#3354/5495 長編
★タイトル (NFD ) 96/ 8/ 5 22:30 (189)
コント台本『遺書』(2) ・峻・
★内容
浩二: たしかに今のお前の状況は最悪だ。
康夫: なんだよ。
浩二: 何年も書き続けている小説は一向に目が出ない。こんどこそ生涯最高の傑作
だと自信たっぷりに投稿した最新作は、一次審査にもひっかからなかった。
康夫: (胸を押さえ)ううう、首吊りの足を引っ張るようなことを……。
浩二: ようやくのことで就職が決まった三流商社からは、この二月になって内定取
り消しの通知が来る。
康夫: (頭を抱え)くくく。死者に鞭打つようなことを……。
浩二: それに、清水の舞台から飛び降りる決心でのぞんだ痔の手術は、見事に失敗
して前より悪くなった。
康夫: (急に痛みを思いだして、尻を浮かせ)あううっ。
浩二: 極めつきはこんどの勘当だ。仕送りも貯金も使い果たして、とうとう親のキ
ャッシュカードを持ち出すなんて。(頭を振り)普通の人間なら、死んでし
まいたいと思うような状況だ。
康夫: ひー。(泣き出す)
ぐう、と康夫の腹が鳴る。
浩二: なんだ、腹が減っているのか?
康夫: (めそめそと)思い詰めていて、夕べから何も食っていない……。
浩二: 中学生だな、まるで。何か食うものはないのか。
康夫: 全部処分した。(うなだれる)
浩二: 何をやってるんだよ。(放り出してあった紙袋を思いだして手に取る)そう
だ、つまみを買ってきたんだ。また、買えばいいから、これでも食え。
浩二、ピーナッツのパックを取り出して、康夫に投げる。
康夫、パックを開け、もそもそと食べ始める。
康夫: (小さな声で)少しシケっている。
浩二: ぜいたくを言うな。(袋から缶ビールを取り出し)飲むか?
康夫: 思い詰めていて、夕べから何も飲んでいない……。
浩二: 情けない奴だな。(缶を投げる)
康夫、蓋を開け、一気に飲んでしまう。
康夫: はあー(嘆息、遠慮がちに)もう一本ある?
浩二: 世話の焼ける奴。(缶を取り出して放る)
康夫、蓋を開け、こんどは少しゆっくり飲んでいる。
浩二、封筒をもったまま康夫の前に座る。
浩二: (封筒を振りながら)あの女は、痔の手術を失敗した病院の見習い看護婦だ
ろう。
康夫: 彼女は手術の結果には関係ない。
浩二: そんなことは言っていない。あの女はお前を利用しただけなんだ。
康夫: ちがう。
浩二: 服を買ってやったり、うまいものを食わせてやったり、新しいアパートに移
るときの敷金や礼金まで払ってやった。ここよりもずっと広くて、日当りも
いい部屋だ。なんでお前がそんな金を出さなきゃならない? 小学校三年の
ときのお年玉からずっと貯めてきた貯金を残らず使い果たして。なにやって
いるんだ。
康夫: 看護婦の仕事は大変なんだ。仕事から帰ったときくらい、ゆっくりさせてや
りたい。俺はただ、彼女に少しでも早く一人前の看護婦になってもらいたく
て。
浩二: なにを格好をつけている。大方、新しいアパートに入れたら、私の診察をさ
せてあげる、とかなんとか言われたんだろう。
康夫: (胸に手をやり)ぎくっ。
浩二: それで、なにかいいことがあったか。ないだろう。だまされていたんだよ。
康夫: ちがう。彼女は優しいところもあるんだ。俺が手術で入院しているとき、彼
女が毎日点滴の注射をしてくれた。たしかに注射は下手で、何度もやり直し
をした。彼女は失敗をするたびに、ごめんなさい、ごめんなさいって涙ぐみ
ながら頑張るんだ。
(注射をされるときのように左腕を伸ばし、うっとりとした表情になって)
だから、俺は辛くなかった。俺には彼女のひたむきさがわかる。きっと素晴
らしい看護婦になる。
浩二: 俺は、あの女がほかの看護婦に話しているのを聞いたぞ。
康夫: なんて?
浩二: (女の声色で)あの患者、お前のことだぞ、私に気があるから何回針を刺し
ても文句を言わないの。ちょうどいい練習台ができたから、一度でうまく入
っても、二、三回刺しなおすんだ、って。
康夫: うそだ!
浩二: それにだ、あの女がお前に近づいたのは、ときどき見舞いに来ていたお前の
弟が目当てだったんだ。
康夫: うそだ、うそだ!
浩二: それもあの女が話すのを聞いた。一流大学の学生で、スポーツマンタイプ、
甘いマスク。ああいう年下の男が私の理想なの。
康夫: うそだあっ!
浩二: どれをとっても、お前の正反対だからな。
康夫: そんなことも言ったのか。
浩二: いや、これは俺が思ったことだ。あの女はお前にまとわりつきながら弟に近
づく機会を狙っていたんだ。結局、弟には見向きもされなかったので、お前
を捨てた。金も絞り尽くしたしな。
康夫、自分で紙袋から缶ビールを引っ張り出して、がぶがぶ飲み始める。
康夫: くっそー。
浩二: あの女がお前の元凶だったんだ。向こうからいなくなってせいせいしたと思
え。
康夫: (次第に酒が回り始める)馬鹿にしやがって。
浩二: こんな手紙、捨てるぞ。
浩二、封筒を二つに破ってくずかごに投げ込む。
康夫: 勝手にしろ。(ろれつが回らなくなってくる)ちくしょう。
康夫、また新しい缶を開ける。
浩二: すきっ腹なんだ。飲み過ぎるなよ。
康夫: (うなるように)きっとあの女を見返してやる。いつか名のある文学賞を取
って。
浩二: (小声で)まだあんなことを言っている。
康夫: ちくしょう。女がなんだ。勘当がなんだ。
浩二: お前、酒があんまり強くないんだからそのくらいで。
康夫: うるせえ。就職がなんだ。あんなボロ会社、こっちから願い下げだあ。
浩二: わかった、わかった。(閉口して)悪い酒だなあ。
康夫: なんだとお。ちくしょう。手術がなんだ。痔がなんだあ。(顔をしかめ)い
ててっ、痔はだめだ。
浩二: まあまあ。(なだめながら)俺はこのへんで帰るよ。腹が減ったらこの中の
つまみでも食えよ。
浩二、紙袋を示しながら立ち上がる。
康夫: なんだ、麻雀をやるんじゃなかったのか。
浩二: これじゃ無理だよ。ちょうど布団も敷いてあるし、ゆっくり休め。
浩二、康夫の肩をおさえて寝かしつけようとする。
康夫、その手を乱暴に払いのける。
康夫: (酔っぱらいの怒鳴り声で)馬鹿にするなっ。(よろよろと立ち上がり)俺
はこのくらい入っているときが一番調子がいいんだ。
浩二: えらいのに飲ませちまった。こんなのを連れて行ったら、みんなに袋だたき
にされる。
康夫、ふらふらとおぼつかない足取りで上手に歩いて行く。
康夫: おい、行くぞお。
浩二: (あわてて康夫を支えながら)しょうがねえなあ。
康夫: (立ち止まって)窓の鍵を締めてこい。
浩二: (不承不承)はいはい。
浩二、窓の鍵を閉め、また康夫を支えて二人で上手に消える。
康夫: (声だけで)そうだ、ガスの栓がちゃんと締まっているか、見てこい。
−暗転終演−