AWC 疾走するダイヤ 4   名古山珠代


        
#3313/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 6/16   1:10  (200)
疾走するダイヤ 4   名古山珠代
★内容
「木島氏に悪意がある場合、です。何故、木島氏がそのような事態を引き起こ
す必要があるのかは、先ほど触れましたように、『ファム・ファタール』への
有利な条件での移籍のためでしょう」
「そのために盗作騒ぎを起こし、一社員である友浦−−友浦桐佳君を巻き込ん
だのだろうか? そんな男には見えんが……」
「それとは別に」
 社長の疑念をさりげなくかわし、次に移る。
「気になる事実がもう一つ、あります。芹山理江という女子社員が、コンテス
トの審査の日に退職しています。この芹山は、秘書という名目で一年と八ヶ月、
木島氏の仕事の手伝いをしていました」
「それは……何か意味を持つのだろうか? どう思うね?」
「先日、友浦の家に行き、彼女の言い分を聞きました」
 それから勝呂は、友浦の語った内容を、正確に伝えた。芹山がジュエルデザ
インの勉強を口実に友浦に接近してきた点、そのことを秘密にしてくれと友浦
に頼んでいた点、友浦の家を訪ねた芹山が問題になっているデザイン画を見て
いる点、そのときの芹山が手袋をし続けていた点等、押さえるべきところを押
さえた説明であった。
「−−なお、芹山と同じ職場の者数名に質した結果、芹山が今の季節、手に水
膨れができるという話は嘘だと考えられます」
「それでは、木島君の指示で芹山君が動き、工作が行われたということかね」
「友浦は、そう主張しています。私自身はまだ判断しかねます。芹山が個人で
動いた可能性を否定しきれないからです。ですが、少なくとも、友浦の盗作は
なかったと思います。我が社にとっての問題は、いかに証明するか、です」
「ん、現状はよく把握できた。木島君、友浦君、芹山君の三人を一堂に会して
話を聞けば、何か進展があるかもしれん。芹山君も退職したとは言え、友浦君
の証言にこれだけ登場するんだ、来てもらわんとな」
「その手筈を整えようとしたところ、芹山の居所が分からなくなっているので
すが」
「何?」
「人事課に問い合わせたところ、退職の際、新たな勤め先や居住地等を申告さ
せているが、それはあくまで自己申告だそうです」
「そうか。仕方がない。結論は慎重に、しかし早く出さねばならん。明日、木
島君と友浦君を呼んでくれたまえ。私も立ち会おう。時刻の調整は、伊藤君に
任せておくから」
「分かりました」
 勝呂はお辞儀をぴたりと決め、社長室をあとにした。

