#3353/5495 長編
★タイトル (NFD ) 96/ 8/ 5 22:29 (147)
コント台本『遺書』(1) ・峻・
★内容
去年、他のネットで三題話(手紙・注射・弟)の企画をやったとき、二晩で仕
上げて一番乗りでuploadしたことだけが自慢、というものです。
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(三題話 手紙・注射・弟)
『遺書』
登場人物 康夫 卒業間近の大学生
浩二 康夫の友人
舞台 安アパートの一室
正面に締め切ったガラス窓。舞台の中央に、枕を下手に置いて、布団が敷き延べら
れている。その枕元に座卓と座布団。窓の下に小さな本棚、くずかごが並ぶ。
康夫が座卓の前に端座している。やつれてはいるが、悟りきった落ち着いた表情で、
数枚の便箋を読み返している。
康夫: 常に変わらぬ愛情を注いでくれた君に。私の死がどれほどの苦痛を君に与え
るのか、それを思うと胸にかすかなためらいもある。しかし残酷な言い方だ
が、このような私を愛したのは君自身の失敗だった。だから、悲しみを乗り
越えるのは君の責任だ。君にはできる。そしてその後にもっと強い、もっと
輝いた君が生まれているはずだ。
真摯な言葉を交わし合った友よ。君たちは私のことを逃亡者だと思うだろう
か。人生の深淵を前におじけづいた臆病者だと思うだろうか。
便箋を封筒に収め、机の上に置くと、立ち上がって、ゆっくりと下手に消える。
下手から、シューシューというガスが漏れる音が聞こえだす。
再び下手から現れ、中央の布団の上に仰臥し、両手を胸の上に組み、目をつぶる。
康夫: (仰臥のままで)文学を志した者がしばしば陥る人生の罠に、才能ある青年
がまた命を散らしたと惜しむ声もあるだろう。溢れる才能に溺れ、自滅の道
を辿った愚かな若者と蔑む者もいるだろう。しかし、そのときすでに私はそ
こにいないのだ。
ひとつ深い嘆息をつく。
康夫: もう、何も考えるのをやめよう。
しばしの静寂。ガスの漏れる音だけが聞こえる。
十五秒ほどあとに、上手で突然扉の開く大きな音が響く。
紙袋を抱えた浩二が、上手から血相を変えて飛び込んでくる。
浩二: なにをしているんだ。馬鹿野郎っ!
康夫、仰天して布団から飛び起き、あたふたと取り乱す。
浩二、抱えていた紙袋を床に落とし、康夫の前を駆け抜け、下手に消える。
ガスの音が止む。
浩二、すぐにもどり、窓を乱暴に開いて、座布団でガスを外にあおぎ出す。
康夫: (胸を押さえて独り言で)ああ、びっくりした。死ぬかと思った。玄関の鍵
をかけるのをわすれたんだ。
浩二、しばらく座布団を振り回したあと、それをわきに投げ捨て、康夫の前に座る。
康夫、ようやく落ち着き、先程の表情にもどっている。
浩二: まったく……。(嘆息)
康夫: (下を向いたまま)怒らないでくれ。
浩二: どういうつもりだ。
康夫: 考え抜いたすえの結論なんだ。
浩二: ぼんやり考えごとなんかしているから、こんなことになるんだ。
康夫: 他に道はなかった。
浩二: 俺が来るのがもう少し遅かったら、死ぬところだったんだぞ。
康夫: あ?
浩二: 普段からぼーっとしているから、いつか大怪我でもするんじゃないかと心配
していたんだ。
康夫: (何か話が食い違っていることに気が付き初めて)あ、いや、俺はいま死の
うと思って……。
浩二: (相手の話を全く聞かずに)ガスを使うときはちゃんと火が付いていること
を確認する。こんどから気を付けろよな。
康夫: お前、俺が何をしようとしていたのか、わかっているのか?
浩二: インスタントコーヒーでもいれようと思ったんだろう。やかんの中には水も
入っていなかったぞ。しょうがない奴だ。
康夫: (次第に苛立って)あのなあ。
浩二: ちくしょう、何しに来たのか忘れるところだった。麻雀しようぜ。
康夫: (あきれて)麻雀?
浩二: 竹内たちがうちにきているんだけど、メンツが足りないんだ。どうせ暇なん
だろう。行こう。
浩二、立ち上がりかける。
康夫: (低くつぶやくように)お前は真面目に人生のことを考えたことがあるのか。
浩二、康夫の言葉は聞こえていない。何気なく、本棚から文庫本を一冊取り出す。
浩二: (表紙を見ながら)文学、文学なんていっているけど、お前でもこんなのを
読むんだな。赤川次郎。
康夫: わあっ(あわてて本を取り上げる)、これは弟がガールフレンドを連れてき
たとき、そいつが忘れていったんだ。(吐き捨てるように)だれがこんな物
を読むか。
康夫、本をくずかごにたたき込む。
浩二: お前の弟はもてるからな。(ひやかすように)見せびらかされて腐っていた
んだろう。(鼻をくんくんいわせながら)もういいか。
浩二、立ち上がり、窓を閉める。
康夫: (くずかごの中をにらみながら、独り言に)こういう物はちゃんと処分して
おかなければいけないな。後に残った者たちに、つまらない誤解を与える。
浩二、座卓の上の封筒に気づき、手に取る。表情が変わる。
浩二: お前、まさか……。(康夫を見つめる)
康夫: (独り言で)やっと、気が付いたか。
浩二: (うめくように)どうして親友の俺に一言相談しなかったんだ。
康夫: 人に話して解決される問題ではない。(顔を背け)これが俺の人生だったん
だ。
浩二: あの女はよせと、なんども言っただろう。(失望したように)それをまた未
練たらしく手紙なんかを書いて。
康夫: (混乱して)何を言っているんだ。
浩二: 何もかもがうまくいかないとき、女に安らぎを求める気持ちは俺にもわかる。
でも、あの女はいかん。
康夫: どうしてそんな話になるんだ。