#3321/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 7/ 1 4:13 (200)
ローラーコースター <後> 永山智也
★内容
最低の悪夢だな。と、つくづく思った。思わずにはいられない。
『隊長、第三ラインも突破されました!』
無線ががなり立てる。
「おう! 何人、死んだ?」
『分かりません! 私が確認できるところで二、三人』
「それだけで済んでるのか?」
意外な気がした。
『い、いえ……。私の他、無事なのが三人です……』
ちぃ。そんなこったろうと思ったよ。
「分かった。死なないよう、適当に抵抗しながら引け。間違っても、街中に化
け物を呼び込むなよ」
『了解−−』
無線が切れた。
俺は煙草を投げ捨てると、ぐりぐりと踏み潰した。
夜中に駆り出されるから何事だと思ったら、化け物退治とは……。しかも首
尾よく退治できるかどうか、怪しい。
あんな化け物、どこのどいつが飼ってやがった?
こんなところでふんぞり返ってられるのはありがたいが、いつまでもこのま
まではいられんしなあ。
化け物の姿を見てなきゃ、こんなにおびえることねえのに。最前線に様子見
に行ったのが、間違いだったかな。ものぐさを決め込んどきゃよかったぜ。
「ど、どうですか」
伸びをしてると、偉いさんが声をかけてきた。市長だっけか。わざわざ夜中
に、テントまで足を運ぶたあ、ご苦労なこった。
「嘘は言いたくねえから、はっきりさせときましょう。だめかもしれん、とね」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、市長の鼻先で言ってやった。
「だめ、とは……」
「俺達、狙撃部隊を要請してくれたのはありがたいが、あいつには無意味だ。
どんな名人でも、鉄砲の弾では、あの化け物は仕留められない」
「い、いったい、どういう生き物なんですか……」
うろたえている市長は、知っても仕方ないことを聞いてきやがった。
「写真がありますよ。暗いから、分かりづらいでしょうがね」
ポラロイドを三枚ほど投げてよこす。
大したもんじゃねえ。見ても、恐怖心が増すだけだ。
「これは……特撮映画じゃないのですかな」
寝惚けたことを。連絡が行ってるはずだろうが?
「本物ですよ、本物! ご覧の通り、正真正銘の怪物だ。動物園から逃げ出し
た虎や鰐じゃねえ。いいか、こいつをぶち殺すには、機動隊だって無理だ。軍
隊を呼ぶことだ。いや、軍隊だって役に立つかどうか、確約できんがね!」
「軍隊なんて、おいそれと要請できませんよ。よほど特別な事態じゃない限り」
「今がその特別なんだ、市長! しっかりしろ!」
「だが……」
まだ迷ってやがる。俺達が全員死んでから、やっと軍隊を呼ぶつもりじゃな
いだろうな。
「軍隊を呼べなきゃ、もう一つだけ、道はある」
「な、何だね、それは?」
「逃げるこった」
言ってやった。
「何ですって?」
「街を捨てて逃げるんだよ。そうでもしなきゃ、確実に死ぬぜ」
「し、しかしぃ」
「街の連中には知らせたのか?」
「い、いや。パニックになると困るから、規制している」
非常事態で慌ててるからって、こうも無脳では困るんだよ。下にいる俺らは
無駄死にしちまう!