           *           *

 会議室のドアが開く音に、桐佳はびくりとした。木の棒を差し込まれたよう
に背筋を正し、入室してきた人物を見つめる。
 ドアを開けているのは勝呂。それをさも当然のように受け流しながら、その
男−−木島敏也はゆっくりと大股で進んだ。
 男にしては長髪で、耳が隠れている。縁の薄い眼鏡が、知的なイメージを作
り上げていた。
 白の楕円のテーブルを挟んで、木島は桐佳の前に立った。
「おたくが友浦桐佳か」
 顎を突き出し加減にしたまま、桐佳を見下ろしてくる木島。桐佳が返事しな
い内に腰掛けると、木島はそれから上座の社長へと視線を送った。
「邑崎社長。本来なら、私はこんな場に出たくなかった。盗作者なんかと会い
たくないんでね。今度のトラブルに関連して、こちらの要求に対する結論を出
すと言うから、出てきただけですよ」
「木島君。君がどういう心づもりなのかはともかく、出席してくれてありがた
く思う。出てきたからには、手順に従ってもらうよ」
「どうぞ。勝手に始めてください」
 尊大に言って、木島は身体を後ろに反らした。
「では、始めさせてもらいます」
 勝呂は立ったまま、三人を見渡した。
「話は簡単です。これから、友浦の方から弁明があります。その中で、木島さ
んへの質問があれば、答えていただきたい」
「オーケーぃ。だが、こちらも反論できるんだろうね?」
「もちろんです。そして、彼女の弁明が終わった時点で、あなたとの契約につ
いて改めて話し合おうという訳です」
「それで結構。さあ、どんな言い訳を聞かせてくれるんでしょうか」
 木島は左肘をつき、右手をひらひらさせた。
「よし。友浦さん」
 勝呂の目線が、桐佳を呼んだ。「はい」と静かに返事する。
「始めなさい」
 勝呂が座るのと入れ替わりに、桐佳は立ち上がった。
「最初にはっきり、申し上げておきます。今度の件で問題となっているデザイ
ンは、私が独自に考えた物です。決して、盗作などしていません」
「口では何とでも言える」
 唇を歪めて笑った木島。これ以上ないほど、嫌みな態度を取り続けている。
「具体的に、論理的に頼みますよ。感情的な反駁なら、お断りだ」
「それでは、ずばり、お聞きします。木島さんは、どのような意図で、このデ
ザインをなされたんでしょうか?」
 デザインのイラストを示しながら、桐佳は木島を見据えた。
「着想なんて、ぱっと閃いたから。そうとしか言い様がない」
「閃きだけですか? この完成したデザインには、何の意図も組み込まれてい
ないとおっしゃる……」
「意図っていうのは、どこを楽しんでもらうかってことかい? それならある
さ。ルビーの赤、ダイヤの青い透明感、そしてムーンストーンの黄色がかった
乳白色。これらのコントラストが、このリングの売りだよ」
「それだけですか?」
「他に何がある?」
 馬鹿にしたような口ぶりに、桐佳は奥歯を噛みしめた。だが、今怒鳴っても
始まらない。
「それでは……三つの石を選んだ理由をお聞かせください」
「ふん。とにかく、赤青黄の三色を出したかったんだ。宝石で赤と言えばルビ
ーだろう。ルビーに対抗できる青は、ダイヤモンドかサファイアってところだ
な。だが、サファイアはルビーと同じ鉱物なのは知っているだろうね。同じ物
の色違いを並べても面白くない。だからダイヤモンドだ。これらに比べると、
ムーンストーンは格落ちだが、イメージする黄色が出ているのはムーンストー
ンぐらいしかなかった」
「他の石、たとえばトパーズではだめですか?」
「だめだね」
 にべもない返事の木島。
 桐佳の方はここからが勝負と、気合いを入れた。
「でも、おかしくありません? ダイヤもルビーも同系統のカットに含められ
ると思いますけど、ムーンストーンは別です。ダイヤのように面を着けること
はありません。それに、透明感もムーンストーンだけ、浮いていませんか? 
他の二つが透明なのに対し、ムーンストーンは半透明……」
「それがどうした?」
 木島は肘をテーブルから離すと、声を荒げた。
「三つをそろえりゃいいってもんじゃない。わざと崩すことで、面白味が出る
んだよ。それぐらい、分からんのか」
「お言葉を返すようですけど、私はこのリングを、あることをモチーフにして
作りました。ですから、ちゃんと意味があります」
「何だって?」
 木島の顔色が、少し変わったように見える。
 邑崎社長が、わずかに身を乗り出した。
 桐佳は小さく深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。そして続ける。
「ムーンストーンを選んだのは、これが、月だからです」
