えてき
た。輝いているように見えるのは、花火のせいばかりでないのかもしれない。
「何を見てるの」
 綾辻さんが話しかけてきた。さっきまで、中村君の隣にいたはず。
「別に……」
「きれいと思わない?」
 僕は綾辻さんを見ていた。花火の光が届く度に浮かび上がる目鼻立ちは、肌
の白さと相まって、ぞくっとするほどきれい、いや、美しい。
「思うよ」
「でも、線香花火も情趣があっていいものよ。あとのお楽しみ、期待してて」
「……ああ、そうか。花火」
 勘違いに気付いた。赤面するのが自分で分かったけれど、花火で紛れるはず
だから、そのまま振る舞う。
「何、当たり前のこと言ってるの。おかしい」
「−−うん。本当にきれいだね」
 綾辻さんはいつの間にか、僕の好みの範疇にどんどん入ってきていた。その
事実に、気付き始めた。

 自分達の花火大会も−−自分達の花火だからこそ−−、よく盛り上がった。
打ち上げ式のはさすがに空しいと想像できたので、さっさと済ませて、ねずみ
花火を初めとする凝った仕掛けのやつを楽しんだ。
 最後はもちろん、線香花火。いかにも、これでおしまいなんだという雰囲気
があって、小さな火の玉が弾ける様を、静かに見つめてしまう。
 ぽつ−−。最後の一本から、夕陽のような赤色の球が落ちた。
 楽しかった、また遊ぶときは誘って等と言葉を交わしながら、僕らのお祭り
の一日は終わった。
「方向が違うの、残念」
 綾辻さんが言った。
 家の方向がだいたい同じなら、送ってほしいということだけど、僕と彼女の
家は、この河原を基準に、正反対に位置するらしい。もっと言えば、引っ越し
てきたせいか、僕の家は他のみんなとはかなり外れている。
「俺らが責任もって送るから、安心したまえ」
 いばるみたいに藤倉君。
 結局、藤倉君は喜多嶋さんや飛島さんと、中村君は綾辻さんと一緒に帰るよ
うだ。僕は一人。金魚も綾辻さんにあげてしまった。
 夜道を小走りに行っていると、あっと思った。
「ライター、持ったままだ……」
 つい、つぶやいた。花火をするとき、綾辻さんから借りて、そのままにして
いたのだ。
 今から引き返せば間に合う。そう判断して、僕は向きを一八〇度換えた。
 先ほど以上に駆け足でしばらく行くと、綾辻さんと中村君らしき人影が、遠
くに捉えられた。河原の上の土手を少し行ったところだ。
 声を出そうとして、手を挙げた。が、すぐにやめる。
 遠目で、さして明るくもないから、判然としない。でも、中村君が綾辻さん
に、しきりに話しかけているのは見て取れた。
 当の綾辻さんは、かなり足早に歩いている。
 追いかける中村君。
 そして……。
「あ」
 僕は恐らく、声を漏らしていただろう。
 だけど、二人には届かなかったらしい。
 中村君−−あの真面目な委員長の−−は、後ろから綾辻さんの右手を取ると、
自分の方へ無理に向かせた。
 一拍の間の後、彼は彼女に口づけした。多分、唇と唇。
 彼は少しだけ身を屈めている。
 彼女の方は微動だにしない。
 僕は−−ぎりぎりまで接近していた。木陰から覗いている自分の姿を想像す
ると、情けなかった。
「まだ?」
 ようやく声が聞こえた。綾辻さんの声。
 中村君は、びくっと身体を震わせ、顔を離した。
「まだ続けるつもりなの?」
 この台詞が中村君の自尊心を傷つけたらしい。
 大きく深呼吸したかと思うと、彼は綾辻さんを強く抱きしめようとした。
「好きだ……好きなんだ」
「よして」
 間髪入れず、断ち切る綾辻さん。同時に、相手の肩口を両手で突いていた。
 二、三歩後退する中村君。心なしかふらふらしている。
「綾辻さん−−」
 中村君は簡単には引き下がらない。彼がこれほど自信家で、一直線だとは、
ちょっと意外な気がする。
 再び差し出された中村君の腕を、綾辻さんはすげなく払うと、宙に浮かした
手で中村君の頬を打った。
 乾いた音がした。
「ごめんなさい」
 意外にも、綾辻さんが謝っていた。
「私、あなたに応えられない」
「……何がいけないのか、言ってほしい。直すから」
「−−無意味だわ」
 ぞくっとなる。そんな冷たい言い方だった。
 中村君も呆然としている様子だが、それでもどうにか声を出す。
「な……どういう」
「何て言ったらいいか……基が違う。基が合っていないと……ごめんなさい。
うまく言えない」
「……そんなに槙君が」
 どきりとする。
 中村君はだけど、そこで言うのをやめた。
「くそっ!」
 短く叫んで、中村君は綾辻さんの胸に手を出していた。
「嫌っ!」
 激しい拒絶。口づけのときと全く違う。
 よほど、飛び出そうかと、僕は身構えた。だが。
 ぱしゃん。
 水が跳ねた。綾辻さんの手から、金魚の袋が滑り落ちていた。
 水と共に地面に流れ出た金魚二匹が、ぺちぺちと悶え、苦しんでいる。
「金魚が」
 しゃがみ込む綾辻さん。
 中村君はそれを見て、やっと我に返ったという風に、口を半開きにし、ただ
立ち尽くしている。その体勢は、綾辻さんが声を発すまで変わらなかった。
「水が汲める場所を」
「−−ごめん! 謝るっ。ゆ……許してほしいっ」
 中村君は大声で叫ぶと、かけ出して行った。暗い向こうに、姿が消えていく。
 綾辻さんは、透明な袋を手にしたまま、唇を噛みしめていた。
 僕は出て行く機会を見計らい、やがて−−。
「あ、綾辻さん。どうしたの?」