「おい、すぐに公開しろ! 俺達で食い止めてられるのは、あと二時間あるか
ないかだ。化け物だなんて、真っ正直に言う必要はねえ。ガス漏れでも何でも
いい。とにかく、非難させるんだ!」
「よ、よし。すぐ、検討に入ろう」
かけ出す市長の背中に、罵声を浴びせる。
「検討してる暇、ないと思いますがね! 役立たずがっ」
わめき散らしたあと、息を整え、煙草をくわえる。
と、男が一人、近寄ってきた。
「荒れてるじゃないの」
顔見知りのフリーターだった。
「レンツェンか。どうしてこんなところに。一般市民は散れ、だぜ。今は」
「そりゃないぜ、ゴメッツ。俺が通報者なの」
金髪野郎はお気楽な調子で言った。昔、探偵稼業に足を突っ込んでおり、警
察に顔が利くとか言ってたが、こんな場に入り込めるとは本当らしい。
「おまえ、化け物から逃げてきたのか?」
「違うって。友達がやられたんだ。車でコラン沼の方に行った二人が、死んだ
みたいなんだ」
「何だ、その、『死んだみたい』ってのは」
首を傾げざるを得ない。
「俺、車に盗聴器を仕掛けてたんよ。それを通して、二人の会話を聞いてたら、
いきなりね。すっげー、爆発音だった。爆弾でも仕掛けられたかと思ったけど、
乗ってる奴らが口々に『化け物』って言ってたな。とにもかくにも、警察に連
絡したって訳」
「何か、ヒントになりそうなこと、言ってなかったか、そいつらは?」
「ヒントって、化け物退治の? 言ってなかったねえ、残念ながら」
「ちぃ、どいつもこいつも、役立たずだな。何しに来たんだよ、それで? 第
一通報者だからって、こんなところに来る必要はねえはずだ。家で大人しく寝
てろ。いや、早いとこ、この街を出るのが一番だ」
「へえ? そんなに手強いのかい、化け物って」
「手強くなけりゃ、化け物とは言わないだろうな。ただの珍獣だ」
「そりゃいい。でも、さっき耳にしたんだけど、頭の辺りから光線を出すんだ
って、化け物は?」
「耳ざといな。そうだよ」
「だったら、生き物かい、それ? ロボットか何かじゃねえの?」
「知らん! ロボットだったら、誰かが運転してるってのか」
「運転じゃないだろ。操縦だよ」
いちいちうるさい奴だ。
「どっちでもいい。人間の仕業ってこともあるのか?」
「可能性はあるんじゃない?」
「なら、耳ざといレンツェン君に聞こうか。ロボットを作れるような腕を持っ
てて、なおかつ頭のおかしい奴に心当たり、あるか?」
「さあて。知らないな」
あっさりと結論を出してくれる。人間が関わってんなら、そこから攻めても
いいと思ったんだが。
まあいい。今はとにかく、化け物退治だ。裏で狂った野郎が糸を引いてるの
なら、そいつを捕まえるのは警察の仕事だ。
「じゃあ、逃げるとすっかな」
手を挙げて、レンツェンの奴は帰って行った。
その後ろ姿が見えなくなってから、あいつがここに来た理由を聞きそびれた
ことを思い出した。
特別あつらえの装甲車が叩き潰されていた。使い終わったティッシュの箱み
たいに潰され、何台も何台も転がっている。
市中に突入されるのは時間の問題だった。
狙撃隊隊長を務めていたゴメッツは、病院で手当てを受けていた。
「嘘だろ」
彼はつぶやいた。
市立病院の待合いには、テレビが据えてある。今は、化け物の情報を正直に
流していた。
政府による報道管制が敷かれているはずだが、今回の場合、想定の枠をあま
りに逸脱していたせいか、ただの情報垂れ流し機関と化した感がある。
「何で、成長しやがるんだ。ロボットじゃないとしても、こんな短期間で、倍
にはなってる」
映し出された化け物と、周りの建物とを比較して、ゴメッツは自分の記憶を
疑いたくなっていた。
最初に彼が見たとき、化け物は確かに大きかったが、せいぜい三メートル程
度の高さだった。
二度目に見たとき。どことなく、大きくなったような印象を受けた。が、そ
れは恐怖のためだと思い、敢えて否定した。その結果が、名誉の負傷となった。