「月? そりゃあ、ムーンストーンは和名を月長石と言うが」
「ダイヤモンドは地球、ルビーは太陽です。この三つの星、そしてリングの上
での並びを見て、何もお気付きになりませんか」
「……」
「これは月食を表しているんです」
 その瞬間、木島から声なき声が漏れたようだった。驚きを隠すためか、口に
手をやっている。
「いかがでしょう? 私の制作意図の説明は、これで終わりです」
「子供だましだ!」
 邑崎社長が口を開きかけたところへ、木島は大声で怒鳴った。
「あとから考えて、付けた理由だろうが。残念ながら、私はそのような子供だ
ましを考えつく頭脳までは持ち合わせていないがね。そんなことで言い負かせ
ると思ってるのか?」
「言葉を慎め、木島」
 鋭い声が飛んだ。勝呂だ。
「な−−」
 急に呼び捨てにされ、木島は口を開いたまま二の句を告げないでいる。
 勝呂の重々しい声が続いた。
「まだ君は『邑崎』の社員だろう。社長の発言をさえぎった上、粗野な言葉遣
い、大した度胸だ」
「……ふん。社長、どうなんです?」
 ふてくされた様子で、木島は社長へと目を向けた。
「私と彼女、どちらの言葉を信じるんですか」
「結論は明らかだよ」
 社長は軽い調子で言った。
「理は、友浦君にある」
「何ですって?」
 うれしくて手を合わせた桐佳の真正面で、木島が立ち上がった。
「何故だ?」
「分からないかね? デザインに込められた意図とはつまり、デザイナーの心
だ。このリングから発せられるデザイナーの心は、君のような人間の物ではな
く、友浦さんの説明したような遊び心こそ、似つかわしい。そう思うんだがね」
「そんな、感覚的な……。そうか、社長は私を手放したくないから、故意に彼
女の味方をしているんだ」
「木島君、それは違うぞ。私は勝呂君からの報告を聞き、君への疑いを深めて
いた。今度の件は君の計画したものではないのかとね。その段階ではまだ、気
持ちは揺らいでいたのだが、先ほどの説明を聞いて確信した。このデザインは、
友浦君の物だ」
「馬鹿な! そちらがそういう態度なら、正式に訴えます」
「そうしたければ、それでかまわないよ」
 社長はあっさり、言い切った。
(社長……)
 桐佳は、肩をすぼめる思い。はらはらし通しだ。
「最初にトラブルの一報を聞いたとき、まずいことになったと思ったが、今は
違う。全社的に徹底的に戦うつもりだ」
「木島さん、あなたにはもう一つ、まずい点があるでしょうが」
 勝呂が言い添える。
「芹山理江のことだ。どういう関係かは知らないが、あなたと芹山は必ずつな
がっている。裁判になって、そこを突かれて平気なのかな?」
「−−ちっ」
 大きく舌打ちすると、木島は席を蹴った。
「どうせ辞めさせられるんだろうな。こっちから先に出て行ってやるよ!」
 捨て台詞を残し、木島は会議室を退出していった。荒れた足音がしばらく、
ドア越しに聞こえた。
「あ、あの、社長」
 恐る恐る、社長に言葉をかける桐佳。
「ん? 何だね」
「私のために、あそこまでおっしゃってくださって、その……感激しています」
 身体を二つに折り曲げるように、深くお辞儀をする。
「よしたまえ。当たり前のことを言っただけだ」
 快活に笑う社長。
 顔を上げてみれば、その後ろで、勝呂もかすかに笑みを浮かべている。
「今度のことは残念だったねえ。でも、こんなことでデザイナーになる勉強を
辞めようなんて、思わないでくれ」
「は、はい、それはもちろん」
「君の考え方に間違いはないと思う。月食といった遊びを仕掛けることも、デ
ザインには必要だろう」
「ありがとうございます」
 また感激。
 と、そこへ勝呂が口を開いた。
「だが、あのデザインは、ダイヤモンドにとらわれすぎだ。地球がダイヤとい
うのは、若干の無理がある。月食のアイディアはいい。ダイヤが絶対条件の今
度のコンペにはふさわしくないね」
「……そ、そうですよね」
 桐佳は呆気に取られていた。
(私も感じていたことを! この人、調査だけが取り柄かと思っていたけど、
ひょっとしたら)
 彼女のそんな驚きを、恐らく知らないであろう勝呂は、すでに社長と何やら
言葉を交わしていた。

 芹山理江の遺体が公園で発見されたのは、桐佳への盗作疑惑が晴れた翌々日
のことだった。
「友浦桐佳さん。芹山理江さんが殺された事件の重要参考人として、あなたに
ぜひ、お聞きしたいことがあるんですがなあ。山ほどね」
 刑事が言った。

−−「疾走するダイヤ」終/「浸食された宝石」(仮題)に続く




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