AWC ローラーコースター <前>   永山智也


        
#3320/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 7/ 1   4:10  (195)
ローラーコースター <前>   永山智也
★内容
 そいつが姿を見せたのは、午後九時二十分を挟んだおよそ五分間。
 熱帯夜の満月を映した沼。
 兆候は水面に現れた。泡が浮かぶ。
 ぶく、ぶく、ぶくぶく。
  粘りけのある液体なのか、泡の弾けるのが遅いようだ。溶岩と言っては大げ
さに過ぎるか。
 ぱち−−ぱち−−ぱち。
 が、次にはどうでもよくなった。
 黒い水面が一気に盛り上がる。タイマーセットされた噴水のごとく、水しぶ
き−−泥しぶきが四方に飛び散った。
『ををををん』
 重たく、単調な音が響き渡る。
 鳴き声か言語なのか、解しがたい。
 とにかく、その音は、沼底から現れた異形のそいつが発しているのだ。目を
凝らせば、頭部らしい突起には口があるようだ。四角く、ほとんど動いていな
い。
 月明かりを照らし返している目は大きく、しかも真ん中でつながっている。
ひょうたん型のこれを、「ひとつ目」と形容してよいものだろうか。
『づづ』
 鼻をすするような音を短く立てて、そいつは沼の岸に手−−前足?−−をか
けた。細くしなやかな手には、指が八本ぐらい着いていた。それぞれの指は小
刻みに震えているので、正確に数えられないのだ。
 腕は二本だった。と言っても、右に二本、左に二本なのだが。人で言えば、
だいたい肘のところで枝分かれしている感じである。
 四つの手の先が、地面の草を掴む。そこへ、ぐいと力を入れる仕種を見せた。
 見えなかった下半身が、泥と水草にまみれたまま、空気に触れる。
 下半身の抜けた痕跡がぽっかり空いた沼。ずぷずぷと徐々に元の形を回復し
ていく。
 その間にも、異形のそいつは動きを見せる。四本の手による逆立ちの格好で、
下半身を激しく揺さぶった。泥や水草などが、振り飛ばされて落ちていく。
 やがて満足したのか、そいつは三角倒立の体勢に移行し、最終的に下半身か
ら伸びる二本の足で地面に立った。同時に、手は四本とも地面から離れる。
 手は左右とも、二本ある内の一本は長く、地面に着きそうなぐらいだ。もう
一本は、その半分程度。
 そいつは……こちらを向いた。
 気付かれるとは思っていなかった私は当然焦る。
 逃げようとしたが遅かった。
 そいつは兵器を持っていた。予想外の兵器。
 そいつのどこかが光って何かが飛んで来た。
 その何かが私の胸板を貫いたところまで認識できた。
 あとは君が書き継いでくれ。
 うまく逃げてくれ。

 彼から「これ」を引き継いだ私は、すぐさま自転車に飛び乗った。ペダルに
うまく足をのっけられない。苛立たしい。
 がたつかせて、何とかこぎ始める。スピードが乗ってきた。
 だが、厳しいと思った。
 彼を撃ち抜いたあれが何かは分からないが、あんな武器で狙われたら、相当
引き離さないことには、逃げられない。
「わー!」
 大声を出した。
 周りに人がいないことは分かっていた。廃村をさらに奧入った沼地で、たま
たまあいつと遭遇したのだから。
 でも、ひょっとしたら誰かが通りかかるかもしれない。私達のような物好き
がいるかもしれない。一縷の望みを託し、私は叫び続けた。
「何だあ」
 反応があった。のんびりとしていたが、間違いなく人の声。
 私はきょろきょろした。どこからその声がするのか、まるで把握できないの
だ。月明かりだけを頼りに、必死に見回す。
「誰かいるのか? どこだあ」
 胴間声が一際大きくなる。
 おかげで方向を確定することができた。
 が、次の刹那……。

 本官は激しい物音に驚きつつ、そちらを見た。
 自転車が横倒しになり、からからと車輪が回っている。
「おい、どうした」
 警戒心を抱きつつ、本官はそちらへ近付く。
 視界の中に赤い物をとらえた。どんどん広がっている。源をたどると、長髪
の若者が仰向けに倒れていた。胸に穴が空いている。
 拳銃をかまえた。
 安全装置なんてくそ食らえ。眼前の状況は明らかに尋常でない。
『ををををん』
 獣の遠吠えのような音が聞こえてきた。
 びくりとして、そちらを向く。
 耳を澄ましていると、ずん、ずんと足音らしき地響きがかすかに感じられる。
「何者だ!」
 声を張り上げた。
「止まれ。止まらんと撃つ!」
 警告を発する。いきなりぶっ放してもいいのだが、正体が見えないだけに、
狙いようがない。
 本官の言葉を無視し、足音は近付いていた。
「止まれっ。……」
 息を飲んだ。
 本官の前に続く道に、何ものかが現れた。大きい。
 騒ぎ立てることを忘れてしまった。射すくめられてしまった感じだ。
 はっきりと意識しなければ、指一本、動かせなかった。
 自分ののろさに腹を立てながら、本官は拳銃をかまえた。もはや、化け物は
目前に迫っている。
 汗に目がかすむ。
 引き金を引いた。狙いなんか、定まっていない。とにかく恐ろしくてたまら
ない。
 どこか遠くで発射音がしたような感覚があった。
 本官の首は、横から強大な力を受け……。

