#3312/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 1: 8 (200)
疾走するダイヤ 3 名古山珠代
★内容
「これは何でしょうか?」
片方の女性が声を上げた。その指は、二つの鍵がぶら下がる小さなキーホル
ダーを摘んでいる。
「今の、見ましたね」
勝呂が桐佳に確認を求めた。
「あの鍵は、花瓶の中から出てきた。私も彼女達も、一切触れていない」
部屋に飾ってあった花瓶から、鍵は滑り出てきたのだった。
「は、はい、そうですけど、あの、私、知りません!」
「待ってください。とにかく、照合してみないと、話が進まない」
サンプルとしてスペアキーを用意していた勝呂は、それを取り出すと、発見
されたばかりの鍵と重ね合わせた。
「見てください」
その手を桐佳の目の前に持って来る。
「どうですか。はみ出している部分、足りない部分はあるでしょうか」
「……そんな」
「私には、完全に一致しているように見えますが、あなたはどうですか」
「知りません、こんなのっ」
「先に私の質問に答えてください」
「……同じ鍵よ。どう見たって!」
「結構。では、私はこの結果を本社に伝えます。あなたへの処分は何らかの形
で知らされる」
「ちょ、ちょっと、待って」
「もちろん、あなたには弁明する機会が与えられるから、言いたいことがあれ
ば、そのときにしてください。もはや、私はあなたの説明を聞く立場にない」
冷たい調子で言い放つと、勝呂は女性二人に「もういいよ」と小さく言った。
「あの、木島さんに会わせてください」
「私にはどうにもできない。反論する機会は確実に与えられる。そのときまで、
言動はよく考えてから行うのが身のためになるでしょう」
「−−」
桐佳は、貧血を起こしたような感覚にとらわれた。足下がしっかりしない。
我に返ると、すでに勝呂達の姿はなかった−−。
緩慢な動作で着替えを終えると、桐佳はキッチンに立った。が、何も食べる
気がしなくて、水を飲んだだけでダイニングテーブルに着く。
「新聞」
つぶやいて、取りに行く。自分のことが記事になって載っているのではない
かという強迫観念があった。
が、当然のごとく、そんな記事はどこにもない。
(どうしてこんなことに……)
冷静になって考えようとしても、空回りするばかりで進まない。
桐佳はもう一度キッチンへ向かい、お茶をいれた。
湯呑み一杯のお茶をゆっくり、冷ましながら飲む。飲み干してから、最後に
深呼吸すると、どうにか落ち着いてきた。
(私は何もしてないわ。自分の考えたデザインを絵にして、出しただけ。考え
たら分かりそうなもんだわ。木島さんが審査員をしてるコンペに、木島さんか
ら盗んだ作品を出すなんて、あるはずないじゃない)
やっと頭に血が巡り始めた。
(どうしてこんなことになったんだろ……。木島さんが嘘を言ってる? まさ
か。何のために? 偶然よ。偶然の一致。リングに石を三つ並べるなんて、誰
でも考えること。その三つがダイヤとルビーとムーンストーン……)
石の種類も一致し、なおかつその並びまで同じになる確率はどれぐらいだろ
うと思い、ふと不安になる。
(木島さんのデザインした物って、確か……)
木島敏也のジュエルデザインの、これまでの傾向を思い浮かべる桐佳。
(あの人なら多分、ダイヤモンド、ルビーと来れば、トパーズを置く気がする。
だって、普通は同じようなカットが可能で、同じような透明度を持つ石で統一
する。それがセオリーだもの)
そこまで考えておきながら、次には頭を大きく振る。
(決めつけてどうするのよ。私がそう思ってるだけじゃない。木島さんには木
島さんの考えがあって、バランスをわざと崩した……。やっぱり、偶然だわ)
木島を信用したいが故、ジュエルデザイナーへの疑惑を打ち消そうとする。
しかし、別の大きな疑問が鎌首をもたげた。