 家庭科は得意じゃない。
 裁縫は論外だ。今日は調理実習で、まだ助かった心地。
 男女入り混じって四、五人ほどの班に分かれて、作る料理はこふきいも。じ
ゃがいもを切って、ゆでて、空鍋で転がして、出来上がりというから簡単そう
に聞こえる。
 班は、教室の席の順番で決まっている。二学期になって席替えがあったんだ
けれども、綾辻さんとはまた隣同士になっていた。僕らの班は四人で、他の二
人は、寺本君と勝呂さん。
「面倒だなあ、ほんっとに」
 じゃがいもの皮をむく手つきが、男の僕から見ても危なっかしい寺本君。
「こんな物、そのまま煮たあとで、柔らかくなった皮を取れば早い」
「そんな無精してどうするのよ。ほら、自分の分なんだから」
 勝呂さんはすでにむき終え、細かく切っている。
「いいじゃない。男子なんだから、できなくても」
 綾辻さんの方はそれさえ終わっていて、鍋のお湯が蒸発してしまわないよう、
火を落としたところ。三角巾がよく映えていた。
 手を止める勝呂さん。
「いいことないよ。女は料理作って、男は待つだけなんて不公平だわ」
「女子と男子、それぞれ得意な役割ってあると思うの」
「だからって」
 言いかけたまま、自分の作業に戻る勝呂さん。綾辻さんと仲のいい彼女のこ
と、この手の話題で言い争っても仕方ないと思い直したのだろうか。
「だったら」
 代わりに寺本君が笑みを浮かべ、綾辻さんを見ている。手は完全にお留守だ。
「やってくれない?」
「いいわよ」
 あっさり引き受ける綾辻さんに、勝呂さんは、ただ呆れ顔をしている。
「お湯、見といてね」
 場所を入れ替わり、綾辻さんは僕の隣に立った。
「槙君はできている?」
「うん。何とか」
 と言った側から、失敗。包丁を滑らせ、左手の人差し指と親指の間を切って
しまった。すぐ、包丁を置いて、具合を見る。
 約二糎の傷ができ、すーっと血が浮いてきた。手に水気があるせいか、掌紋
にそってにじんでいく。
「大変!」
 綾辻さんは急に僕の左手を取ると、傷口に口を着けてきた。
 添えられた彼女の両手から、冷たさが伝わってくる。対照的に、傷口は熱い。
「あ、綾辻さん。あの……」
 彼女は僕の声が聞こえているのかいないのか、傷口から口を離すと、勝呂さ
んの方を向く。
「だめ、止まらないわ。お願い、絆創膏をもらってきて」
「え? −−うん」
 あ然とする勝呂さんが一瞬遅れて反応し、先生のところに走っていった。
「へ、平気だよ。深くないから、放っておいても」
「いけない。血が出てる」
 僕の傷口を手のひらで押さえている。
「はい、これ!」
 勝呂さんから渡された絆創膏を、片手で器用に開けると、綾辻さんは再度僕
の傷の血をなめる。間を空けず、絆創膏を手際よく張ってくれた。
 この頃にはもう、他のみんなが注目するところになっていた。
 そんな視線を気にする様子もなく、彼女はほっとした表情を見せている。
「大丈夫?」
「う、うん。あ、ありがとう」
「気を付けて。心配しちゃうじゃない」
「あ。あの、エプロン、汚した−−」
 たった今、気付いた。僕の血が飛んで、彼女の前掛けに一滴、付いていた。
 血の痕を認めた綾辻さんは、何でもない風に首を振った。
「これぐらい、いい。手、洗わなくちゃ」
 そうだ。彼女の手のひらも血で汚れている。さっきまで真っ赤だった僕の血
は、黒みがかって固まり始めていた。
 水道の蛇口から流れ出た水が、徐々に洗い落としていく。
「彩りのパセリ、切っておいてね」
 手を洗い終わり、綾辻さんが勝呂さんに頼む。
 僕はこのとき、ふっと気になって、彼の姿を探した。
 彼−−中村君は、一番端の机で、黙々とじゃがいもの皮むきに徹していた。

−−未了




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