そして今や、化け物は悠に六、七メートルはありそうだ。それに、なかった
はずの尻尾(らしき物)まで生えていた。
照光機によって照らされた化け物は、深い紫色の肌を持っていた。紺色に近
いが、やはり紫なのだ。
<対策本部はこの奇怪な物体を『MCM』と名付けたと発表しました>
アナウンサーの説明に、ゴメッツは鼻を鳴らした。
「は! コラン沼のモンスターってとこか?」
日の出が近かった。
小鳥のさえずりが聞こえたような気がしたが、気のせいに違いない。
グレアムは気を引き締めた。
彼ら陸軍の後方には、ガレキの山が築かれていた。MCMに荒らされた結果
だった。
MCMと名付けられた化け物は、勝手気ままに動き回っていた。都市のある
地域を徹底的にせん滅したかと思うと、二つの街は素通りし、三つ目のところ
でまた大暴れするといった、予測不能な振る舞いをこの一晩、繰り返している。
しかも、徐々に巨大化しているだけに、始末が悪い。
上空高くには、ヘリコプターが一機、目の役目を担って飛んでいる。
装甲車に戦車まで導入し、都市の一定区域内に、MCMを閉じ込めることに、
一応、成功していた。多少の犠牲者は出ていたが、市民の避難も完了している。
今、軍はMCMを待っていた。
区域内に地雷を可能な限り集中的に仕掛け、そこをMCMが通過すると同時
に、一斉放射しようというものだ。
そして、MCMは現在、地雷地帯に向かっているらしい。ヘリからの連絡を
待つだけだ。
『目標物、視認。距離は一キロ弱』
「了解。地雷帯の手前、百メートルを切った時点で、合図」
『了解』
グレアムは双眼鏡を取り出し、前方を見据えた。
「あれか」
巨大なへらのような怪物が、ぼんやりと見えた。焦点を合わせるが、どうも
はっきりしない。朝焼けまでにはもう少しあった。
「尻尾を入れたら、二十メートル近くあるんじゃないですか」
隣でドゥームがつぶやいた。
「かもな。問題は、歩くスピードなんだが」
MCMの歩調は一定していなかった。立ち止まることもあるかと思えば、不
意にかけ出すこともある。全くもって、予想できない敵。
「ミサイルも何発かあるんでしょ。ぶち込めば終わりですよ」
「だといいんだが……」
グレアムは不安だった。入ってくる情報のどれもが、MCMの不死身ぶりを
示していたのだから、無理もない。
「自分とこの国で、ミサイルを撃つとは思わなかったなあ」
ドゥームの軽口に被さるようにして、連絡が入った。
『目標物、地雷帯まで残り百五十メートル。カウントダウン開始』
「了解」
グレアムは部隊に手で合図を送った。かまえる体勢を新たにする。
『百四十……百三十…………百二十……百十……百』
「狙えぃ」
重々しく命じながら、グレアムは双眼鏡で最後の視認を行う。
MCMはそのままどんどんこちらに向かっており、速度も上がっている。
地雷の一つに触れた。
その白煙が見えると同時に、グレアムは手をさっと下げる。
「撃てっ」
激しい爆音がまず収まり、ついで白煙が朝日に溶けるように取り除かれてい
った。
開けた光景に、MCMの姿は……ない。
「やったぞ!」
歓声に包まれる部隊。ヘルメットを宙に放り投げたり、互いに抱き合ったり
しながら喜びを露にしている。
そんな中、グレアムは肩透かしを食らった思いだった。
「どうしたんです。大成功じゃないですか」
「ドゥーム……。呆気なさ過ぎる。それに、見ろ」
グレアムは気心の知れた直属の兵に、指で見るべき先を示した。
「何です?」
「死体がないんだ」
「そう言えば……あれだけの巨体のくせに、木っ端微塵になりましたか」
楽観的な意見に、またも重なるようにして、ヘリからの連絡が入った。
『こ、こちら上空』
「どうした? 何をうろたえている?」
『MCMの死体は未確認。なお、八分三十秒前までMCMが存在していた地点
には、巨大な穴ができている……』
MCMの生死、不明
−−<ローラーコースター>終