(この部屋に、私が知らない間に鍵が置かれていたのは事実よ。誰かが置いた
のは間違いない。誰が、どうやって置いたんだろ? 忍び込んだんだったら、
いくら何でも分かると思う。ドアの錠、傷付いてなかったし。そうなると、堂
堂と上がり込んで、私の隙を見て)
途端に浮かんだのは、芹山理江の顔。
「そんな!」
否定する声を上げた桐佳だったが、考えれば考えるほど、芹山への疑惑が大
きくなる。
(あの人、私に急に接近してきたし、ここに来て、コンペに出したデザインを
見ている。じゃあ、芹山さんが木島さんに私のデザインを知らせたってことも
ある訳? 二人、何か関係あったのかしら……)
木島への疑惑も、再び膨らんでいった。
夕方になって、来客があった。
「沙都。村越さんまで」
思わぬ来訪に、桐佳は複雑な気分になる。それを押し隠し、ともかく上がっ
てもらった。
「仕事は? 少し早いみたいだけど」
「心配で、飛んで来たのよ。大変なことになったわね」
西田沙都も、どういう表情すればいいものやら、困っている様子。
「まだ、本社からは何も言ってこないのね?」
「はい、村越さん。てっきり、村越さんが何か伝えに来たのかと思いました」
「個人的に来ただけよ。私はあなたを信じてるからね」
「あたしも」
慌てたように言う沙都。
「ありがとうございます。私も、きちんと説明するつもりですから。きっと分
かってもらえるはずです」
「面倒よねえ。偶然とは言え、案が重なるとこんなことになるなんて」
沙都の言葉に、桐佳はいくぶん迷ってから、首を振った。
「どうしたの」
村越が怪訝な色をなす。
「偶然じゃないの?」
「おかしなことが、いっぱいあるんです」
桐佳は、今日一日で思い付いた考えを、細かく話して聞かせた。
「確かに変ね」
聞き終わってすぐ、村越はそう漏らした。
「あたし、聞いたことある。木島さんと芹山先輩って、仲いいんだって」
「ほんと?」
初耳だった。
一つうなずき、村越が始めた。
「そう言えば、芹山さんは本社で、木島氏のお手伝いをしていたわ。二年近く
だったかしら。雑用係みたいな感じだったと聞いてるけれど」
「それって、芹山さんが木島さんの部屋に出入りしていたという意味ですか?」
「そうよ。女と男の関係だったかどうかは」
と、村越は西田沙都の方を見た。
「西田さん、知らない?」
「いいえ、知らないです、あたしも。噂だけならちらほら、ありましたけど。
デザイナーとして成功してる木島さんが、芹山さんを相手にするのって、信じ
にくいんですよね」
「とにかく、親しい仲なのは当たっている訳ね?」
桐佳は確認してから続けた。
「それなら芹山さんと話しなくちゃ。ぜひ、調査課の方に芹山さんのことを」
「−−伝えてもいいけど、芹山さんは一昨日、退職しているのよ」
村越は言いにくそうだった。
「たい、しょく」
音は耳から入っても、言葉の意味を理解できない。今の桐佳の状態はまさに
それだった。
「ええ。その場を見ていた訳じゃ、もちろん、ないから、詳しくは知らないわ
よ。ただ、課長を押し切る形で辞職を受理させたとだけね」
「ど、どういう。理由、理由は何ですか」
「だから、聞いてないの。そもそも、言ってないんじゃないかしら。一身上の
都合ですんでるかもしれない」
村越の返答から、桐佳はすでに確信に近い物を固めつつあった。
「今度のこと、絶対に芹山さんが絡んでいます」
「そのようね。でも、彼女を引っ張ってこられるかどうかに関わらず、証明す
るのは大変じゃない?」
「それは……」
口の動きが止まってしまう。
(あの女がいっしょにデザインの勉強をって持ちかけてきたこと、誰にも言っ
てなかったんだわ。秘密にしてと頼んできた裏に、ちゃんと理由があったのね)
「ここに芹山さんが来たんだったら、指紋とかがあるんじゃない?」
沙都が意見を述べた。
「西田さん、そんなこと言っても、誰が指紋を調べるの?」