 拳銃の発砲音を聞きつけ、僕はコースを変えた。わんわん吠えるタクを、無
理矢理方向転換させる。紐を握る手が痛くなるほどだ。これだけ抵抗するなん
て、タクには珍しい。
 細い道だった。満月だからまだましなものの、初めての道を夜行くなんて、
気持ちのいいもんじゃない。
 がさっ!
 先にある茂みが激しく音を立てた。
 どきっとした僕は、タクに引っ張られたせいもあって、しりもちをつく。
「ててて……」
 腰をさすっていると、ふと、目の前に影が差した。
 顔を上げると、初めて見る生き物がすぐそこにいた。茂みから現れたのは、
こいつだ。
『づづ』
 生き物は変な鳴き声を発した。
 そこへ嫌なにおいが漂ってきた。油みたいな臭気だ。
 僕は、実は見とれてしまっていた。
 その生き物は、素敵だった。
 熊ぐらいの大きさがあるかな。絵本や図鑑でしか熊を見たことはないけど、
きっと熊より大きいだろう。
 腕が四本あるなんて、便利そうだ。指も、五本よりずっとたくさんあるのが
分かる。ちょっと細いけど、刀の刃みたいで格好いい腕。
 身体の形は、台形を思い出させる。上の辺の方が長く、下は極端に短い。あ
あ、そうだ。ハンガーに吊したジャケットが、ちょうどこんな角張った感じに
なるんじゃないかなあ。
 腰から下の方は、茂みに隠されて見えなかった。
 見てみたい、と凄く思う。
 地面の上、紐を探る。
 僕はタクがいないことにやっと気付いた。
 少しだけ考えた。結果、見えない物の正体を探るという誘惑の方が、タクを
追いかけることを上回った。
 立ち上がると、まっすぐ進む。道を外れ、茂みをかき分ければ、この生き物
の下半身が見られるんだ。じっと見れば、色も分かるかもしれない。だって、
今は暗くてよく分からないんだ。
 僕は一歩、踏み出した。
 その瞬間、その生き物は僕を見付けて、頭の辺りから何かを放射してきた。
 その光は、僕めがけて飛んで来て。

 かわいい子犬。
 でも、よく吠えるわね。
 何かあったの?
 だめか。犬の言葉は分からないし、犬だって、あたしの言葉、分かりはしな
いだろう。
 抱き上げてみたかったけど、ちょっとできそうにない。
 あら? 首輪が付いてる。紐もあるわ。飼い犬なんだ、おまえ。
 ご主人は? −−そうか、飼い主に何かあったのね。
 放っておけないなあ。ほら、紐、持ってやったわよ。案内しなさい。
 あらら、そんな方に行くの? ちょっと、ちょっと待ちなさいよ。ちょっと。
そっちはまずいわよ。誰も人なんかいやしないって。
 もう、仕方ないわね。ちょっと待ってなさい。電話、かけとくから。あんま
りそっちに行ってからだと、携帯、つながらなくなるかもしれないからね。
「あ、あたしよ。うん、少し、遅くなると思うけど、心配しないで。え、今? 
ベンチャックの北かなあ。そうそう、コランの沼がある辺り。何でそんなとこ
にって? 聞こえるでしょ。犬。放っておけ? あたしが犬好きなの、知って
るでしょう? かわいそうでしょうが。いい? じゃあね」
 はい、終わり。
 さあ、行きましょ。
 ああ、もう、せっかちなんだから。そんなに強く引っ張らなくたっていいじ
ゃないの。
 ?
 な、何よ、あれ。……まさか、あれがおまえのご主人じゃないわよね……。
 ちょ、ちょっと。吠えるの、やめなさいって。見つかるじゃないのっ。見つ
かったら、絶対、やばいよ。こら、黙れ。
『ををををん』
 ひ。見つかっちゃったじゃないの! ほら、逃げるよ。
 ああ、馬鹿。何を頑張ってんのよ。逃げないと。あんたみたいなちびが、あ
んな化け物にかなうはずないでしょ!
 あ−−。
 な、な、な……。い、い、犬が……ぼろぼろに……。ぴかって光って……死、
死んでる。
 嫌あ!

「何やってんだ、ったく」
「ほんとほんと。犬ころのために。
 あんまり遅いから、迎えに来てやったぞー、キリィ!」
「キリィ、返事しろよ! どこにいるんだ? 早くしないと、レンツェンが怒
るぞ」
「……おっかしいなあ。さっき、あんだけクラクション鳴らしたのに、なーん
も反応なし。変だよ、これ」
「なら、どうすんだよ。車、降りて探すってか? 冗談じゃないぜ、面倒くせ
ーっ」
「けど、放っとけないよ。いいよ。自分が探してくるから、あんたはここにい
て。絶対、動かないでよ」
「おい、本気か?」
「何をびびってんの? あー、ひょっとして、一人になるの、恐いん?」
「笑うな、おら! 馬鹿を言え。おまえが心配なんだよ」
「へえ、何で」
「だってなあ……キリィが行方不明になってるんだぜ、ここで」
「まだ分かんないよ。そこらでこけてるだけかもしれないじゃん」
「いいから、よせよ、歩いて探すなんて。車でゆっくり回れば、その内、見つ
かるだろうよ」
「じゃ、発進させて」
「よし」
 男がアクセルをふかした刹那−−。
「わぁ?」
 乗用車は裏返っていた。
 そして間を開けずに『怪物』から光が発され、車体を貫いた。
 ほんのわずかな間のあと、炎が上がった。


−−続く




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