「あ、そうか。そうですよね。警察に届ける話じゃないですし」
村越にたしなめられ、頬に手を当てる沙都。
そのやり取りを聞いていて、桐佳はまた一つ、思い当たった。
「あ! あれも」
桐佳の不意の叫び声に、村越達が注目する。
「どうかしたの?」
「指紋を調べたって、出て来ないんです。これではっきりしました。計画的だ
ったんだわ」
「何のこと?」
「芹山さんがここに来たの、一度だけなんですけど、そのとき、あの人は手袋
をしていたんです。決して外そうとしませんでした」
熱のこもった口調になっている。
村越は了解したいう風に何度もうなずいてから、ふっと苦笑を浮かべる。
「私達に力説しても、あんまり意味なし、よ。調査課の人にきちんと言いなさ
い。きっと分かってもらえるわ」
「そうだといいんですけど」
テーブルを見つめる桐佳。
「何か心配事でもあるのかしら。聞く限り、有利な話ばかり出て来てる」
「私一人が言ってるだけになるから、信じてもらえないかもしれません。それ
が心配で。何か客観的な事実がいる気がして」
「そうか……。今のところ、客観的なのは、芹山さんと木島氏が親しいという
一点だけ。あなたと芹山さんのつながりを示せなければ−−負けかもね」
室内の空気が、少しばかり重たくなった。
(木島さんが私から盗作する理由……それが分かれば、対抗できるかも)
* *
「『ファム・ファタール』に移りたがっている?」
邑崎社長の言葉に、勝呂はしっかりと首肯した。
「木島君本人が言ったのかね」
「ええ。これまで『ムラサキ』に提供したデザインすべての権利をなかったこ
とにした上で、との条件付きです」
「これまでも何度か移籍の意思表示は受けていたが、今度のは、トラブルを盾
に、という感じだな」
顔をしかめる社長に、勝呂は同意を示した。
「私もそう感じました。確たる理由はないのですが、最初から計画的に、意図
的に事を運んでいる。そんな印象があります」
「不確かでもいい、君がそう感じた理由を聞きたい」
「友浦桐佳が盗作をしたと仮定すると、大きな矛盾点が出てきます。木島氏か
ら盗んだ作品を、当の木島氏が審査員の一人を務めるコンテストに応募するも
のでしょうか。常識で考えれば、あり得ません」
「なるほど」
「これは最初の仮定が間違っていた可能性を支持するものです。友浦は木島氏
から盗作をしてはいない。では、二人の作品が似通ったのは、単なる偶然でし
ょうか。それを否定する材料があります。友浦の部屋から、木島氏の部屋の鍵
及び抽斗の鍵の複製が見付かっています。また、木島氏自身、図案を書き留め
たノートの一時的紛失を証言されている。ここで、可能性は二つに分かれると
考えます。一つ目は、友浦は盗作はしているが、その作品が木島氏の物とは知
らなかった場合です」
「何だね、それは」
首を傾げる社長。勝呂は表情を変えず、説明を続けた。
「極端な想像をしてみます。友浦は、あの部屋−−木島氏の部屋にジュエルデ
ザインのスケッチが豊富にあることを知った。ただし、木島氏の部屋だとは知
らない訳です。どのようなデザインがあるのか興味を持った友浦が、鍵を手に
入れ、デザインを盗んだのだとすれば、盗んだ図案を木島氏が審査員の一人で
ある社内コンペに出しても筋は通ります」
「しかし、それはあくまで机上の論理だ。『ムラサキ』の社員が木島君の顔は
知らずとも、その存在を知らぬはずがない。あの部屋が木島君に与えられた物
だということは、案内にもあるのだからな」
「その通りです。私もそうだと信じたいのです。が、外部の人間を納得させる
には弱いと思われます。もしも木島氏が社会的な手段に訴えれば、当方の主張
が受け入れられるかどうか、五分五分といったところではないでしょうか」
「ふむ……。続きを聞こう。二つ目の可能性とは?」
社長は憂鬱そうに肘をつき、組んだ手の上に顎を載せた。
−−続く